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エピローグ(後編) ~女冒険者がレベルアップという名の絶頂を迎えるのをじっくり眺める俺の話~

 泣き崩れた俺は、葵に引きずられるようにして教室に入った。

 クラスメイト達は、そんな俺をニヤニヤしながら見ているが、他のクラスの連中に比べたら遥かに温かい反応ではなかろうか。ていうか千田君に変態扱いされるとか納得できないにもほどがある。

 突っ伏して机を涙で濡らしていると予鈴が鳴った。ガラッと扉が開き、担任であるクリスティナ先生が教室に入ってくる。



「みなさん、おはようございます。それではHRを始めます」



 先生は教室を見回し、だらけ切った俺に注意しようと口を開くが、そのまま口をパクパクして、ボッと顔を真っ赤にさせると目を逸らした。

 あれ以降、俺に対してはずっとこんな感じである。



「オホンッ 今日はHRの前にみなさんにお知らせがあります。留学生としてこのクラスに来て一時帰国していたアーニャさんですが……」



 俺はチラリと隣の席に座る人物に目をやった。

 しかしそこにアーニャの姿は無く―――



「顔に、何か、ついて、います、か?」

「いや、別になんでもないよ」


 入院明けの田嶋さん(・ ・ ・ ・)が俺を見て首を傾げる。

 田嶋さんは『貞子』というあだ名の通り、今日も長すぎる前髪に顔が覆われ、その表情はわからない。鬱々とした声をこうして聞いていても、つい先日まで明るく元気な外人さんが隣にいたとは、今となっては信じられない。

 

 事件後アーニャは帰国した。そもそもが任務での来日だったのだから当然と言えば当然だった。

 一時期、ネットではアーニャが【剣帝】アリョーシャだったのではないかという噂が流れたが、その事実が決定的となる場面や台詞が流れていなかった事、ギルドや彼女の所属事務所、更には日本政府が正式にその噂を否定したことで、未だ憶測は消えないものの、形式的には彼女はアーニャ・ノヴェである、という結論で世間は落ち着いた。


 そして生徒達に説明された帰国についての理由も「あんな大変な事件があったのだから親御さんが心配して呼び戻した、また日本に来るかわからない」という曖昧なもので、真相についてい知っているのは先生たちと、俺、そして尼子屋と葵だけだ。

 先生はその結末について、今日きちんと説明をするつもりなのだろう。

  


「向こうでの準備が出来次第、来週にもこのクラスに戻ってくることになりました」



「は?」

 

 俺は、アホみたいに呆けて呟いた。

 アーニャは間違いなく【剣帝】アリョーシャである。ひっきりなしの取材や、総合戦闘大会への参加、更には本職であるダンジョン攻略や学業と、呑気に日本に滞在できるような身分であるはずが無かった。


