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スキル解放

一向に捉える事の出来ない小さき者共に怒りと苛立ちを募らせていく火竜。

 そんな火竜をあざ笑うように、悉く逃げ回る小さき者共


 火竜は突撃を繰り返す。しかし躱される。

 その時何を思ったか、火竜は石柱を噛み砕かず、その咢に咥えた。そしてやたらめったらに振り回し始めた。

 高さ20m、幅2mの石柱が棒切れのように舞い、空気が唸り声を上げる。

 凄まじいスピード、凄まじい重量。 

 だが届かない。むしろ、より遠巻きに退避する小さき者共。


 それは偶然の出来事だった。


 振り回した石柱が、数瞬前まで小さき者がいた石柱にぶち当たる。互いに砕け散る石柱。

 火竜は思った。

 おや? 軽くなったぞ? 短くなったぞ? これはもう要らないぞ。



――――ブンッ



 八つ当たり気味に振り捨てられた石柱。


 一つ目の偶然は、砕け散った石礫が包囲攻撃となってソイツを襲った事。

 二つ目の偶然は、放り投げた石柱がたまたまソイツに向かって飛んだ事。

 三つめの偶然は、新しい石柱を探すため、ちょうど火竜がソレを見ていた事



 尼子屋が石礫に襲われ、一瞬だけ地面に膝を着く。

 危険を察知したもも先生が、迫る石柱と尼子屋の間に割って入る。


 火竜にとっては棒切れでも、俺たちにとっては巨大な質量。それが一番軽いもも先生に襲い掛かる。

 その膂力で大剣を叩きつけ、直撃を免れても全ての勢いは殺せない。


 吹き飛ぶモモ先生、駆け寄る尼子屋。

 俺は、火竜の顔が喜悦に歪むのを、確かに見た。  


 全ての動きがスローモーションみたいに流れていく。


 モモ先生を抱えて離脱を図る尼子屋。その時にはもう、火竜の咢は吐息のかかる距離にあった。

 ドンッ と先生が尼子屋を突き飛ばす。尼子屋は呆然とそれを見ていた。


 そして、この日、最速の突撃がモモ先生を襲った。



―――――ガギンッ



 その顔に法悦すら浮かべた火竜が「プッ」と何かを吐き出す。

 べちゃりと地面に音を立てたソレは、先ほどまで大剣を握っていたはずの、モモ先生の……腕。



「あ゛あ゛あ゛あああぁあぁぁっぁぁ~~~~ッッッ!!!!!」



 それはまるで、出の悪いシャワーのよう。

 モモ先生の命が音を立てて流れ出ていく。



「モモぉォォォォ~~~ッッ!!!」

「ももちゃん先生ッ!!!!」



 ありったけのエーテル弾をぶっ放す。

 追撃を阻むべく、アーニャとクリスティナ先生が、形振り構わない突撃を敢行。

 とどめはいつでも出来るとばかりに、火竜は悠然と二人に向き直った。

 尻餅をついたまま動けない尼子屋に怒号を飛ばす。


「尼子屋ァッ!! なにボサっとしてやがるッ!!」

「ひッ みな、ミナトく――――」

「いいから二人が気を引いてる間にモモ先生持ってさっさと退避だッ!! こっちに来いッ!!」

「あ、わ、わか、わかった、う、うう―――――」


 俺はたまらず二人の近くにいる葵に怒鳴った。


「葵ィッ!!」

「……わかってる!」


 猛然と二人に近づいた葵が、二人を抱えて戦線を離脱する。アーニャとクリスティナ先生は正面で全力の戦闘中、俺が出しゃばっても足手まといだ。

 俺は回り込むようにして葵が退避した方に向かって合流する。


「クソがッ!」

「ご、ごめッ 僕が――――ッ」

「違う! そうじゃねえッ!!」


 これは戦闘だ。ミスはある。

 それが最悪の結果につながっただけだ。

 尼子屋を責めるのはお門違いだった。火竜が首を振る方向が逆だったら、情けなく尻餅をついていたのはきっと俺だからだ。・

 一撃で状況がひっくり返るなんて最初からわかっていたのに、目の前に突き付けられて膝が震える。


「……血が、出過ぎてる」

