エピローグ (前編)
レベルが上がって様々な能力が上昇しようと、やっぱい暑いものは暑い。
初夏と言うには強すぎる日差しを浴び、額にはじっとりと汗がにじむ。この暑さもまだまだ序の口だと思うと、憂鬱になってくるのは、きっと俺だけではないはずだ。
7月も始め。
昨日も朝方までネットの海をディープダイピングしていたおかげで寝坊した俺は、セミの大合唱に舌打ちしながら学校へと急いだ。
今からならばバスを待っているより走った方が早い。
「やっべ。急がないと」
走っていると、景色が思った以上のスピードで左右を流れて行く。これでも体力的には全然問題ないのだからレベルアップというものは恐ろしい。
15分も走ると、コンクリートジャングルが開け、アホみたいに広大な田園風景が現れる。ダンジョン都市落ヶ浦の《学園エリア》である。
ここからはラストスパート。5分ほど走ったところに俺たちの通う学校はあった。
まもなく校門前に到着。歩いて中に入っていく生徒がチラホラいるところを見ると、何とか遅刻は免れたらしい。遅刻するとクリスティナ先生が太くて固いのをチラつかせてくるので心臓に悪いのだ。
校内に入り、冒険科の教室に向かっていると、少し先を尼子屋が歩いているのが見えた。
声をかけようとすると、今日も元気なモモ先生が鼻歌スキップで俺たちを追い抜いていく。
「みんなおっはよ~! 今日も元気に頑張るぞ~~~ッ!!」
今だあの時の興奮冷めやらぬ生徒達がザワついた。
「ねえ見て見て! モモ先生だよ! 今日も可愛いよね~」
「あんなに小さくて可愛いのに、火竜の尻尾を落としたんでしょ? 信じられな~い!」
「尻尾だけじゃなくて実は火竜を倒せたらしいよ。だけど身を挺して生徒をかばって負傷。超カッコいいよね!?」
「憧れるゥ~ 専攻が違うけど、モモちゃん先生みたいな女の子になりたいなぁ~~」
あの事件の発端である『赤の騎士団』とやらのサイトは既に影も形も無くなっているが、あの時の動画は今でも動画サイトに投稿され続けている。
山場を集めた「まとめ」であったり、委員長が目からビームを出しまくる「やったったww」系、あげくには見たことも無い冒険者達による「やってみた」系まで。
どれもアクセス数の伸びが半端ないらしく、しばらくはネタには困らない状況だ。
様々な角度、様々な視点からの動画が上がっていたので、火竜戦後のレベルアップも当然の如くあるはずだと俺も最初は息巻いていたのだが、なぜかその場面の動画だけはどこを探しても見当たらなかった。
ギルドのサイバー部隊が本気出したというワケではないらしく、動画そのものが存在しないらしい。
ということは、モモ先生のレベルアップを目撃したのは尼子屋一人という事になるが、如何せん当人がその認識が無い。猫に小判とはこのことである。俺としては痛恨の極みだ。
ちなみに、俺が冗談で口にしたモモ先生の実況スレは実際に立っていた。
冒険者サロンに立てられた『【ロリ天使】冒険者高専モモタソ専用スレ【降臨】』は、既にpart100を超え、名だたる冒険者の専用スレと肩を並べ今もなお異彩を放っている。
「モモ先生、あなたは先生なのですから廊下をスキップなどしてはいけませんよ」
「あ、 クリスちゃんだ! クリスちゃんおはよ~」
「モモ先生。何度言ったらわかるのですか。職場では私の事をきちんとクリスティナ先生と呼びなさい。生徒に示しがつきませんよ」
「え~ でもクリスちゃんが『モモォ~~~ッ!』って叫んでる動画、みんな見てるんだよ?」
「それはそれ。これはこれです」
怜悧な瞳を細めながら、もはや代名詞ともいえる赤メガネをクイっと押し上げたクリスティナ先生がモモ先生に注意している。
