林間学校 最終日 キャンプファイヤー
何かが起きる予感がした(キリッ
と締めくくった割には、ほとんど何も起こらなかった。それでも何か起きたんだろう? と聞かれたならば、漢字違いでモモ先生が『怒った』、くらいのことだろうか。いや、正確に言うと俺がモモ先生に怒られた、が正しい。
一昨日、モモ先生の襲撃を食らった際に、女子二人が不審者の事を相談していた事を、俺は翌日朝起きてすぐに聞いていた。
先生はダークネスなエンジェルらしからぬ正義感で鼻を膨らませ、周囲の警戒を約束してくれていたのだが、どうやら昨夜のなまはげ先生は妨害行為と同時に、ボディーガードを兼ねていたというのだ。
それなのに俺がなまはげにセクハラしてしまったものだがら、当のなまはげ先生は『悪い子がいました!』とか言ってモモ先生に泣きついたらしい。
もちろん、先生は先生で周囲の安全を確認したからこそトンズラしたのだが、せっかくのボディーガードが台無しである。
ちなみにクリス先生は、みんながせっせとキャンプファイアーの準備に駆け回っている今も、恥ずかしがってなまはげのお面を外そうとしない。
こうして余裕をもって見てみると、北国は秋田伝統のお面と、布地面積少なめのエナメルボンテージのコラボレーションは、あらゆるジャンルをカバーすると言われるニッポン男子専用ビデオでもそうそう無い奇抜なシチュエーションだ。
しかもいつもの太くて固いのを握りしめてるものだから、もう何が何だかわからない。
むしろその格好の方が恥ずかしいと思うんですがどうでしょうか。
とまあ、それ以上のイベントも特になく林間学校のサバイバルタイムは終了し、最後の打ち上げとばかりに組み木を囲むクラスメイト達のテンションも上がる一方である。
つい1時間ほど前に全員の集合が完了したのだが、話を聞く限りみんなそこそこに苦労したみたいだった。
おやつにカウントされるバナナでなんとか飢えを凌いだとか、トイレの事を考えてなくて葉っぱで拭いたとか。
中でも特に酷かったのはCチームだ。
ヤツらが最期に集合場所に現れた時、俺たちは絶句した。
――――ウンバボッ ウンバッ
そんな原住民族的かけ声が聞こえたと思ったら、茂みの中から即席で組んだと思われる輿が現れる。そしてその輿の上の玉座で、まるで世紀末覇者の様に鎮座していたのは、まさかの千田君だ。
輿を担いでいた4人は恭しく輿を地面に置くと、さっと千田君の前に膝を付いた。
ちなみにドリルさんの目は完全に死んでいた。
お前らこの4日間で何があった。
それとは正反対に、実に優雅にアウトドア気分で楽しんだチームもいた。言うまでもなくAチームである。
彼らは毎日バーベキューにいそしみ、満天の星空を眺め、普段は触れる機会の少ない大自然を大いに満喫していた。
あの環境でどうやったらそこまでリア充になれるんだよ。
「きゃ~! なにこの子!? かわいぃ~~!」
「く、くあ、くあぁっ……!」
突如上がった歓声に目を向けると、少女漫画みたいな目をした女子達に追い回されて必死に逃げ回るシロ。
俺はやり切れない思いに襲われて頭を垂れた。
シロは普通の動物ではない。おそらくはここガーデンで生み出されたシステム上の生き物だ。
あれだけシロを溺愛しておきながらどの口でと言われるかもしれないが、俺だって物事の分別くらいはつけられるつもりである。
親とはぐれた野生動物を哀れと連れ帰る事が必ずしも正しくないように、可愛いから、気に入ったからというだけで我が家に連れ帰るというのは、単なる俺のエゴでしかない。
いくら「俺が責任を以て育てるから!」 と決意しようとも、そもそもゲートに入った瞬間に光化してしまうであろうシロに対して責任なんて言葉は偽善でしかないのだ。
たとえ俺たちが固い絆で結ばれていようとも、システム上の生き物はシステムから離れては生きていけない。そんな現実を知っているからこそ、俺は涙ながら拠点にシロを置いてきた。
動物保護団体の飼育員さんが、保護した動物を野生に帰すトキュメントのようにドラマチックな別れをしてきたのだが、なんとシロは俺たちに気付かれないよう付いてきてしまったのだ。
「くあっ くあっ!!」
シロが一目散に俺のところに逃げてきて、ピョンと俺の胸に飛び込んでくる。俺は反射的にシロをキャッチすると固く固く抱きしめた。
「ああっ ごめん、ごめんよシロ! 俺が不甲斐ないばっかりにっ!」
「くあぁ~~っ!」
心行くまで頬っぺたスリスリしていると、視線を感じたのでそちらに目を向ける。
「…………おいしそう」
そこには、人差し指を咥えながら、全くの無表情でよだれを溢す撲殺天使様がいらっしゃった。サバイバルを経てまた一つ逞しくなったらしい。
シロがビクリと体を強張らせ、俺の腕の中でプルプル震え始める。俺はシロの頭をそっと撫でると優しく言い聞かせた。
「いいかいシロ? あのお姉ちゃんは何でも餅にする癖があるから近づいてはいけないよ?」
ブンブンと物凄い勢いで首を縦に振るシロ。
薄々感じてはいたけども、この子、人間の言葉ガッツリ理解してるよね?
