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林間学校 2日目 午後の部

 全身がバラバラになりそうだ。

 筋肉がブチブチと弾け、骨が軋む音が聞こえる。断続的に電流のような衝撃が体を駆け巡り、無理やり肺の空気が喉へと押し寄せる。

 

「―――ガッ カ、カカッ」


 痙攣する横隔膜がまるで空気を嫌悪するかのように、体から押し出そうとする。下手したら口から火を噴きそうだ。

 呼吸したい。酸素が欲しい。生きるために当たり前のそれだけが、ただただ遠い。

 眩暈どころではない。世界中が俺を中心に大回転している。体中の血液が脳に集まって頭が割れそうだ。

 マズイ。死ぬ。ここで意識を失ったら数百mはあろう崖を転落して確実に死ぬ。なんとか意識を保たなければならない。

 考えろ。何でもいい、希望でも欲望でも、意識を繋ぎとめるために何かを考えろ。


 そもそもレベルアップは男女でなぜこんなにも違うのだろうか。なぜ女は絶頂なのに男は激痛とか不公平だ。男が絶頂してもいいではないか。  

 ダンジョン特有の『そういうものだから』の一言で片付く話かもしれないが、それにしたって酷過ぎる。

 

 絵面か? 絵面が問題か? それともアレか?配慮か?


 朝、目覚めてソレに気付き、必死にパンツを洗う青少年的気まずさに対するダンジョン側の配慮か?

 そして、それを見て見ないふりをするお母さん的優しさがそこにあるのか?

 

 

 それならば少しだけ納得だ。女性の絶頂ならば誰も迷惑しない。

 眉を寄せ、口からよだれを垂らし、眼球をグルグル回し、腰を振って獣のような雄叫びを上げようとも、そこにはまごう事無き『美』がある。この星に息づく偉大なる生命(アニマ)の刹那の輝きがそこにはある。

 だがどうだろう、むさ苦しい男が頭を抱え身悶えしながら 『オウ、ガァ~~ッドッ!』 とか言ってたら。

 もし目の前でやられたら間違いなく殺してるし、本人だってきっと死にたくなるだろう。

 そんな恥辱を平然とこなすとなると、ウチの千田君クラスの実力が必要だ。彼ならばきっとそんな屈辱をも喜びに変換し…………


 

 …………ちがう。そうだ。もしかしたら発想の転換なのかもしれない。


 もしかしたら男も女もレベルアップの衝動は同質のものなのかもしれない。

 出産の痛みすら耐え切る女性には、そもそも苦痛をなにがしかの感覚に変換する能力があるのかもしれない。そうだ、そうに違いない。


 俺が定期購読している紳士漫画雑誌 『プレジデントero』にはまず間違いなく、『痛いけどぎもぢいいのほォォ~~ッ!!』 がある。 

 最初は痛かったり嫌だったりするけどもだんだん気持ちよくなってしまうのだ。そして最終的にはソレ無しには生きられない体になってしまうのである。女性の適応能力の高さを示す良い事例といえよう。


 だったら、痛覚耐性が異常に高い俺にも出来るかもしれない。痛いのが良いなんて恥ずかしいでもキモチイイのビクンビクンが俺にも出来るかもしれないのだ。

 そう考えたら、今こうして脳天を貫かれるような衝撃も、肌を突き刺すような痛みも、ちょっとだけ気持ちよく感じないでもない。いや、むしろ気持ち良いかもしれない。

 この世界には見られて良くなってしまう人もいる。そして今、俺は4人の視線に晒されている。


 感じろ、感じるんだ。生命(アニマ)


 そして見せつけてやれ。世の中の紳士淑女の皆様に。

 届け、どこかで見ているやも知れない我らが頂の徒 『ジャスティス』氏に。 


 だから俺は万感の想いを込めて咆哮したのだ。



「痛いのぎぼぢイ"イのほおォォォぉぉ~~~~ッッ!!」






――――――――――――――――――







 「――――っていう夢を見たんだ」

 「お前の頭がおかしいってことはよくわかった」



 痛み自体は耐えられないほどのものではなかったが、場所が場所である。どうやら俺は恐怖と焦りで意識が朦朧としていたらしい。

 向こう岸で目を覚ますと、俺は旨鹿に膝枕をされていた。

 助けてくれた事に感謝するけどブっとばすぞお前。


 ふと周りを見ると、女子たちが心配そうに俺を見ていた。最悪の場所でレベルアップしてしまったので、もしかしたら巻き込んでしまっているかもしれないと思ったが、全員無事だったらしくホッと胸を撫で下ろす。


「行けるか、一之瀬?」

「ああ、みんなごめん。あのタイミングでレベルアップするなんて思ってもみなかった」

「そもそもぉ あんなところにぃ オークがいるなんてねぇ」



 これだからレベルアップというものは厄介だ。ソロの冒険者が圧倒的に少ない理由が文字通り痛いほどわかる。

 あんな場面で一人だったらまず間違いなく死んでいるし、戦闘中だったら余裕で殺される。しかも死に戻ったらそのアタック中に得られた経験値は無かった事にされる。つまり、レベルアップも無かった事になるのだ。

