林間学校 2日目 夜の部
忘年会やらクリスマス・年末年始のデスマーチやらで、少しだけ週2くらいにペースが鈍るかもです
「スマン、オレだけ見張りやんないなんて」
「気にすんな。命助けてもらっといて、それっぽっちの事で文句あるはずないだろ」
日が落ちて暫く経つ。
パチパチと音を立てる篝火の向こう、赤々と燃える炎が、しゅんとしょげ返る弦月の眉根のあたりに深い影を刻んでいる。
普段ならば『野郎どもは働け!》とケツを蹴りあげる彼女も、体育座りで背を丸め、立膝に口元を隠して小さくなっている姿を見ると、やっぱり女の子なんだなと思う。
「誰も気にしてねぇんだから寝とけって。その代り明日存分に働いてもらうから覚悟しろな。寝不足は色々大敵だってかーちゃんも言ってたしよ」
全員が持ち回りで行う見張り番を免除された事に納得出来ない気持ちを感じつつ、心のどこかでホッとしている自分に我慢がならないのだろう。頭は弱くとも、心まで弱くなってしまったら冒険者として終わりだ。
しかし、何者にでも向かっていく蛮勇こそが心の強さと言うかといえば、それは違うと俺は思う。
弦月は幾分目を潤ませながら口元を引き結んだ。
なぜこんなことになっているかというと、話は昼間まで遡る。
俺が小森ちゃんをおぶって昇った山の頂上。そこには果たして水場はあった。
それもグラウンドの脇によくある、荒い石造りの上向きに蛇口が付いたアレ、それがそのまま山の頂上にあったのだ。これ以上ない水場だった。そしてつくづく頭のおかしい設計だと思った
蛇口をひねればカルキ臭い水が飛び出す事間違いなしの水場を前に、俺たちの到着を待ってガマンしていた3人。先に飲んどけばいいのにと思ったが口には出さない。逆の立場だったらと想像すると、俺も青臭い事を考えないとは言い切れないと思ったからだ。
俺たちが頂上に辿りついた瞬間、俺たちは我先に争って水を奪い合った。想像通りのカルキ臭い水を、腹いっぱい飲むことになるなんて想像もしなかった俺たちは、その内はしゃいで水浴びまで始めてしまった。
思い出しては胸焼けするほどの青春寸劇を繰り広げている最中、どこか浮かない顔をしている弦月に気付く。
なんかあったのかと聞く俺に対して旨鹿は、実はここに辿りつくまで、あの覆面野郎と遭遇したのだと言った。
ここは息吹の中でも特定の目的に限定して使用される特殊フィールドである。
この前の事件があって、絶対などとは言い切れないが、それでも一般人が勝手に入って来れるような場所ではない事だけは間違いない。
いくら弦月に目を付けた不埒者とはいえ、たかがストーカー如きが侵入できるほど息吹のセキュリティは甘くないし、モンスターが徘徊するこのフィールドを素人が一人で生き延びられるはずが無いのだ。
「俺もあのヤロウを追ったんだけど簡単に巻かれちまった。ありゃ素人じゃねえぞ」
もうこれはストーカーと笑って流せるようなレベルは通り越している。俺たちが見失うようなクラスの不審者が俺たちの周りをうろついているのである。
死に戻り機能のある訓練用ガーデンでは、致命的な犯罪は起こせるはずもないが、心い拭えない疵を刻むことは十分可能だ。
俺は正直な気持ちを旨鹿に語った。
「いよいよリタイアしたほうがいいんじゃないか。この前の事もある。背に腹は代えられないぞ」
「俺も言ったんだけどよォ、当の弦月が絶対イヤだって言うんだよなあ……」
冒険者高専。生徒は好き勝手やっているようでそこはやはり学校である。当然の話だが、めんどくさい事に成績なんてものもある。
確かにいざ冒険者として旗を振る時に成績はあんまり関係などない、しかし成績優秀者がもらえる魔道具あ、何かと物入りの俺たちにとっては喉から手が出るほど欲しいものだし、錬金工房の融通であったり、ギルドに所属するしないのところでも、学校での成績というのは絡んでくるため疎かにはできない。
安全管理の問題なので、学校側の責任と言えそうではあるが、冒険者学校の方針を考えるとどう転ぶかは疑問だ。先生二人は理解してくれても、学校側としては「本番ダンジョンで、イレギュラーに一々抗議するのか?」の一言で片づけるだろう。
