林間学校 3日目
「よっしゃっ 捕まえた!」
「ナイス一之瀬っ! これで今日は肉が食えるぜ!」
20kgくらいだろうか。うり坊と呼ぶには大きく、成体と断ずるには小さすぎる、ちょっと茶色の豚さんみたいな見た目のイノシシを捕まえた俺。
バタバタと必死に足をバタつかせて暴れるイノシシの胴を抑えて地面に抑え込むと、イノシシは己の運命を悟ったのか、ピタリと抵抗をやめて、その首を落とさんと振り上げられた剣を見上げた。。
「俺が押さえてるから旨鹿、とどめ頼む!」
「任せとけ! 今夜はぼたん鍋だぜっ! 今ぶった斬ってや…………」
―――ぶいっ ぶいぶいぶいぃぃぃ~~っ
悲し気に、そして懇願するようにつぶらな目で旨鹿を見上げるイノシシ。
ガサリと揺れた茂みに目を向けると、兄弟なのだろうか、同じくらいの大きさのイノシシが逃げもせずにじっとその様子を見つめてている。
「お、おい旨鹿、早くコイツを……」
「お、おう、わかってる。俺はわかってるぞ一之瀬」
フウっと一度、剣を下ろし、旨鹿は仕切り直しとばかりに再度大上段に構える。
――――ぶいっ ぶいぶいぶいっっ
「な、なあ一之瀬、提案があるんだ……」
「……一応、聞いといてやる」
「今日、肉を持って帰ったヤツはヒーローだと思う。俺はその栄誉をお前に―――」
俺は渾身の笑顔で言った。
「ヒーローさんお願いしゃーっす!」
「ちょ、お前卑怯だぞっ!!」
「ヒーロー先輩しゃーすっ!」
旨鹿の頬を、ひとすじの汗がタラリと伝う。ヤツは「ぐぬぬ」と頬を引き攣らせ、俺はさらに良い笑顔を浮かべた。
すると突然、捕まえたイノシシと、茂みに佇むイノシシが互いに鳴き声を上げ始める。
――――ぶいっ ぶいぶいぶいっ
――――ぶ、ぶぶいぃぃ~~!
母ちゃんを、頼むぞっ
わかった……っ わかったよ兄ちゃんっ!!
達者でな……
うん、きっと天国で会おうね……
そんなやり取りだったかは定かではないが、少なくとも俺にはそう聞こえた。
旨鹿なんかはもう体中をガクガク震わせている。家族ネタにすこぶる弱い旨鹿さんにはもっと生々しい脳内変換が行われているに違いない。
「い、一之瀬…… 俺は、俺は……っ」
「肉は、また今度にするか……」
「スマン、本当にスマン…… 恩に着る」
溜息をつきながら俺が手を放すと、数瞬、イノシシは状況が理解できなかったのかキョトンとしていたが、俺がペシリと背中を叩いたら、慌てて弟(勝手に俺が思ってる)の方に向かって駆けていった。
「これで、良かったんだ…… 1日くらい肉が食えなくたって死なないもんな!」
「大体首切った後どうすりゃいいかわかんねえ」
今日は男女二組に分かれての行動だった。
「でっかい獲物を持ってきてやるから楽しみにしてろ!」と意気揚々と狩りに出てみればこのザマである。モンスターならば躊躇なく殺せるというのに、それが普通の動物となると抵抗感が物凄かった。
肉なんてスーパーでしか見たことのない俺たち世代にとってはハードルが高すぎる。
一日駆け回ってようやく捕まえたイノシシだというのに、仕留められなければ意味はない。
俺たちはこれでもかというほど肩を落として狩りを諦め、結局、採取に精を出すことにした。
採取と言ってもやはり俺は素人である。しかも学校でもサバイバルのカリキュラムは2学期に入ってからでまだほとんど行われていないのだ。
順序が逆な気がしないでもないが、敢えて先に林間学校なのだろうと思う。人は必要性を感じなければ真剣に取り組まない。真剣に取り組まなければ習熟度に天と地ほども開きが出る。
今回、全員が痛感したはずだ。何もない所で何も持たずに生き抜くことの厳しさを。人がどれだけ脆弱な生き物かということを。この林間学校はきっとそれを俺たちに認識させるのが狙いなのだ。
そこらに生えてる木や草のどれが食べれるかなんてさっぱりである。
手持無沙汰にその辺をうろうろしていると、やたら旨鹿がてきぱきと何かを採ってはリュックに放り込んでいく。
俺は不思議に思って旨鹿に声をかけた。
「旨鹿、お前さっきから何採ってんの?」
「キノコだよ。うめえんだぞ」
「素人が手を出してはいけない食材NO,1だと思うんですけど……」
「バッカ! こう見えても俺はキノコには詳しいんだって。ウチは8人兄弟で貧乏だから普段から山でキノコ採ってんだ。まあ俺に任せとけ」
「お、おう……すげえな」
普通に考えたら地雷っぽいけど、本人が楽しそうなので俺はとりあえず笑っておく。