幾分、頬が赤くなっているのは見間違いではないだろう。
すると、先ほどの女生徒たちが再び騒ぎ出す。
「モモ先生も可愛いけど、クリス先生はカッコいいよね~!」
「一番危険な火竜の正面で最後まで戦い続けるなんて普通出来ないよね!」
「そんで照れた時、すぐ顔に出るのがまた可愛いというか、女子力高いっていうか!」
「カッコいいわぁ、ていうかマジ憧れる」
元から人気の高かった2人組だが、例の事件以降、彼女たちの人気は留まる事を知らない。
エロかっこいいクリスティナ先生こそが! と吠える者がいれば、天真爛漫な御ロリ様こそ至高! と声を荒げる者もいる。
それぞれに設立されたファンクラブは、『お前はどちらに踏まれたい?』という意味不明な議論で白熱し、仲の良い二人を差し置いて抗争にまで発展していた。偏差値の低さがそのまま表れた悲しい事例である。
学校やネットではもちろんの事、マスコミの取材依頼も殺到しており、学校側としては宣伝も含めて取材に応じて欲しいらしいが、彼女たちは『冒険者保護法』を盾に、頑なに拒否し続けている。
あんな大事件に巻き込まれた俺たちが報道に翻弄されることなく普通に学校に来れるのも、2人の信念と『冒険者保護法』のおかげだ。
「も~! そんな事ばっかり言ってるからクリスちゃんは『未だ』なんだよッ!」
「も、モモッ!! あ、ああ、ああああああなただって『未だ』でしょう! 自分だけ済ませているみたいな言い方はやめなさいッ!」
ぎゃーぎゃー言い争いを始めた2人。仲良きことは美しきかな。
ちなみに、俺は『わからない事はわかるまで聞きなさい』と教えられているので、何が『未だ』なのか、きっちりねっとり聞くつもりだ。
実は想像はついていても、実際に先生の口から聞いて確認せねばなるまい。
そして、取り巻く環境が劇的に変わったのは、何も先生二人だけの話ではなかった。
「ふっ 神城葵さん、今度特進クラスの実習に参加してみないかい? キミにはその資格があるようだ」
「か、神城サン! 映画のチケットがあるんだけど、今度一緒に―――」
「きょ、今日、放課後、校舎裏に―――」
「手紙、読んでくれたかな、ボクは本気で―――」
一躍有名人となった葵は、その日本人形みたいな美しさも相まって凄まじい告白攻勢に晒されていた。
もっとも、当の本人は全く動じることも無くいつも通りである。
「……お断りします」
一刀両断。
男共が地面に崩れ落ちた。まさに無双である。
「あッ! あれ、尼子屋君じゃない?」
「ホントだ! 尼子屋君だ!」
「ちょっと幸子、ホラ、行ってきなさいよ! 気になってるんでしょ!」
「ウソッ そうなの幸子? 全然そんな事言ってなかったじゃん!?」
「だ、だって! すごい、カッコ…… 良かったんだモン……」
つい最近まで、女にこき使われる情けないパシリに過ぎなかった彼は、今や引く手数多の超お買い得物件と化し、女子共による争奪戦の真っ最中である。
元々、容姿自体は可愛らしい感じの、いわゆる『母性本能を刺激される』系で、性格も優しく穏やかであった事を考えると、尼子屋にモテ期が到来すること自体は正直不思議でも何でもない。
あんな事がなくても、いつかは彼の良さに気付く女子が出て来たであろう事は十分に想定できた。
しかし、そんな事を全く想定していなかった者もまたいるのだ。
「あ、あなたたち! りょうちゃ……尼子屋はウチのパシリですのよ!! 話があるならワタクシ達を通してくださる!?」
我がクラスが誇る高飛車お嬢様―――西郷寺カノンが、金髪ドリルを振り乱しながら歯を剥いて威嚇する。