 そうしなければ強くなれないという事がわかっていても、心折れてダンジョンを去る男性冒険者が後を絶たないというのも頷ける。

 何度か手を開いては握ってを繰り返した。全体的な能力が底上げされているのを何となく感じる。何度も経験したくはない痛みだが、それでも次のレベルアップが待ち遠しく感じてしまうのもまた本心である。俺はまた一つ、強くなった。


「一之瀬君、大丈夫そうなら先に進みたいのですが……」

「あ、小森ちゃんごめん。行こう。グズグズしてたら干上がっちまう」


 どうやら俺が意識を失っている間に、ある程度の時間が経っていたらしい。忘れそうになるが、俺たちは少しでも早く水を見つけなければ詰んでしまうのだ。寝不足に飢え、そして渇きと、みんなの顔にも疲労が濃い。

 このチームは戦闘力云々以上に、キツイ時も不平や不満も口にせず、空元気でも頑張ろうとするのが一番良いところだと思う。更なる極限状態では一人の不満が不和を招き、チームが瓦解するなんて事は容易に起きうる。相性や性格というのも、パーティーを組む上では重要な要素の一つだ。

 

 俺たちは休憩は終わりだとばかりに全員立ち上がると、目の前に茂る森に向かって歩き出した。目指すポイントはまだまだ遠い。

 そこに行って水があるとは限らないが、何となく正解のような気がしていた。さっきの不自然なオークの配置は、まず間違いなくあの崖の小道を進まなければいけない事の裏返しだろうと思う。一種のイベント戦のようなものだ。


 どこから森に入っていこうかと周囲を探っていると、なだらかな斜面を上に向かって伸びる細道を発見する。獣道と呼ぶにはきちんと地肌が剥きだしの立派な道だが、登山道と言われたら首を傾げる程度の小さい道。5人が1列になって歩くには十分だろう。


 俺たちは互いの顔を見合わせて頷くと、訓練通りの隊列を組んで木々に囲まれた斜面を登っていく。普段は隊列なんて全く意味がないが、狭い洞窟やこういった小道を進む時には必須である。

 先頭から、俺、旨鹿、弦月、小森ちゃん、多々羅の順番だ。

 俺は斥候はこなせないが、このメンツだと俺が牽制を引き受けることが多く、その間に旨鹿と弦月が飛び出し、多々羅が中距離から援護をするというのが一番バランスがいい。

 

 時折、周囲の茂みから鳴る音にいちいちビクつきながら、俺たちは小道を登る

 まるで申し合わせたように道の向こうからやってくる小規模な弱小モンスターの群れを3度ほど殲滅すると、ようやく山の中腹まで来た。順調にいけば、あと2時間くらいで頂上に着くはずだ。


「いやあ、敵が弱くてラクショーだぜ」

「だぁねぇ~ このチームってぇ 何気に強いもんねぇ~」


 山の中腹、少しだけ開けた丘のような場所に出て、はしゃぎ出す多々羅と弦月。

 何度かの戦闘で隊列も滅茶苦茶になっているが、ここまでが余裕過ぎて拍子抜けしたのか、小森ちゃんも注意しない。


「もうちょっと手ごたえのある敵が出てきてもいいよな。ゴブリンとカエルなんてもう余裕じゃん。弱い者いじめはダメだってかーちゃんに言われてるし」

「ちょっとみなさん! 油断は禁物ですっ! こういう時にこそ用心しないと!」

「大~丈夫だよぉこもりん。敵がきたらナナも本気だすしぃ。っていうかぁ きっと強いモンスターなんていないよぉ?」


 

 そうだそうだと深く頷く3馬鹿。良いメンツが揃ったチームだと思うが、こういうところはホントに残念である。

 

「おいお前ら、変なフラグ立てんのはやめろ。ロクな事にならな…………あ……」 


 俺は3馬鹿の向こうに、のっそりと現れたソレ、いやソレ()を見てピシリと固まった。

 小森ちゃんが怪訝な表情で俺を見上げる。


「い、一之瀬君、どうしたんですか、変な声を上げ…………あっ……」


 俺の視線を追って、ソレらに気付いた小森ちゃんが間抜けな声を漏らした。

 3馬鹿が俺を見てアホみたいに笑っている。


「おい、一之瀬どうしたんだ? 何かあったのか」

「ぷぷぷぅっ いちのぉん 変なカオしてるよぉ」

「なんだよ、かーちゃんでもいたのかよ」


 小森ちゃんが子犬みたいにプルプル震えながらソレを指さすと、3馬鹿は呑気に笑いながら後ろを振り返った。 


「リーダーまで何だよ。オレたちモンスターなんて敵じゃないぜ……あ」

「その手には引っかからないんだからねぇ~ こもり………ん?」

「かーちゃんいたら超ウケ…………る?」


 ビシリと石みたいに固まる俺たち。

 ソレらは、体を揺らしながらじっと俺たちを見ている。

 

