第3章 錬金術師
ゆっくり休んだので今日から再開。
淡々回なので、軽く読み流していただけると。
「一之瀬ミナト、お前に興味があるなのです」
曲がり角の向こう側から現れたのは、ツインテールをひょろりと靡かせた小柄な少女。
現れて早々に軽く顎を上げ、勝気そうに目を細めて傲岸不遜に腕を組んでいる。猫のようなアーモンド型の瞳が爛々と輝き、私は気が強いですと全力で主張している。
「……と、我が主様が仰せなのです」
顔だけ見れば文句なしの美少女なのだが、初対面の相手に対しておよそ相応しくない偉そうな態度を見る限り、あまりお近づきになりたいタイプではない。
俺の周りはキワモノ揃いなので、正直、お腹いっぱいだった事もある。
「俺はありません」
「待てなのですッ!!」
渾身のスルーをキメようと思ったら通せんぼされたでござる。
何なんだこのおチビちゃんは。と思ったが口には出さない。制服のエポーレットの色が3年生である事を示していたからだ。
「…………発育不良児め」
「何っ!? 今、何て言ったのです!? 先輩に向かって何か言ったですかっ!?」
「通してくださいって言いました」
「ウソつくなですッ!」
スルーを試みては回り込まれるを何度か繰り返していると、曲がり角の陰で「ぬぼ~」っと立つ女子がいることに気付く。
小さく尖ったそれぞれのパーツと、眠たそうに半分閉じた切れ長の目。大和撫子と評するのがぴったりな和風美人だ。
スラリと背は高く、腰まで届く瑞々しい黒髪を見る限り、もしこれがライトノベルか何かだったら、文句無しにメインヒロインに相応しい容姿だと思う。
しかし、いかんせん今にも寝そうな感じで「ぬぼ~」っとしている姿から、嗅ぎなれた残念臭が漂っている気がするのは俺の勘違いだろうか。
こちらもエポーレットを見る限り3年生で、襟章から錬金科であることが伺える。
見た目だけは交際を申し込みたくなるような和風美人と、ふんぞり返ったクソガキの二人組だ。
その奇抜な組み合わせに、俺のキワモノセンサーはとっくに振り切っている。
すると、和風美人さんが少し屈んで、ツインテールの耳元で何やらコショコショやりだした。ふんふんと大きく頷くクソガキ。
「初対面だから自己紹介すべきと主が仰ってるのです。さあ一之瀬ミナト、お前から自己紹介するがよいのです!」
「知ってるやんけ」
しーん。
し、しまったぁ! みたいな感じでショックを受けているツインテール。
そんな彼女にまたごにょごにょする和風美人。
「わ、我が名は風魔なのです! そしてこちらの御方が3年錬金科筆頭にして我が主様! あの浮世斑様なので―――」
「―――――ごにょごにょ」
「えっ!? 自己紹介だから下の名前もちゃんと言いなさいです!? い、イヤなのです! 名前だけは言いたく―――――え? ごはん抜き? くっ なんて卑怯な! 一之瀬ミナト、見損なったのですッ!!」
「俺なんも言ってねえよ」
関わらない方がいい匂いがプンプンするので、無言で失礼しようとしたら、今度は和風美人さんに道を塞がれた。ウチの子が自己紹介するから聞いてやってと言わんばかりの表情だ。
一方、ツインテール―――風魔さんはブルブルと震えていらっしゃった。
拳を握りしめ、屈辱の涙を浮かべ、俺をキッと睨みつける。そして、ビックリするくらい低い声でボソリと呟いた。
「……………………みるく」
「えっ?」
「3年、冒険科、風魔……みるく、なのです…… 代々、浮世家に仕える忍なのです……」
うわあ…… 反応に困るやつキタわコレ。
代々、主に仕える忍者がまたなんて輝いた名前つけやがったんだ。しかも肝心の主様が肩頬引きつらせて「ぷっ」とか仰られている。フォローのしようがない。
だが、時代とは常に移ろうものだ。時と共に価値観は変容するものだ。
しかし、それでもなお決して変わらないものは確かにある。
親が子に託す想い。掛値無き無謬の愛も、表現が変わってしまっただけで、根っこの部分はいつの時代も変わりはしない。
だから俺は、生暖かい笑みを浮かべて言った。
「キラキラした良い名前ですね」
「むきぃィィ~~ッっ!! 殺す! 絶対殺すなのですッ!」
地団太踏んで悔しがる風魔みるく先輩。その横で頬っぺた膨らませて笑いを堪える浮世先輩。
今更だけど、この人たち何しにきたんだろ。
「と、とにかくっ 死にたくなかったら着いて来るですっ!」
「辞退いたします」
「くっ なぜですっ! 我が主様は超有名人なのですっ!?」
