第3章 遭遇
「先生嬉しいです! 5回のアタックで全員5階層突破するなんてすごいです! 皆さんはとってもデキる子たちですっ! 先生鼻が高いですっ!」
結局、予想通り3回目のアタックで半数のチームが5階層を突破し、残り1回を残した5回目のアタックで全員が5階層を突破していた。これはここ数年でも結構な好成績らしい。
普段は馬鹿なことばかりやっている俺たちだが、やはり腐っても冒険者なのだ。
「そんな皆さんには、先生から一文字贈らせていただきますっ!!」
興奮した先生が校内で1台しかない移動式黒板に、ピョンピョン飛び跳ねながらデカデカと文字を書いていく。
今日もフリフリなモモ先生の後姿を、俺たちは微笑まし気に眺めていたのだが、画数が進むと共に気まずそうに目を逸らした。
助けを求めるようにクリスティナ先生を見るが、ただ黙って目を細めるだけ。
黒板に文字を書ききった先生は満足気に鼻を膨らませながら、ピョンと俺たちに向き直って万歳した。
「じゃ~~~んッ!!」
―――「呪」!!! \(^o^)/ がんばったね!
おい、誰か勇者はいないのか。とんでもない文字が踊っとりますよ。
お前が言えよ、いや俺なんのことかわかんねーし? テメッ 自分だけ逃げようとしやがって! みたいな目配せが盛んになされている。
俺たちは子供じゃない。かといって自立し、社会の一員として生きていく大人でもない。
どちらともぶつかりながら、いつだってその中間を彷徨う俺たちは、俺たちなりの処世術がある。俺たちは目配せだけでスルーする事を確認し合った。
密着取材陣が焚くフラッシュを憂鬱な気分でやり過ごしながら、面白画像としてネットにUPされない事だけを願う。
「先生、お祝いの言葉、ありがとうございます。 では早速今回の講評をお願いします」
クラスのリーダー、東雲が先陣を切った。見事である。
どうしてもケルピーが倒せずに撤退したチームの相談に、嫌な顔一つせず乗ってくれた事を俺たちは知っている。俺たちはモモ先生が大好きだ。
だからこそ残念でならない。
ここ数日、みんながず~っと思っている事なのだが、なんというか……
東雲のセリフに、先生の幼すぎる顔が、ぱあぁぁっ と輝き、吹き出しそうになるのをみんなが全力で堪えている。
それもそのはず。
普段はほとんどすっぴんなのに、取材が来るといって参観日並みに張り切っちゃった先生の顔には、秘境にお住いの蛮族の戦化粧と見まごうばかりの化粧が施されている。
巨大なタラコ唇が蠢き、歌舞伎役者が引くほど目周りを青く塗りたくった形相は、化粧下手を通り越して最早アートだ。
講評を求められて嬉しかったモモ先生は、満面の笑顔(蛮族の威嚇に見える)で、普通にためになる講評をしていった。
「ということで以上です! みんな頑張ったね!! 予定されていたアタックは中止して、明日からは息吹で大会のメンバー選考に入りますよー! そしてなんとっ 来週は他校との練習試合をセッティングしましたからね~!!」
俺たちのような弱小校と、練習試合を組んでくれる酔狂な相手がいたことにびっくりする。
先生が言うには、ここ最近は無かった事らしいが、やっぱり火竜戦が影響しているのだろう。レイドボスを倒したルーキーという事で、俺たちは少なからず注目されているのだ。
とにかく、そうして授業が終わり、解散となった瞬間、東雲が苦笑する取材班のところに行ってモモ先生に関して釈明をしていた。お前ホント頼りになるヤツな。
ふと視線を感じてそちらに目を向けると、取材班の中の一人。無精ひげが渋い中年の記者と目が合う。
確か初日の自己紹介で、映像班と違って今回の密着取材を記事に起こす役割と言っていた人だ。
やたらやる気の無さそうだったり、息吹でタバコを吸いまくっていたのが印象に残って覚えている。確かライターの前園さん、だったけか……
「どうも……」
「ああ」
目が合っただけでは気まずいので軽く目礼をすると、素っ気なく返された。無視されないだけいいが、何となく俺の事をあんまり良く思っていない感じを受けた。
大方、俺のネットでの評判を見て、何だコイツみたいに思っているに違いない。俺の場合は、まだ一度も彼らとまともに会話していないので、悲しいけど普通の反応である。
他のチームはそれぞれ息吹やダンジョンで密着取材されたりしているが、俺たちのチームは問題アリアリだ。
アーニャの正体がバレたらエラい事になるし、実はイモヲタ様だったなんて知られようものなら完全にアウト、それになんかの拍子でシロが取り上げられても困る。
ということで、先生達がさりげなく取材を遠ざけてくれているのだ。
「おい一之瀬、なんか今日打ち上げやんだって?」
「オレ達も混ぜろよ。神城と一回迫撃談義してみたかったんだ」
「えぇ~ かなでんとうまっしーも行くのぉ? だったらぁ ナナもぉ行きたぁいぃ~ あーにゃんともお話したいしぃ~ いいでしょぉ いちの~ん」
帰り支度をしていると突然絡んでくる例の3人。
俺たちのチームは、今日、丁度3人の都合が合ったので、軽く5階層踏破の打ち上げをしようという話をしていたのだが、どうやらバカチームがそれを聞いていたらしい。
林間学校以来、この3人はよく一緒にパーティを組んでいる。相性がよかったということだろう。