そんな事情がある。弦月は連帯責任が適用されるこのチーム戦の場面で、自分のせいで迷惑をかけることが何よりも嫌なのだ。
無理をせずに冒険者は勤まらない。だが、同時に無理のしどころも選ばなければ続かない
見たところ、表情に陰りがあるだけで、ショックで動けなくなるとかそう言う事はなさそうだ。実際、道中戦闘はこなしていたというし、こうして一緒にいれば普通に振る舞おうとしている。実習継続自体は出来そうだ。
だが、夜、一寸先も見えないような暗闇の中、見張りをさせるのは流石にキツイだろう。いざというタイミングで動けなければ、取り返しのつかないことになりかねない。
弦月は見張り番から外すべきだ。その代り明日の昼に頑張ってもらおう。
俺と旨鹿は話し合ってそういう結論に落ち着いて小森ちゃんに報告、そしてその旨を弦月に言ったのだ。そして冒頭に戻るのである。
「悪ぃ…… オレ、明日はがんばるから……」
「かなでん気にしすぎぃ~ ナナはぁ マッテリアのシェイクで手を打つょ~」
「こ、こういう時はお互い様ですっ」
「そうと決まったらさっさと動くに限る。ちゃちゃっとメシ食って寝ようぜ」
雑巾よりも水分たっぷりのシャツを、洗って火のそばで干していたが、もうそろそろ乾いただろうと確かめてから着る。俺と旨鹿は当然の如く半裸である。こういう時、男は楽だとつくづく思った。
小森ちゃんがちょっと残念そうな顔をしたのは気のせいだと思いたい。
先ほどから火にかけている鍋の蓋を開けると、湯気と共に何とも言えない香りが溢れて、口内に唾液が無茶苦茶に分泌される。
空腹は最高の調味料とはまさに至言だ。
散々体を動かしたあげく1日半ぶりの食事は、ごはんだか粥だかよくわからない代物だったが最高にうまかった。臓腑に染み渡るとはこの事かと、軽く涙目になっているメンバーの顔を見回して軽く吹き出す。
食べる事は生きる事だ。
文明社会から離れたところで生きる難しさと、ダンジョン探索の厳しさ、そして何より食い物への感謝の気持ちを再認識しただけで、この林間学校に参加する意味は十分にあると思った。
本当ならばおかずを調達したいところだ。もしかしたらAチームなんかは豪勢な晩飯を食べているかも知れない。
しかし、今日は水が確保できただけでよしとしよう。明日はここを拠点に狩りだ。そして明日の事を考えるならば今は体力回復に努めるべきだ。
片づけもそこそこに、ザックを枕にごろりと寝転がる。今日は女子二人が先に見張りだ。
「でも意外だよな。お前なら不審者なんざキンタマ蹴り上げて大笑いくらいしそうだと思ってたわ。なんか嫌な思い出でもあんの?」
いきなり弦月に質問を始めた旨鹿。
中々お前も踏み込むなあと感心しつつ、ここまでくればもうそんなに気を使う相手でもないかと俺も止めない。
すると、体育座りのまま、膝に顔を埋めた弦月がポツリポツリと語り出す。
「実は…… オレの家って特殊で、オレ小さい頃に誘拐された事があって―――」
「マジ!? なんか変な事されたの!?」
「ちょ、おまっ 旨鹿、デリカシー無さ過ぎだぞお前!」
あまりのド直球に焦る俺を制して、弦月は自嘲するように笑った。
「いや、いいんだ一之瀬。変な事はされなかったしよ。ただ、それ以来、何つーのかな…… 知らない男が怖くなったというか…… 苦手っつーか……」
「え、男子全員シバき倒してるお前が……? 男が苦手……?」
「しょ、しょーがねーだろ! 怖くて殴り飛ばしてるうちに、その…… いつの間にかこんなになっちまったんだよっ!」
クラス女子の中核。粗野で乱暴だが頼りがいのある男女。頭は弱いが腕っぷしは強い女、弦月奏。
実は男性恐怖症という衝撃の告白に、俺と旨鹿は茫然と口を開いた。
その後もつらつらと語る弦月の言葉をまとめるとこうだ。
彼女の家はお金持ちというわけでもないが特殊な家で、何らかの要求のために幼い彼女は誘拐された。
誘拐の数日前から、変な視線や、不穏な雰囲気を何となく感じていたが、学校の先生が言う「変なおじさん」くらいの認識だったがしかしその日、彼女はその変なおじさんに襲われ、日の光も入らないどこかの地下室に監禁された。
