ちょっとスレンダーなだけ
大会仕様の非殺傷フィールドを、少し温めの風がのっそりと通り抜ける。
対峙するのは、艶めくオリーブ色の肌を晒した美女。腰まで届く髪はアッシュブロンド、瞳は翡翠色。
「神楽耶ちゃんがんばれ~!」
「ジュリエッタちゃんふぁいと~!」
威圧感にも似た彼女の美貌に臆する事無く、黄色い声を上げるのはもちろん女子だ。
対する俺はというと……
「一之瀬やられろ~!!」
「てめぇジュリエッタちゃん怪我させたらわかってんだろうな一之瀬ぇっ!」
「死ーねっ 死ーねっ!」
「リア充くたばれぇ~~ッ!」
屈辱にプルプル震えていた。
やたら低い声で吼えたくるのはもちろん男子。しかも罵詈雑言オンリーである。
俺は野郎共に向かって叫ぶ。
「おい馬鹿共っ! 一応クラスメイトなんだからちゃんと応援しやがれっ!」
「ジュリエッタちゃん、一之瀬やっちゃってぇ~!」
「神楽耶さん愛してるぅ~!」
「いいよぉ~っ!! 神楽耶ちゃん、蒸発させちゃっていいよぉ~~ッ!!
「かっぐっやっ! かっぐっやっ!!」
「て、てめえら…………っ」
冒険者高専の戦闘大会は、全国大会にもなれば大規模な特集や番組が組まれ、大会期間は全国昼のお茶の間を席巻するほどの人気を誇る。
ただレベルの高い試合を見たいだけならば、現役冒険者が集まる大会の方がよほど見ごたえがあるだろう。
技術や戦術は圧倒的に現役冒険者に軍配が上がる。ましてやトップランナーともなれば、次元が違う。単純にレベル差だけでも高専生とプロには天と地ほども実力が違うのだ。
だがな、と親父はどこか遠い目で俺にこう言った。
まだ青臭い少年少女達が全てを懸けて闘う姿に心打たれる人は、思いの外多い。
それぞれが胸に抱く追憶の彼方、若かりし頃の自分と汗と涙を流す高専生の姿を重ね合わせて、人は小さく拳を握りしめるのだ、と。
しがない自称探検家が吐くにはクサ過ぎる台詞も、毎年の熱狂を見る限り、あながち外れてもいないのだろう。
もう決して取り戻せないものなのだと心のどこかで認めつつ、少しの嫉妬と多くの感動を呼び起こす高専生の大会は、さながら青春劇場だ。
大昔、この国で『野球』というスポーツが盛んだった時代の『甲子園』というものに似ているらしいが、俺にはわからない。
それに、正直、俺たち1年生にはまだあまり関係ない話でもある。
1年生の大会は『新人戦』で、メディアの注目を浴びるのはあくまで2年生~4年生の本戦なのだ。
しかも、俺たちの高専は全国32の冒険者高専の中でも1.2を争う底辺校とくれば、感覚的にはお祭りみたいなもんだ。
とはいえ遊びではないのも確か。
メンバーに選ばれたら夏休み中に夏合宿がある。夏合宿に参加すれば仲間のレベルアップに遭遇するかもしれない。レベルアップに遭遇したら撮ってしまうかもしれない。いや、撮ってしまう。ていうか撮る。
なんてことだ。これはもう本気でやるしかないではないか。
俺は野郎共のヤジを無視して咆哮した。
「グェヘヘヘェ~~~っ!!」
「貴様はまるで、でらべっぴんとでら変態をしやがる、顔ます」
俺の指先がビビビッと中空を連打すると、正面に立つ神楽耶の目がすわった。
まるで、でらべっぴんにでら変態な仕打ちをする最低野郎とでも言いたげだが、本当の俺はでら紳士ですので。
「はい~っ では一回戦だよ~! ジュリエッタちゃん、一之瀬君、準備はいいかなーっ!?」
「いいとも~っ!」
「神楽耶さん神楽耶さん! ソレだめなやつだから気をつけてっ!」
日本語が滅茶苦茶でいまいちテンションが掴み辛い神楽耶だが、その目は本気だ。そして、彫りの深いオリエンタルな美女にそんな目で睨まれると、何というか…… 俺の中に眠る狂獣がおかわりを要求するのでやめてください。
とにかく、俺の一回戦の相手はコイツ、発現系魔導士は神楽耶ジュリエッタ。
火力だけならクラスでダントツの大砲だ。いつもパーティを組んでいる小森ちゃんからは、相当強いと聞いている。
しかし、敵が俺だった事が彼女にとっての不幸だ。
迫撃をこなせない魔導士は3流以下と言われるほど、魔導士は迫撃技術を重視するのが常だが、それはやはり接近戦が得意ではない事の裏返しでもある。
魔法の発動は詠唱や座標指定、認識固定等の手順を経るため、本質的に接近戦には向いていない。火力特化タイプだとそれはなお顕著で、懐に潜り込んでしまえば俺程度でもやりようはいくらでもある。
「悪いな神楽耶、本気でいかせてもらうぞ」
「ぬ、ジュリエッタは貴様と大爆発でありがった」
「何言ってるか全くわからん」
俺は遊撃だ。手数とスピードなら負けない。
短期決戦だ。10秒以上の戦闘になったら確実に火力に押される。
まずは射撃で神楽耶の集中力を乱しつつ、全力で接近。そしてナイフ一発で勝負を決める。これだ。
俺が気を引き締めてライジングのスライドを引くと、審判のもも先生がスウっと右手を上げる。
ナイフを逆手に握り込んで腰を落とす。
もも先生が右手を振り下ろすと同時に叫んだ。
「はじめっ!!」
言い終わる前に地面を蹴り抜く。最高のスタートダッシュ。いける――っ!