 政治的な絡みもあるだろうし、何より所属事務所が金の卵である彼女を手放すわけがない。

 そもそも彼女は別次元の存在だ。俺たちとは何もかもが違う。俺はあの時、それをまざまざと見せつけられた。

 彼女の、【剣帝】アリョーシャの、最前線(トップライン)で闘う冒険者(ブレイバー)の、本当の力というものを。




――――――――――――――






 火竜がブレスを放つ。

 世界が白一色に染まる。





「『絶対領域』(スタンドアロン)」





 鈴を鳴らせたような声だった。

 そして圧倒的魔導圧を伴って目の前に展開された結界。

 直後、轟音に呑み込まれて一切の音が消失。しかし、いつまで経っても『死』は訪れなかった。

 視界が徐々に戻ってきた時、俺たちに背を向けて立っていたのは3人の人物。

 そのうちの一人が俺たちを振り返り、豪快な笑みを浮かべる。



「おう! 遅くなって悪かったな坊主!」

「あ、あんたは……」

「侵入路はすぐ確保したんだけどレベル制限取っ払うのに手間取ってよ! オレじゃなくてギルドがな! 言っとくが俺のせいじゃねぇぜ? はっはっはっ!」


 あんぐりと開いた口が塞がらない。

 そこで、髭だらけの顔をくしゃくしゃにして笑っていたのは、まさしく伝説の男。

 滅多な事では表舞台にその姿を現さない高く遠い存在。俺たちの憧れ、俺たちの誇り。

 日本が誇る最高の冒険者にして、偉大なる先駆者(パイオニア)。この訓練用ガーデン【息吹】の原始権限保持者、そう―――



「弦月、巌、さん……」



 御年54にして未だ世界ランク1桁に名を連ねる現役最強クラスの冒険者の一人。俺としては言葉も出ない。

 ただ茫然と彼を見上げていると、弦月さんの隣の人がクルリと振り返り、胸の前で手を組んで体をくねらせた。


「あらぁ 良い男じゃなぁ~い? 初々しくて良いわぁ~。 それにあなた童貞ね? 童貞なのねッ? ああぁ~んッ! 食べちゃいたいッ!」


 俺は絶句した。


「お、おい…… あんた歳考えてくださいよ心臓に悪い」

「あらぁ なぁにぃ? あたしに食べられた事無いからってスネちゃってぇん」

「気持ち悪ィ事言ってんじぇねえ! どう見てもこの坊主、アンタの曾孫より年下だろうが!」

「なによぉ! このピチピチの肌を見なさい! 全然まだ30代で通ってるんだからッ! 女はいくつになっても若い男が食べたいのよぉッ!」

「そんなBBAいねぇよッ!」


 呻くようにその人物の名をひねり出す。


「【魔を司る者】(バンダースナッチ)ステルヴィア・セヴェリーノ……」


 既に崩壊した国、ポルトガルが生んだ化け物。

 世界中の魔法使いの頂点に君臨する、|魔法使いの中の魔法使い《マギア メイガス》

 齢100を超えてもなお30代にしか見えない彼女の容姿は、数多のレベルアップとそして魔導士として有り余る膨大な魔力に起因するものだ。

 間違いなく世界最強の一人に数えられる魔導士である。

 

 世界中で誰もがその名を知っているような大物が二人、では三人目は果たして如何なる人物か。

 夢でも見てるような心地で3人目の女性、彼女の背をぼんやりと眺める。

 すると彼女から爆発的に魔力が迸り、瞬時に具現化すると、それら全てが数百、数千の半透明な砲塔へと姿を変えた。


「うそ、だろ……」


 まるでハリネズミの様に無数の砲身に包まれる彼女の名を、俺が知らぬはずが無い。いや、世界中で知らぬものなどいるはずが無い。

 彼女は振り返ることも無く自身の名をボソリと呟く。



「………………ネル、です」


 

 【能天使】(ザ・パワー)ネル・ロックハート。

 未だパワー&ジャスティスの国アメリカで、パワー&ジャスティスを体現する、世界ランク5位の新星。

 世界最高火力と謳われる彼女のアーツ、『終末砲撃』(グラウンド・ゼロ)の後には、草木一本残らないという。

 世界中の国家が、国家として一番的に回したくないと冒険者は誰だと聞かれた時、まず最初に名前が挙がるのが彼女だとまで言われるほどの戦力だ。

 それなのに、誰からも恐れられることなく普通に暮らせていられるのは、彼女が極度の引っ込み思案で大人しく、人見知りだからと噂されていた。

 ボソリと名前を告げただけで真っ赤になり、口元をモギュモギュさせているところを見るとどうやら噂は本当らしい。


「おいおい、そんな呆けた顔するんじゃねえ坊主。俺たちはヤツを追うためにギルドに派遣された戦力だ。まあ、ちいとばかし遅かったみてぇだけどな! 火竜くらいは捻ってやんよ! ガハハハッハッ!!」

