第2章 不吉な予感
米1合を炊飯した重さと間違えたので修正
まさかの割り算ミス
他のチームは割かしすんなりとリーダーを決め、役割をどうするとか、どういった方針でいこうとか、建設的な議論を始めている中、Eチームだけ『我こそは!』と自己アピール大会真っ最中だ。
最終的に、「私がリーダーになったら―――」という公約合戦が開始したあたりで俺は頭を抱えた。
一日三食豪華な食事、しかもおやつ付きの食糧事情を確約しますとか、丸太でバンガローを作ってリゾート気分を味わいましょうとか、富国強兵で領土拡大とか。
政権交代を狙う野党じゃないんだから、せめてもっと現実的な約束をしてほしい上に、最後のなんかは何がしたいのか馬鹿過ぎてサッパリである。
「持ち込んでいい食材は1チームお米1kgまでです~! それ以外は水も含め全て現地調達で~す! 調理器具は……鍋一つだけ許可します!」
「林間学校で行くのは特殊フィールドでーす! ガーデン内で動物やモンスターは死ぬと光化してしまうのですが、そこではなんとっ 本物の動物が生息してますっ!」
先輩たちから聞いて最初からわかっていたことだが、冒険者高専の林間学校は過酷なサバイバルだ。水を確保できなかったチームは2日で干上がったというし、食料を確保できずに殺し合いにまで発展したチームもあるという。
贅沢な生活に慣れ切った俺たち世代は、たった4日のサバイバルですら満足に生き抜くことは難しい。だが、これしきの事が出来ないようではダンジョン探索など夢物語なのも現実だ。
「林間学校で行くフィールドは 毎週地形が変わるので地図が存在しませんっ!」
聞けば聞くほどとんでもない場所だ。地図もなしに周辺の状況から水源を探し当て、拠点を作り、野生動物を狩らなくてはならない。
言ってみると簡単そうだが、どれ一つとっても相当な難易度である。野生を失って久しい現代人が簡単に出来る事ではない。
さらには調達した食料を限られた調理器具で調理し、モンスターの襲撃に備えた見張りを立てた上、交代での休息。
トイレも紙もない。もちろん風呂もないしシャワーすら無い。テントも寝袋も全て無い無い尽くしだ。
「他に禁止事項ですが、対人での戦闘や強奪、 あと『自殺』も厳禁ですよ~」
先生が元気いっぱいで黒板に『ダメ、ゼッタイ!』と書きなぐった。
もう禁止事項からしておかしい。自殺禁止とかもう最初から「死にたくなるよ」と言われているようで頭が痛くなる。
「は~い! モモちゃん先生ぇ~!」
「はい! ナナちゃん何ですか!?」
「えっとぉ おやつわぁ いくらまでですかぁ~?」
俺は手で顔を覆った。遠足じゃねぇンですよ多々羅さん……
食料の持ち込み制限がかかってる時点で察して欲しい。持ち込んで良いハズが――――
「あっ! 言い忘れてました! おやつは500円までで~すっ!」
「いいんかいッ!!」
俺が思わずツッコむと、我が班もう一人の三強一角が手を挙げた。
「はい! 先生!」
「おおっ 旨鹿君! なんでしょう!?」
「バナナは…… バナナはおやつに―――」
「入ります~!」
「えぇ~! マジかよ~!」
お前がマジかよ。
かなりショックを受けた様子の旨鹿。
過酷なカリキュラムでおやつOKな時点で泣いて喜ぶ場面なのに、「中学校の時は……」とかブツブツ呟いている。いい加減にしろお前ら。
葵が同情の目で俺を見ている。尼子屋は苦笑いを浮かべて「頑張って」と口パクを送ってくきた。
もう好きにしてくれと机に突っ伏したまま時間は過ぎ、結局、俺たちのチームだけリーダーが決まらないまま、無情にもタイムアップの予鈴が鳴った。
◇ ◇ ◇ ◇
そして俺たちは今、最大手ハンバーガーチェーン、マッテリアで臨時Eチーム会議中だ。
色々すっ飛ばしてしまったが、あの後、「話し合いで決まらないならばリーダーは午後の実習で白黒つけよう」という脳筋発言が飛び出し、馬鹿3人はヒートアップ。
午後の戦闘実習はEチームでパーティを組み、なぜか俺が審判という立ち位置で臨むこととなった。
結果から言うと、内容はまあ酷いもんで、ただひたすら見敵滅殺である。
トロールの集団相手に旨鹿が雄叫びを上げながら突撃を開始したときには、さすがにコイツ頭おかしいと思ったが、喜々としてそれに追従する弦月と多々羅を見てたら、もしかしておかしいのは俺なのではないかと錯覚しそうになった。