女子たちのブーイングをものともせず、尼子屋の腕を引っ掴んだドリルが、そそくさと教室へと消えていった。
ドリルたち4人は、拘束されていたといっても特に【J】に何かをされるような事は無かったらしい。
むしろ、ヤツが来なかったら死んでいた場面だったというのだからよくわからない。
意識を保ったまま建物の上で拘束されていたドリルたちは、遠目からだが火竜戦の一部始終を見ていた。
いつもイジメに近い事を行っていた彼女たちを助けるために、無謀な戦いに挑んでいる尼子屋の姿を見て、彼女達は一体何を思ったのだろうか。
ドリルが尼子屋に対して見せる独占欲みたいなものは何となく感じていたが、あの事件以降はそれが更に顕著になった。
最近でも、尼子屋はちょくちょく俺たちのパーティに参加することが多い、その時のドリルさんの悔しそうな顔と言ったら無い。特に、葵に向ける闘争心には更に敵意が加わったように感じる。
聞くところによると、解放直後、クラスメイト達の目の前に転送されたドリルは、半狂乱になって火竜戦の現場に戻ろうとしたらしい。
一体、奴らの間には何があるのだろうか。尼子屋に聞いたら普通に教えてもらえそうだが、そういうのは本人が言うまで黙っているものだ。
「りょうちゃ……尼子屋も尼子屋です! なんですかみっともない! アッシーのくせに! 女子に囲まれたからってデレデレしてッ!」
「で、デレデレなんてしてないよッ!」
「口答えするんですのッ!?」
教室からそんなやりとりが聞こえてくる。
よくわからないが物凄くイラっとした。お前ら爆発してしまえ。
「……ミナト、おはよう」
その声に、廊下にいた生徒たちが一斉に俺を見た。
俺は頬を引きつらせながら葵に応えると、教室に向かって並んで歩き出す。
火竜戦以降、一躍有名人になったのは俺も同じだ。特に俺は最後に火竜を倒した人物として、一番周囲の目が激変したのも俺なのだ。そう――――
「へ、変態よ、変態が来たわ……」(ヒソヒソ)
「見てあの目、今日も獲物を探して血走ってる!」(ヒソヒソ)
「しっ 目を合わせちゃダメよッ 妊娠するわ……っ!」(ヒソヒソ)
俺は思わず叫んだ。
「変態じゃないやい! せめて紳士って呼んでッ!」
「「「ヒィッ!!」」」
『ギャップ萌え』という言葉がある。
それと同様に、『ギャップ萎え』というものもあるらしい。
ぼっちの一匹狼。何を考えているかわからないが、何となくミステリアス。
以前はそう思われていたらしい俺の評価は、今や目が合っただけで妊娠可能な超兵器へと変貌を遂げた。
もも先生の絶頂撮影をせがむ場面がドアップでお茶の間に流され、更にはクリスティナ先生にいやらしい言葉を言わせようとした一言が世界中を駆け巡り、一夜にして『勇敢な少年』から『変態紳士』へと、転がり落ちたらしい。
嫌な予感がして掲示板を覗くと、当たり前のようにこんなスレが立っていた。
【変態紳士】冒険者高専変態科【降www臨www】
しかも歴戦の英雄たちを差し置いて、週間トップのスピードでスレを消化していた。
ストレートな個人名さえ出てきてはいなかったが、『一○瀬』とか『一之○』とか、まるで隠す気の無い個人特定の雨あられ。内容については語りたくない。
おそらくは今日も帰りの時間には、スネークさんが校門に張り付いているはずだ。
涙が出そうになるのをグッと堪えると、背後からそっと手が置かれる。振り替えると、穏やかな笑みを浮かべる千田君がいた。
「ち、千田君…… 君だけは、君だけは俺の事を理解して――――」
「変態」
「あああああああァァッッ」
俺は泣き崩れた
◇ ◇ ◇