その時の犯人の形相が今でも心に焼き付いて離れないという。
それ以来、知らない男性が近づいてくるだけで恐怖を感じるようになり、そこまででは無いにしろ、彼女の中では学校の男子すらも恐怖の対象となった。
小さい頃、女の子の肩に手を置いて呼び止めるくらいの事は、男子ならば誰でもしたことがあるだろう。しかし、それすらも彼女にとっては過去の恐怖を思い起こさせる呼び水だ。
最初は悲鳴を上げ、泣きながら相手の男子を無我夢中で殴ったという。
そして殴られた男子が呼んだ仲間を更に返り討ち。噂が敵を呼び、そしてそいつらを一人残らず返り討ちにしていくうちに、気づけばいつしか彼女は女王となっていた。
「いつの間にかそういうキャラになって、口調だってこんなんじゃなかったのに……」
ちょっかいかけてくる男子を片っ端からボコボコにし、勝ち誇った笑みを浮かべて「男は弱い」と吐き捨ててきた彼女は、誰にも言えぬ仮面を被り、そしてその仮面が彼女の偶像へとすり替えられていった。
かけ離れていく自身のイメージと真実をすり合わせる機会も無いまま、置き去りにされた本当の自分を晒すことなく弦月奏を演じ続ける。
彼女は思った。
強くなろう。悩んでしまうのは自分が弱いからだ。強くなればきっとこんなしょうも無い悩みも無くなるに違いない。
そうして強くなるために選んだ道は、奇しくも父親と同じ冒険者という道だった。
冒険者高専入学より順調にレベルアップを重ね、今やレベル7に達した彼女をどうにかできる一般人男性は皆無と言っていいだろう。
「だいぶマシになったと思ってたんだけどな……」
確かに同級生をはじめとする知り合いや、同じコミュニティい所属する男に対する忌避感は無くなった。
それなのに一向に男性恐怖症は治らない。いや、強くなったからこそ更なる高みにいる存在の凄さが肌でわかってしまう。その気になれば自分など指一本で制圧出来る化け物共がごまんといる事を知り、素性の分からない男に対する恐怖感のようなものはむしろ酷くなったと言っても過言ではない。
そしてここ最近の不審者騒ぎである。
俺には男が怖いという彼女の感覚は理解できないが、それでも女の子が不審者につきまとわれて平気なはずが無いという事くらいはわかる。
チームメンバーとはいえ、普段はあんまり組むことも無い俺たちに対して、弱音を吐いてしまうくらい参っているということだろう。
俺は精神科医ではない。カウンセラーでも何でもないただのクラスメイトだ。
だけど、今、彼女と一番同じ目線に立つことのできるのはお偉い先生方より、馬鹿でどうしようもない俺たちクラスメイトなのではないか、そう思った。
「苦手なもんの一つや二つ、誰にだってあんだろ。俺はかーちゃんが怖ぇ」
「なんだよブレねえな旨鹿。俺は……アレだな、まんじゅうが怖い」
「はぁ? まんじゅう怖いってお前、どうかしてるぜ!?」
「予想通りのどうかしてるリアクションありがとう旨鹿。とにかく弦月、そういうこった。俺たちはチームなんだから持ちつ持たれつだ。わかったら寝ようぜ。明日こそ俺は肉が食いたい」
闇夜で不安定に揺らめく炎がやんわりと俺たちを照らす。はっきりとはわからなかったが、かすかに弦月が微笑んだ気がした。
「じゃ、俺は先に寝るよ。つーか眠くて死にそうだ。おやすみー」
「おう、おやすみだな」
「お前らありがとな。おやすみなさい」
ごろりと寝転がる。気を張っていたので気付かなかったが相当疲れていたのだろう。瞼を閉じるとすぐに強烈な睡魔に襲われて、俺は心地よいまどろみに身を任せた。
――――――――
「ああっ やめてください~ッ!」
「イヤァァァ~! ひどいょ~~っ!!」
見張りをしていた女子の叫び声で飛び起きる。即座に武器を手繰り寄せて戦闘態勢をとった。
「なんだ!? 敵襲かッ!?」
旨鹿と弦月も飛び起きて悲鳴の出所に目を向ける。
その先、爆ぜる焚火のすぐ向こうに浮かび上がったのは、闇に溶け込むような黒のコスチュームを身に纏った一人の幼女。
俺たちの目が驚愕に開かれる。