左手を振り上げトリガーを引――――――
「イクスプロシオ」
――――どかーん
そして俺は鳥になった。
気付いた時には上空20mでトリプルアクセルをキメていた。このペースなら世界新を狙えるかもしれない。
何が何だかわからない。開始0.1秒で地面が爆発した気がする。
ただ間違いないのは、お空に汚い虹を描きながら地面に急降下していることだけである。
前にもこんな事があった気がする。そんな事を考えながら、俺は地面に激突した。
―――――――――――――――
地面に人型の穴が開いたと思ったら、それは夢だったらしい。
何となく、神輿のように担がれて帰還ゲートに放り込まれた事は覚えているが、朦朧とする意識で息吹に戻ってくると、神楽耶さんの勝利が宣告されていた。
ニヤけながら近づいてきた旨鹿が俺の肩をバシバシ叩く
「おい一之瀬、危なかったなお前。もう少しで死ぬところだったぞ」
「イマイチ記憶が無ぇ…… お空に虹をかける天使になっていた事だけは覚えてるんだが……」
「虹じゃねえ。俺の弟が見てるアニメだと金色で描写されてるぞ。つまりゲロだな」
「ゲロじゃねえから。虹の素だから。それより旨鹿教えてくれ、一体俺に何が起きたんだ?」
ゲートにより損傷が回復しても、時間をおかなければ身体に見えないダメージは残る。
少しふらつく俺を支えた旨鹿が、もったいぶった感じで首を振った。
「開始直後にお前の真下が爆発。空を飛ぶお前を見て、俺はペットボトルロケットを思い出した」
「お前の頭ン中が平常運転だって事はよくわかった」
「褒めんなよ」
「褒めてねえよ」
ていうか何なんだアイツは。術式展開が早すぎる。簡易詠唱で爆裂魔法とかルーキーのやる事じゃねえし。
それにしても旨鹿には全く話が通じそうに無いので、誰か説明してくれるヤツはいないものかと周囲を見回す。すると、休憩場所に生えた木の陰から、心配そうに俺を見ている神楽耶と目が合った。
「神楽耶のやつ、地面に激突した瀕死のお前を見て、えらい焦ってたぜ?」
「焦る……? ああ、そうか。もしかして……」
「相変わらず制御が苦手みたいだな神楽耶は。アレ、牽制のつもりでやったらしいぞ」
どうやら俺は牽制のつもりで上空数十mまで打ち上げられたらしい。
「牽制の次にやる予定だった本命はどんだけだったんだよ……マジおっかねえ」
「ははは、なんたってアイツは【固定砲台】だからな」
神楽耶は、整い過ぎた美貌と鋭い目つきに誤解されがちだが、雨の中野良猫を拾っては里親を探して走り回るような子である事を知っている人は知っている。
根本的に優しい女の子である彼女は、死に戻りがあるとは言ってもクラスメイトを瀕死にさせてしまった事を相当気にしているらしい。
俺たちは冒険者で、さっきのは本気の模擬戦だった。彼女に非などあるはずが無い。
神楽耶に向かって、気に澄んなと手をヒラヒラさせると、彼女はオロオロと挙動不審になっていた。
とにかく負けは負けだ。ここは気持ちを切り替えて次の試合の為に情報収集をしておこう。
俺は、同時に3つ行われている模擬戦に目を向ける。
最初に目に入ったのは、向かって左のフィールドだ。
――――オラァァッ 『フライング・エルボー』ッ!!