確かに浮世先輩の名は、錬金術に興味がない俺でも聞いたことがあるくらいの有名人だ。
これは堂々と言う事ではないかもしれないが、ウチの学校はダンジョンアタック関連イベントではパッとせず、総合戦闘大会では毎年予選落ち。校外活動でもロクな成績を残せず、何より一線級の戦力を未だ輩出したことがない。
そんな底辺校が、乱立した冒険者高専の統廃合を進める風潮の真っ只中、何とか生き残っているのは、錬金科が無視できないほどの結果を残しているからだ。
全国32校の冒険者高専の中でもトップクラスと評される落校錬金科。そして、その錬金科を率いる天才錬金術師、それが目の前の和風美人。浮世斑なのだ。
具体的にどれくらい凄いかというと、年上女性の名前を一切覚えない事で有名なあの田中真理男さんが、なんと彼女の名前は憶えているのだ。戦慄を禁じ得ない。
間違いなく校内で一番の有名人であるの事は間違いがない。その有名人に声をかけられたのだから、光栄と言ったら光栄なのだが、どうしても拭えない懸念があった。
「悪いけど、先生に錬金科には注意するように言われてるんで。しかも3年生には特に、って」
ダンジョンにより齎される技術は多岐にわたる。
単純に素材、未知の鉱石や希少土などのモノから生まれる技術や、見たこともない超生物の研究から見出される技術、その他、頭の悪い俺には想像もつかないアプローチで様々な恩恵が俺たち人類に齎されているのだ。
しかしその中でも特に極まってるものがある。
魔法によって定義される技術。魔導技術だ。
それはかつて人類が遭遇した事のない超理論。
物理法則に真っ向から喧嘩を売るその無茶苦茶な理論や法則は、常に人々の想像を掻き立て、無限の夢と希望だけを人類に預けたまま、未だ基礎利用以外の実用化の目途はたっていない。
果てしなく深くそして険しい魔導という名の深淵、その終着点を見いだせない中、比較的実現可能性が高く、体系化が容易なものに着目するのは至極当然の話だ。
その代表的な大項目として、錬金術、そして魔導工学はある。
中でも錬金術は、定型化・平準化が難しく、俗人的かつ非科学的なジャンルだ。
無から有を生み出す魔導がある時点で、鉄で金を錬成するという事にそれほど意味は無い。
彼らの興味は専ら人造人間や生命の水、|賢者の石といったオカルティックなものに向かっている。
そしてその過程で生み出される薬剤や生物技術が現実世界の商品に転用され、今この瞬間も生産されている。
冒険者なら必須のエチケット用品の基礎技術は、ほとんど錬金術と現代科学の融合だ。
その性質上、実験・検証も『人』によるところが大きい。そしてこの場合の『人』とはもちろん冒険者である。
冒険者の中にはそういった実験・検証を専門にしている人も存在し、企業は彼らに少なくない報酬を支払って研究をするのだが、当然の如くその実験には多大な危険がつきまとう。
日本は死に戻り有りのガーデン『息吹』の権限を保有しているおかげで、比較的容易に実験が行える環境にあるが、日本と友好関係に無く息吹を利用できない国は実験すらままならない。
ダンジョンの持込制限に引っかかる機材を使用する場合はその時点でお手上げだ。
冒険者用用品市場が日本の独壇場である大きな理由の一つとして、実験と検証の環境が整っている事が挙げられるのだ。
ともかく、何が言いたいかというと、技術を技術と呼ぶためには実験と検証は必須だ。そして、予算が限られているうえ、資金もたかが知れている学生が実験を行おうとするとどうなるか。
「俺、イヤですよスライムで窒息死なんて。服だけ溶かすヤツとかなら喜んで協力しますけど」
そう。冒険科に依頼をするのだ。
これを飲んでくれないか。これの使い心地を試してくれ。
俺たちだって小金に目がくらんで、一生トラウマになるような悲惨な目には遭いたくない。だから大抵は断る。
そして断られた錬金科の生徒はどうするか。
あの手この手で冒険家に実験物を持たせようとするのだ。下手したら本人が気づかないうちに荷物に紛れ込ませてサンプルを採る、といった非人道的な蛮行が横行するのである、
だから先生は言うのだ。『錬金科に気を付けろ』と。
「火竜戦で何となく俺は強いって話になってますけど、あんなのマグレで、ぶっちゃけ俺の能力なんてタカが知れてますって。興味を持っていただけるのは光栄ですけどね。それでも俺に何か用なんスか?」
ウソはついていない。謙遜してるわけでもない。