シロはそのまま俺の体を駆け上がり、俺の頭の上でとぐろを巻くようにして横になる。そしてそのまま落ち着いてしまったのか、大きな欠伸をしたあと、スースー寝息を立てて眠り始めてしまった。もしかしたら俺はこの子と出会うために生まれてきたのかもしれない。
そうして運命の偉大さに戦慄いていると、いよいよ木も組み上がりキャンプファイアーが始まるらしい。
「はーい! じゃあ林間学校のラストイベントっ! キャンプファイヤーを始めますよ~っ! フォークダンスなんかもしちゃうからね~っ」
そう言って大の字に飛び跳ねているのは、ここにいるどの生徒よりも幼児体型なモモ先生。
むしろ幼児体系というよりまんま幼児に見える彼女は、れっきとした20代女性で、「合法ロリ」という妄言を妄言でなくした傑物だ。
今日は一応、正規の課外活動ということもあって、彼女の中のダークネスも顕在化していないらしい。恐ろしきは『まじぷり☆えんじぇるぷろてくたあ』の超技術である。
「それでは神楽耶さん、火をお願いしますっ!」
先生の言葉に、一人の少女がスッと前に出る。
肌は人工光でこんがり焼いた多々羅とは違い、生まれながらのオリーブ色。髪はアッシュブロンドで瞳は翡翠。彫りは深く、目鼻立ちもはっきりしているが、ぎりぎりモンゴロイドの範疇で収まる程度で、俺たち日本人が最も思い描く理想の『外人』そのままの顔だちだ。
北アフリカの血が流れているという彼女を一言で評するならば『オリエンタルな美女』。
モロッコで生まれ育ち、去年、第二の故郷である日本に帰って来たばかりという彼女は、我がクラスが誇る発現系が魔法使いの一人。
神楽耶ジュリエッタだ。
「わたしは、一つの火をつけて、貴様らは危なかったので、離れやがれでした」
なので微妙に日本語が滅茶苦茶である。
他人を威圧するほどの美貌と、普段からあまり笑わない事も相まって、お近づきになりたいけども近寄りがたい女子の代名詞である彼女であるが、実は学校の花壇に水をやるのが日課という優しい女の子であることを俺は知っている。
攻撃的な日本語は、教わる相手が悪かったとしか言いようがない。
「た~まや~」
「神楽耶さん神楽耶さん! それは花火の時の言葉だよ!」
「わたしは一つ賢くなっているのです。仕返しに火あぶりする、してます」
神楽耶の掌に、ティッシュ箱くらいの大きさの立体変形魔法陣が浮かび上がり、そこから漏れ出るように放たれた炎が勢い良く組み木に纏わりつく。そして10秒もしないうちに組み木は盛大な炎を噴き上げるキャンプファイアーとなった。
『わぁ~』という歓声と共に、携行ライトの明かりだけだった広場は赤々と燃えるキャンプファイヤーの明かりで照らされ、クラスメイト達も心なしか興奮気味に炎を見上げている。
この数日間、こんなに大っぴらに火を焚くことが出来なかった俺たちは、その原始的な光景が織りなす熱に当てられて妙な興奮に包まれていた。
文明もクソも無い時代、人はきっと幻想的とも言える同じ光景を眺めて、同じ安心感を得ていたに違いないと、ガラにもなく哲学的な想いが頭を過った。
「じゃあさっそくフォークダンスタイム~っ!! 先生も学生の頃はイケメン男子の手を……手をと……っ とどっ 届かなくて……っ」
ふぐっ ふぐっ とえづき始めてしまったモモ先生である。
しかし、そこは教師の意地か、どこからか取り出したラジカセをドンと置いて、泣きながらポチっとボタンを押す。
マイムマイムみたいな古いんだか逆に新しいんだかわからない音楽が流れだした。
クラスメイト達が「お、おい、どうするよ」みたいな感じでザワつき始める。
「フォークダンスって言われても踊る相手なんかいねえし……」
俺は思わず吐き捨てた。
青春真っ盛りである。人生でも一番無茶したい年頃である。と同時に、俺は視線だけで妊娠可能な超兵器なのである。要するに、俺と踊ってくれるようなもの好きはいません。
そして、俺とはまた別方向で相手がいないと思われるヤツが俺の肩に手を回して言った。
「リア充は地獄に落ちる。かーちゃんが言ってたわ」
