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林間学校 1日目

 突然足元が消失したような落下感と浮遊感。

 何回経験しても慣れることの出来ない酩酊感が過ぎ去った次の瞬間、俺たちの目の前には見渡す限りの大自然が広がっていた。


「うわ…… すげえな…… 完全に山岳フィールドじゃねえか」


 生ぬるい風を頬に受けながら、俺たちはゴクリと唾を飲みこむ。

 俺たちが立つのはなだらかな丘の草原。背後には鬱蒼と茂る森が広がっているがしかし、開けた草原をあと10数歩前に行けば地面は唐突に終わり、その先は断崖絶壁だ。

 周りを見渡すと、岩肌も剥き出しの切り立った崖がそこら中に在り、一歩踏み外しただけで容易に死ねること間違い無しの山岳フィールドであることが伺える。


 眼下に広がる広大な大自然を、雄大と評すかどうかは意見が分かれるところだろう。少なくとも今の俺はそんな気分にはなれなかった。


「夜に出歩くのは危険ですね、滑落する危険があります……」


 小森ちゃんの呟きに、背中に冷たいものが走った。

 当たり前の話だが、パッと見る限り明かりを放ちそうな人工物は見当たらない。日が沈めば辺り一帯は星明かりだけの真っ暗闇になるだろう。


 レベルが上がったところで俺たちは人間である。本当の闇の中では数m先も見通せないし、体が丈夫になったとしても、視覚を奪われたままで絶壁を転がり落ちて無事でいられるはずが無い。なまじ肉体の機能が上昇しているがゆえに、楽に死ねない事が恐怖に拍車をかける。

 


「去年はぁ ジャングルだったらしぃよぉ」

「それに比べりゃマシ、ってところか…… 水があっても飲めなきゃ無いのと一緒だしな。それで、小森ちゃんどうする?」


 空を見上げると、丁度太陽は中天に差し掛かったところで、外部の時間とリンクしている事が伺える。日没までにはまだかなり時間がありそうだ。

 俺たち4人の視線を一身に浴びた小森ちゃんはワタワタと焦りながらも、気丈に方針を口にする。


「ま、まずは森に入って仮の拠点を設定したいですっ!」


 何度繰り返しても飽きもせず、おっぱいにつられて頷く俺と旨鹿。

 これじゃイカンとは思うのだが、小森ちゃん独特の改造制服(戦闘装束)も相まって、普段の5割増しのおっぱい力(りき)に抗う事が出来ないのだ。

 腑抜けた男子二人に冷たい視線を向けながら、弦月が口を開く。


「拠点を設定した後はどーすんだ?」


 すると、弦月の素直な質問に対して、多々羅が口元を抑えてクスクスと笑う。


「ぷぷぅっ 決まってるよぉ かなでんはぁ そんな事もわかんなぃのぉ?」


 ふふんと得意げに腕を組んで挑発的に弦月を見る多々羅。この子、そんな事もわかんないの? とでも言いたげな自信満々の表情だ。

 彼女の制服は胸元が大きく開けられており、浅黒いたわわなおっぱいがムギュッと谷間を作った。

 小森ちゃんのせいで目立たないが、こいつも充分巨乳だったりする。折角なので私の絶頂リストに加えてあげましょう。


「ナナわぁ わかっちゃったよぉ」

「何だよ馬鹿のくせにムカつくな。言ってみろよ」

「ふふぅ~ん ハーゲンダッツ食べるんだよぉ ねぇ~? こーもりん?」

「違います」


 食い気味の否定にガビーンッ とショックも露わなアホギャル


「ギャハハハっ! ばーかばーか! 何がハーゲンダッツだよ! よっちゃんイカに決まってんだろ! そうだろリーダーッ!?」

「全然違います」


 一刀両断の答えにずーん と地面に手を着く弦月。

 馬鹿を構っていても話が進まないので、俺は二人を無視して確認した。


「水を探すのか小森ちゃん」

「そうですっ。水源が見つかったら近くに移動して本拠点を設置しますっ」

「まあ、当然の話だよな」



 人は食べなくても生きていけるが、水が無ければ2日と生きていけないし、水の持ち込みが禁止されている今回、何にも優先してまず水を探すのは全チーム共通の必須事項だ。

 突き抜けるように晴れ渡った空、容赦なく照りつける太陽が無性に不安をあおる。朝霧が立ち込めそうな高山エリアにいるというのに、ジリジリと肌を焼く日光がやけに強く、少なくとも気温は30度近くあるに違いない。


