出発
冒険者。
各階層には未発見の魔導技術や魔導具が眠り、襲い来るモンスターを倒せばそれはそのまま素材となる。
そして誰よりも早く階層を制覇した者に与えられるのは、誰しもが夢見てやまない『権限』だ。
富、名声、全てが思いのまま。大国の指導者ですら彼らの挙動に軽々と口を差し挟む事など出来ない。
ダンジョン。
そこには夢や希望が待っている。
安全と効率を至上とする現代社会には無い、心躍る冒険が待っている。
映画やテレビで夢想するような、はたまたおとぎ話で語られるような、美しくも血潮滾る冒険譚がそこにはある。
「――――と思いがちですが、現実問題はたくさんあるのです」
そうやって俺と旨鹿に人差し指を立てたのは、ちょっとリーダーっぽく振る舞う小森ちゃんだ。
指を立てる際、もしも海ならば津波が懸念されるほどのチチ揺れを観測したが、幸いにもここは海じゃないので俺たちの首が上下するだけの話である。
「だよねぇ~」
「オレもまあ、一応、女……だし……?」
他の女子二人も実感を込めて頷く。
俺たちが今、物色しているのは探索用消臭グッツだ。
商店街の探索ショップの棚には顔拭き体拭きに始まり、咥内ケア、最終的には排泄グッツまでもが所狭しと並んでいる。
俺と旨鹿はどちらかというと小森ちゃんのおっぱいの方が気になるが、女子連中の目は本気である。
「これいいよぉ ナナも使ってるんだぁ」
「オレは違うメーカーのをよく使ってるかな」
「わ、私は、特に決まっては……」
簡単な話だ。想像してみればいい。
冒険者は数日間、長ければ数週間もダンジョンに潜る。その間、お湯を沸かして風呂に入るなんて優雅な事が出来るはずないし、良くて水浴び、水が無ければ体を拭く程度で我慢するしかない。
そんな事が続けは誰だって当然気になってもくる。体臭である。
もしかしたらソロならばそれほど気にならないかもしれないが、冒険者のほとんどがパーティを組み、そしてパーティと常に集団行動をする。
その中にちょっと気になる子がいるかもしれない。しかしその子にこう思われているかもしれないのだ。『あれ、ちょっとこの人臭いかも』と。
男同士ならばまだいい。オメー臭ぇよ。お前もだろ。風呂入ってねーんだからしょーがねーだろ。チョーウケる。おそらくはそんな笑い話で済むだろう。
しかし思春期真っ盛りの女子ともなれば話は別だ。どんなにセンスの良い装備を揃えても、可愛らしい魔導具をアクセサリーにしてみても、『臭い』、ただそれだけで全てが台無しだ。現代女子にとってそれは耐え難いらしい。
臭い対策は女子冒険者にとって死活問題なのだ。
「あのぉ…… いちの~ん、これ買っていい?」
「オレはこっち! なあいいだろ一之瀬ぇ!?」
「いいけどさ、もうちょっと安いやつねぇーのか?」
「4日くらいだったらタオルで十分じゃね?」
夢も希望もありゃしないと2次元逃避される方がいらっしゃるかもしれないが、現実の世界である以上、切っても切れない問題というのは出てきてしまう。
ダンジョン攻略といえば、可愛いネコ耳やらエルフやらと俺TUEEEハーレムでキャッキャウフフだが、あんなもん幻想である。
テレビや本からは臭いはしないかも知れないが、実際の生き物というのは多かれ少なかれ臭いがするものなのだ。
「い、一之瀬君、旨鹿君、お願いします! 女の子にとっては重要なんですっ!」
両手をを握りしめて熱弁する小森ちゃん。
その際におっぱい様がブルンッ と揺れ、それに合わせて首を動かしたら首肯ととられたらしい。
容赦なくカゴに消臭グッツを放り込む女子共。
俺と旨鹿は顔を見合わせて、二度とおっぱい地震には屈しないと固く誓った。
「あ~ これ見て見てぇ~」
「おお! これはっ!」
「今度は何だよ……」
ダンジョン発生より数十年、そんな女冒険者達の切実な需要に応える形で、今では多くの商品が販売されている。