「そうよぅ、火トカゲ一匹くらいサッサと片付けてあげるわぁ~ん、それでぇ、他に危険なトカゲさんいないかチェックしなきゃなのぉ。実はおねぇさん、あなたの股間が怪しいと思うのよねぇ」

「……………………キャッ」


 弦月さんがガハハと笑い、ステルヴィアさんが舌なめずりをし、ネルさんが手で顔を覆ってモジモジしている。

 緊張感もクソも無い3人だが、その体から迸る武威は本物で、体の芯から来る震えを抑えることが出来なかった。嫌でも思い知らされる。この人たちは文字通りの化け物だ。

 あの火竜ですらもブレスが防がれた事に警戒を見せていて、地上に降りずにこちらの様子を伺っている。


「……と、行きたいとこなんだがよ」

「そおねぇ~」

「………………コクコク」


 3人がそれぞれ俺の方を見ている。いや、正確には俺の後ろだ。

 すると、すぐ横の石畳にガチャンと音を立てて何かが放られた。反射的にそちらに目を向けると、そこには見慣れた腕輪がある。



「わたしに、やらせて……」



 そう、それは彼女を縛る鎖。

 彼女が潜入員として、違和感なく実力を隠すために自ら架した枷。 


「そう言うと思ったぜ。さっさと決めて来いよ嬢ちゃん。動画配信ももう終わりだ」

「じゃあ、あたしはそこの彼のトカゲさんを成敗して待ってるわぁ~」

「………………トカゲさん……ポッ」 


 俺の背後で闘気が爆発する。

 恐る恐る振り返った先、そこに本当の彼女はいた。

 亜麻色は銀へ、濃緑は灰へ

 血に濡れ、ゾッとするほど美しく輝く銀髪の戦女神。

 それは【剣帝】アリョーシャ・エメリアノヴァ。

 世界を背負い、トップラインで闘う同世代最強の戦士。

 彼女は俺と目が合うと、まるで天使のような微笑みを浮かべた。


「ミナト、ありがとう。守ってくれて。嬉しかった」


 何を言っているんだと思った。

 当然のことじゃないかとか、俺だって男だからな、とかそういう意味じゃない。

 俺ごときが、目の前の力の権化を守るなんて、そんな馬鹿げた事があるはずがないと、そう思ったのだ。

 だが、彼女は優しく微笑み、目に涙さえ溜めて俺を見つめた。


「衝撃だったよ。ダンジョンに潜ったこともないミナトが、本当に火竜を倒しちゃうなんて。本当にかっこよかった。だから、私―――」



 戦女神がスラリとレイピアを抜く。

 吸い込まれるほど美しい銀の波紋が、少ない光を反射して艶やかに光る。

 そして、刀身と全く同じ銀の髪を揺らめかせながら、

 彼女は言った。




「ミナトに見て欲しい。本気の私を……ッ」 



 特徴的な抑揚、鳥の囀りのように跳ねるアクセント、鼻にかかったソプラノヴォイスが耳朶を叩く。

 それは神へ捧げる祝詞にも似た旋律。

 彼女は謡う。



「特殊能力(スキル)、解放。【限界突破】(リミット・ブレイク)」



 瞬間

 銀の奔流が天を突き抜けた。 

 俺の小手先のスキルとはまるで違う本物の力。

 迸る魔導粒子が宙に煌めき、荘厳な雰囲気すら漂う。そしてその爆心地で静かに佇む彼女の背には、光り輝く銀の翼。

 彼女は空に漂う巨大な羽虫を真っすぐ睨みつけると、スッと腰を落とす。そして――――





――――己が凡てをこの一撃に






「デッド・オア・アライブ」






 それは、一筋の光。

 たなびく奔流全てを纏った銀の閃光が、ただ一点。ただの一点を貫く、ただそれだけのために。

 大気を震わせ雲を穿ち、天を貫くそれはまさしく断罪の光。

 傲慢な天使の征く軌跡にはチリ一つすら存在を赦されない。 


