第2章 メイド襲撃
タバサ無双
混雑を始めた夕時の電車で二駅。いつも通り栄えても寂れてもいない程度の中途半端な駅で電車を降り、改札を抜けるとコンビニに入った。
そしてまたいつも通り、コンビニで弁当とお茶を買って自宅に向かう。俺が今住む家は、駅前築20年、2LDKの分譲マンションだ。
たまにフラっと帰ってくるだけの親父はいつも小汚い恰好をしているし、おふくろはおふくろで節約大好き人間なので、ウチはあまり裕福ではないと小さい頃は思っていたが、一戸建ての家を持ちながら、ダンジョン都市のマンションの一室まで所有しているのだから、親父はそこそこ稼いでいるらしい。何やっているかはさっぱりわからないけども。
エレベーター待ちをする間、先ほどの出来事を少しだけ思い出す。
自身の2倍も背丈があるモンスターに鼻歌交じりで突撃をかます脳筋娘が、「誰かの視線を感じる」ただそれだけの事でまさかあんなに怯えるとは思わなかった。
あの後、多々羅と旨鹿が家まで彼女を送ると付き添って行ったが、その時の弦月の顔は、ただのか弱い少女のそれで、本来の彼女を知っている俺としては戸惑いを隠せない。
――――レベルが上がっても、怖いものは怖い、です
背後でボソリと呟かれた小森ちゃんのセリフがまだ耳に残っている。
いくら強くなろうと俺たちは人間だし、彼女たちは女の子なのだ。
そんな俺たち冒険者が忘れがちだけど、当たり前の事を見せつけられたようで、なぜか少しだけホッとした。
エレベーターに乗って5階で降りると、俺の手前の部屋のドアが全開になり、ドアの周りと、開いたドアを固定するように無数の段ボールが置かれていて、俺は首を傾げた。
「引っ越しか……?」
確か、俺の隣は、俺が毎晩崇高な儀式を執り行っていると、決まって壁ドンしてくる頭のおかしい輩が住んでいたはずである。分譲マンションで引っ越しは珍しいので、きっと何か部屋に問題があったに違いないと思った。
どちらにしろ、現代っ子な俺はお隣さんが誰だろうと別に気にしないし、積極的にご近所付き合いをしようというタイプでもない。
なので、特に挨拶するでもなく、開いたドアからなんとなく玄関を横目で見つつ、部屋の前を通り過ぎ――――
「うんしょっ うんしょっ」
――――ずに、俺はピタリと足を止めた。
一心不乱に玄関の床を雑巾がけしている少女の姿が目に入ったからだ。
いや、正確に言うならば、その少女の恰好がやけにイモっぽく、さらにはポニーテールに結ばれた髪の毛の色に、やたらと見覚えがあったからだ。
自分でもびっくりするくらいフラットな声が喉から漏れる。
「……お前、何やってんの」
「あっ ミナト!」
銀髪少女がおもむろに立ち上がり、にへらっ と笑う。
俺はコイツを知っていた。というか世界中の少年少女がコイツを知っている。
正直何を考えてんのかサッパリだが、しかしクリスティナ先生は確かに言っていた。向こうでの準備が出来次第日本に、俺たちのクラスに戻ってくると。
そこまでは認識していたが、なぜコイツは俺の隣の部屋で雑巾がけをしているのだ。
「おいアホタレ。お前はなんでここにい――――」
「お嬢様ッ!」
俺のセリフを遮って部屋の奥から一人の女性が現れた。
少し垂れ目がちの無感情な瞳、名工が彫り上げた女神像の様に鋭く深い輪郭、強い意志を主張するように太く嫋やかな眉。藍色の美しい髪を綺麗に結い上げ、剥き出しのうなじからは大人の色気がむわりとにじみ出ている。
とてつもない美人だ。こんなダンジョン都市のはずれのマンションで見かけるには、違和感を感じるほど強烈な美人である。
しかし、俺にはそれ以上に猛烈な違和感を感じるポイントがあったのだ。
「お嬢様、タバサは…… タバサは悲しゅうございます!」
頭に装着されたヘッドドレス。殆ど肌の露出が無いクラシカルなエプロンドレス。
メイドだ。現代日本のド真ん中にモノホンのメイド様がいらっしゃる。
確かに日本にもメイドはいる。
