あっかあ~げてっ
昼食が終わり、早速3巡目のトーナメントが始まった。
今更になるが対人戦といっても、大会仕様の非殺傷フィールドで行っているため、戦闘後の小競り合いが発生する気配もない。傍から見たら殺し合いそのものでも、やってる当人の感覚としては完全にスポーツだ。
今日の模擬戦は審判が3人。試合は審判である先生二人とアーニャがそれぞれ取り仕切り、三つのエリアで同時に行われるため、試合の数の割にはそれほど待ち時間は無い。
そして今、俺の目の前では小森ちゃんと虎穴が戦っていた。この試合が終わったら次は俺の番だ。
3巡目のトーナメントの総数は22人。人数が中途半端なせいで4位に残るためにはかえって試合を多くこなさなくてはならない。
怪我はゲートを潜れば回復するが疲労はそうはいかないので、ある程度先を見越した立ち回りが必要だろう。
ていうかそれ以前に、まだ一回も勝ってない俺としては正直焦る。
更に、次の俺の対戦相手はあの佐々木だ。
佐々木は我がクラスが誇る3馬鹿の一人で、女子のケツばかり追い回している印象が強いが、実は俺たちの東雲が一目置く存在だったりする。
しかし今日は調子でも悪かったのか、1巡目2巡目共に、強くも無い女子に当たって1回戦目であっさりと負けていた。
パーティ行動が基本とされるダンジョンで、低階層とはいえ単独で踏破し、さらにはケルピーまでも倒してしまうヤツが弱いわけがない。少なくとも俺にはできない。
そもそもそんな奴が3巡目を争う時点で色々おかしいのだ。ウチはどうしようもない底辺校のはずではなかったのか。
思い返してみても、総合力を考えると無残なものの、何か一点で際立った連中が多い気がする。何気に強くね? 落校冒険科。
ふと横を見ると、佐々木が少し離れた所に座って同じ試合を観戦していた。
佐々木は3馬鹿の一人である。
3人のうち、一人はアイドルになる事ばかり、もう一人はかあちゃんの事ばっかり、そしてコイツは女の事ばかり考えている。
見た目は果てしなくチャラい。
白に近い乾いた金髪。耳にはピアス、首には飾り物。そして指にはごつい指輪がナックルのように並び、そこかしこからチェーン的な何かがぶら下がっている。
何より特徴的なのは肌着の存在を嫌悪するが如く素肌に制服を直に着て、前のボタンはいつでもどこでも全力ではだけているところだろう。
本人曰く、『セクシーミスト』を噴出してるらしい。
その『セクシーミスト』を生成する『セクシー器官』は、心臓よりも働き者だそうで、「冬でもこのスタイルは変えられないのさっ」などという妄言を吐いている。
言動がもう馬鹿だ。
しかも、武器はなんと刀。やつの風貌とは対極過ぎて軽く眩暈がする。コッテコテのヤンキーが旅行先で木刀片手にはしゃいでいるでござるの図だ。
腰に差された刀が酷くウソ臭い、馬鹿な言動が目立つ残念イケメン、それが佐々木一輝を表する一言である。
佐々木は俺の視線に気づくと、二カッと笑って近づいてきた。見た目が派手なチャラ男でも、実はこいつは何気に誰とでも気軽に接するイイヤツだったりするのだ。
「ふふ、一之瀬、次よろしくだね」
「ああ、俺は本気でいくぞ」
「もちろんさ! それより見てみなよ一之瀬。あの揺れを……」
佐々木が一心不乱に見つめる先を、俺は視線で追った。するとそこには……
「い、いきますよ虎穴さんっ!」
「思い通りにさせないの!」
――――ぶるるんっ ぶるるんっ
縦横無尽に暴れる小森さんの立体機動兵器があった。
ちょっと構えただけで巨大地震を引き起こす彼女には監視が必要だ。本来ならば寄せて上げて両成敗すべきところだが、ただ闇雲に手を出しても被害が拡大するだけ。
人類を災害から守るため、俺は身を乗り出して言い放った。
「赤あ~げて……っ」
佐々木が爽やかに髪をかき上げながら言う。
「し~ろさぁ~げないでっ」
「あっかさぁ~げないっ!!!」
