林間学校 最終日 弦月
「先生っ 指示をッ!!」
「あ、う、うぁ……」
東雲の言葉に、モモ先生とクリス先生は声も出ない。いつだって俺たちの盾になってくれた2人がまるで石像のように固まって、うめき声を上げるだけ。
先生は強い。俺たちよりも遥かに。そして強者は強者を知るのだ
旨鹿を吹っ飛ばしたあのヤロウは、冒険科教師でさえ足が竦むほどの使い手だということ。
「クソッタレがッ!!」
思わず出た罵倒は自身に対するものだ。
どこか楽観的に考えていた、大した策もうっていなかった。先生がいるから大丈夫だと、冒険者に有るまじき他人頼みの思考で甘く見ていたツケがこれだ。
突然デスゲームに放り込まれた前回とは違う。回避する機会なんて腐るほどあったのだ。
先生ですら対処できない相手であるなんて想定すらしていなかった。これは俺たちのミスだ。
しかもその使い手は完全に変質者だ。
ヤツは「俺のカナちゃん」と言った。身勝手な理屈、異常な独占欲、暴走した妄想、それは典型的なストーカー的思考そのもの。
一般人ならばこう言うかもしれない。『ここは息吹だろ? 死なないじゃないか。危険なんて無いさ』
9割は正しい。ここは息吹だ。この前とは違い死に戻り機能は既に回復している。
しかし、だからと言って危険が無いと言い切るのは大きな間違いである。
死に戻り機能については、圧倒的多数の賛意を以って運用がされているが、少数の反対意見だって存在する。そしてその反対意見を述べる識者が決まって口にする懸念事項――――
―――拷問等の残虐な行為を助長する危険がある
死ぬ心配がないからこそ、法の規制が曖昧な領域だからこその危険というものが現実として存在する。
死なないという事は、裏を返せば、何をやっても死ぬ心配が無いという事だ。
体の傷は修復されても心の傷は癒せない。恐怖も屈辱も恥辱も忘れることなどできない。踏みにじられた尊厳は帰っては来ない。
不死という領域では、心のタガが外れた妄念が現実のものとして結実し得るということだ。
だからこそダンジョン管理庁も準犯罪行為を厳格に監視しているがここは特殊フィールド。そして息吹の営業時間はとうに過ぎ去っている。
つまり、今ここで起こっている犯罪に対処する網の目は限りなく荒いのだ。
この場は俺たちで凌ぐしかない。クラスメイトを、Eチームの一員を、口の悪い馬鹿女を、俺たちの仲間を。
俺たちが守るんだ。
何より、俺たちの仲間にナメた真似してくれたヤツを俺たちは許さない。許すハズねえだろうが。
弦月がポロポロ零し、今にも小便ちびりそうなほど怯えていた。
そしてそれを見た大男がどこか焦っているようにも見える。大方、弦月を守る騎士サマのつもりで出てきたはいいが、泣かれてしまってどうしたらいいかわからないというところか。
俺たちがジリっと包囲を狭めると、圧倒的強者であるはずの覆面男が何故か怯む様な仕草を見せた。
何だ、何を狙ってる。俺たちの油断を誘っているのか。
いや、ヤツにはそんなもの必要ないはずだ。その気になれば俺たちを瞬時に片付けることも出来るほどの力を持っているはずだ。だからおそらくはただ単純に混乱しているのだろう。
付け入るスキは今しかない。
俺は躊躇無く、どうしようもない特殊技能を解放した。
「秩序破壊ゥッッ!!」
バキンッ と不可視の何かが砕け散る。俺とヤツの間にあるシステムは今、消滅した。
ヤツのレベルは下がっていないが、俺に対してだけ相対的にレベル1まで低下している。
さぞかし俺の動作が速く見えるに違いない。普段は銃弾すら躱す化け物だとしても、今、俺の魔導ガンを視認する事など出来るはずが無い。
指先が震える。訓練以外で人に向けて発砲するのは初めてだ。
躊躇うな。この距離じゃ死なない。それに殺したっていい。死んだところで『終わり』じゃない。
撃て。狙うは心臓ど真ん中。手首は固定、指先だけに力を入れて引き金を引き絞る。
――――ドウンッ
「躱したッ!?」
この距離で!? 胴体射撃をっ!?
まさか見えて――――いや、勘かッ!? 素の身体能力、勘だけで銃弾を躱すのかコイツはっ!?