ちなみにこいつらもただのバカに見えて、3回目のアタックできっちりケルピーを倒している。俺たちの近々のライバルだ。
「いや、俺は別にいいぞ。葵、お前もいいだろ?」
「……問題ない。牛女はお断り」
「小森ちゃんは東雲・神楽耶チームだろ。ていうか何でそんなに小森ちゃんを敵視してんのさ」
「……あれは邪悪。成乳会社に売り飛ばすべき」
よくわからんが、おそらくは胸的な何かがあるのだろう。言ったら殺されるので言わないけども。
そんなこんなで、俺たちのチーム3にんと、馬鹿チーム3人は、駅前のいつものハンバーガーショップへと向かった。
――――――――――――――
「神城、大型種相手にお前はどうしてる? やっぱドカーンっ ってやって ズバンって感じか?」
「……違う。ズババンっ てやってからブオンッってする」
「そうかぁ、オレの一撃じゃまだズドンッってしかならねえんだよな」
「……拳闘士の強さは一撃じゃない。手数」
「おおっ わかってくれんのかよ! でも最近オレも欲しくてよ、『必殺技』。だってカッケーだろ?」
「……カッコいい。必殺技は浪漫」
「だよな~っ!!」
背後でなされる葵と弦月の意味不明な会話を聞き流しながら店に向かう。おそらくは脳の筋肉でしかわからない言語に違いない。
駅前はいつも通りの人波でごった返していた。ダンジョン都市落ヶ浦の中では、比較的開発が遅れている地域にも関わらず、この賑わいを見るたび、ダンジョンというものの凄まじさを実感させられる。
俺たちがいつも行くマッテリアは大通りからは少し奥まったところにあるので、益体もない話をしながらそちらに向かった。
「ミナト! 青春だゾ! 憧れの、憧れの青春っ! アーニャ今青春してるんだゾ~っ!」
その中でもアーニャのはしゃぎっぷりが凄い。
あんまりはしゃぎ過ぎるなよと窘めようとして、俺は伸ばしかけた右手をそっと下ろした。
5階層を突破するのにヒーヒー言っていた俺たちが、たった2つ年上、17歳で最前線に立つことの凄まじさを肌身で感じる事は、まだ出来ない。
一体どんなものを犠牲にすれば、あと2年という歳月でそこまで辿り着けるだろうか。いや、それは選択的なものではないのだろう。全てを犠牲にしてようやくたどり着く境地。
それが俺たち冒険者の夢見る頂。トップライン。
彼女はあらゆるものを犠牲にして今ここにいる。本来彼女の年齢ならば経験しているはずの青臭い青春物語は、アーニャにとっては未知のものなのだ。
「アーニャ、あんまり先に行きすぎんなよ。店知らねーんだろ?」
「だって、だって! 放課後、みんなとファミレスだよ! こんなのアニメでしか見たことなかったよ! ずっと憧れてたの!」
とんでもない美少女がとんでもない笑顔ではしゃいでいるのだ。嫌でも注目される。夏の日差しに輝く亜麻色の髪。どこまでも透明に澄んだ濃緑の瞳。
腕輪を外したら銀の戦乙女に変貌する彼女も、今この瞬間は青春街道をひた走る、まるで太陽の様な女の子、アーニャ・ノヴェだ。
好奇の視線や、微笑ましく見守る視線。行きかう多くの人々が彼女を見ていた。
ちょ、あれ見ろよ。めちゃめちゃ可愛くね?
うわ、妖精みたい。落校の制服着てるけど芸能人かな?
あんなの反則でしょぉ! 女神様じゃん!
一点の曇りすら無い無邪気な笑顔は、映像を通して見る本物の彼女よりも随分と幼く見える。とても2つも年上だとは信じられない。
とんでもなく可愛いだけの、白のワンピースと麦わら帽子がこの上なく似合いそうな、そんなただの女の子だ。
「ファミレスじゃねえけどな。とにかく前見て歩けって」
「ぬふふぅ~」
こっち見てと笑ってみたり、くるくると回ってみたりと正直危なかしい。
大通りから外れているとはいえ、人通りの少なくない道を、それでも誰にもぶつからずに歩けているのは一応周囲に気を張っているからだろう。背中に目でもあるのだろうか。とにかく心配はなさそうだ。
ヤレヤレと苦笑していると、突然、アーニャの前に人影が現れる。
そして、それを避けたつもりのアーニャはこっちを見ている。声をかける間もなかった。
「ふふ~ん、アーニャはこう見えても俊敏なの―――――きゃっ」
――――ドン
「あっ」
ぶつかってしまったアーニャは、すぐにその人に向き直って頭を下げる。
「ご、ごめんなさい! 不注意で……っ」
そしてその人―――ソイツは、イヤな笑みを浮かべて言った。
「ああ、そう――――」
アーニャは後ろ向きながらも行き交う人とぶつからない様に注意していた。その動きに感心していたからこそ、今ぶつかった人物の動きも見ていた。
間違いない。コイツはわざとアーニャの進行方向に移動した。
俺はソイツを見る。いや、そいつら、か。人数は……女が2人、男が4人。
紺色のブレザー。それぞれがそれぞれの得物を腰にぶら下げ、足さばきに躊躇いが無い。
そして全員の胸に誇らしげに縫い付けられているのは、刀と鎖鎌を象ったワッペン。
俺たちは知っている。この街に住む者ならば誰でも知っている。
ダンジョン都市落ヶ浦に6校ある冒険者高専の中でも、創立より常にトップに居続けた強豪校。将来を約束されたエリート達が集う学び舎、そう―――
「―――武戦高専」
そして、ソイツは心の底から嘲るような笑みを浮かべて、こう言った。
「落第者共が。俺たちの道を遮るなよ」