 現実の山岳ならば在り得ない気候だがここはガーデンだ。おそらくはそういう仕様なのだろう。もし水が見つからなければ2日で干上がる事は目に見えていた。

 俺と小森ちゃんのやり取りを見ていた旨鹿が、不思議そうな表情で首を傾げる。


「水なんて魔法使えばいいじゃん?」

「そうだよぉ、魔法で水なんてちょちょいっと―――」

「魔法使えるヤツいんのかよ」



 ピシッと固まった馬鹿3人が、互いの様子を不安そうな表情で伺う。

 俺はこめかみに青筋を浮かべつつ馬鹿どもに言ってやった。


「この中に魔法使えるヤツいんのかって言ってんだよ」


 すると多々羅が俺を上目遣いで見ながらおずおずと手を挙げた。


「あのぉ~ いちのん使えないの……?」

「使えねえよ。むしろ何で使えると思ってんだ」

「ええっ! マジで!?」

「嘘だろっ!」


 お前らがマジかよ。


「だってぇ なんかぁ 変な力でぇ 火竜やっつけてたじゃ~ん」

「そうだよ! あれ魔法じゃねぇのかよ一之瀬」

「ありゃ俺の特殊能力(スキル)だ。こんな場面じゃクソの役にも立たねえよ」


 水を探すのに秩序破壊(システム・ブレイク)もクソも無いし、使用する場面が限定的な上に、何かを生み出すような代物ではない。 

 そもそもそんな便利能力を持ってたらこんなに苦労してないっての。


「ちなみにですが、ウチのクラスで発現系の魔法を使えるのは、西郷寺さんと神楽耶さんだけです」


 拍子抜けするかもしれないが、ダンジョンが現れ、レベルアップなんてアホみたいな現象が起きるようになってからも、一般人がイメージする『魔法』を使える人は非常に少ない。

 これにはスキルとは別概念の『セブン・センス』という概念が関係あると言われている。


 数々の苦行を経て到達出来る境地とか、始原の記憶(アカシックレコード)にアクセスしてもうたとか、悪魔や神に数多の生贄を捧げた対価とか、そんなものは一切関係ない。

 レベルアップも関係なければダーマ神殿すらも関係無く、このセブン・センスを持つ者しか魔法式を理解するどころか、存在を『知覚』する事すら出来ないのだという。

 何を言っているのかわからないと思うが、正直俺もよくわからない。とにかく魔法とはそういうもので、俺みたいなルーキーには使えないという事だけは間違いない。


 といっても強化(ブースト)やら付与(エンチャント)のような関節的な魔法を使える者は多い。外ならぬ葵のブン回しは強化(ブースト)だし、アーニャの魔法剣は付与(エンチャント)であり、世間一般でイメージするところの魔法―――発現系の魔法は、まったく別の法則により成り立つモノらしいのだ。

 ちなみに発現系の他にも『作用系』という概念もあったりする。こちらはゲームで言うところの状態異常を引き起こす類の魔法を指すが、これらはほぼ例外なく、ダンジョン外での使用をギルドが固く禁じていたりする。容易に他人を陥れたり、権力を操る事が可能になってしまうためだ。

 長々と何を言いたかったかと言うと、サバイバル中に水を簡単に確保出来るような魔法使いはほぼいないということだ。要するに「お前ら何言ってんですか?」 である。


「ええぇ~~ いちのん使えなぁ~い」

「失望したよ一之瀬」

「見損なったぞ一之瀬」

「お前ら全員並べ。そして歯ぁ食いしばれ」




―――――――――――――





「クソッ すぐに見つかると思ったのに……っ!」



 

 鉄拳制裁した後、馬鹿共を引きずって森の中に入った俺たちは20分ほど歩いて、小さい公園程度に開けた場所に仮の拠点を設定すると、すぐに男女2組に分かれて水源を探索し始めた。