家の主であるはずのご主人様が、何故かお金を取られた上に1時間でお出かけさせられる館で、俺も見かけた事があった。ビジネスの香りがプンプンするやつだ。
我が国日本で主流なのは「萌え萌えキュンキュン!」とか、本職だったら即座に首を切られるような妄言を吐いたり、入れ代わり立ち代わりに主をとっかえひっかえするような尻軽メイドである。
悲しい事にダンジョン都市においては、本物のメイドさんより聖戦士とか暗黒騎士とかのほうが遭遇率が高いのだ。
メイドさんは「痛恨の極み!」といった様子で語り出す。
「年頃のうら若き娘がっ! 引っ越しの段ボールの中身のほとんどがアニメの円盤だなんて……」
「だ、だって! それは私の趣味で――――っ」
「何を仰ってるのですっ! だからいつまでたっても使用人に『イモヲタ様』などと陰口を叩かれるのですっ!!」
「わ、わたし一応、主だよっ! ウチの誰がそんな酷い事言ってるのようっ!」
「主にタバサでございますっ!」
なかなか強烈なキャラ登場の予感に、俺の頭の中で警報が鳴り響いた。
「イモっぽい」と「キモヲタ」をかけて来るあたり、関わり合いになってはいけない空気をヒシヒシと感じる。
メイドさんがよよよと崩れ落ちた。
「ああっ 旦那様お許しくださいませっ! このタバサが至らないばかりに、お嬢様は旦那様に似てこんなにも残念にっ!」
「タバサはっちゃけ過ぎだから!」
正直、今日はもう色々お腹いっぱいだったので、黙って立ち去ろうとした時、
メイド―――タバサさんは、人の悪そうな笑みを浮かべて、顔を上げた。
「ところでお嬢様、そちらの方はどちら様なので……?」
◇ ◇ ◇ ◇
「ふむふむ、なるほど。よくわかりました」
結局、涙目のアーニャに半ば引きずられるように部屋に引っ張り込まれ、ぎっしり円盤が詰まった段ボールの横に座らさせられた俺は、アーニャと出会ってから、そしてあの事件の結末までをも洗いざらい話していた。
俺は俺で、そんなに人に説明するのは上手ではないし、何でもかんでもペラペラ喋る性質でもないはずなのだが、何というかタバサさんの話術が凄すぎる。
誘導とは思えない誘導の嵐で、気付いた時には俺の初恋情報までもが丸裸にさせられていた。出会ったばかりのメイドさんによってである。
ちなみにアーニャは俺の横に正座させられていた。
「要するに、ぼっちのお嬢様がパーティを組み、その中の一人がミナト様である……と」
「イモ剣帝の事情は知らないけど、そう言う事だな」
するとタバサさんは、そう言ったっきり、何かを考え込むようにして黙ってしまった。
近くで見れば見るほど凄い美人さんだ。地味なはずのエプロンドレスを着ることで、かえって強調された豊満な肉体から、妖艶な色気がはち切れんばかりに体から溢れ出している。
垂れ目がちな目元の泣きボクロがさらに退廃的で、青臭い女子高生の機嫌を伺うクラスメイトの事が馬鹿馬鹿しく思えるほどだ。顎に手を当て、考え込む様子はもういっそ絵画の世界である。
ああ、この人のレベルアップが見たい。
「ちょっとミナト……」
俺は神妙な面持ちで目を閉じた。瞼に映るのは、陽光輝き花吹雪く現世の回廊。俺たちはそこにいた。
俺が最期の敵を倒すと、彼女は自身を掻き抱きながら地面に膝を突く。
覗き込んだ彼女の顔は、限界まで眉根が寄せられ、口端から透明な液体がツツッと滴る。
断続的な痙攣に襲われる彼女を後ろから抱きしめ、俺は言うのだ。
さあ、啼いてごらん。
啼いてごらん、衝動に身をまかせ。狂ってごらん、本能の赴くままに。
見せるんだ、下品に蕩け切った美しい顔を。聞かせるんだ、獣のような嬌声を。
そして俺は君の耳元で、こう囁こう。
「高速保存余裕でした。うへへへへぇぇ~~~」
「ミナトってば……っ!!」
その無粋な声に、深厳たる桃源郷から引き戻された俺は、声の主を見る。
銀髪のイモが不機嫌そうに俺を見ていた。なんだお前。
「ま、また変な事考えてるんでしょ!? しかもウチのタバサ相手に! わたッ わたしが横にいるのに! 超有名人な剣帝さんが横にいるっていうのにっ!」
