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第3章 ボス戦

二日酔いで目が回る・・・

 『敵を知り己を知れば百戦危うからず』

 昔、そんな事をドヤ顔で言ったアホがいるらしいが、ソイツはきっと最高のペテン師だ。それか最高に酔っぱらって夢か何かでも見たんだろう。


「ミナト~ ストンピング、来るゾ~(↑)」

「軽く言う―――なってのぉッ!」


 腕の力だけで無理やり体を跳ね上げる。

 鼻先を掠めるようにして、超重量級の蹄が地面に捻じりこまれた。

 ミシリと大地を揺るがす圧倒的質量。俺は体勢を立て直すことなく、転がるように距離を取る。


「誰だよ5階層のボスなんて余裕って言ったのはっ!?」

「いける。ミナト。いけるゾ~(↑)」

「お前は黙ってろッ!」


 追い打ちをかけるように放たれた水弾をかろうじて躱すと、十分な距離をとってその巨体を見上げた。

 ソイツの体高はゆうに5mは越え、天に向かってそそり立つ首は更に高い。手が届くはずもない後頭部が弱点だと知っていたところで一体誰が得をするのか。敵を知ってもどうしようもない事もある。


 映像と実物はこんなにも違うものなのかと冷や汗が流れる。威力も迫力も段違いだ。

 しかし―――っていう事はレベルアップ(絶頂)も映像と実物ではダンチって事かっ!


「エェェ~~クセレントッ!」

「ミナト~ 戦闘中だゾ~(↑)」

「鏡見て言いやがれイモ剣帝!」


 罵声を上げている最中でも水弾は飛んでくる。何とか目で追えるスピードなのが救いだが、数が多けりゃ余裕こいてる暇は無い。

 5階層は一般人と冒険者との境界だと言われていた。越えられない者は一般人だし、越えられて初めて冒険者として認められる。 

 そして5階層のボスは境界の守護者、【ケルピー】だ。

 そのシルエットは馬そのもの。ヌラヌラ光るカエルのような皮膚と顔がただの馬ではない事を物語っているが、それ以前に大きさがまるで違う。


「東雲とドリル、ホントにこいつ倒したのかよ」


 正直、息吹で訓練しているせいか、ここ5階層までは特に苦労することも無く踏破出来た。初日にユニークに遭遇というイレギュラーはあったが、それ以外は順調も順調だ。特に語る事も何もない。

 

 しかしコイツはヤバい。ボスというのはここまで違うものかと冷や汗が止まらない。

 後ろ足で蹴り飛ばされたら一発アウトだし、前足で生み潰されても簡単に死ねる。遠距離攻撃は水の壁に弾かれるし、近づいたら容赦ないスタンプが待っている。

 水の壁で威力を殺された銃弾なんてヤツにとっちゃ豆鉄砲だろう。魔力を通さないアサルトライフルの銃弾で魔導障壁を中和出来るわけがない。海兵隊が1000人がかりで敗北したのも頷ける。


 今日敗北しても、期限まであと3回アタックを残している。一瞬、『逃走』の二文字が浮かんだが、頭を振り払って弱気を追い出した。こんなところで引いていたら先が思いやられるだろ。

 クラスでは東雲チームとドリルチームが既に2回目のアタックでここを突破している。今日帰ったらきっと半分くらいのチームが突破しているに違いない。

 大会メンバーを狙う身としては逃げてる場合じゃないのだ。


 しかしウチのパーティで一番強いアーニャは、先生から自粛命令が出されているらしく、ちょっとした岩山に腰かけ、メガホン片手に無茶言うだけ。マジで二人だけで倒さなきゃなんねえのか。