 モザイクの空が割れ、息吹の空が急速に宵闇を取り戻して行く中。

 爆散した火竜の頭部が金色の粒子となって銀に溶け込み、ゆっくりと墜落を始めたその巨体を、

 俺はただ無言で見つめていた。



―――――――――――― 







「よっしゃー! アーニャちゃんまたクルぅぅ~~! 俺に遭いに来るぅぅ~~」

「うわ~い! ナナはぁ、アーニャンとぉ ユニット組んでぇ」

「やっべ! かーちゃんにまたガイジンが来るって言っとかねぇと!」


 3馬鹿は相変わらずの馬鹿発言。

 その他の馬鹿共もいつも通りバカ騒ぎを始める。

 何がどうなっているかわからず、葵の方に視線を向けると、彼女は忌々し気に舌打ちをしていた。

 なんだ、何がどうなってそうなった?

 すると、先生が教室用の細くて短い奴でバシンと床を叩く。一瞬で教室は静寂に包まれた。


「よろしい。アーニャさんからメッセージがあります。『みなさん、また一緒に勉強できる日を楽しみにしています。待っててね』だそうです。そして個人宛てのメッセージも一件頂いています」



 ガタッ と一斉に立ち上がるクラスメイト。



「俺にか!?」

「俺、だな……」

「いや私でしょ?」

「えっ 私!? 照れるな……」 

「ナナだよぅ」


 喧々諤々の論争が始まり、そこらじゅうで掴み合いが発生する。

 すると先生が再びバシンと床を叩いて、教室は何もなかったかのような静寂に包まれた。馬鹿すぎて声も出ない。

 

「オホンッ では読み上げます。『ミナト、アーニャを最前線(トップライン)に連れてって! にゃ』だそうです」


「ブフォッッ」

 

 思わず噴き出した。

 名作野球漫画からのセリフのチョイス。そしてあざとい語尾。間違いなくアイツだ。

 ていうか、何が『連れてって』だ。既にトップランナーの力の権化が何言ってやがる。俺を馬鹿にしてるのか。

 憤りも露わに悪態をつくと、唐突に物騒な台詞が聞こえた。

 


「殺す……」




 慌てて周りを見回すと、命を懸けて共に戦ったはずのクラスメイト達が、とんでもない目で俺を見ていた。

 おい待てお前ら。俺は何一つ悪くないぞ。

 


「変態……」


「ねえ誰今、変態っつったの!? 俺は変態じゃないから! 紳士だからっ! 訂正しなさいよぉッ!」



 結局、物凄い空気の中、何とかHRが終わって戦闘実習の準備をしていると、俺は背後から肩を叩かれた。



「一之瀬ぇ 午前の戦闘訓練、俺たちとやってくれるよなぁ?」



 頬をヒクつかせながら拳をバキバキと握り込む男子の皆さま。

 


「あ、葵さんッ 助けて! パーティの仲間が危険な目に―――ッ」

「……知らない」



 俺はそのまま両腕を拘束されて、転送室まで連行された。




◇ ◇ ◇ ◇






「今日は酷い目に遭った……」



 家につくと、いつも通りPCの電源を入れて、俺はため息をついた。

 あの後、午前中は代わる代わる男子連中にボコボコにされ、午後は謎の魔法暴発に巻き込まれまくって散々だった。更には下校時にはやっぱりスネークがいたのか、落ち込む俺の様子が事細かに書き込まれ、フラッと入った牛丼屋には電凸がされた。見も心もボロボロである。


 戦力的には俺もクラスメイトと互角なはずなのだが、なんというか、目の光が消えてからのヤツらの強さは異常です。まさか千田君にまで負けるなんて……


 俺はPCが立ち上がるまで、ぼんやり画面を眺めていると、ふと【J】の言葉が頭を過る。



――――ダンジョンを踏破した先には何が?