「わかってる……っ」


 左腕が根元から持っていかれてやがる。

 既に葵が止血措置を施したものの、先生の顔色は白を通り越して土気色になっていた。


「ざ、寒い…… クリスちゃ 約束、ごべ――――」


 先生にもう意識は無い。

 薄く開かれた目は虚ろで、意味の分からない言葉をうわ言のように呟き、ガタガタと体を震わせている。

 急速に抜けていく命が目に見えるようだった。


「このままじゃ、先生が……ッ」

「その先を、言うんじゃねえ……」


 『死』

 一瞬過ったその言葉を、乱暴に頭を振って弾き出す。

 出会ってからまだ数か月。思い出と呼ぶには早すぎる記憶を反芻して、俺は歯を食いしばった。


 底辺校の落ちこぼれと呼ばれる俺たちを、一端の冒険者に育てようと走り回っていたのは誰だ。

 失敗しても、落ち込んでも、生徒を励まし、いつも笑顔で俺たちの行く先に立っていたのは誰だ。 

 絶対に認めない。絶対に助けて見せる。死なせてたまるかよ。


「助けるぞ、先生を……」

「で、でもっ どうやって……ッ!!!」


 ズンッと鈍い音がした。

 その方向に視線を向けると、鼻面に弾き飛ばされたアーニャが石柱に激突し、苦悶の表情を浮かべていた。

 すぐに戦線復帰して事なきを得たが、見てみるとアーニャもクリスティナ先生も、先ほどとは打って変わってズタボロになっている。俺たちがこっちに集中している間に、捨て身の攻撃を仕掛けていたに違いなかった。


 みんな命がけだ。

 心の底では死ぬことに怯えながら、その身を躊躇うことなく兇牙に晒している。

 俺と同レベル帯の葵も、尼子屋ですら、見れば体中に青あざを付け、そこかしこが傷だらけだ。


 それなのに俺はどうだ。俺は何をやっていた?

 レベルが低い事を言い訳に、安全地帯から申し訳程度の嫌がらせ程度で戦闘に参加した気になっていなかったか?

 満身創痍のこいつ等の目を見て、俺は全力で戦ったと胸を張って言えるか?

 俺はお前らの仲間だと、自信をもって誇れるというのか?

 

 そんな筈はなかった。

 我が身可愛さに出し惜しみをしている自分に、こいつらを仲間と呼ぶ資格なんてあるはずがない。

 

 こいつらの仲間でありたい。


 血飛沫舞う鉄火場で、俺はそう思った。 


「葵、先生のレベルは……いくつだ……?」

「…………19」


 俺の中でマグマのように煮え滾る激情が、ガチリと音を立てて胸にはまる。

 知っているはずだ。その方法を。歩の悪すぎる博打を、俺は知っているはずだ。

 俺に足りなかったのは力なんかじゃない。覚悟だ。

 命を懸けて戦うという意思だ。


「まさか、ミナト君……っ!」

「20階層の大ボスだ。ヤツを倒せばきっとレベルは上がる。20レベルに達したら強制転送の対象になる。死に戻り機能を喪失しても転送の中身まで設定をいじってなければ、【息吹】での欠損は転送時に回復するはずだ」

「無茶だッ! どうやって!? 先生二人でもダメだったのに! 僕たちだけでなんてッ!!」  

「出来るかどうかじゃない……」


 俺は立ち上がって火竜を睨み付ける。


「やるんだ……ッ」


 チャージが終わったマガジンをEP-R06(ライジング)に差し込みスライドを引く。 

 カシャンと乾いた音が、やけに大きく聞こえた。


「尼子屋、お前斥候だからロープくらい持ってるよな? 貸してくれ」

「持ってるけどっ 一体何に……ッ」

「いいから早く。時間がない」


 こうしているうちにも、前線からは世界の終わりのような音が聞こえてくる。彼女たちの想いも同じだった。一刻も早く火竜を倒す。無防備で全力の殴り合いだ。

 俺は尼子屋からロープを受け取ると、5mほどで切って左手首に装着する。引っ張れば引っ張るほど締まるように結んで、反対側も同じように結んだ。うまく引っかかれば締まる一方で外れることは無いだろう。