小森ちゃんが巨乳を揺らして「がんばれー!」と声援を送れば、旨鹿がダルダルの笑顔でおっぱい地震を観測してトロールに吹っ飛ばされる。それを見て、腹を抱え笑い転げた弦月が空の彼方に蹴り飛ばされる。
結果、一人で囲まれボコボコにされた多々羅が泣きべそかきながら戻ってくる。もちろんトロールの団体様を引き連れてである。
俺たちは終始逃げ回ってボロボロになりながら実習を終えた。
放課後、俺は緊急招集を発令しEチーム全員で駅前のマッテリアに集合。
入店より既に1時間。
注文したコーラはとっくなくなって、紙コップの中で氷だけがカラカラ音を立てる。隣に座る小森が気まずそうに俺の様子をチラチラうかがっていた。
「ねえ、いちのぉ~ん、結局ぅ 誰がリーダーにぃ 相応しかったのぉ?」
犬みたいなキラキラした目で俺を見上げる多々羅ナナ。
俺の膝が小刻みに揺れ始めた。
「俺だよな!? ていうか、もうかーちゃんに俺がリーダーってメールしちゃったんだけどっ」
自信満々に勝気な笑みを浮かべて俺を見上げる旨鹿。
俺の膝の揺れが次第に大きくなる。
「ああっ? オレに決まってんだろ! だよな一之瀬ぇ!?」
もったいぶってっとコロしちゃうよ? みたいな感じで俺を見上げる弦月奏。
ぐしゃっ と紙コップを握りつぶした俺は、今日一番の笑顔を浮かべて言い放つ。
「黙って正座してなさいカス共」
地べたに正座させられた3バカを、道端の生ごみを見るような目で見下ろす俺。
すると馬鹿どもが喚き始めた。
「そんなぁ! あたしぃ もぅ足が痺れてガマンできなぃよぉ!」
「横暴だ! 権力を笠に着やがって! 断固として戦うぞ!」
「くっ オレはそんな暴言で んんっ 感じたり、んっ しないからなッ!」
確かに入店直後に床を指さし「座れ」と命令したが、素直に従ったのはコイツらだ。権力も横暴もクソもない。そして弦月奏、お前だけ次元が違う反応だが大丈夫か。
とにかく、俺は3バカを一瞥すると、小森ちゃんに視線を向ける。
小森ちゃんは両手でコップを持ってシェイクをチューチューしていて超絶可愛かった。私は君の両腕に挟まれたおっぱい様をチューチューしたいです。
「小森ちゃん、君はわかってると思うけど、おやつの500円ていうのは――――」
「うん、わ、わかってます。『保険』 ですよね?」
「ああ、多分そうだ」
俺たちは入学して間もない1年生であって、本番ダンジョンに潜り始めている2年や、経験豊富な3年と違って、俺たちは技術も知識も何もかもが不足している。
そんな1年が受けるカリキュラムとしては1チーム米1kgだけという制限は、さすがに少し厳しすぎるのだ。米1kgは約6合。心身の成長著しい俺たち、特に男子だったら下手すれば一人1食で食べきれる量である。
過酷な経験が必要でも、生徒同士の軋轢を生むほどの負荷を学校としてもかけたくはないに違いない。林間学校が終わり、日常へと戻った時、人間関係が回復不能なほど損壊していたら学校側としても良いことなど何一つ無いのだ。
そこでおやつ一人500円である。
おやつと呼ぶことが可能で、なおかつ腹持ちの良いもの。例えば砂糖をまぶしたシリアルなんかはどうだろうか。腐りにくく調理もいらない、作業をしながらでも食える。安いものを一人500円分も買い込めば、少なくとも空腹で我を忘れるような事はないはずだ。
もちろん、林間学校の趣旨も忘れてはいけない。
出来る限りの食糧調達を行い、それでもなお、調達できなかった場合のための保険として、おやつ500円の枠は利用すべきと思う。
本番ダンジョンも、持ち込み制限にルールがあったりするが、その抜け道も同時に存在する。今回のおやつも、「抜け道」に見立てて運用するのが、きっと冒険者として求められる正しい姿に違いない。
「おやつって言えばぁ ハーゲンダッツは外せないょねぇ~」
「お前バカだなあ、溶けたらどうすんだよ。その点、雪見大福なら溶けてもお餅の中にクリームが―――」
「そんなのぉ 始まったらすぐに食べるに決まってるよぉ」
「あっ その手があったかっ!」
「旨っしーはバカだなぁ~」
「くっそー 俺としたことがミスったぜ!」
