林間学校 最終日 交戦
「わっちは久しぶりなんだから譲ってほしいでヤンス」
「……バディとして当然の権利」
「え、あ、あのっ ど、どうしたら……」
アーニャと葵の間にバチバチと火花が飛んでいる。お前らなんでいっつも変に意地張り合うんだよ。
Eチームの指揮官として多少は堂々と振る舞えるようになった小森ちゃんだが、さすがにこの二人のプレッシャーには怯んだようで、二人と俺を交互に見ながらオロオロしていた。
小森ちゃんは常識人だとしても、他の2人は放っておくと突飛も無い事をやらかすので危険である。
「……死にたい?」
「受けて立つでヤンス」
現に今でも物騒な単語が飛び交い、今にも戦闘に発展しそうな雰囲気すらあるのだ。
林間学校の打ち上げでみんな楽しくやっているというのに、しょうも無い事で台無しにさせるわけにはいかない。
「おいお前ら、いい加減に――――」
「そ、そうだ監禁…… 結界でミナト君を監禁すれば独り占めを……」
ぶっ飛んだ台詞が聞こえたような気がしておそるおそる振り返る。
「こ、拘束して私しかお世話出来ないようにすればきっとミナト君だって……」
完全に光彩の消えた瞳でブツブツ呟く小森ちゃんがいた。
ええと、小森さん? そういう冗談は怖いからやめてね?
まさか現実にそんな事をするロリきょぬーさんがいるはずもないので別に心配はしない。
そもそもそんな頭のおかしい事をするのは二次元在住のヤンデレさんくらいしかいないのだ。
そして被害者は難聴&鈍感主人公と相場が決まってるので俺には関係ない。ていうか、そんな見ててイライラするような主人公は爆発すればいいのでヤンデレさんに刺されればいいとすら思っている。
しかし、アーニャと葵はそうは思わなかったようで、普通に引いていた。
なるほど、小森ちゃんはこれを狙ったのか。さすがはEチームの指揮官、一触即発状態が解除されてなによりである。
ふとキャンプファイヤーの方に目を向ける。原始の明かりに照らされるのは、青くて拙い青春模様だ。
そんな甘酸っぱくてほろ苦いワルツを踊るクラスメイトたち、その頬に差す朱は炎のせいだけではないだろう。正直、俺はこっ恥ずかしいので勘弁してほしい。
「お、踊りなんて踊った事ないからさ、上手く出来てるか……」
「こういうのは雰囲気だし、それに、その…… か、カッコいい、よ……?」
「―――っ!!」
どちらかというと、そんな甘ったれた台詞を吐きまくるリア充を撃滅したい。
とりあえず今踊ってる野郎の顔は全部覚えたからな。俺は未だに軽く揉めている3人に背を向けると、旨鹿の隣へと戻る。そして楽しそうに踊っている連中を遠巻きに眺めるしかない男子と視線を交わして暗い笑みを浮かべた。
「あぁ~ いいんちょぉ~ 相手いないなら踊ろうょ 楽しそうだょ~?」
「なっ、多々羅君っ ちょっと待ってくれ! 僕はダンスは苦手でっ」
「いいからいいから~」
俺たちは言葉を交わさずともわかっている。明日は久しぶりの異端審問会だ。
リア充どもめ、今のうちにせいぜい楽しんでおくがいい!
「なあ旨鹿、忙しくなるぞ。なんせ明日から粛清の嵐が吹く」
「ああ一之瀬、さっそく簀巻き用のロープを尼子屋から調達しなきゃならんな」
「ほう、それはそれは。自分が簀巻きにされるとは思ってもいないご本人から、こりゃまた悪どいですなっ」
「ええ、奴らの顔が絶望に歪むと思うと笑いが止まりませんよ。ちなみに私は先ほどの貴様の裏切りを忘れてないですからな?」
「まあまあそのへんは水に流すということで一つお願いしま――――」
――――う、旨鹿っ 今回は色々庇ってくれてありがとな……っ そ、その、お、オレと、おおおお踊ろうぜっ!
キョトンとする俺たちの間に入って来た弦月が、旨鹿の腕を掴む。
俺は軽く小首を傾げて言った。
「旨鹿氏、私たちは同志ですよね……?」
「どちらさまでしたっけ?」
「ど畜生ぉぉぉ~~~っ!!」
炎以上に顔を真っ赤にした弦月が、旨鹿の腕を掴んだまま踊りの輪の中へとズンズン歩いていく。
俺を振り返ったヤツの顔が、「しょ~がね~な~」的な優越に歪んでいるのを見て軽く殺意が沸いた。
俺の頭の上から聞こえる「く~ く~」というシロの寝息に全力で癒された俺は、深呼吸をしてから周囲を見回す。
更に勢いを増しつつあるキャンプファイヤーの周りでは、7組ほどのペアが思い思いに踊っていた。
そしてそれを遠巻きに見つめながら談笑する女子と、血涙を流す野郎ども。そして野郎共に混じってプルプル震える覆面の大男。
葵、小森ちゃんの2人は、今度は「順番」とか「管理」とか「飼育」とかワケのわからない単語を交えて揉めており、アーニャは先生に意見を聞くと言ってその場を離れた。
そして少し離れたところでは当のモモ先生が「ふぐっ えぐっ」と嗚咽を漏らして、なまはげ先生がそれをあやしている。
なかなかカオスな光景である。そして俺は重要な事に気付いて二度見した。
「―――なんか混じってるっ!?」
覆面の大男。例のストーカーだ!