弦月がそんな裂帛の氣合と共に、回し蹴りで男子を沈めていた。
フライングしてないしエルボー使ってない。相変わらずバカで安心する。
「あたしも頑張るょぉ! あしやっち、行くょ~!」
「簡単には負けないよ多々羅さん!」
真ん中のフィールドでは、尼子屋と多々羅が闘っていた。
軽快なフットワークで尼子屋が有利な位置取りを狙い始めると、多々羅がそれを潰すように最短距離を走る。
多々羅がフェイントを織り交ぜながら攻撃すると、尼子屋が危な気無くそれを交わしていく。
何気にハイレベルな戦闘だった。
勝敗を決したのは、二人の力量差というよりは、『試合』という状況だ。
不意打ちや一撃必殺のバックアタックを得意とする尼子屋が、最初から相手と対峙している時点で力を発揮できないのは当然の話。
元々、火力の無い尼子屋にとって、姿の隠せないフィールドは最悪の相性だろう。
「ま、まいりました」
「へへ、隠密戦じゃなくてよかったょ」
「多々羅さんだった隠密戦も得意でしょ……?」
「うふふぅ~ まぁねぇ~」
そして多々羅はクラス屈指のオールラウンダーだ。
脳みそ空っぽのくせに、戦闘の勘だけは動物並みで、更にやっかいなのは可変式武装、 迅雷βである。
状況に合わせて武器の形状がクルクルと変化し、なまじ魔導の扱いも上手なので、弓形態からの範囲射撃は、さすがの尼子屋でも回避は難しかったようだ。
「次は負けないよ」
「ナナもぉ強くなってるしぃ♪」
多々羅が手を差し伸べ、尼子屋がそれを握る。
ドリルがハンカチを噛み千切り、比佐山がリスみたいに頬っぺたを膨らませた。
頼むから他所でやってくれ。
ため息をつきながら最後のフィールドに目を向けると、そこでは―――
「おい、俺をナメてンのかっ!?」
苛立たし気に敵を睨みつけるヤンキー蛯子
そして、彼と対峙する少女は、完全な無表情を保ったまま、こう言った。
「……別にナメてない」
そう、俺のバディ、葵さんである。
撲殺天使と名高い彼女が、なぜヤンキーの怒りをかっているかというと、答えは簡単。
彼女の代名詞である大ハンマーがどこにも見当たらず、替わりに葵の手に握られているのがハリセンだからである。
「それでは模擬戦を始める。始めッ!!」
クリスティナ先生の号令にも、二人は一歩も動かない。
どうしても葵の装備に納得がいかない蛯子が、武器のバットを全力で地面に振り下ろした。
「俺をナメんのもいい加減にしろ! ちゃんとした武器持って来いや! おおっ!?」
軽い振動がここまで伝わった事からも、蛯子だって決して弱くは無い。バットを折らないように魔導で補強するのは地味な見た目ほど簡単な技術ではないのだ。
しかし、俺は知っている。
「……ナメてない。私は本気」
見敵必殺と過剰殺戮が座右の銘である彼女が、敵に対して遠慮するなんて太陽が西から昇るくらい在り得ない。
だからこそ彼女はハリセンを握っているのだ。
考えるまでもない事である。相手はモンスターじゃない。しかもクラスメイトだ。
たとえ死に戻りがある息吹の、しかも大会仕様の非殺傷フィールドとはいえ、オークすら一撃で紙になるハンマーを、クラスメイト相手に本気で振り下ろせるとしたら、ソイツは本気で頭がおかしい。
戦闘不能にすればいい。殺す必要は無い。しかし全力で戦いたい。だからこそのハリセンである。
「後悔すんじゃねえぞ……っ」
しかし、それは葵を知らない者には通じない。それを侮辱と受け取ってしまうヤツだってきっといる。
だからこそ、蛯子はその暴言を口にしてしまったのだと思う。
それは、ヤクザ屋さんにオレオレ詐欺カマしちゃうとか、神様のお宅に宗教勧誘に行っちゃうとか、そんなレベルで虎の尾を踏みぬく蛮行。
理性ある者なら決してしてはない冒涜。そう――――
「まな板女が―――っ!!」
「……殺す」
フッ と。
葵の姿がフッと消えた。そして次の瞬間。
葵は蛯子の手前、数十cmの地点で、豪快な一本足テイクバックに入っていた。
前足が着地。腰から遅れて上体が始動。
つま先が地面にめり込み、体に巻きつくようにハリセンが楕円を描いた時、ソニック・ブームが発生。
そして――――インパクト
――――ズバゴンッ
およそハリセンからは発生するはずのない爆裂音と共に、蛯子の体が「く」の字を超えて最早「=」になる。
そして彼は宙へと還った。
厨二っぽく言うなら重力から解き放たれた。ロマンチックに言うならお星様になった。現実的に言うなら多分死んだ。
美しいフォロースルーのまま、撲殺天使がボソリと呟く
「……私はまな板じゃない」
圧倒的沈黙の中、葵がくるりと振り返ると、クラスメイト全員がビクリと体を震わせた。
葵は無表情の三白眼で俺たちをゆっくりと見回した後、何でもない事のように言った。
「……ちょっとスレンダーなだけ」




