林間学校 2日目 午前の部
ガクンとアゴが落ちると同時に覚醒する。
反射的に周囲を見回して、見慣れぬ風景に軽いパニックに襲われた。
突然飛び込んでくる緑と、嫌になるくらい強烈な朝日。足元にはまだ火が燻る生木が転がり、クラスメイト達が思い思いに横たわっている。
そうだ、ここは家じゃない。息吹だ。俺たちは森の広場で夜を明かしたのだ。
昨日は結局、俺と旨鹿で見張りをする事になって、そして……
「うわ危ねえ、寝ちまったのか……」
ふと横を見ると、一緒に番をしていたはずの旨鹿が大の字になって、これ以上ないくらいに爆睡中。
寝てんじゃねぇと叩き起こしたいところだが、俺も完全に寝落ちしていたのでとやかく言う権利は無いと思ってやめておく。要するに、昨日はモンスターやら野生動物が元気いっぱいに駆け回るフィールドで、呑気にもチーム全員が夢の国へと旅立っていたという事だ。運が良かった以外の言葉は無い。
深く息を吐いて軽く目をつむると、体の節々が痛みを訴えてくるし、肩のあたりがなんとなく重く感じた。
いつもスプリングもクッションも効いたベッドでたっぷりと寝ている俺が、寝不足の上に地べたにあぐらをかいて寝ていたのだ。万全の目覚めが出来るほうがおかしい。
木々に囲まれた空を見上げると、薄闇が消えかかった空は腹が立つほど晴れ渡っている。
二の腕にじんわりと熱を感じるのはやけに強い日差しのせいか。
強烈な喉の渇きを感じるものの、それを和らげる手段は今の俺たちにはない。
「暑ぃ…… 何℃あんだよこれ……」
昨日も暑かったが、今日はまだ朝だというのに昨日より暑い。このまま昼に突入したら、おそらくは30℃を超えてくるだろう。まだ気温の上がりきらないこの時間に動き回らないと本格的にヤバい気がする。
「おい、旨鹿起きろ、もう朝だ」
「ん、んんぁ かーちゃんあと5分だけ……」
「いいから起きろよマザコン」
「俺はマザコンじゃねえよッ!!」
瞬時に覚醒した旨鹿。マザコンの分際でマザコンという言葉は禁句らしい。
俺は旨鹿に声をかけてから、ひとかたまりになって眠っている女子3人に目を向けた。
まるで赤子のように丸くなっている弦月を、両側の二人が守るように抱いていて、無理もないと俺は目を細めた
昨日、正体不明の大男と対峙した時、俺は即座に発砲した。
いきなり何を考えているんだと言われるかもしれないが、そんな事を考えている余裕は俺たちに無かった。
今回、俺たちが滞在しているフィールドは特殊フィールドで、一般で解放されているエリアとは次元的に隔絶されている。
先生が俺たちの貸し切りと言った事もあるが、このフィールドの用途がそもそもこういった実習用に調整され入場が制限されていることを考えると、一般人が紛れ込んだという可能性は限りなく低い。要するに、普通に考えたら俺たちと先生以外はこの次元に存在しないのだ。
一瞬、クラスの誰かがイタズラをしている可能性に思い至ったが、俺は即座にその可能性を捨て去った。あんな筋骨隆々の大男は俺たちのクラスにはいない。見たことも無い人型のモンスターと言われた方がまだしっくりくる。
大したダメージを与えられるとは最初から思っていなかったが、着弾した魔弾に対し蚊に刺されたほどのリアクションすらせず、平然としている大男を見た時は正直肝を冷やした。
だが幸か不幸か、大男は俺たちが戦闘態勢に入る前に逃走し、そこには最初から誰もいなかったかのような沈黙だけが不気味に残されていた。
一体誰だったのか。何の目的があったのか。俺が推し量る事は出来ないが、少なくとも害意のようなものが無かったのは間違いないと思う。しかし――――
「しっかし、弦月のやつ、大丈夫かな…… 昨日は相当怯えてたけど」
「最近感じてた視線と同じだって騒いでたよな……」
男勝りで粗野な一面は影を潜め、ただ恐怖に怯える子犬の様に、身を震わせて多々羅に縋り付く弦月の姿がそこにはあった。
うわ言の様に「アイツがオレを見てる……」を繰り返すだけで、まともに事情を聴くことは出来なかったあたり、俺たちの知らないプライベートで相当な恐怖を感じていたであろうことが伺える。
このままだと明日まともに動けないと思った俺たちは、見張りをかって出て、女子たちにはゆっくり休んでもらう事を選択したのだ。
いつも男子を尻に敷き、女王様のように振る舞ったとしても、彼女は女の子である。
レベルが上がり、一般人とは隔絶する身体能力を手に入れた冒険者だとしても、弦月は女の子なのだ。