すると、その幼女はその場でクルクル回ってポーズをキメると、アホみたいなテンションで言った。
「ぐわーはっはっはっ 悪の魔法戦士っ だーくねす☆えんじぇる参上だよぉぉ~~ッ!!」
そもそも寝起きで事態が呑み込めない上に、まさかの『だーくねす☆えんじぇる』さんである。心の底からワケがわからない。
黒いフリフリに黒のリボン。黒のマントに黒いブーツ。いっそ不自然なほど黒で身を固めた幼女はわざとらしく黒い笑みを浮かべた。
丸腰のだーくねす☆えんじぇるさん(呆)を捕まえようと飛びかかる女子二人。そしてそれをスルリと躱すだーくねす☆えんじぇる。
なにやら、誰かのリュックを小脇に抱えてふんぞり返る悪の手先と再びじりじりと距離を詰める多々羅と小森ちゃんという意味不明な構図だ。
「ぐわはははっ 私は悪の戦士なのでこうしてくれるっ!」
すると、だーくねす☆えんじぇるが、リュックの中に手を突っ込む。
引き出された手に握られていたのは、あろうことか、小森ちゃんが大事に大事に取っておいた虎の子のポッキーだった。しかもちょっとリッチで贅沢なやつだ。
だーくねす☆えんじぇるが くわっ と目を開く。
「ふははっ 絶望するがいい! 必殺っ! だーくねす☆ねめしす~っ!!」
「ひいっ それだけはっ!」
そして、おもむろに包装を開けてポッキーを食べ始めた。まさに極悪非道である。
「あ、これ、おいしいね」
そう、素で呟いただーくねす☆えんじぇるは瞬く間にポッキーを食べ終えた。崩れ落ちる小森ちゃん。
「次はこれだ!」
その幼い手に握られていたのは、多々羅ナナの心の拠り所。ハーゲンダッツだ。
「くうっ! なんて邪悪なっ!」
「ふははっ こんなものはこうしてくれるわっ! だーくねす☆じぇのさい――――これ溶けてるからおうちで食べる」
「そ、その子を返してょ~~ッ!!」
ハーゲンダッツの蓋を閉めると、ちょっとイイ女風に襟元を引っ張って放り込んだ。おそらく、当人としてはセクシーに胸の谷間に隠したつもりなのだろう。まさに悪逆無道である。
一部始終を見ている事しか出来なかった俺たち。
そんな俺たちを勝ち誇った顔で睥睨するだーくねす☆えんじぇ―――めんどくさい、もも先生です。
すると突然、旨鹿が叫ぶ。
「だ、誰だお前はッ!?」
誰だじゃねーよ。どう見てもモモ先生だろうが。
俺がため息をつくと、先生が無い胸を反らして偉そうに言った。
「フハハハッ 私は魔界より召還された悪の魔法戦士、だーくねす☆えんじぇるっ!」
「おいどうする一之瀬っ!? こんな時にヤバそうなヤツがっ!」
「ヤバいのはお前の頭だ」
先生の装備はかの有名な「まじかる☆ぷろてくたあΩ」である。
大人の夢と希望が詰まった淑女防具には、大人の心をくすぐる漆黒モードが搭載されているのだ。
防御力が変わることもなく、ただコスチュームが漆黒に染まるだけのソレは、誰の心にもあるダークネスを纏い、魂に眠る厨二だけが走り出す謎の無駄機能である。
林間学校の説明の時、モモ先生は「先生が妨害行為を行う事がある」と言っていたが、今の今まで何もなかったので、どんなことをしてくるのかと思ったら、まさかのお菓子強盗だった。
微妙にじわじわ来る嫌がらせだ。
モモ先生が高笑いし、多々羅と小森ちゃんが崩れ落ち、旨鹿が武器を構えて「くっ!」とか言っている。
比較的普通にしているのは俺と弦月だけだった。
「弦月、お前はあっち行かなくていいのか? 大事なよっちゃんイカなんじゃねえの?」
「ああ。この前、もも先生がよっちゃんイカ好きじゃないって言ってたからな」
「あ、それで落ち着いてんのね」
妨害行為と言ってもモモ先生なので危険は皆無。そもそも敵うはずが無いし抵抗しても労力の無駄だ。
俺たちは水を確保したし、米はもう無い。明日は食料調達予定だし、2日くらいはどうにでもなる。
カオスな光景も見飽きたので、さっさと寝るに限る。
「よっちゃんイカはお菓子ではなく、おつまみなので没収です」
「うそだろぉっ!」
再びごろりと横になった俺は、弦月の悲痛な叫びを聞きながら目を閉じた。
2章もあと4話くらいの予定です