――――それでもあなたは前に進みますか?


 

 史上初のダンジョンハック、リアルタイムの動画配信、そして火竜まで召喚しておいて一人も死者を出さずに幕を降ろしたこの事件は、犯人不在のまま、ギルド戦力3名の投入により全てが解決したという見出しが、世界中の新聞1面を独占した。

 リタイアしたというインストラクター5人組も、今ではちょっとした有名人となって、今日も元気にバラエティで体を張っている。


 世間が新聞の見出しをそのまま鵜呑みにし、終わった事件として流されようとしている中、 

 俺はどこまでも昏く濁った【J】の目が忘れられなかった。

 何を見たらあれほどの絶望をその瞳に宿すに至るのか、俺には想像もつかないし想像したくもない。

 一体彼女はあんな大事件を起こしてまで世界に何を問いかけたかったのだろうか。


 何となくだが、俺はわかるような気がするのだ。

 突如現れた3人の冒険者、そして火竜を一撃で屠ったアーニャ。

 彼らの力を直接感じた俺は、思い出すたび今でも震えが走る。

 冒険者というのは、いや、人間という生き物は、あんな次元の違う生き物になってしまうのだろうか。

 あのクラスの冒険者が数十人集まっても越えられない40階層。そしてその先に待っているのは更なる深淵。


 俺たちは一体何者になろうとしているのか。

 世間一般の人たちは、そんな俺たちをどんな目で見ているのだろう。

 富をもたらすからこそ存在が容認されているものの、その必要がなくなれば俺たちは単なる危険物だ。

 ダンジョンに頼らなければ生きていけない今だからこそ冒険者はチヤホヤされているが、リターンよりもリスクが上回った時、俺たちの居場所は果たして社会に存在するのだろうか。


 そんな心の奥底に潜む漠然とした不安に、彼女の言葉は種として撒かれ、確かに芽吹いたのだと思う。

 それが未来の火種となるか、互いを繋ぐ架け橋となるのかは、今のところ誰にもわからない。

 


 そして、彼女は40階層、そして50階層を突破したら、ダンジョンとは何なのかがわかると言った。

 何者かもわからない敵の言葉であるにも関わらず、俺はその言葉は真実であると直感的に確信する。


 ならばやるべき事は一つしか無い。

 俺は俺の信じる道を行くだけだ。

 

 未来はある。夢も希望だってきっとある。

 きっとそれは、ダンジョンの深淵を覗いた彼女にとっては妄言の類だったに違いない。

 しかし、その根拠も無い青臭い言葉を、俺は反芻するように胸に刻んだ。


 難しい事ばかり考えていてもしょうがない。俺は俺だ。

 そもそも俺は、女性冒険者のレベルアップを眺めるために冒険者になったのだ。世界がうんたらとか小難しい事は偉い人に任せておけばいい。

 今の俺に出来ることは、未来があると信じる事、そして、その言葉がウソではないと証明するため、小物らしく必死こく事くらいだ。

 

 またいつか、彼女は俺の前に現れるだろう。その確信が俺にはあった。

 だから、その時、胸を張って『夢も希望もあっただろ?』と言えたならば、俺達が頑張る意味だってきっとあるはずなんだ。


 そう、それでこの話は終わりだ。

 俺は俺らしく、本来の目的の為に突き進む。そしてそのために強くなる。それでいい。それでいいのだ。



 俺は立ち上がったPCを操作して、同志たちが集まるサイト『レベルアップ監視委員会』へとアクセスする。

 ログインして一通り新着を眺めると、ほとんど飾りのメッセージボックスにメッセージが届いている事に気付いた。

 誰からだろうとボックスを開いて送り主を確認すると、そこにはまさかの『ジャスティス』の文字。

 戸惑いながらメッセージを開くと、そこにはたった一言のメッセージ。



―――勇敢なる友に捧ぐ



 そしてその下には謎のリンク。

 なぜ突然、俺のIDにジャスティス氏がメールを送ってきたのか全くわからないが、とにかく俺はそのリンクをクリックした。どこかのページに飛ばされるかと思っていたら、すぐに何かのファイルのダウンロードが開始され、10秒ほどで終わる。拡張子を見る限りは動画のようだ。