 俺は変な笑いを浮かべて顔を上げる。すると―――


「……秘技、ダルマ落とし」


―――ドゴンッ


 とんでもなく鈍い音が鳴った。少なくともダルマ落としとはかけ離れた音だ。

 もしかしないまでも、轟音と共にケルピーの巨体が横倒しになり、右の前足が明後日の方向を向いて半分千切れている。葵が巨大ハンマーで足をブッ叩いたのだ。

 ケルピーが倒れたままで無茶苦茶に暴れ出したので俺たちは一時退避して距離をとる。


「お、おい葵さん…… 今のデタラメなの、何よ……?」

「……ダルマ落としから『いんすぱいあ』した。パクリではないので心配いらない」

「俺が心配してるのはソコじゃねぇ」


 出鱈目な威力に開いた口が塞がらない。忘れてた。そういえばウチには小さな巨人がいたんだった。

 だが俺だって腐っても冒険者だ。千載一遇のチャンスをフイにするほど愚かじゃない。

 俺たちは一瞬だけ視線を交わすと、互いに軽く頷き合う。そして、もがくケルピーに向かって駆けだした。


「……見た目ほど直接攻撃に対する装甲は厚くなかった。普通のモンスターと一緒」

「そりゃ有難ぇなっ! 俺は背中側から周るぞ!」

「……私はもう一本の足を潰す」

「頼むぜ!」

「……任せて」


 狙うは延髄。

 ヤツも接近する俺たちに気付いたのか、倒れたままで迎撃態勢をとる。  

 何もない空間から無数の水弾が現れ宙に浮かぶ。10や20じゃきかない。ボウリングの球くらいの大きさの水の塊がアホみたいに空中でユラユラと揺れている光景は、今更ながら馬鹿げていると思った。

 カエル面の巨大馬が魔法使って襲ってくるとかドコのファンタジーだよ。


「……ミナト、来るッ」

「わかってるッ!」


 そしてキルゾーンへ。

 瞬間、それら無数の水弾が俺たちに向かって一斉に牙を剥いた。

 1発じゃヒットしても死なないだろうが吹っ飛ばされるのは間違いない。そして倒されたら一斉掃射でヨガの達人よりも体が柔らかくなること請け合いだ。

 救いなのは狙いがそれほど正確じゃないってことか。

 雨あられと降り注ぐ水弾を最小限の動きで躱す。足は止めない。前進しなけりゃジリ貧だ。


「……ミナトッ!」


 突然、なぜか全身が総毛立った。勘だけを頼りに頭を倒す。

 直後、水弾が耳元を舐めるように掠めた。重すぎる飛翔音に鼓膜が震えて軽い眩暈に襲われる。

 怖ぇっ 何だよ今のッ! 殺す気かッ!!


「馬が調子乗りやがってッ!」

「……馬じゃない。カエルさん」

「どっちでもええがな!」


 地面スレスレの前傾姿勢で水弾をかいくぐる。空気の唸り声を聞く度にゲロ吐きそうになる。

 だが走る。走る。

 俺は回り込むようにしてヤツの背後へ。葵は投げ出された前足に向かって。

 

「オラぁぁぁッッ!!」


 一発喰らったらアウトだ。なら防御は捨てる。

 全身の魔導を自身の足へ。シフトアップだ。

 俺が走り抜けた場所を次々と水弾が抉っていく。いける。ヤツはついて来れていない!

 勝機を感じて自然と右頬が吊り上がる。そして―――


「……必殺、神ノック」  


――――ドゴンッ


 ギュェィィィヒヒェェェェッッ!! 

 

 

 葵が美しいアッパースイングで、ヤツの前足を大空高く打ち上げた。一瞬遅れてケルピーの絶叫が響き渡る。

 俺は思わず感嘆の吐息を漏らした。

 空でクルクル周る前足が打ち上げられた先はほとんど真上。なんて完璧なキャッチャーフライなんだ。まさに神ノック。

 しかし、感心ばかりはしてられない。ヤツの意識が向こうに向いている今こそ最大のチャンス。

 

「次は俺の番だッ!」


 突進。

 振りたくられる首に向かって、迷わず飛ぶ。タイミングは運と勘だ。

 そして成功。首に抱き着くように取り付き、ナイフを喉に突き立てる。悲鳴の替わりに傷口から生臭い呼気が噴き出す。

 いける。装甲は抜ける!