俺が腹の底からそう叫ぶと、俺たちは数秒見つめあって、フッっと笑った。
そして奴が無言で差し出した手を、俺はガチリと握る。
俺たちはたった今、互いを理解し認め合った。男の友情の間に言葉など必要ないのだ。
すると、佐々木が歯をキランッ と光らせながら言う。
「一之瀬、キミは『おっぱい』と『おつぱい』。どちらが正しいと思う?」
俺は戦慄に身を震わせた。
それは、祖に神を戴く我らが祖先が、この日ノ本を制定するよりも遥か古来より、重ねに重ねた議論を以てしても未だ決着がつかない永遠の命題だ。
「つ」は小さくあるべきなのか、はたまた大きくあるべきなのか。
それは「卵が先」か、「鶏が先」かという議論に似ている。
俺如きの凡人が短慮を口にしてはならない。事と次第によっては戦争すら起きかねない。そう思っているはずなのに、俺の口は勝手に動いていた。
「『おつぱい』だ……っ お前はどうなんだ佐々木……?」
「ボクはこう思うんだ。『おっぱい』とは世を忍ぶ仮の姿、と」
「よう兄弟」
「セクシー」
俺たちは肩を叩き合い、友情を確認し合う。
「さすが一之瀬、ボク達の大将だ!」
大将とかワケのわからん事を言っているが、細かいことは別にいい。
俺たちが普遍的価値観を共有する隣人であるという事だけは間違いなかった。
俺は満足気に頷きながらおつぱ―――小森ちゃんに目を向ける。
「に、弐式展開ですぅっ!!」
右肩と右横乳が剥き出しの小森ちゃんが印を組むと、虎穴がいた場所に無数の古代文字が奔る空間が顕現する。小森ちゃんの血に宿る固有能力、結界術だ。
しかし虎穴は素早い身のこなしで、目に見えない座標指定を次々と躱していく。
そして次第に焦りが見え始めた小森ちゃんに向かって、漢字一文字が描かれた札を投げつけた。
「えい、なの!」
たかが紙の札が驚くほどの速さで小森ちゃんに向かって飛んでいく。
俺は簡単混じりの溜息を洩らした。
支援チームの筆頭。虎穴杏珠。
彼女は札で魔導を媒介して戦う操札術者だ。
魔導付与が容易という術式の性格上、普段は付与魔導士として支援に回る事の多い彼女だが、その汎用性の高さを生かした単独戦闘にも定評があった。
チームのステータスの底上げを図り、時に敵を牽制し、戦闘に参加しつつ、低位ながらも極めて希少な回復魔導すら操って見せる。
先日、『クラスで一緒にパーティを組みたい人』ランキングで1位に選ばれた彼女は、『困ったときの虎穴さん』と呼ばれ、各チームから引っ張りだこだ。
ちなみに、おつぱいこそ控えめなものの、スラリと背の高いモデル体型で、どことなく華のある美人さんである。
「くぅっッ!」
「甘いの!」
かろうじて体を逸らせた小森ちゃんの脇を札が掠める。
バッと虎穴が広げた手には、それぞれの指に札が挟まれていた。小森ちゃんの顔が焦りに歪む。
フワリと舞い上がった何枚もの札が、態勢を崩した小森ちゃんに向かって一斉に飛んでいく。運動神経の悪い小森ちゃんでは躱しきれない。
小森ちゃんはとっさに組んだ印で札の迎撃に成功するが、虎穴が腰元から更に札を取り出したのを見ると引き攣った笑みを浮かべた。
「もらったの!」
「ふえぇぇ~~~っ」
キョンシーみたいにおでこに札を貼られた小森ちゃんが、可愛らしい悲鳴と共に崩れ落ちた。もちろんおつぱいがエアバッグ代わりに作動して本人は無傷。
しかし勝負ありだ。
クリスティナ先生の勝利宣告の後、小森ちゃんのおでこからぺりっと剝がされた札には『痺』の文字が書かれている。
文字通りの事実を押し付ける事が出来るならば神クラスのとんでもない技能であるが、本人曰く、文字はあくまで魔導に指向性を持たせるための回路でしかないらしい。
といっても十分チートの域に片足突っ込んだ万能魔導だと思う。
「じゃあ次は俺たちだな」
「そうだね。お互いセクシーにいこう」
腰を上げてケツを軽く払う。
すると、佐々木が未だ小森ちゃんの大森さんから視線を外さないまま呟いた。