キノコがあると聞いて周囲を見てみるとなるほど、ところどころそれらしきものが生えていた。素人目にも食えそうだなと思う地味なやつから、世界に誇る土管工が巨大化するであろうこと間違いなしのものまで様々だ。
俺は素直に諦めてその辺を散策し始める。
すると突然、目の前を白い何かが横切り近くの茂みに消えた。
「ん? なんだ……?」
「一之瀬、どうした?」
「わかんないけど、なんか変なのがいた」
「気を付けろよ、俺はこっちでキノコ採ってるから何かあったら声かけろな」
「ああ、ちょっと探してみる」
少しだけドキドキしながら茂みをかき分ける。どうせ動物だろうしすぐ逃げて見つからないだろうとタカを括っていたら、意外にもソイツはあっけなく見つかった。
―――くあっ
「え? 蛇か……? いや、トカゲ……?」
パッと見は小さい白い蛇。しかし蛇にしては胴が太いし、体表はウロコというよりは肌っぽい。
クリっと愛嬌のある目はまん丸で爬虫類っぽくないし、何より可愛らしい足が生えていて、蛇ではないことは間違いない。
しかも、なんか怯えたように体をプルプル震わせ、この世の終わりのような感じで俺を見上げでいるし、目にはうっすら涙さえ浮かんでいるように見える。
何なんだこの生き物は。オコジョのようにも見えるが、どう見ても哺乳類ではない。
息吹に持ち込まれた野生動物にも見えないし、さりとてモンスターにしては可愛い過ぎる。
全力で庇護欲に訴えかける容姿は、ある意味生存競争に生き抜く知恵だというが、この生き物もそうなのだろうか。
興味を引かれた俺は、その場にしゃがみ込むと、ソイツに向かってゆっくり手を伸ばす。
すると、ソイツは一瞬だけ俺から逃げようと足を踏ん張ったが、ケガをしているのか、そのままコテンと転んでしまった。
「くあっ くあぁっ」
逃げられない事を悟ったソイツは悲し気に鳴いて、懇願するように俺を見る。
俺は思わず呟いた。
「アラなんて可愛い生き物かしらっ!?」
昨夜、おやつ強盗を免れたシリアルをリュックから出すと、少しつまんで鼻先に近づけてやる。何となくお腹が空いているように見えたのだ。
根拠はないが、嚙まれることは無いと確信していた。挙動を見る限りこの子には知能がある。自身の置かれた状況を正確に理解している。敵対行動に出て良い事など一つもない事を知っているはずだ。
すると、その子は警戒するようにシリアルの匂いを嗅いで、恐る恐る咥えて頬張った。
「くあっ! くあっ!」
よほど気に入ったのか、ペロリと全部平らげると、「もっとちょうだい!」とばかりに近づいてきて、俺の膝を短い前足でペシペシ叩く。
俺は無造作にその子を抱え上げて宣言した。
「今日からお前はシロです」
「くあ」
「さあパパってよんでごらん」
「くあ……っ」
嬉しそうに鳴くシロの頭をナデナデ。きゃっきゃウフフである。
そうして二人の世界にどっぷりつかっていた時、背後から無粋な声がかけられた。
「お、でかした一之瀬! 今日の晩メシ捕まえたのか!?」
「あぁ? テメーうちのシロに指一本でも触れてみろ、はっ倒すぞボケ」
「な、なんだよ、冗談だからキレんなって。それにそれ地球の生き物じゃねえだろ? ここじゃモンスターは食料になんねーし」
「モンスターじゃねえ。シロだ。ねっ? そうだよねシロ?」
「くあっ!」
ほら見ろ。シロもそう言ってるじゃねえか。
俺が勝ち誇った笑みを浮かべると、何故か旨鹿は可哀想なものを見る目で俺を見た。
しばき倒してやろうかと思ったが、シロを怖がらせてしまうかもしれないので我慢した。
「もうすぐ日が暮れる。そろそろ拠点にもどろうぜ」
「あ、もうそんな時間か…… じゃあ戻るか。さあおいでシロ」
「くあくあっ!」
「前から思ってたけど一之瀬、お前ほんとアレな」
――――――――――――
3日目も夕時。俺たち男子二人は水場で服を脱ぎ、豪快にシャツを洗っている。
今日も当たり前のように暑かった。だが水場を確保した俺たちにとってそれは大した問題ではない。
ここ2日は、流れ出る汗イコール水分という認識があってデメリットばかりにしか目がいかなかったが、心に余裕が出てくるとメリットの方にも自然と目が行ってしまう。
「眼福だな一之瀬」
「眼福ですな、旨鹿氏」
うら若き乙女が頤に雫を垂らし、顔を振るたびに弾ける水滴は、そう、美しい。
「君の涙より汗は美しい」という往年のサッカーアニメ主題歌は、この世の真理を突いた名言だと俺は思う。
ただそれだけで美しいというのに、今、目の前で繰り広げられる光景のなんと荘厳なることか。
「ピチピチだな一之瀬」
「ピチピチですな旨鹿氏」
暑いから汗をかく。これは男女問わず訪れる人間の生理現象。
