戦闘大会
結局、打ち上げは流れた。
挙動不審のアーニャ。一向に瞳孔が戻る気配のない葵。建物の壁を殴りつける旨鹿。
また今度にしようぜ、と言ったのは俺だが、俺が言わなくても誰かが言っていただろう。
あの空気のままお祝いとか出来るはずもない。
俺は盛大な溜息をつくと、家のドアを開けた
「ただいま……」
自分が思っている以上に疲れた声が出たが、俺のテンションに関係なく、リビングの方から嬉しそうな鳴き声と軽快な足音が近づいてくる
「くぁ~ くあくあっ!」
爪の引っかからないフローリングでズッコケながら、おかえりなさいとシロが出迎えてくれる。
ああ、癒される。癒されるよシロたん。
しかし、いつもならその勢いで俺の胸に飛び込んでくるシロだが、今日は少し様子が違った。
俺の数歩手前で突然足を止め――――たはいいが、勢いを殺せずそのままのスピードで床を滑る。そしてバランスを崩してゴロゴロ転がって、ちょうど俺の目の前でピタリと止まった。
飛び込まれる気満々だった俺は、両手を広げたまま軽く固まる。シロはシロで気恥ずかしそうに身もだえしている。
誰も見てないがちょっとだけ恥ずかしい。
「おーい、どしたー?」
何となく気まずいので聞いてみると、シロは「恐る恐る」と言った感じの上目遣いで俺の様子を伺っている。
「く、くあ…… くあ、くあくあ?」
何か喋ってる。何を言ってるか全くわからないけど、何か俺にしゃべりかけている。何となく「怒ってるの?」と言っている気がした。
俺は反射的に右手で顔を押さえる。シロが怯えてしまうほど感情が表に出ていたのだろうか。
正直言って武戦はムカついた。だけどそれだけの話だったはずだ。
俺たちを後ろ指さして噂している人がいるのは知っている。奴らが言っていた事はある意味本当だし、そんな事で今更傷つきもしない。
しかし、俺にとっては前園さんの台詞が何よりも重かった――――らしい。
嫌悪と共に吐き捨てられた言葉。武戦の連中と違い、前園さんの台詞に嘲りなど1ミリも無かった。
あったのは、火傷するほど冷たい剥き出しの怒りと、遥か水底へと引きずりこまれそうになるほど昏く澱み無き憎しみ。
「くあくあくあ……?」
俺はハッと我に返るとシロを見下ろした。シロは大きな瞳にいっぱいの涙を浮かべて、ただ縋るように俺を見上げている。
パンッ と自身の頬を張った。
どんよりした雰囲気を家に持ち帰って、家族に心配をかける。何やってんだ俺は。うだつの上がらないサラリーマンか何かか。
「ほら、おいでシロ」
「く、くあぁ?」
「ホラ、こっちおいで。不安にさせちゃってごめんな」
「くあぁ~~~ッッ!!」
安心したようにシロが飛びついてくる。その首に巻かれた物体X製の首輪にシロはもう慣れたらしく、違和感を訴えてくることもなかった。今では少し気に入っている様子さえ見せる。
浮世先輩は『魔除け』だ、みたいな事を言っていたが、本当はどうなのだろう。
そんな事を考えながら、俺はシロと頬っぺたスリスリしながらリビングへ向かう。すると―――
「きょ、今日はごめんなさいだゾ……」
しょんぼりと項垂れてソファに座っているのは、確認するまでもなくアーニャである。
額に入れて飾りたいほどの美少女が、悔恨に顔を歪ませて俯いている姿は、正直、非常に絵になると思う。しかし、残念ながらどうしても彼女には言っておかなければならないことがあった。
俺は右手で眉間をつまみながら言った。
「神妙な空気のところ申し訳ないけど、お前しれっとウチに入ってくんな」
「し、しれっと入ってきてないゾッ!? ちゃんと『入るゾー』って言ったッ!」
「俺不在だろうが。正規の方法で出直してこい」
すると、アーニャが立ち上げり、今も堂々と開帳中の壁を指さした。
「あんなところに扉があるのが悪いゾッ!!」
「よしわかったばかやろう。だからとっとと出てけ」
「や、やーめーてー! ミナトはアーニャの扱いが雑だゾ~~っ!!」
俺は問答無用でアーニャの背中を押して、ぐいぐいと壁の向こうに押し込む。
後ろからトコトコついてきたシロが「しゃー!」と一生懸命威嚇していた。よし、えらいぞシロ。
俺は壁の扉を念入りに閉めると、バリケード代わりに置いたソファに座って、フウっと息を吐いた。
「ミナト様、タバサはお腹がすきました」