 


 恐る恐るファイルを開く。そして流れ始めた動画を見て俺は戦慄した。


「こ、これはまさかっ」


 最初に映ったのは石畳。

 そしてキラキラと光の粒子に変換され、空へと還っていく火竜。そして――――


「モモ先生ッ!」


 次に写ったのは、左腕を失い、痛々しい姿のモモ先生。

 音声として聞こえるのは、もも先生の荒い息遣いと、我を忘れた尼子屋の悲痛な叫びだ。



『僕は大丈夫だけど、先生がっ!!!』


 

 散々探した。

 スパムを踏み、架空請求の嵐を超え、何度も、何度も、何度も探した。どんな情報も見逃さなかった。

 絶対に有ると、この広大なネットの海のどこかに、俺たちが探し求める秘法は眠っているのだと、

 慣れぬ自演をし、本人降臨乙をされてまで、俺はそれを求めたんだ。

 


『先生が……っ 顔が真っ赤で! 白目を剥いて……ッ 呼吸も苦しそうなんだ! ビクンビクンって!』


 しかし、ついぞソレを目にする事は叶わなかった。俺は独り枕を濡らした。

 だが俺は信じていた。その存在を。その奇跡を。機械仕掛けの神《デウス・エクス・マキナ》の祝福を。


 聞き覚えのある台詞を尼子屋が叫ぶと、カメラはモモ先生の顔をドアップで映したまま固定される。

 みるみる間に顔を上気させた先生は、歯を食いしばり、限界まで眉を寄せて呻いた。


『い、イぐ……イっぢゃうゥゥ……ッ』



 そしてソレは在った。間違いなく。今ここに。俺の目の前に。

 偉大なる女神の、そう――――





――――レベルアップ動画がッ!!


 



『先生! 先生しっかりして! ミナト君っ 大変だッ! 先生が――――』


『ぎもぢいいィィ~ッ イぐよぅ、あ、あっ ああ、おおおおォォ……』



 いつの間にか開かれた目は既に焦点が合っておらず、何がを探すように宙を彷徨った、次の瞬間


『あ゛ッ』

 

 グルンと瞳が間裏まで裏返り、濡れそぼった唇を突き破って、ヌラリと糸を引いた舌が天に向かって突き出される。


『お、 お゛っ  お゛お゛ッ』


 

 そしてモモ先生――――いや、一匹の牝は、歓喜の雄叫びを上げたのだ。


 

『あお゛おおォォォォォ~~~~ッ!!!』


 

 俺も雄叫びを上げた



「あお゛おおォォォォォ~~~~ッ!!!」






 これだ。

 誰が何と言おうとも、これが俺の物語だ。

 これが女冒険者がレベルアップという名の絶頂を迎えるのをじっくり眺める俺の話だ。

 

 地球の未来がかかっていようと、俺たちの行く先に暗雲が立ち込めていようと。

 俺がやるべき事はきっと変わらない。

 そしてその道中で、結果的に誰かを救う事になろうとも、激熱なバトルが待ち構えていても、それは俺の話を修飾するための出来事でしかない。


 

 たとえ変態と罵られようと、専用スレで晒しあげられようと。

 今も昔もこれからも、俺は俺であるために生きていくのだ。


 そう、俺は冒険者高専冒険科、一之瀬ミナト。

 女冒険者のレベルアップ(絶頂)を見るためだけに冒険者になった男。





「もも先ッ生ェェェェェェェ~~~~~ッッッ!!」





―――――ドンドンッ   いい加減にしろ!! 何時だと思ってやがるッ!!






第1章  ~完~

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