第2章 くじ引き
2章はゆるゆるです
れ、レビューをいただきました……っ
人の噂も75日。
どんな噂だって75日もすれば、みんな飽きて忘れてしまうから耐えて過ごしましょう。きっと良い事ありますよ。
確かそんな意味の言葉だったと思う。
この諺に至った経緯も教訓も経験則も先人の知恵も全てひっくるめて、
若輩ながら俺は一言で評したいと思う。
「長げぇんだよ」
人はそんなに長いこと耐えられないので、ネットリテラシーなんて言葉があるんです。
一度炎上したら就職先まで飛び火するほど現代社会の闇は深いんです。
さすがのご先祖様たちもそこまでは想像できなかったに違いない。
時折、広くもない車内に鳴り響く『ピロリ~ン』というシャッター音に、俺は深くため息をついた。もう勝手にUPでもスネークでも何でもしてください。
バスで揺られること15分。
いつも通り、校門の目の前のバス停で降りると、突然、携帯から着信音が鳴った。こんな朝に誰だろうと画面を見てみると、発信者のところに『おふくろ』の表示。
今日はスネーク除けの為に1本早いバスに乗ったので、HRまではまだまだ時間がある。5分くらいならば電話しても問題ないだろう。俺は少しだけ迷ってから通話ボタンを押した。
「あ、おふくろ、おはよう」
『ミナちゃん!? 大丈夫なの!?』
色々すっ飛ばしての安否確認。世のお母さま方が大抵身に着けているアクションスキルだ。
いつもはこちらが心配するほどおっとりしているおふくろだが、珍しく慌てた様子だった。正直言うと、そろそろ電話してくる頃だろうなとは思っていたのだ。
ニュースやネットで散々俺の姿は世間に流れている。いくら時事に疎いおふくろだって、ご近所さんから話くらいは聞くだろう。
未だ子離れ出来ていないおふくろは、独り暮らしを始めた俺のところに、何かと理由をつけては遊びに来ようとして、その度に親父に止められているらしい。
昔から過保護な部分があった人なので、俺が大変な事件に巻き込まれた事を知って居ても立ってもいられなくなったに違いない。
『右隣の田中さんの奥さんから聞いたの。ミナちゃんが大変な事件に巻き込まれたって!』
「ああ、まあそうなんだけど、それはもう大丈―――」
『エンジョウ!? そう、ミナちゃんが「エンジョウ」だって!』
「えッ そっち!?」
お隣の田中さんに余計な事を吹き込まれたらしいおふくろ。
いや確かにネットに晒しあげられて今まさに炎上してますけども、どっちかというと例の事件の方が……
『お母さん「エンジョウ」っていうのはよくわからないけどね、でも左隣の山田さんの奥さんに聞いたの。エンジョウしたらね、次はそこら中に火をつけて回る「お祭り」が開催されるんだって!」
「い、いや…… 確かに祭りの真っ最中ですけども、そっちは大丈夫っていうか……」
俺が口ごもると、おふくろはいつも通り、マシンガンのように捲し立てる。
『お母さん、心配になってお父さんに聞いてみたらね、「若い頃はエンジョウの一つや二つ当たり前だから心配するな」って言われたんだけど――――」
「おふくろ、親父の頭の中を心配した方がいいと思うぞ」
『でもね! 斜向いの矢追さんの奥さんに、「お祭りになったら最終的には頭の中が発酵した人に、男同士の戦いをさせられるのよ」って言われたの! 受けとか攻めとかルールがあるらしいのよ! ミナちゃんは大丈夫なの!? お母さん心配でッ』
「だ、大丈夫だと思いたい…… あと、おふくろ。ご近所付き合いはほどほどにした方がいいと思う」
俺は力無くそれだけを呟くと、電話を切った。
相変わらず世間とズレまくっているおふくろは、心配するポイントも絶望的にズレている。
愛する家族の帰宅を家で待つのが趣味だと断言するほどアレな人だが、そっち方面からアプローチしてくるとは思わなかった。それと頭の中が発酵してるのはきっと矢追さんだと思う。
俺は大きくため息をつくと、朝っぱらからテンションだだ下がりのまま校門をくぐる。
ふと周りを見てみると、夏服に衣替えした女子生徒がチラホラ歩いていた。実は落校の制服は何気に可愛いと巷で評判だったりするのだ。
上半身は肌に張り付くタイプの対撃シャツの上に、防刃仕様の白いブラウス。
若干、和装を意識しているのか、前を留めるボタンの位置は右側についており、やたら体の線が強調される作りになっている。襟を立てて着用することが推奨されているのは、首筋を守るという、もっともな理由があるからだ。