当然女子だって汗をかく。そして汗のしみ込んだシャツはべたべたして気持ち悪い。汗を落としたい。
しかし女子は俺たちみたいに気楽に脱ぐわけにはいかない。なぜなら、女子の体にはそう簡単に人目に晒してはいけないとされる部分があるからだ。おっぱいとか……おっぱいである。
ならば彼女たちはどうするか。
浴びるのである。天高く舞い散る水しぶきを全身に。
日中、火照りに火照った体を冷ます快感に、テンションが上がっちゃった彼女たちは、無邪気な歓声を上げながら、水を掛け合ってはしゃぐのである。
うっすらと上気した頬。滴る水滴。響く歓声。
無遠慮に浮かび上がっていく肢体が沈みかけた夕日を浴びて、やけにエロティックに陰影を浮かび上がらせる。
こうしてみてみると、Eチームの女子はみんな巨乳だ。しかもその内一人は戦艦クラスである。
俺と旨鹿は、ソレを音で表現する事で合意した。
弦月は、ユッサ ユッサ
多々羅は、ぽよん ぽよん
そして小森ちゃんは――――
「ぼよよ~~ん ですね一之瀬さん」
「ええ、もはやドリブルですよ、あれは」
そんな馬鹿な事を言っているが、俺たちは決してサボってるわけではない。
旨鹿が採取したキノコと、女子がとってきた野草やら野菜やら、そしてまさかの鶏肉を刻んで鍋を作っているのだ。
「ていうかこの鳥、誰が捕ってきたんだ……? 羽むしりもしてあるし、内臓も綺麗に処理されてんだけど……」
俺たちがビビッて殺すこともできなかった動物を仕留め、更に素人なら催してしまう事すらあるという下処理。一体誰がと思ってしまうのも仕方無い事だ。
「ああ、小森リーダーだってさ」
「は? え? こ、小森ちゃん……? じゃ、じゃあ帰ってきたとき、彼女の顔についてた赤いのって……」
「血だな。返り血だ」
「あ、そう……」
「内臓引き抜きながら『一之瀬君、喜んでくれるでしょうか?』って言ってたそうだ」
「……………そ、そうね」
よくわからないが、ゾクっとした。
俺の頭の片隅でけたたましい警鐘が鳴り響いているが、誤報だと思いたい。
重苦しい沈黙の中で淡々と食材を切る。なんかさっきまでおっぱいの効果音とか当て込んでた気がするんだけど気のせいだったかしら。
ふと横をみると、シロがせっせと焚き木になる枝を集めていた。教えてもいないのにとんでもなく頭の良い子だ。よしよしと撫でてやるとシロは嬉しそうに鳴いた。
鍋が沸き始めると、何とも言えない良い匂いが漂う。3日ぶりのまともな食事である。唾液腺が壊れたんじゃないかと思うくらい際限無く唾液が溢れ、オーケストラが出来るんじゃないかというくらいフリーダムに腹が鳴った。
「おーい、メシできたぞー」
「わーい! ごはんだょ~!」
「メシだーっ!」
味付けは持ち込みの許された塩だけだが、キノコと鳥肉のアホみたいに濃厚なスープが腹に染み渡る。イモみたいな野菜が脂を吸って、口の中に入れた瞬間にハラリと解ける。どれもこれもとんでもなく旨かった。
俺たちは我先にと夢中で鍋を掻っ込み、10分もしないうちに食事が終わる。少しだけ物足りない気がしないでもないが、明日の事も考えると腹八分目に抑えておくべきだ。
今日も俺たちは遅番なので、食ったらすぐに横になって目を瞑る。そうしてウトウトしていると、昨日と同じように突然女子の叫び声で目が覚める。
「ひい~~ 出たぁ~~っ!!」
「きょ、今日こそはお菓子を守って見せますっ!」
その瞬間、俺には関係ない事をがわかったので俺はゴロリと寝返りを打った。
しかし、そうはさせんとばかりに、闖入者が吠える。
「悪い子はいねがー!」
なまはげである。
こんなクソ暑いのに、まさかのなまはげ登場である。
しかもよく見てみると、お面はなまはげなのにその下は見た事のあるボンテージ。全体を見て一言で言うならば、ただの変態である。
ボンキュッボンの大人な体にうっすらと汗が浮かぶ。脂の乗った腰と、鎖骨のあたりが汗で妖しく光り、とんでもなくエロチックな光景だった。
「なまはげ先生、何が『未だ』なんですか?」
全身真っ赤に染まったなまはげ先生が、翻訳不能な喚き声を上げながら逃げていった。
一体何しに来たのだろうか。いまさら何を妨害しに来たのだろう。
そんなことをぼんやり考えながら、俺は再び目を閉じる。
明日は最終日だ。
何もなければいいけどとr希望を抱いてみるが、毎度毎度イヤになるほど、無事に何かが終わったためしがない。深く溜息を一つ落とすと、一緒に寝ていたシロが「くあ」と鳴いた。
何かが起きる予感がした。
次回から山場です