「アンタは仕事しなさいよぉ!」
給料泥棒かこのやろう。
俺はアーニャと同じようにタバサさんも壁の向こうに放り込んだ。
ていうか何個扉あんだよこの部屋。
「くあくあくあくあ!」
「ん? そうだぞシロ。お前はあんな人になっちゃいけないぞ?」
「くあっ!」
よしよしとシロを撫でながら、喉が乾いたのでお茶を飲もうと冷蔵庫を開けた。そして身に覚えのない大量の食材にガックリとうなだれた。
鶏肉、ニンジン、ジャガイモ、タマネギ、その他野菜と調味料。
そして大量の……カレー粉
「今夜はカレーでございますねミナト様」
「らっきょう! らっきょうはあるのミナト!?」
「しゃーっ」
言い返す元気もなくなった俺は、盛大な溜息を落とすとキッチンに向かってカレーを作り始めた。
◇ ◇ ◇ ◇
翌日、総合戦闘大会地区予選に向けてのメンバー選抜が行われることになった。
旨鹿は、昨日の剣幕がウソみたいにいつも通りのバカ発言を連発している。弦月も同様に脳筋コメントの嵐だ。
バカ過ぎて忘れてしまったのか、それとも普通に振舞っているのかは五分五分だが、とりあえず今は目の前の事に集中しよう。
他人の心配をしているヒマは無い。
「それでは念のため、総合戦闘大会の科目とルールを確認します」
クリスティナ先生が、いつも通りのエロ女教師の格好で赤メガネを押し上げる。
そしてまたしてもいつも通り、太くて固いのをバシンと手で叩いて、威圧的に俺たちを見下ろした。
「数ある競技の中で、冒険者高専の大会の科目は5つ。一つ目は―――」
―――Ace
冒険者が競う競技は様々である。
世界的に一番人気があるのは、やはり最終的には決闘だ。
世界で一番誰が強いのか、最も単体戦闘能力が高いのは誰なのか。
チームプレイや貢献などといった軟弱な要素は必要ない。己が力のみを信じ、己が技術のみを信奉する化け物共がその存在を掛けてぶつかり合う、本物の怪獣大決戦だ。
ただ強い方が勝ち、弱かった方が負ける。
魔法でも剣でも術式でもいい。迫撃でも長距離でもいい。とにかく相手を撃破したつわものが勝者。
そんなシンプルさは世代も性別も超えて広く受け入れられ、映像、画像、販促物から二次創作まで、実に多岐にわたって浸透していた。
強いものが勝つのではなく、勝つ者が強いのだと言う人もいるが、そういう議論は際限がないのでやめておこう。
ちなみにアーニャ―――アショーシャ・エメリアノヴァは、総合戦闘競技エース新人王トーナメントの覇者だ。
どんな大会でも必ず行われ、最も人気のあるエースは、大会のメインイベントに据えられるのが常だがしかし、冒険者高専の大会におけるエースはあくまで5戦のうちの一つでしかない。
「そして2つ目は―――」
――――B&S
1対1が2対2になっただけなのに、競技としての人気は最低という不遇の部門だ。いや、だった
単体戦力ならばエース。チームワークならばパーティー戦。
どっちつかずの宙ぶらりんな部門として日の目を見る事のない不遇の競技だったが、とある冒険者タッグの出現により、その風潮はガラリと変わった。
人は、英雄像としての圧倒的強者を求めながら、想像すら出来なかった巨人殺しに心揺さぶられる生き物だ。
エースではほとんどありえなかった、弱者が強者を打ち倒すその姿に、特に一般人が自身を重ね、そして拳を振り上げ声を張り上げる。
今では専門の大会が組まれるほどだ。ちなみに、アイドル冒険者はB&S出身者が多いと言われている。
「3つ目は当然の如く――――」
――――Top of braver's 略して『T・O・B』
『冒険者共の頂点』の名を冠するこの競技は、つまるところパーティー戦である。
冒険者たちの頂点をかたるならばエースではないかと思うだろう。しかし、語るまでもないが、ダンジョン探索はパーティで行われるものだ。
したがって、人類がダンジョン最前線へと送り出す戦力の最大単位は、おのずとパーティという事になる。
つまり、ダンジョン無くして生きていけない人類の未来を左右する最高武力集団はパーティであるという事。
人類に光を齎すのは最強の個人ではない。最強のパーティーこそが人類の希望なのだ。
冒険者という非現実的な存在の価値と意義を、最も端的に、そして最大に顕す競技、それがTOB。