『ミスったぜ』じゃねぇンだよバカヤロウ。
テメーら俺と小森ちゃんの会話聞いてましたか。
机を叩く指の速度が加速度に増していく。貧乏ゆすりは既に音速に達しかけている。小森ちゃんが怯えた様子で俺を見ていた。
すると、さすがに聞くに堪えなかったのか、正座していた弦月が地面に拳を突き立てて吠えたのだ。
「『ミスったぜ』じゃねぇンだよバカヤロウ!」
「おお、いいぞ! 言ってやれ弦月!」
俺が心からの同意を示してやると、頭が筋肉の男女は「ふふんっ」と胸を張って言い放った。
「おやつっつったら『よっちゃんイカ』と『カリカリ梅』に決まってンだろっ!」
「かなでン、しぶぃねぇ~」
「シビれるわぁ~」
ズドンッ と、俺の指が机を撃ち抜く。小森ちゃんが「ヒイッ」と小さく悲鳴を上げた。
俺はユラリと立ち上がると、逆光を背負ってカス共を見下ろした。
「お、おい冗談だって…… 一之瀬キレんなよ……」
「い、いちのん、そんな顔しちゃ…… だめだょぉ……」
「ハッ オレはそんな目で見られたからって ん、んんッ 感じたり、しないんだからなッ!」
「クヒッ」とワケのわからない音が喉から洩れる。
3バカがビクリと震え、小森ちゃんがソファーの上をパンツ丸出しで後退りした。
「オイ、ボケ共。耳の穴かっぽじって、よぉ~く聞いてください」
そして、俺は自分でも聞いたことが無いくらい低い声で言った。
「Eチームのリーダーは小森胡桃さんに決定しました。異議のある者は殺します」
◇ ◇ ◇ ◇
「くっそ~ 俺がリーダーだと思ったんだけどな~」
「でもぉ いちのんが決めたんだしぃ 認めようょ~」
「そうだな! よろしくな! 小森――いや、リーダー!」
「リーダー 一緒にがんばろぅねぇ!」
「困ったら何でもオレに言えよ小森リーダーッ!?」
「わ、わたッ わたしっ 嫌、でも殺され―――っ」
夕時の落ヶ浦をチームメイト全員で駅に向かう。
馬鹿な連中だが、こういうサッパリとした裏表の無さだけは凄いと思う。立候補して負けて、心から素直に相手を応援しようなんて中々出来るものじゃない。
小森ちゃんは終始やりたくなさそうだが、3馬鹿が全力で支える気になっている以上、きっと上手い事行くに違いない。
俺は必ずしもチームのトップが優秀である必要は無いと思う。チームの為に頑張ろうとするメンバーがいて、「この指止まれ」と人差し指を掲げる事さえ出来れば、きっとそいつは立派なリーダーだ。
笑い合う3馬鹿、頭を抱える小森ちゃん。
夕日に向かって歩く4人の背中と、冗談みたく長く路地に伸びる影のコントラストはまさに青春そのものだ。
思わず悶えたくなるような、その光景を眺めて俺は苦笑した。
なんだかんだ悪くないチームなのかも知れないと、自然と足も速くなる。
すると突然、弦月が足を止め、怪訝な表情を浮かべた。
「どうした弦月?」
「かなでん、どしたのぉ~?」
「い、いや…… なんか、誰かに見られてるような気がして……」
いつもは男勝りな弦月が見せる不安気な表情。その顔は何かに怯えているようで、俺たちは即座に周囲を警戒した。
「怪しい奴は…… いねぇ、よな?」
「わかんねえ。いないと思うけど、俺はこういうの苦手だしな……」
「かなでん、どぅしたの? なんか変な事でもあるの?」
男なんざキンタマ蹴りあげりゃいい。
オレが男に負けるハズねぇだろ。
いつもそう豪快に笑いながら、味方を鼓舞して、自ら率先して危険に飛び込む女。弦月奏。
彼女は先日の事件でも、格上のモンスター相手に前衛組を率いて、敵を撃滅して回っていたという。
頭は軽くても、その腕っぷしと心意気は誰もが認める、クラスの中核人物である。
だがそんな彼女は今、我が身を抱くように小刻みに震え、そして怯えていた。その姿に頼れる姉御の面影は無く、ただ一人のか弱い少女がそこにいる。
俺たちは真剣な表情で彼女と向かい合った。
「おい、弦月。お前らしくないぞ。最近何かあったのか」
すると、少女は俯き、消え入りそうな声で、こう呟いた。
「最近、視線を感じるんだ…… いつも誰かに付きまとわれているような…… 怖いんだ……」
7月も始め。
多くの人々が行き交う路上に、やけに生温い風が、俺たちの肌をザワリと撫でた。