この前小森ちゃんが言っていた一言が胸を突く。強くなったとしても怖いものは怖い。
昨日の大男は、いわゆる「ストーカー」か何かなのだろうか。
あの事件以来、ストーカーとまでは言わないが、男の俺だって周囲に変な影を感じている。晒し上げやスネークさんは目的がわかりきっているからいいものの、実際、帰宅中に見たことも無い男から突然告白された女子もいるらしい。
世の中には、TVに一瞬映った、それだけの事でその人を追いかけてしまうような人もいる。
それを考えれば、ちょっとした有名人になってしまった俺たちに、変な虫が湧いてくることは不思議でもなんでもないのだ。
男の感覚としては、一般人に何ができるものかよ、とタカを括っていたりもするが、その感覚が女子に当てはまらない事は、なんとなく理解できる。ましてや入場制限の特殊フィールドに正体不明のその対象が現れたのだ。簡単に笑い飛ばすことは出来そうにない。
「俺のかーちゃんですらストーカーはホント怖いって言ってた。何とかしてやりてぇケド……」
「ああ、だけど今は目の前の事に集中しようぜ。まずは水だ。俺たち自身の余裕もない時に、対処できるとは思えない」
「だな。だけど今日はチームで動こうぜ。別行動で何かあってからじゃ遅いだろ? ちなみにウチのかーちゃんはストーカーで弱ってるところをとーちゃんに付け込まれたらしい……」
「旨鹿家誕生秘話はまた別で聞くから。ちなみにストーカーは親父さんの狂言だったってオチは無いよな……?」
「お前よくわかったなッ! 天才かよ!」
「すげえな旨鹿家!」
俺たちがそんなやりとりがうるさかったのか、女子たちが「うう~ん」と目を擦りながら起き上がる。
目をショボショボさせる小森ちゃん、ボーっと中空を見つめる弦月。以外にも多々羅が寝起きが良いらしく、俺たちを見るとすぐに挨拶をして会話に入ってきた。
「おはよぉ なんか暑いよねぇ 見張りありがとねぇ~」
「おはよ。今日は女子にもやってもらうからいいよ。とにかく水だ。」
「だぁねぇ~」
いばらくすると、小森ちゃんと弦月が寝ぼけながらも会話に入ってきて、自然と今日の打ち合わせになる。弦月の顔色がすぐれなかったが、しょうがない事だろう。
俺たちは昨日、何も食べてないし一滴の水すら口にしていない。体力の消耗も激しいし、今日、水が見つからなければ本格的に俺たちはヤバい事になるだろう。
「っつーことで、今日は全員一緒に行動しよう」
「ごめんみんな…… オレのせいで……」
「気にすんな弦月。こういう時はお互い様だってかーちゃんも言ってたしよ。それよりどうするんだリーダー。昨日と同じようにやってたら今日こそ俺たち干上がっちまうぜ」
旨鹿の言葉に俺たちは唸る。
しつこいくらいに言っているが、水が見つからなければ今日こそ俺たちは終わりだ。
今からもっと暑くなりますよといわんばかりの太陽。やけに体感温度を上げにかかってくるセミの鳴き声。
こんな中で動き回る事を考えるとうんざりするが、じっとしているだけでも俺たちは消耗している。これにモンスターの襲撃も想定するとリスクをとってでも水を探しに行くべきだ。
「それなんだけどぉ、ナナはぁ こう思ったんだよねぇ」
脳みそまで日焼けしたギャルの言い分はこうだった。
昨日は動植物とか地形から水源を探したが、全然ダメだった。ならば逆の発想をしてみてはどうか。
「ここはガーデンだしぃ そもそも地形と水は関係無いっていうかぁ~」
木々が茂っているから水があるだろう。谷があるから水があるに違いない。
そんな極々自然の理屈は、ここガーデンにおいては何の意味もない。そもそも週替わりで変容するようなフィールドなのだ。
「山の頂上からぁ 水が湧いててもおかしくないんだよねぇ」
そもそもここはダンジョン探索を想定した訓練用ガーデンだ。ならば水源だって森の中にあるとは限らない。ぞこぞに噴水があるかもしれないし、険しい山麓の頂上に湧き水があるかもしれない。
もっとダンジョン的な理屈に寄るべきである。自然界では考えられないような現象もダンジョンでは普通に起きうるのだ。
むしろ、ダンジョンでは 世間一般の常識とはかけ離れた発想をしなければならない場面もある。、という事を身をもって思い知らせるために、とんでもないところに水源がある可能性は決して低くない。
「ランドマーク的な考え方か……」
「り、リスクは高いと思います。だけどそうするしかないかもしれません……」