魔導技術も織り込み、進化の一途を辿る衛生用品のマーケットは、日本企業の独壇場である。
サッと拭くだけで老廃物全てを分解した上、肌に張り付いた疑似魔導生物が数日間老廃物を食ってくれるとか。
口に入れただけで歯垢だけをきっちり食ってくれる疑似魔導生物とか。
トリートメント替わりに髪に塗り込むと皮脂を食ってくれる疑似魔導生物とか。
スライムばっかじゃねえかと思うが、スライムばっかである。
『あいつら未来に生きている』と揶揄されるほど、徹底的にこだわった商品の数々は、海外の有名冒険者がわざわざ買いに来るほどのクオリティを誇るらしく、海外のネットで、日本の冒険者用衛生用品は畏怖と羨望を込めて『SS』と呼称されている。
『Slime-SYOKUNIN』(スライム職人)の略らしい。外人マジ何言ってんの状態だ。正直リアクションに困る。
「これぇ 『激落ちスライム君』 この前CMやってたよぉ~?」
「錬金科が騒いでたヤツだよな、変態技術もここまで来たかって」
「ちょ、ちょっと高いですけど欲しいですよね!?」
彼女たちが今、手に騒いでいるグッツは、大手化粧品会社がどこぞの学校の錬金科より技術提供を受けて開発した話題の衛生用品で、遠慮ない一言で言うなれば、『排泄処理道具』だった。
何やら、カプセルに入った粉を水に溶かすと、ちょっと座れるくらいの固さのスライムになり、そのスライムに座って用を足すらしい。もちろん洗浄機能搭載だ。
冒険者は探索中に食事をする。食事したら当然ウンコする。そしてダンジョンに洋式便器など無いのだ。
だから野グソである。男子も女子もみんな仲良く野グソである。
ラノベと現実は違う。
国民的アイドルも、気になるあの子もウンコするのだ。
「ねぇ、いちのーん。買っていいでしょぉ」
「いいよな旨鹿!? 頼むよ! なっ なっ!?」
「あー でもなぁ、いくらすんだよソレ」
「これ以上無駄使いしたらやべーって」
しかし、ウォッシュレットに身も心も捧げた現代女子に言わせると、これが耐えられない。
単純にケツ拭きゃいいじゃんと思うのだが、これが女心のわからないところで、女子共は声を揃えてブツすら残したくないと言うのだ。
値札を見るとカプセル10個で1,000円もする。1,000円あれば他に持ち込みたい資材なんていくらでもある。
トイレットペーパー2巻くらい家から持ってきゃいいだけの話なのに、なんとも非生産的な話だと思うのだが、そういうものらしいのでしょうがない。
「い、一之瀬君、旨鹿君、お、女の子にとっては切実な問題なんです……っ」
ブルンッ と再び偉大な双丘が揺れる。
またしても首肯してしまった俺たちは戦慄した。小森ちゃんが縦揺れを発生させ続ける限り俺たちに拒否権は無い。
「こ、小森ちゃん、せめて横に……」
「そうだ! 縦揺れは卑怯だぞ!」
「―――???」
そんな感じで買い物は続き、何かあるたびに小森ちゃんが縦揺れをかますので、なすがままの旨鹿と俺。
いかん。このままではいかん。
せめてガスコンロとボンベを買わなければ、まともに米すら炊けない。俺たちはピクニックに行くわけじゃないし、待ち受けているのは命がけのガチサバイバルだ。
女子の嗜みとか事情とかも分からないでもないが、それ以上に大事なのは俺たちが無事に生き延びる事なのだ。
ここは何としても一言もの申さねばならない。
本来の目的すら忘れたように、話題の商品を手にとってはキャッキャとはしゃぐ女子共。
俺と旨鹿はチラリと目を見合わせると、彼女たちの暴走を止めるべく、鼻息も荒く女子の前に立ちはだかった。
「おいお前らいい加減に――――」
「あっ、す、すみません私たちばっかり! お二人は何か欲しい物は無いですか!?」
それは神のいたずらか、悪魔の気紛れか。俺たちは震撼した。