「オラァァ~~ッッ!!」


 1撃、2撃、3撃、そして4発目で思いっきりナイフを横に引く。

 噴水のように黄色い体液が噴き出し、ケルピーは数秒間、全身を痙攣させた後、ついにその活動を停止した。

 そして、俺はお約束のように数mの高さから地面に放り出される。


「……ミナト大丈夫?」

「今日一番のダメージがこれだよ……」


 火竜戦も似たような最後だった気がする。大型モンスターと闘ったら毎回こうなる予感がして涙目になった。

 崩してからほとんど一瞬でケリがついたが、1発もらったら即アウトの弾幕ゲームみたいなものだ。何気にギリギリだった。

 腰を擦りながら立ち上がると、ケルピーが光化を始めていた。そして舞い上がった粒子が一点に集まり、ゲートを構成していく。


「……綺麗」

「天才ノッカー様が言っても怖いだけだから」

「…………ミナトは雰囲気作りが上手くない」

「なんだよそりゃ…… それより、知ってはいたけどボスの光化は早いな」


 その台詞に葵がキョトンと首を傾げた。

 い、いや可愛いけども、何言ってるかわかんないみたいな顔すんなよ…… 常識だろ……


「葵、お前知らなかったのか? ていうか気付くでしょ」

「……何が?」


 本気で知らないらしい。

 そういえばこの子、授業中はよく寝てたわね。

 更に言えば全く予習をしない子なのね…… 驚きを通り越して軽く引くわ。


「ボスの光化は早いんだよ。息吹と違って普通のモンスターは倒してもなかなか光化しないだろ?」


 息吹と違い、ダンジョン内の普通のモンスターは中々光化しない。放置してしばらくすると光化するらしいが実際見たことは無い。

 素材を剥ぎ取ったり、肉を持ち帰ったり出来るのはこのためだ。

 しかしボスは違う。倒すと即座に光化を開始し、そしてその光の粒子が次の階層へのゲートとなる。素材が欲しければ生きているうちに何とかしなければならないのだ。


 ちなみに、当たり前のように「ボス」と呼んでいるが、実はダンジョン学上、ボスはキチンと定義付けされている。

 最大の特徴は、今見たらわかる通り、斃さなければ次の階層に進めないという事だ。

 極端な話、普通の階層はゲートに辿りつきさえすればモンスターと1戦もしなくても踏破できる。だがボスがいる階層はボスがゲートになるのだからそれも当然の話。


「…………知ってた」

「うそつけ」


 葵がしれっと言ってのけたが、目が全力で背泳ぎをしていたのでバレバレだ。お前もうちょっと真面目に授業受けろよ。

 ヤレヤレ、とため息をついていると、背後から声がかけられた。いや何となく気配は感じていたけども、いつの間にか後ろに立つのは止めろよ怖いから。

 

「お見事! 二人ともかっこ良かったゾ~(↑)」

「お前次『ゾ~(↑)』とか言ったらはっ倒すから。何だよそのキャラ」

「えっ!?」

 

 いや「えっ!?」 じゃねーから。なんだその知らなくてビックリみたいな顔。

 ていうか、ここ最近で一番イラっとする語尾だなオイ。


「『あまれちこ愚連隊』の『れみちゃん』、知らないのッ!?」

「1ミリも知らんわ」

「じゃあ今度、円盤貸してあげるゾ~(↑)」

「わかったわかった。とりあえず歯ァ食いしばれ」


 心底無駄な会話にゲンナリする。

 すると突然、葵が俺たちの間に割って入って来た。


「……銀狐、死にたくなかったらさっきの位置に戻ってて。一生」

「ヤダって言ったら?」


 ヒュウ と風が吹いた。

 葵がハンマーを担ぎ、アーニャがレイピアをスラリと抜く。

 俺は無言で退避を始めた。 

 ボスよりおっかない女二人の間に入るのは勘弁だ。

 


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