「決まり、だな。問題はどこに行くかだけど……」
その言葉につられるように、俺たちは周囲を見回す。そしてとある一点で全員の視線がピタリと止まった。
「山の山頂……ねぇ……」
―――――――――――――
「こもりん大丈夫ぅ? おぶってぇ あげるぅ?」
「だだだだ、大丈夫ですッ! 下さえ見なければ、下さえ…………… ヒイッ!」
俺たちは今、断崖絶壁にこれ見よがしに設置された細い小道を進んでいる。
いや、小道とも呼べないような岩のでっぱりと言ったほうが正確だろう。壁に手を突き、一歩一歩足場を確かめながら、牛歩の如く前へ進む。
時折、足で蹴った小石が崖の下へと落ちていくが、その先に目を向けたら負けだ。転がりすらしない。勾配なんて無い文字通りの絶壁だ。
日陰である事が不幸中の幸いだろう。
ぐんぐん上昇し続ける気温はとうに30℃を超え、体感では真夏の盆地にいるのかと錯覚するほどの温度となっている。直射日光に炙られて一瞬でもフラつけば、ものの見事に真っ逆さまだった。確認するまでもなく全員が汗でビッショリだ。
「こんなところでぇ モンスターと遭遇したらぁ 終わりだぁねぇ~♪」
「たたたた多々羅さんッ! じょ、冗談でも言って悪い事と良い事が――――」
「あながち冗談でもないみたいだな。見てみろよ」
崖の膨らみを曲がり切ると、ようやく向こう岸が見えてきたのだが、その途中にある4畳半くらいのスペース。そこに、ポツンと所在なさげに立つオークが見える。
こんな言い方が適切かわからないが、「俺だってこんなところに立ってたくねぇよ」的空気をヒシヒシと感じる。理不尽を超えて完全に意味不明な仕様である。
「あ、あんなところで……っ 戦闘なんて絶対に無理ですッ!」
「小森ちゃん落ち着けって。こんな時のために俺が先頭なんだろ」
俺たちがオークを発見したように、向こうも俺たちを視認して近づいて来ようとする。しかし、あまりにも狭すぎる小道にたたらを踏んで実際に近づいてくる事は出来ないようだ。だったらどうやってそこに来た感がハンパ無いが、突っ込んだら負けだ。
俺はペースを崩さずに小道を進み、出来るだけオークに接近すると、ホルスターからライジングを抜いて照準を合わせる。
距離にして10mほど。
ここからヤツの装甲を抜くほどの威力が無い事は十分承知の上だが、この場においてはあまり関係ない。
こっちに来ようと鼻息荒くしているヤツの足元のバランスを、ちょっとだけ狂わせてやればいいのだ。
―――――ドンッ ドンッ ドンッ
そしてあっけなくバランスを崩してあっけなく崖下へと落ちていくオークさん。
「ブぎぎギイイィィィ~~~~ッッッ!!!」
悲痛な叫び声が文字通り谷間に木霊して、やがて消えた。
「うわっ なんか可哀想、さすが一之瀬は容赦ねぇな」
「『覚えてろでヤンスぅ~』 って聞こえたぁ」
「い、一之瀬君、すごいですっ!」
「まあこれくらいで褒められるなら安いもんだ」
なんか失礼な台詞も聞こえたが、場所が場所なので流してやる。
そうして少しだけ鼻を高くしながら、先ほどまでオークがいた場所に片足を踏み込んだ時だった。
――――ドクンッ
「ってアレ……ちょ、待っ え? ウソでしょ……」
突如、全身に痺れるような電流が奔る。あまりの衝撃に背中と指先が反射的に反り返る。
何が起きたのか。敵もいない何もないこんなところで、一体俺の身に何が起きたのか。
しかし、残念ながら俺はソレを知っていた。
そして、知っていたからこそ感じる恐怖というものがある。タラリと嫌な汗が頬を伝う。頬がビクリと引き攣った。
ちょっと待って。ホント待って。お願いだから待ちやがれください……
――――ドクンッ
「冗談……だろ、こんなところで有り得なえぇあぇいいぶががガガガぁォォォ……ッッ」
「お、おい、どうした一之瀬!?」
「一之瀬君、何かあったんですか!?」
不安そうに俺の様子を伺う4人の仲間たち。しかし俺に返事をする余裕はなかった。走馬灯のように色んな光景がぐるぐる頭を回る。
先ほど俺はオークを撃った。そしてヤツは『覚えてろでヤンスゥ~』と絶叫しながら落下。まず間違いなく新鮮な豚肉となって死んだことだろう。
すると次に起こるのは何か。
光化現象である。
ならばその光化現象の後に起きるのは何か。それは――――
「いいいいイイィィ痛だだぁぁぁぁっァァァ~~~ッ!!」
「「「「レベルアップゥッッ!??」」」」
ブックマーク等ありがとうございます。