 しかし、結果はと言えば、もう日が暮れかかっているというのに、俺たちはまだ水源を確保できていない。

 山岳フィールド、深い森と濃い緑、渓谷や湿原があった事、水が無ければ生きていけない自然動物を見かけた事から、簡単に水場が見つかると高を括っていた俺たちにとっては出鼻を挫かれた形だ。

 忘れそうになるが、やはりここは人為的に設定・調整されたガーデンということなのか。

 

 西の空が朱に染まっている今でも下がらない気温、半日、汗だくになって歩き回ったせいで体から失われ続けた水分。唾液がやけに粘度を増し、舌と上顎がなかなか離れようとしない。喉はカラカラだ。

 探索中にいくつも危険な地形を目の当たりにしている。このまま夜になれば、ここに来て1滴の水分も補充できないまま身動きが取れなくなってしまうだろう。


 日が暮れるまでに集合する事になっていた仮拠点。戻って来たEチームメンバーの表情は総じて暗い。

 正直、甘く見ていた。初日からこんなにハードだとは思ってもみなかった。水が無ければ米すら炊けない。非常食に用意していたシリアルがあるが、唾液不足の口内を滅茶苦茶にされるだけだ。

 だというのにションベンだけはやけに大量に出る。出て行ってほしくない水分が、悪ふざけの様に垂れ流される光景は、自分でやっていてもキツいものがあった。

 

 そして太陽がついに沈み、容赦なく薄闇が襲い掛かってくる。蒸し暑さと喉の渇きに、いつもは風柳だと耳を澄ませる虫の鳴き声すらも俺たちの心を逆撫でる。

 まだ渇きで我を忘れるような事態には陥ってないが、これが続くと本気でヤバいという焦燥感だけが胸に積もった。


「喉かわいたよぉ~~」

「ハラ減った~~」


 多々羅と弦月が、ドサリとその場に座り込む。

 今日の探索はこれでお終いにするしかあるまい。この広場や、広場に面した森の浅層を歩くくらいなら問題ないだろうが、もう、伸ばした自身の手の輪郭さえ見えない程、暗くなってきている。下手に動き回るのは危険だ。


「一之瀬君……」

「ああわかってる。火だろ? 焚くよ」

「ありがとうございます……」


 その辺から落ち葉やら枯れ木やらを集めて組むと火をつける。

 右手に握るのは唯一、俺がチョイスした資材である100円ライターだ。火の勢いが増してきた所で、ほとんど生乾きの木の枝を放り込んで様子を見る。その頃にはもうすっかり辺りは深い闇に包まれていた。


 野生動物は火を怖がるというが、実際はまちまちだ。見慣れないものがあると近づいてこないヤツもいれば、興味を持って近づいてくるヤツもいる。ちなみにモンスターもまちまちである。

 火を焚くのは動物除けというよりは虫よけと、光源の確保が主目的だ。ただでさえ喉が渇いてイラついているのに、ブヨやら何やらと刺されまくったら発狂したくなること請け合いだ。

  


「おいお前ら、明日に備えてさっさと寝よう。起きてても喉が渇くだけだ。見張りの順番はどうする?」

 

 

 なんとなく空を見上げたら、鬱蒼と茂る木々に切り取られた満天の星空なのだが、今の状況でそれを楽しむ余裕は俺たちには無かった。壮大な景色よりも一口の水が欲しい。

 今回はテントも寝袋も持ち込み禁止なので、自然と火の回りに集まるようにして座ったり横になったりしている。パチパチと爆ぜる焚火の向こう側で、ぼんやりと浮かぶ仲間の顔が軽くホラーだ。

 すると、肌が茶色いせいか軽く闇に溶け込んでいる多々羅が、少しだけ気まずそうな感じで手を挙げた。


「あのぉ その前にぃ ナナちょっとプラッとしてきたいなぁ……」

「おいおい、この暗闇の中で出歩くとかアホか」

「いや、そのぉ……」


 言葉を濁す多々羅。

 俺が眉を潜めていると、なぜか弦月と小森ちゃんまでもが多々羅を援護する。 

 