数ある競技において最も人気があるのはエースである。しかし、人々から最も尊敬を集めるのはTOBだ。
冒険者育成を目的とする冒険者高専の大会では絶対的に不可欠な競技とも言われている。
「そして今年から採択された競技、4つ目は――――」
――――フラッグ・オン・フラッグ
チームから一人だけ選抜された旗手が、自陣営の旗を敵陣営本陣に突き立てる事が勝利条件とされる、スポーツ色の強い戦略的競技だ。
旗手に対する直接攻撃は禁止され、護衛又は旗に対する攻撃のみが許可されている。チームメイトは護衛として旗手が持つ旗を護り、敵の旗を攻撃・敵戦力の撃破を行いつつ、旗手を敵陣営と送り届けるのだ。。
旗は穴をあけられたリ、破かれたりしたら再度自陣に戻り、新しい旗を最初から運びなおさなくてはならない。チーム単位は6人だ。
あまりメジャーな競技とは言えないが、戦闘要素がそれほど強くない事から、一般人のライトな層から支持のある競技である。
ちなみに、俺たち1年の新人戦ではなく、上級生の本戦ならばこの競技の代わりに、疑似ダンジョンの『タイム・アタック』が行われる。
「先に3戦勝利した学校が勝ちますので、あまり行われる事はないのですが、最後に最も過酷で最も残酷な競技、その名は――――」
――――デス・ガン
最大12名 残存戦力による総力戦。
限られたフィールドで、敵味方入り乱れた乱戦となるこの競技の勝利条件はただ一つ。
敵の大将の撃滅である。
12人中、11人を斃したとしても試合は終わらない。逆に言えば、大将さえ落としてしまえば、他の敵全員が無傷でも試合終了だ。
よって、仲間たちは当然敵を撃破しつつ、もし大将の身に危険が迫った局面では自己犠牲が要求される。
ただの競技である。もちろん死に戻りだってある。
しかし、魔法飛び交い白刃舞う本物の戦場で、仲間のために躊躇無く我が身を差し出せる者は決して多くはない。
忠義もない。義理もない。そして信頼も出来ない誰かのために、なぜ死ななければならないのか。それは至極当然の感覚だ。
だからこそこの競技は過剰なほど冷徹に、チームの真価を試すのだ。
その時、俺たちは本当に俺たちのままでいられるのか。
デス・ガンの示唆する『死』は、大将の死を意味しない。チームのメンバー一人一人のこめかみに突き付けられた、見えない銃を暗喩しているのだという。
結束と信頼、そして仲間との絆が否応なく問われるえげつない競技だ。
先生は一通り競技の説明を終え、次にその選抜方法を発表していく。
「選抜方法ですが、新人戦という事もあり、特性は加味せずに個人の戦闘能力を競います。選抜メンバーは15名。選抜方法はトーナメント方式。くじ引きを行った後に模擬戦のトーナメントを行い、勝ち抜いた上位4名を選抜します。これを3回繰り返し12名のレギュラーを決定したのち、4回目のトーナメントの上位3名を補欠とします。なお、アーニャさんは本校編入より規定日数に達していないため、本大会に参加する事は出来ません」
教室内に緊張が走った。アーニャが参加できないのは当然として、馬鹿は馬鹿なりに先生の言葉を咀嚼してみる。
単にトーナメントならば運の要素が強すぎるだろう。
しかし、上位者が抜けたのち、2度3度とトーナメントを繰り返すことで、運悪く強者に負けてしまった者が救済される余地がある。
そして俺たちは1年生で、本戦を戦う上級生とは違い、『新人戦』である。
ウチのクラスで特殊なのは尼子屋くらいで、各競技を念頭に戦略的にメンバーを選べるほど、個々人の特性が固まってはいない。
戦闘能力を指針としてメンバーを選抜するというやり方は極めて妥当だ。
だからこそ俺たちは無言で目くばせをした。
そう、どんな業界でも同じだ。冒険者も例に漏れず競争原理で生きている。
今日、この日に限って、ここにいる全員が俺の敵だ。旨鹿も弦月も、そして葵でさえも競争すべき相手でしかない。
俺たちは先生の指示に従い、誰と目を合わせる事もなく転送室へと向かった。
このクラスで初めて感じる異様な雰囲気に、取材クルーが気圧されている。その中でただ一人、興味なさそうに外を眺めている前園さんの姿が印象的だった。
「……ミナト、恨みっこ無し」
「ああ、わかってるさ」
俺はただ前を向いてそう答えた。