実際、俺の戦闘能力では来週に控えたクラス選抜で、メンバーに残れるかは微妙なところ。補欠で入れたら御の字だ。
噂話が独り歩きしてるせいで、こういう勧誘みたいのがひっきりなしにあり過ぎて少しウンザリする。
苦笑しながら浮世先輩に目を向けると、先輩は何故か物凄い真剣な顔で俺を見ていた。
想いの他、力のある眼力に一瞬たじろぐと、先輩は聞こえるか聞こえないか位の声で囁いたのだ。
「運命、信じますか……?」
俺の頭の中で緊急地震速報の音が流れた。
アレや。アカンやつや。
直ちに身の安全を確保しなければならないので、俺は先輩二人にくるりと背を向け、一歩踏み出した。その時――――
「――――どうぞ」
ピタリと足を止める。首だけで振り返った先、浮世先輩は俺に向かって何かを差し出してきていた。
「これは……?」
「あの子の首に巻いてあげて、と、申し上げます。魔除けです」
「あの子って……?」
「あなたが連れ帰った白の一族の子に、と、申し上げます」
感情を気取られないよう、顔面の筋肉を総動員して平静を装う。
突然のシリアスの気配に、すぐさま俺は体内魔導の活性化に入った。
「おい、アンタ、なんでシロを知ってる……」
もちろんシロの事は、クラスの全員が知っている。おしゃべりが大好きな女子共がシロの話を漏らしていたとしても何の不思議もない。
しかし、実際にシロがどんな生き物なのか見たことがある奴は、クラスメイト以外は限られているはずだ。それなのに先輩はあたかもシロを知っているかのような口ぶりだ。
「気を付けて、と、申し上げます。錬金術師ならばそういう種類の情報収集を欠かさない。あの子の特異性に気付いているのは私だけではない、と、申し上げます」
「…………脅しか?」
「違う、と申し上げます。私に限らず、あの子を見ている目は無数に存在する、そしてそれは必ずしも友好的とは限らない、と、申し上げます」
錬金術師は科学と遠いところに立ちながら、総じてマッドサイエンティストだ。
自身の研究のためならばダンジョン内で冒険者が死ぬことなど屁とも思わない奴が多い。
そんな奴らにシロが見つかったらどうなるだろうか。外ならぬ錬金術師当人に言われて初めて気づく。
言葉を理解すると言ってもシロは小さいトカゲ(蛇?)だ。人間じゃない。力も無ければ保障されるべき権利も無い。
そんな子が無警戒でその辺をうろちょろしていたらどうする。俺と一緒にいる事を知っていても、探究心を抑えきれなくなるヤツがいないとは言い切れないのでは?
シロはもう俺の家族だ。奪われるわけにはいかない。酷い目に遭わすヤツがいたら闇討ちどころじゃ済まさねえ。
「アンタは違う、と?」
俺はほとんど本気で先輩を睨みつける。
この人も錬金術師だ。この学校でトップクラス、いや、このダンジョン都市落ヶ浦でも指折りの実力者。
疑って然るべきだ。口では何とでも言える。もしかしたら俺の油断を誘ってシロを奪おうとしているのかもしれない。
「断じて違う、と、申し上げます。それに私は、あなたの父上。一之瀬アキラ様に多大な御恩がある、と申し上げます」
「それを信じろってか?」
「確認すればわかる事、と、申し上げます」
その真剣な眼差しに嘘は無い、と思う。
俺は彼女が差し出す首輪に目をやった。
先輩が親父に世話になったかなんて電話一本でわかるのだから、彼女がここでウソをつく意味は無い。
とすれば、ただ単純に俺と一緒に暮らしているシロが心配になっただけという可能性も無くは無い。
数々の実績を残してきた彼女が『魔除け』と言ったこの首輪。彼女の話が本当だとしたら、何らかの効力があるはずだ。
「平穏無事、安寧秩序こそ天幸、白の子にも安寧を。と、申し上げます」
「わかった。貰っとく。生意気言ってすんませんでした。ありがとうございます」
浮世先輩の手から、摘み上げるようにして首輪を受け取る。何の素材で出来ているのか見当もつかないが、少しだけヒンヤリしていて、グミのような触感だった。
先輩の言う事全てを信じたわけではないが、貰っておいて損は無いだろう。念のため、あとで親父に電話しよう。
俺が首輪を受け取ると、用は済んだとばかりに、二人は道を開けた。
軽く会釈をして横を通り過ぎる。そのまま玄関に向かう俺の背中に向かって、浮世先輩はほとんど聞き取れないほどの音量で、何やら意味深な事を呟いた。
「ソレによって、親が諦めて塔に戻ること、お祈り申し上げます」