「お、オレも一緒に行くぜ……」

「わ、私もご一緒させてもらっていいでしょうか……」

「お前ら本気で言ってんのか?」


 少しだけ空気がピリっとしたところで、旨鹿が割って入って来た。


「おい一之瀬、便所だよ便所。ちょっとは気を使ってやれよ。気を使えない男はモテないってかーちゃんも言ってたぞ」

「だったらオメーも気を使えよ。乙女に向かって便所とか言うな」

「うっせー男女」


 軽い言い合いを経て女性陣が立ち上がる。

 リュックをごそごそ弄って、唯一携帯が許された機器である懐中電灯を片手に、いそいそと森に入っていく。懐中電灯の光が木々の奥まで遠のくと、フッと消えた。

 俺は、「これだから女はよ!」的なため息を吐くと、全神経を耳に集中させた。紳士モードである。


「な、なあ一之瀬、俺もトイレ行ってきていい?」

「良いわけねーだろ。それよりちょっと黙ってろ。集中力が乱れる」

「……お前、わりかしガチの変態だよな……」

「失敬なっ!」



 闇に呑まれた森は、思いの外、多くの音に満ちている。

 虫の音、風の音。フクロウの鳴き声のようなものも聞こえるし、どこか遠くで鳴く動物の声がした。

 俺は正直、もうちょっと水っぽい音を求めていたのだが、聞き分けられそうにない。まだまだ紳士力が足りないという事か。

 そうして俺が体内を巡る魔導すらも耳に集めようとした時、

 

 突如としてその声は闇に響き渡った。

 

 

――――キャァァァ~~~~ッッッ!!



「――ッ! 悲鳴ッ!? 何かあったのか! おい旨鹿行くぞっ!!」

「わ、わかった!」



 俺たちは瞬時に立ち上がると全速力で森に突入し、悲鳴があった方に向かって駆ける。



「っつーか一之瀬、お前その手に持ってんの何よ?」

「ビデオカメラだッ!」

「お前ほんとアレなッ!」


 1m先もおぼつかない視界の中、ほとんど勘だけを頼りに木々の間を縫って走る。

 思った以上に距離は無かったらしく、再び点灯した懐中電灯の所まで数秒で到達。そこには軽く腰を落として周囲を警戒する多々羅と小森ちゃん、そして地べたに尻もちを着く弦月の姿があった。

 俺は一瞬でラッキースケベが無い事を確認すると問いかけた。


「どうした!? 何があったっ!?」

「あ、アレ…… あそこに……っ」


 弦月が震えながら懐中電灯が照らす方を指さす。

 俺はその方向に視線を向けた。すると――――


「誰だお前はッ!?」


 辛うじて見えたのはシルエット。

 星の光すら届かない深い森の中、懐中電灯の光に照らされてボンヤリと浮かび上がったのは、人の輪郭を持つ何か。

 隆々と盛り上がった腕。恐ろしいほど筋肉の乗った分厚い背中、丸太のような足。そして肝心の頭部をすっぽりと覆う黒地の覆面。

 貸し切りのはずの特殊フィールド。クラスメイトでもない、先生でもない。

 しかし、確かにソイツはそこにいた。

 


「アイツ、この前もオレを見てた……っ」




 覆面姿の大男が。




 

 


 

――――――――――――――――








Cチームの場合





「く、屈辱ですわッ ワタクシの魔法はこんな事に使うためのものでは……っ」


「ジャンケンの、結果、だから」


「メンドクセェ事言ってねえでさっさと水出せ」


「わ、わかってますわっ これでいいんでしょう!? 終わりましたわよっ!」






「ねーねー西郷寺氏ィ~ 拙者、水浴びがしたいでござるぅ~」



「あ、あなたは……ッ ちょっと千田さん! あなたリーダーなんだからこの下種に何か言ってもらえませんことッ!?」



「……痒い」



「――っ! ち、千田氏! どこでござるか!? どこが痒いでござるか!? ま、まさかソコは……ッ! 洗って! 洗ってあげて西郷寺氏! かぶれちゃってるから! かぶれて大っきくなっちゃってるから! 我らがリーダーのかゆいかゆいを洗ってあげてぇっ!」



「もううるさいですわねっ! 痒いってドコですの!? 洗って差し上げますから早く出してくだs――――」



「……ほ~ら」



「フレイムブレイドッッッ!!!」






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