弦月と旨鹿に注意を促そうと口を開いた、次の瞬間だった。
「消えたっ!?」
大男が消えた。目は離していない。なのに消えた。何が起きたっ!?
数舜ののち、覆面男がいた場所の地面が爆散するのを見て俺は全てを悟る。
――――クソッタレが! 速すぎるッ! 化け物めッ!
この間コンマ数秒。
視線を向けるより先に、俺は反射的に叫んだ。
「弦月ィッ!」
俺の声に弦月が振り返った時には、既に彼女の目の前に覆面男がいる。その距離、3mも無い。
一瞬、何が起こったかわからずポカンとしていた弦月の顔が恐怖に歪む。
ハッと事態に気付いた先生二人が即座に動き出した時、覆面男が低く、掠れるような声でボソリとつぶやいた。
「…………に、触れるな」
俺は飛び出す。ライジングはとっくにホルスターから抜き放っていた。遠慮は要らない。必要がない。
瞬間移動としか表現しようがない恐るべき脚力、ヤツはただのストーカーじゃない。間違いなく高ランカーだ。
「弦月逃げろォォッッ!!」
「い、イヤァ……」
弦月がイヤイヤと首を振りながらペタリと地面に座り込む。ブワリと噴き出した涙が頬を伝う。
そこでようやく事態に気付いた旨鹿が、強張った表情で弦月と覆面男の間に割り込んだ。その時――――。
―――ブワッッッ
覆面男を中心に凄まじい武威が爆発。ビリビリと空気が鳴り、鼓膜を直撃。軽い眩暈に襲われる。一瞬で背筋が凍りついた。動き出していた先生2人の足が地面に縫い付けられたように止まった。
有り得ない。なんだこのプレッシャーはっ!
火竜の咆哮の更に上だ。こんなもん不意に食らったら意識を飛ばされるぞ。
見上げるような大男、覆面男の背中が小刻みに震えている。暴力的に立ち上るオーラ、あれは怒気だ。
1日目の夜、俺が撃っても反撃するでもなく、今まで遠くから見ているだけだった覆面男が、今、初めて敵意を見せていた。
武威の直撃を食らった旨鹿は、みっともないほど膝を震わせている。恐怖にガチガチ歯を鳴らし、噴き出る汗が顎を滴り落ちた。しかし―――
「……誰だよテメェ」
しかし、旨鹿は決して逃げようとはしなかった。蛇に睨まれたカエルの如く、動けないだけかもしれないが、旨鹿は覆面男を睨み付けたまま目を反らそうとはしない。虚勢である。見え見えの強がりだ。それでも旨鹿は一歩も下がってなるものかと、滑稽に胸を張った。
「ストーカー野郎が……っ」
彼我の距離、5mで俺はライジングの引き金に指をかけ、そして躊躇した。俺の魔弾が通用しないのは実証済み、今撃ったところで刺激するだけ。俺に何ができる、どうしたらいい。
「旨鹿っ! 弦月を連れて逃げろ――っ」
無茶を言っているのはわかっていた。今この場にいる誰もがヤツの武威に飲み込まれて動けない。先生すらもだ。
弦月が、繋いだ手をキュッと握る。旨鹿がギュウッと握り返した。
すると、それを見ていた覆面男がビクリと反応する。そしてワナワナと体を震わせ、その揺れが次第に大きく荒くなっていく。
覆面男が天に向かって絶叫した。
「オレのカナちゃんに触るんじゃねえぇぇェェェっッ!!!!」
――――ドオォッ!
風が―――――破裂した。
旨鹿が体をくの字に宙を舞う。背面体当たり、『鉄山靠』だ。
長い滞空時間を地面と平行に、弾丸のようなスピードで吹っ飛んで行った旨鹿が地面に激突。
1度、2度、3度、とバウンドしてようやく止まり、呪縛が解けたかのように時が動き出す。
「あ、あ……ああぁぁ……」
「旨鹿ァァッッ!」
「ミナト君牽制っ 多々羅さんは弦月さんをっ!」
「みんな包囲だっ! 西郷寺君、神楽耶君は狙撃体制にっ!! 先生ッ!」
轟轟と吹き上がるキャンプファイヤーが細く長いシルエットを地面に刻む。
林間学校最終日、怒号と悲鳴と火の粉舞い散る混濁の鉄火場で。
俺は喉を焼き切らんばかりの雄叫びを上げた。
「秩序破壊ゥッッ!!」