下半身についてはデザイン時に、女子もパンツにするかスカートにするかで喧々諤々の議論があったらしいが、最終的にスカートが採択された事は民主主義の勝利と言えるだろう。
しかも俺たち冒険者にとっては必須である機動性を重視したら自然と丈は短くなり、結果として防御力皆無のアホみたいなミニスカートと相成った。これを超えようと思ったらワカメちゃんかシズカちゃんを連れてくるしか道はあるまい。
そして足元は、ふくらはぎまでカバーするロングブーツで、指先周りには軽甲だ。
冒険科の生徒は、この制服をベースに、それぞれの特性に応じた装備をしたり、改造したりしているが、冒険者の卵と言ってもやはり女の子、機能性だけではなく、むしろファッション性を重視する改造を施す傾向にある。
少し大胆で可愛い制服にそれぞれの個性が加わって、こうして見ると中々に華やかな光景である。
ちなみに男の制服は語ったところで誰一人として得しないのでスルーです。
剥き出しになった若く健康的な太ももが目に眩しいが、俺の場合じっくり鑑賞してると話が拗れる可能性があるのでチラ見するに留めておく。
なんせ俺は目を合わせただけで妊娠に陥る超生物らしいので、余計な面倒は避けるに越したことはないのだ。ていうか『妊娠に陥る』ってなんだよ。新手の状態異常か。
校舎に向かって歩くと、校舎前で長机を並べ、仁王立ちする先生がいた。錬金科教諭にして生徒指導の衆道好男先生である。
「うわっ 抜き打ち検査かよ、めんどくせえっ」
冒険者関連の技術を学ぶ高等専門学校と言えども、通う生徒たちはみな思春期真っ盛り、若気の至りの一言で無茶が許される、触れたもの全て傷つけちゃうお年頃の少年少女だ。
イキがる事をカッコいいと思ってしまいがちだし、良からぬモノを持ち込みたくなる連中も珍しくない。
なので、たまに抜き打ちで持ち物検査などがされるのもまた仕方がない事なのだ。
早速、ちょっと悪ぶった感じの男子生徒が衆道先生に捕まり、カバンの中身を長机の上にぶちまけられていた。
するとその中に、日差しを浴びてギラリと光る銀色の物体があった。バタフライナイフだ。漫画とかで追い詰められたヤンキーが得意げに披露するアレである。
「貴様ッ! なんだこの危険なナイフはッ!? わかっているのかッ! これは重大な校則違反だぞッ!」
当然の如く、先生はそのナイフを引っ掴み、激高した。
「フィンガーガードの無いナイフは持ち込み禁止だっ! 突きの際に指を落としかねない危険な武器など認めるわけにはいかんっ!! これは没収だっ!」
見ると、周囲の生徒たちも「仰る通り」とばかりに深々と頷いていた。「なんであんな機能性の低い武器持ち歩いてるんだろうね」と囁き合っている者すらいる。
もう慣れたけども冒険者学校は色々とアレだ。
ナイフを『没収』のフダが張られたカゴに放り込んだ先生は、男子生徒が密かに持ち込もうとした漫画に注意したあと、更にもう一冊の雑誌を手に取りピタリと動きを止めた。
先生の目が驚愕に見開かれる。
「こ、これは……っ 『月刊 ハード男爵』 特別限定号ッ」
どう見てもフンドシ一丁のおっさん二人が、寝技の応酬をしているようにしか見えない、悍ましい雑誌である。
先生はゴクリと唾を飲みむと、ハッと我に返って叫んだ。
「ぼ、没収ッ こんなけしからんモノを学び舎に持ち込ませるわけにはいかんッ!」
至極当然の話だが、あんたは何故それをその雑誌を没収カゴではなく、懐に押し込んでいるんだ。
「ん、んんッ! と、ところで君は、私に相談事があるのではないかねッ?」
男の子が大好きな男性教諭は、男同士のグラウンドテクニックに興味がある男子生徒の肩を優しく抱いて、どこかへと消えていった。色々終わってる。
俺は朝っぱらからウンザリしながら校舎に入った。
――――――――――
「それでは今日は班決めをしたいと思いま~す!」
今日も元気なモモ先生が移動式黒板の前で拳を振り上げた。
あの事件の後、おじいちゃん校長先生がちょくちょく遊びに来ては、クラスに黒板を置いていく。最初はボケが始まったのかと心配していたのだが、聞いてみると、どうやら俺たちに使ってもらいたいらしい。
ちなみに今日は珍しく担任のクリスティナ先生がお休みなので、もも先生が代役でクラスに来ている。