 冒険者は強い。人の領域を超えた膂力と、スピードを手に入れ、俺たちヒヨッコですら低階層のモンスターならば余裕で撃滅できる。一般人なんておそらく銃を持っていても制圧できるだろう。


 しかし、強くなったと言っても苦手なものはある。火竜すら単独撃破可能なトップラインの冒険者が、2mに満たない普通の蛇から逃げ回るとか、Gを見つけて卒倒するとか。

 たかだか一般人の夫のDVに怯えて、涙ながら警察に駆け込む人もいれば、ストーカーの影に恐怖して部屋から出て来れなくなった人もいる。


 本能や経験から体がすくみ、恐怖に思考が停止してしまう事だって大いに有りうるのだ。

 そして今の俺たちがまさにそれだった。


「……ゾウだ」

「……ゾウだねぇ」

「……ゾウだな」

  

 ZOUさんであった。しかも3頭。

 モンスターではない。動物図鑑に載っているあのゾウさんである。

 普通にゾウさんなので、普通にクソでかい。頭と鼻を振りたくりながら、しかもこっちをガン見していらっしゃる。 

 俺たちは相談するでもなく、本能的に一歩下がると、ゾウさんズが一歩足を踏み出した。もう一歩下がる。もう一歩迫ってくる。

 呼吸音すら聞こえてきそうなほどの圧倒的沈黙。睨み合いにもならない睨み合いが10数秒続き、そして―――



「パオォォォ~~~~ンッッ!!!」



―――――ドドドドドッ




「う、ううううウソ、ウソでしょぉ~ッ!!」

「逃げろ! 逃げろォ~~ッ!!!」

「何で息吹にゾウさんブッ込んでんだよォォ! 頭おかしいだろォォっ!!」

「速えぇッ! ゾウさん超速ぇンだけど! マジ足速ぇって!」 

「イヤぁぁ~~ッ!!」


 俺たちは何もしてないというのに、完全に目がマジである。超怖ぇ。

 火竜にすら挑んだというのに、何かまるで勝てる気がしなかった。

 俺は並走する旨鹿に向かって叫ぶ


「おい旨鹿! 囮やれ囮!」

「ふざけんな! 殺す気かッ!」

「お前のかーちゃん言ってただろ!? 男は女を―――?」

「『男は女を守れッ!』

「じゃあ行ってこいッ!!」

「よっしゃ行ってくるッ!!」


 旨鹿は清々しいほど馬鹿台詞を吐くと、女性陣を追いかけるゾウに向かって突進し、そして跳ね飛ばされていた。そうじゃねえだろ囮やれよ!

 


「キャァァ~~ッ!!」



 ハッとその悲鳴の方に目を向けると、少し離れたところで地面に倒れ込む小森ちゃん。そしてその小森ちゃんに向かって突進するゾウ。

 俺は即座にライジングを発砲しながら突撃を敢行。魔弾がゾウさんの顔にバシバシ当たるが大したダメージを与えられない。ゾウさんマジ強すぎんだろ。

 だが、注意を引けたらいいのだ。ていうかモンスターでもない生き物を殺すのには若干抵抗がある。

 諦めずに全弾撃ち尽す頃に、ゾウはイライラしたように足を止めると、くるりと俺に向きを変えた。


「小森ちゃん! 今のうちに逃げろッ!」

「あ、足ッ 捻って……ッ!」

「チィ―――ッ」


 背後から地響き。右斜め前方にはマジ切れしてるゾウさん。

 考えてる暇は無い。今は今できることに全力を注げ!

 足を止めずにリロード。牽制を挟みながら突っ走る。

 スピードを落とすな。自分を信じろ。


「小森ちゃん、今行くぞ―――ッ!」

「一之瀬君ッ!」


 斜め前のゾウが突っ走る俺に向かってブオンッと鼻を薙ぐ。

 軌道を予測して身を屈める。地を這うような超低空を、つんのめりながら前へ。頭上を通り過ぎた風圧を感じて、背中に冷たい汗が噴き出た。

 タックルするように小森ちゃんの腰を抱え上げると、俺はそのまま木々もまばらな森へと突っ込んだ。

 

まさかのゾウさん

予定より長くなってる・・・悪い癖です


現時点のライジングの性能

0距離 ・・・ 実銃と同等

10m ・・・ ゴム弾くらい

20m ・・・ ガス銃くらい


マガジンの性能と本人の技術とレベルに依存します。

れっきとした発掘魔導具『遺物』で、発掘者である伝説の冒険者【鬼神】は、アヴェンジャー並みの砲撃を行っておりました。

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