まさかの横揺れ発生。しかも今日一番のやつだった。
「あ、そうなんですね!? じゃあ遠慮なく私たちで決めちゃいますね!」
エチケット用品をガンガン籠に放り込んでいく3人を遠目に見ながら、俺は茫然と呟いた。
「あれ、反則ですよね……?」
「あれは反則ですな」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「それでは今から林間学校です。みなさん、準備はしっかり出来ましたか」
「できましたー!」
「バッチリでーす!」
サバイバル実習といえども、やはり初の泊まりイベントである。クラスメイトは少しの不安と、多くの期待を胸に表情も明るい。なんだかんだみんな楽しみにしていたのだ。
といってもその表情に余裕があるかはまた別だ。Aチームは全員全く気負いもなく普段通りだが、ドリルなんかは机に突っ伏したまま微動だにしない。
Eチームなんかは完全に準備が失敗したにも関わらず、顔を引きつらせているのは俺と小森ちゃんだけで、他の3人は馬鹿みたいにはしゃいでいる。ていうか実際馬鹿なんだけど。
クリスティナ先生は俺たちの様子に満足気に頷くと、クイッとメガネを押し上げた。
「それでは今回の大まかな流れを説明します。実習担当のもも先生」
「はーい、説明しまーす。みなさんはこれからランダムに特殊フィールドに飛んでもらいます。移動は自由ですが、フィールド範囲からは出られませ~ん。今回は運良く貸し切りでーす!」
それは最初からわかっていた事だ。
俺たちは息吹内の一部、特別に座標指定しなければ飛べない特殊フィールドに飛ばされ、そこで4日間を過ごす。普通のフィールドと隔たれたソコは、殺しても光化しないよう調整された動物が放され、自然繁殖をしている。
認められた食材と資材以外は持ち込み禁止のその場所で、自力で水を確保し、食料を調達しなければならない。
限られた特殊フィールドなので、他校のスケジュールと被った場合には遭遇する可能性も高いのだが、今回は落校だけらしい。
「禁止事項は、生徒同士の対人戦闘やこれに準ずる行為、他チームとの食材・資材の融通と情報交換、緊急離脱、それと自殺でーす!」
これも想定内だ。
サバイバルが主目的なので、何よりも大事なのは自力での物資調達である。6人上限の本番ダンジョンで、他チームを頼る事など出来ないのだから、自分たちで何とかしろという事だろう。
そして、緊急離脱と自殺の禁止は、どんなに辛くてもとにかく生き抜かなければいけないという、ある意味過酷な体験をさせるためのものだ。
「もちろんモンスターの襲撃もあるのですが、それ以外に先生が妨害行為を行う事もありまーす。何をするかは決まっていないので、都度対処してくださーい!」
先生による妨害行為は初耳だが、まあこれも当然といえば当然だろう。実際に何が起きるかわからないダンジョンで、正体不明の何かが介入してくることなんて十分に有り得る。
何をされるのかサッパリわからないが情報はある。『先生が』と言った以上、注意すればいいのは今回随行するモモ先生とクリスティナ先生の二人だけだ。
「4日目、終了のサイレンが鳴ったら指定のポイントに集まってくださーい。今回はなんとッ! キャンプファイヤーしますっ!」
「マジっすか先生!」
「マジです」
「フォークダンスするんですかッ!?」
「フォークダンスします」
「「「イエェ~~イ!!」」」
フォークダンスの何が嬉しいのかよくわからないが、とりあえず盛り上がっとけみたいな感じで盛り上がる教室。
大分このノリには慣れて来たが、いつ見ても残念である。
そして説明は終わったとばかりに、なぜか得意げに絶壁の胸を逸らすモモ先生が、ドヤ顔で宣言した。
「じゃあ林間学校を開始します! しゅっぱーつ!」