「だってお前イモじゃん」
「イモじゃないっちゃ!」
なぜかプンスカ怒っているアーニャ。
タバサさんを見ると、まだ何かを考えているようなので、暇つぶしついでに聞いてみる。
「そういえばお前、俺たちのクラスに戻ってくるんだろ? お前って3年生じゃねえの? トップラインの剣帝サマがなんで底辺校のしかも1年に編入するんだよ。遠回りにも程があんだろ」
「そ、そうやって話を逸らして! ふんとにもうっ! そうだよ。レベルは大分落ちるかもしれないけど、今焦って先走るより、そうしたほうが自分にとって良いと思ったの。それに学校を楽しむ事なんてずっとしてなかったから、ちょっとだけやり直してみたいの。幸いにも『アーニャ・ノヴェ』は16歳の女の子だし」
「っつってもよ、俺たちのレベルじゃ、何も学ぶことなんてねーだろ? サバ読んでまですることとは思えねえんだけど―――」
すると、思いの外真剣な表情でアーニャが真っすぐ俺を見る。
あまりに純粋過ぎる視線に、俺は思わず言葉に詰まった。
「わたしはパーティを、組みたいの…… ずっと、探してた…… ずっと探してたの、一緒に戦いたいって思う人を……」
彼女は誰もが認める最前線の戦士だ。
中級冒険者など歯牙にもかけない力を影響力を持ち、それを行使することを世界に認められ、彼女自身もそう振る舞ってきた。
俺たちにとっては手の届かぬ存在である。声をかける事すら不敬にあたるような、遥か高みに立つ天上人である。
しかし、そんな彼女――――天空の使徒アリョーシャは、たかだかレベル5のガキに対して、あまりにも真摯な目を向け、泣き笑う。
そして、灰の目をいっぱいに開いて、意を決するように言ったのだ。
「ミナト、私をパーティに入れてください。ミナトと一緒に戦いたいの」
情けなくも俺は固まった。
普通に考えると、こんなおいしい話は無いだろう。
超実力者、超有名人、超お金持ち。更には超美少女ときたもんだ。どう考えたってこちらから泣いてお願いするのがスジというものだろう。俺ごときが彼女みたいな存在を仲間に加えられる事など、これを逃したら一生無いと断言できるくらい、恐れ多い申し出だ。
しかし、だからこそ、俺は軽々しく頷いてはいけないのだと思った。打算や欲望に塗れた想いのままで、彼女の真剣な想いを穢す事は、人として決して許されない事なのだと俺は思う。
彼女の顔を見る。全てを排した真剣な瞳が、彼女の本気を雄弁に語っている。それに応えるために、俺は覚悟しなければいけない。本当の仲間として、命を預ける者として、闘う覚悟が。
共に黄泉路を征く覚悟が。
だから俺は、アーニャの視線を真っすぐに受け止めた。互いの吐息がかかるような距離で、互いの視線をぶつけ合う。
「ミナト、わたし……」
「アーニャ、俺はお前とっ」
「ああ、お嬢様、ついに……っ」
そして俺は唐突に気付いてしまった。
俺とアーニャの距離に負けないくらいの至近距離で、ハラハラと涙をこぼしながら鼻をすするメイドの存在に。
ビシリと固まる俺たちを他所に、メイドは楚々とハンカチで目元を拭うと、俺の手を掴んでそっと何かを握らせた。
嫌な予感を感じつつ、今、握らされたものを目だけで確認してみる。
「ゴムでございます。もちろん針で穴を開けておりますとも」
そしてメイドは、今度はアーニャに何かを握らせた。
「赤マムシにございます。朝までバッキバキでございますとも」
メイドは ズビーッ と、ハンカチで盛大に鼻をかむと、祈るように胸の前で手を組み天を仰いだ。
「ああ、天国の奥様…… 今宵、お嬢様は『女』になられます。朝までバッキバキのアレの上で腰を振りたくりレベルアップしてしまうのです……っ」
「あ、あの…… タバサ、さん……?」
「しかも、ああッ なんてことでしょう! 孕みます! 穴を開けておりますのでっ!」
「た、タバサ、あなた……」
「こ、こうしてはいられませんっ! お嬢様! タバサは今すぐビデオカメラを買って参りますッ!」
アーニャが涙ながらに叫んだ。
「台無しだよっ!」