「今まで言わなかったけど、お前の母ちゃんって大概だよな」
「て、てめえっ 俺のかーちゃん馬鹿にすんのかっ!?」
ご存知の通り、イケメンなのにマザコン&馬鹿 という残念極まりない男。
もちろん旨鹿である。俺もコイツほど酷くはないと思うが、世の中結果が全てである。相手が見つからないという一点において、俺たちの間に差はないのだ。
「つっても、いきなり踊れって言われて、はいそうですかって相手見つけるヤツなんていんのかね」
「だよな、そんな世の中上手くいくわけ――――」
――――あ、尼子屋っ アンタがどうしてもって言うなら、一緒にお、おおお踊ってやってもいいわよっ
俺たちは、バッとその声の方に目を向けた。
「えっ? ひ、比佐山さん、急にどうして……」
「か、勘違いしないでよねっ! たまにはパシリを労わってやろうって思っただけなんだからねっ!」
そう言って比佐山は尼子屋の手を掴んで燃え盛るキャンプファイヤーに近づいていく。そしてそのやり取りを見ていたドリルさんが、ハンカチを咥えながら地団太踏んでいる。
呆然とその場に立ち竦んでいた俺たちは、ハッと我に返った。
「ま、まあ尼子屋はアレだよな? 最近モテてたし? 死ねばいいと思うけどおかしい話では無――――」
――――し、東雲君、一緒に踊ってもらいたいな~ なんてっ
「ぺッッ!」
「死ねっ!」
思いっきり唾を吐く俺たちをあざ笑うように、そこらじゅうで次々とカップルもどきが出来上がり、炎の周りに人だかりが増えていく。
ネタとして女子同士、男子同士で踊っているヤツもいるが、意固地に毒を吐いている俺たちよりもみんな楽しそうに青く恥ずかしい青春の1ページを謳歌していた。
正直羨ましい。しかし、ここまで意地を張っておいて今更参加したいというのはどうも言い辛い。
「けっ どいつもこいつも浮かれやがって! なっ? 一之瀬、お前もそう思――――」
「い、一之瀬君っ! わ、私と踊ってくれませんかっ!?」
「えっ 小森ちゃん……?」
まさかの小森ちゃんがそう言うと、俺の手を取って踊りの輪に連れ出そうとする。
俺が戸惑っていると、スッと俺から離れた旨鹿が死んだ目で言った。
「なあ一之瀬、俺たち、親友だよな……っ?」
俺はニッコリ微笑んで言った。
「ええと、どちらさまでしたっけ?」
「ちくしょぉぉ~~~っっ!!」
心地よい慟哭を聞きながら、手を引かれるままに歩く。
といってももちろん、俺は別に思いあがっているわけではなかった。
小森ちゃんは今回同じチームになっただけで、今まではほとんど接点がなかった子である。おそらくは2日目、ゾウに追われた際に助けた事に対する感謝なのだろうと思う。
そしていよいお、さあ踊ろう! というタイミングで俺の手をガッシリ掴んでくるヤツがいた。
「…………その手を放して。ミナトは私のパーティーメンバー」
フォークダンスだと言っているのに、何故か血濡れの10tハンマーを担いだ女修羅。
神城葵さんである。
「一之瀬く……ミナト君はEチームのメンバーですっ! だから離しませんっ! 一生……」
最後にやたら不穏な単語が聞こえたような気がしたが、今は取りあえず置いておこう。とりあえずは葵さんだ。いつも一緒に組んでいたから俺にはわかる。何故か葵さんが完全にブチ切れていらっしゃった。
「…………牛は牛らしく乳でも絞って寝ていればいい」
「う、牛じゃないですっ! それに一之瀬く……ミナト君は大きいおっぱいが好きなんです。期間中もずっとわたしの胸を目で追っていたんですっ! そうですよねミナト君!?」
「…………………ミナト?」
「ち、ちがっ! ち、違わないけど違うんだ葵!」
・
俺が必死に弁明している時、突然体中の毛穴がかっ開く。ゾクリと背筋が凍る。
猛烈に嫌な予感がして背後を振り返ると、そこには心のどこかで半ば予想していた人物。今、一番出てきてほしくない人物が満面の笑みで立っていたのだ。
「ミ~ナトっ! 一緒にお~どろっ でヤンスぅ!」
「……女狐、死にたいらしい」
「て、敵なので殺しちゃっても良いんでしょうか……っ」
俺は一人、天を仰いだ。