しかし想定以上のスピードに驚いたのだろう。先ほどとは別種の焦りが覆面男の顔に浮かぶ。
「……ミナトいけるッ! 頭部射撃!」
「うらァァッ!!」
――――ドンッ ドンッ ドンッ
「うぐ―――ッ!」
衝撃に引き千切れた覆面が宙に舞う。覆面男が顔を抑えて膝を突く。
的中…… いや、掠っただけかッ!? だがヤツはダメージを受けている。このまま制圧を―――
膝を突いた大男に銃口を向けたまま、すり足で接近して俺は叫ぶ。
「顔を見せやがれッ!」
だがその瞬間、小森ちゃんの金切声が響いた。・
「だめミナト君っ! 早く追撃を―――ッ!!」
「―――なっ!?」
大男の体が―――ブレる。
慌てて撃ったその時には既に大男の姿は消え、そして―――
「かなでんッ!!」
左手で顔を押さえた大男が、茫然とへたり込む弦月を右手で抱えて走り出した。他の人にはとんでもないピードでも、今の俺は普通の人間の速度に見える。
尼子屋が叫んだ。
「ミナト君撃ってッ!!」
「だめだッ 弦月に当たるッ!!」
「いいから撃ってッ!」
「クソッタレッ!!」
攫われて取り返しのつかない事が起こるよりも、誤射で死んだ方がマシという尼子屋の判断は正しい。
だからと言って簡単に割り切れるはずが無いが、駆ける大男を見て俺は躊躇いなく引き金を引いた。
なぜかヤツが、逃げながらも弦月を守る様にその身を挺していたからだ。
―――ドンッ ドンッ ドンッ ドンッ ドンッ ドンッ
見えていても俺の体が付いていくかはまた別問題だ。
全弾打ち尽くすが全て外してしまう。だがヤツの走り去る方向には――――
「先生ッ!! アーニャッ!! 頼むぞッ!!」
「任せてでヤンス――――って、 ええっ!? うそッ!!」
「なっ あなたは―――っ!!」
驚愕に目を見開いて固まる先生達とアーニャ。
そしてその脇を通り抜けるようにして森へ飛び込んだ大男。
クラスメイト達から悲痛な声が上がる。
俺は怒りのあまり怒鳴り散らしそうになるが、1分1秒を争う事態だ。責任追及している時間が惜しい。
チラリと先生二人に目を向けると、まだ茫然と立ったままで動く気配が無かった。一体何に驚いているのかわからないが俺たちに迷っている時間は無い。
「小森ちゃんっ!」
「Eチーム出ますっ! Aチームも追撃を! B、C、D、Fチームは広範囲に展開、索敵をお願いしますっ! それとは別に東雲君は索敵班の指揮、神楽耶さんは追撃班にっ! 旨鹿君いけますかっ!?」
「行くに決まってんだろうがっ!!」
吹っ飛ばされた先で起き上がり、荒く息をつく旨鹿が鬼の形相で吠えた。
相当なダメージがあるらしく、呼吸音に変な音が混じっているが、旨鹿の見たことも無い剣幕に口を出す奴はいない。
旨鹿は覚束ない足取りで俺のところまで歩いてくると、すれ違いざまにボソリと呟いた。
「アイツ、泣いてたな……」
「ああ、どうするよ?」
「どうもこうも無ぇ。ケツの穴増やしてやるに決まってんだろ……っ」
「だな」
旨鹿が大男を追って森に飛び込む。その後に多々羅、葵、比佐山と続き、小森ちゃん、神楽耶が後を追う。尼子屋の姿が見えないのは、もうすでに追跡を開始しているからだ。
俺は俺でマガジンの交換を済ませて一歩踏み出すと、アーニャが突然俺の腕をガシリと掴む。
俺は眉根を寄せながら、アーニャを見据えた。
「おい、何のつもりだよ」
「あ、あの、ちょ、ちょっと待って……」
「何を待つってんだ。状況わかってんのかお前!?」
「ち、違うのっ! お願いだから、大丈夫だからっ!」
「ああっ!?」
一体何のつもりだ。
時間が惜しいと口にはしなかったが、実際、コイツが取り逃がさなければ何とかなっていた可能性が高い。すぐ横をすり抜ける大男を、ただ何もせずに見逃しておいて今度はちょっと待てと言う。
喉まで出かかった罵倒を何とか呑み込んで、アーニャを睨みつけた時、俺たちのリーダー、東雲が全員を見回して声を張り上げた。
「BC・DFの二手に分かれて潜行する! DF班は僕、BC班は千田君が指揮をっ! 追撃班を包み込むように包囲だ! 西郷寺君は追撃班を追走しつつ、四方八方に光源魔法を撃ちまくってくれ! 絶対に弦月君を助けるんだ! みんないいかっ!?」
「「「オオオオオッッ!!」」」
だがその時、ようやく我に返った先生二人が慌てて俺たちの前に回り込んで叫んだ。
「み、みんな! ちょっと待ってっ!」
「待ちなさいっ! 一時待機を命じますッ!」
そんな事を言われて納得できるはずが無い。
先生の命令が絶対だとしても、目の前で攫われた仲間を助けずして何が冒険者か。レベルが上がるに従い人間離れしていく肉体、傍から見たら俺たちは意志ある兵器だ。
だからこそ、人として譲れぬ一線を死守しなければならない。冒険者とはそういう存在でなければならない。火竜戦で全員が痛感したのだ。仲間はなんとしても守るべきものだ。
納得できないと声を荒げるクラスメイト達。
なだめるのだって限界がある。両者が対立し、下手すれば戦闘にまで発展しそうなほど場がヒートアップしたその時、クリス先生が無言でベルゼビュートを森の木々に叩きつけた。
破滅的な轟音と共に粉砕される木々。シンっと静まり返る広場。パチパチと燃えるキャンプファイヤーの音だけが寒々しく響いた。
誰もが口を閉ざしゴクリと唾を呑む。
そしてモモ先生が泣きべそをかきながら叫んだ。
「大丈夫だから! ふぐっ 弦月さんは ひぐっ 大丈夫だからぁっ!」
スウっと波が引くように消失する熱。
俺はアーニャを真っすぐ見つめて言った。
「お前、何を見たんだ……?」
「弦月さんを……見たよ……」
「はあ!? そりゃヤツに攫われたのは弦月だけど、そう言う事じゃ――――」
「違うのッ!」
すると、アーニャが俺の腕をギュッと握りしめる。
そして、困ったようにへにゃりと顔を歪めながら、こう言ったのだ。
「弦月さん、覆面の人…… ミスター弦月だったの……」
俺は素っ頓狂な声を上げた。
「……………………は?」
予想通りのミスター弦月