「実はキミとの対戦は楽しみにしてたんだ」
「なんでだよ」
「強いからさ」
その答えに俺は苦笑する。
2回連続負けた上に、今回も厳しいんじゃないかと戦々恐々の俺である。
「俺は強くねえよ」
「そう思ってるのはキミだけさ」
「見る目無ぇな」
「そうでもないと思うよ」
俺たちは特に緊張感も無く、対戦エリアで向かい合った。
◇ ◇ ◇ ◇
「……ミナトの試合が始まる」
弦月と迫撃談義を交わしていた神城葵は唐突に話を切って立ち上がる。
葵は先ほどからミナトの試合は観戦しているのだが、いまいちシャキっとしない相棒の姿に少し焦っていた。
ミナトならば余裕で勝ち上がると楽観していたのに、蓋を開けてみればもしかしたらレギュラーすら怪しい状況である。
いざという時のミナトを間近で見ているせいか、何も賭かっていない状況だと、ここまで苦戦するとは想像もしていなかったのだ。
「お、一之瀬か。オレも見に行………… 次、旨鹿だった」
弦月が立ち上がりかけて腰を下ろすと、葵にいってらっしゃいと手を振る。
まだ勝ち抜けていない旨鹿を応援しようと、弦月は先程からちょこちょこと移動を繰り返していた。
弦月から見ても旨鹿は実際強いのだが、正直な性格ゆえか搦め手や奇手に弱い面がある。1巡目、2巡目ともいいところまで行って、惜しくも敗れていた。
「しゅ、修行を手伝ってあげなきゃなっ! が、合宿で、お、おおおおおお泊りでッ!!」
両こぶしを握って決意する弦月奏
そんな弦月本人はキリっと表情を引き締めたつもりだが、口の端がによによと曲がっている。
実は最近、旨鹿の事を考えるだけでそんな顔になってしまっているのだが、本人は全く気付いていない。
そしてそのたびに弦月パパが旨鹿暗殺を検討しているのだが、未だ実行には至っていない。
ぶっちゃけその気になれば楽に殺せるし、捕まらない自信もあるのだがバレない自信は無い。そしてバレたら娘に嫌われる。
伝説の冒険者がルーキーを暗殺しない理由はそれだけであった。
ちなみに、冒険者ギルドはそんな弦月に頭を抱えている
「神城さん、僕も見に行くよ。一之瀬君だろう?」
葵にそう声を掛けたのはクラスのリーダー東雲だ。彼自身もすでに勝ち抜けを決め、先生の手伝いをしたり、気になった対戦を観戦したりしていた。
すると、そんな東雲の台詞に、いつも無表情の葵の頬がピクリと震える。
「…………狙ってるの?」
「狙ってないよ」
「……ミナトは渡さない」
「奪わないよ」
そんなやり取りを何度か繰り返しながら、二人はミナトが戦うフィールドに向かう。
そして、ミナトと対峙する相手を見た東雲が苦笑いを浮かべた。
東雲の視線の先には、制服の前ボタンを全開にし、見せつけるように素肌を晒したチャラ男がいる。
「ああ、よりによって相手は一輝か…… というか一輝が何でまだ残ってるんだろう。一之瀬君もクジ運が無いね」
その言葉にムッとしながら葵は言い返す。
「……ミナトは強い。チャラ男なんかに負けない」
「一之瀬君が強いことは僕も知ってるさ。だけど一之瀬君の持つ強さは別種のものだ。純粋な戦闘力では絶対に一輝には勝てない」
反論しようと葵が口を開きかけた、その時。
反射的に葵が振り返る。そして息を呑む。
「――ッッ!!」
「ああ、やっぱり本気でやるのか……」
突然、戦闘フィールドで異様な気が爆発した。
魔導とも違う。闘気や錬氣とも違う。恐ろしく静かで、そして冷たい何かだ。少なくとも葵が感じた事の無い何かが爆発したのだ。
未知とは恐怖だ。そのあまりの異質さに、葵の全身の毛が逆立った。
何だアレは。なんであんなモノが今まで眠っていた。
幾分、顔を青ざめさせた葵が硬い声で東雲に問う。
「……佐々木一輝、彼は何者?」
すると東雲は佐々木に目を向け、そして少し呆れ混じりの溜息と共に言った。
「剣陣が佐々木小次郎の子孫。この国で忍者と対を為す在来者、【サムライ】。対人特化の化け物さ」