モモ先生は鼻息も荒くチョークをひっ掴んだ。
そして黒板に書き込――――もうとして断念した。
「ふ、ふえぇっ 届か…… ひぐっ 届かなッ ふぐっ……」
大きなおめめにブワリと涙が浮かぶ。
「せ、先生! ホラっ 椅子あるよ椅子っ!」
「そ、そうだよ先生! 頑張って!」
「飴だ! 誰か飴持って来い!」
すぐ近くの席で千田君が「その御身足で拙者を踏み台にィィッッ!!」と悶えているが、いつもの事なのでみんなスルーである。
みんなに励まされたモモ先生は、気持ちも新たに椅子によじ登って「にぱー」と笑う。飴をコロコロ転がしているのはご愛敬。
こうして見ると、あの絶望的な状況で、半分とは言え火竜の尻尾をぶった切った人とは思えないから冒険者というのは恐ろしい。ていうか、それ以前にただの幼女にしか見えないので、合法ロリだと騒ぐ真理男さんの気持ちもわからんでもない。
「それでは今日は班決めをしたいと思いま~すっ!」
どうやらさっきの醜態は無かった事になったらしい。
先生が、椅子に乗りつつ背伸びしながら黒板の上部に、可愛らしい字で書きこんだ。
――――林間学校♪ \(^o^)/
顔文字は全く必要ないと思うが口にする者はいない。今も昔も「可愛いは正義」である。
「来週に控えた林間学校ですが、班を決めま~す! 今回は5人1班です!」
その瞬間、俺と葵は全てを理解したように目配せした。言葉を交わさなくてもわかる。
俺、葵、アーニャ、尼子屋、あと一人は誰にする……? である。
しかし、次の瞬間、全身の毛がゾワリと逆立った。
「はっ 殺気ッ!!」
思わず周囲を見渡すと、野郎どもが死んだ魚のような目で俺を見ている。
俺にはわかる。「テメー、アーニャちゃん持ってったらどうなるかわかってんだろうな……っ」という目だ。
歯噛みしながら味方を探すと、ドリルこと西郷寺カノンが物凄い目で俺を睨んでいた。あれは、「今度こそ尼子屋は絶対に渡しませんわよ!」という目だ。
動揺を隠せないでいると、何というか、物凄い異質な視線を感じたのでそちらに目を向ける。千田君が変態的な笑みを浮かべながら俺を見ていた。「俺っちがいるぜ?」という目だった。ごめん千田君、君はちょっと……
「今回はクジ引きで決めま~す!!」
先生が元気いっぱいに宣言すると、その言葉にクラスメイト達が一気にヒートアップした。
いつもはパーティ編成も冒険者の技能の一つということで、専ら生徒の意志に任されていたのだが、今回はどうやら違うらしい。
ちょっとだけ、ぼっち気質な俺たちにとっては悪くない方法である。
「先生、質問よろしいでしょうか」
生真面目なクラス委員長がスッと手を挙げた。
「はい! 東雲君、どうぞ!」
「いつもパーティ編成は個人に任されていたのですが、今回はどういった意図でクジ引きなのでしょうか」
よくぞ聞いてくれました! と言わんばかりに先生の顔が輝いた。
アイスを買ってあげた時の親戚の姪っ子と同じ顔だ。
「将来、みなさんも即席のパーティで行動しなければならない時がきっと来ます。冒険者はそんな状況でもキチンと仲間とコミュニケーションをとって、チームとして力を発揮しなければいけないのですっ! その為の班分けだと思ってくださいね!」
至極当然の話だった。
この前の火竜戦だって、6人中、キチンとパーティを組んだことがあるのは葵だけ、尼子屋は1日一緒にいただけだ。それでも命がけで闘わなければならない場面だったのだ。
運よく切り抜けられたから良いものを、極限の状況で、いつも組んでいないパーティだから負けちゃった、なんてアホみたいな言い訳が通用しない事は馬鹿でもわかる。そういう意味では非常に良い経験になる事は間違いない。
今回は5人1組。クラスは30人なので6チームが出来ることになる。
先生は、黒板にAからFまでの6文字を書くと、さも当然の如くアーニャの名前をAのところに書いた。
「アーニャちゃんは今不在なので、Aチームに入れちゃいま~す! 後はクジ引きですよ~!」
そう言うと、もも先生はどこから持ってきたのか、丸く手を入れる穴の開いた箱を、ででんっ 教卓の上に置いた。
「「「「おおおおおぉぉッ!」」」」
野郎共が一斉に席を立ち、教室内がワケのわからない熱気に包まれる。
こうして、クラスメイト達が騒然とする中、悲喜こもごものクジ引きは始まったのだ。