「葵、さっき先生を飛ばしたアレ、人間大砲みたいやつ、出来るか?」

「……ミナト、何を考えてるか知らないけど、ミナトのレベルでは火竜の装甲は――――」

「葵」


 葵の言葉を遮って、真っすぐに。

 ただ愚直に彼女を見つめて言う。


「俺を信じろ」


 手のひらを何度か開いて握ってを繰り返す。 

 苦笑せずにはいられない。

 信じろと言った本人が未だ自身(スキル)を信じきれていないのだから。

 本当に通用するのか。ヤツのレベルが高く(・ ・)なかったらどうする。ただの無駄死にじゃないのか。

 だというのに、俺の信頼する相棒(バディ)は、迷うことなく言い切ったのだ。



「……わかった」



 怖くないと言ったらそれは嘘だ。自信があるかと言えば、やっぱり無いだろう。

 だけど、と、俺は俺が今、頼りなく踏みしめる仮初の大地に目を落とした。

 俺が俺であるための岐路は、きっとここだ。


「ミナト君ッ!」

「尼子屋、先生を頼む。戦闘離脱と判定されない程度の距離を保ってくれ。葵、行くぞ!」



 俺たちは二人を置いて、ヤツの正面で戦う二人の後方へと回り込む。

 移動中にチラリと横目で見たアーニャは既に全身血だらけで、足元もおぼつかず、いつ倒れてもおかしくない状態だった。

 クリスティナ先生はそこまでではないが、荒く上下する肩は、体力の限界が近いことを示している。


 対する火竜は顔の右半分の表皮が捲れ、切り裂かれた顎から歯茎が剥きだしになっている。更には左目が潰れて血と体液が流れ出しているが、猛威が衰える気配は無かった。

 ドクリと心臓が脈打つ。


 本当に出来るのか、いや、やるしかないんだ。


「あなたたち! モモは!? モモは大丈夫なのですかッ!? 」

「先生ッ! よそ見しちゃダメだよッ!!」


 鉄面皮など誰が言った言葉か。

 焦り、怯え、怒り、悲しみ。様々な感情が彼女の顔に浮かび、そして消えていく。

 命の灯が消えかけた友を心配する事に、何の体面が必要あるというのか。


 だからこそ、俺は言わなければならない。今、何が必要か、取り繕う必要がないからこそ、俺たちが優先すべきは何かを。

 俺は問いを無視して葵のハンマーによじ登った。

 質問は必要ない。ただ要求だけを言い放つ。


「先生! 一瞬でいい! ヤツの頭を拘束してくださいッ!」

「あなたは一体何を―――――わかりました、やりましょう……ッ」


 視線の交錯は一瞬。

 ブワリと、先生の背から青いオーラが吹き上がる。怨念と呼んで差し支えない黒い感情が、怜悧な瞳にどろりと宿った。


「一之瀬君! ケツから串刺しにしてやりなさいッ!」


 渾身の一振り

 先生の太くて固くて長くて黒いの。『蠅王』(ベルゼビュート)が舞った。

 空気を切り裂いたそれは、剥きだしになった火竜の下顎を捉える。

 俺は来る衝撃に備えて、深く腰を落とした。 


「先生の仰る通りだ。ケツでレベルアップさせてやンよクソトカゲ」


 狙いは奴の顔面横。

 着弾まで3秒、いや2秒も無いだろう。狙いが逸れたら何も出来ることなく死ぬ。信じてるぞ葵。


「『特殊能力』(スキル)解放……」

「……行くよ」

 

 葵が躊躇なく、俺を乗せたハンマーを振りぬく。

 俺は弾丸だ。

 凄まじい風圧に目の水分が一瞬で飛んだ。視界を流れる景色が非現実的だ。空気が粘液のように口内を掻き回す。恐ろしいほどのスピードで視界に迫る火竜、その瞬間、ヤツと目が合ったような気がした。

 そして俺は――――


 腹の底から絶叫した。

 

 

「『秩序破壊』(システム・ブレイク)ッッ!!」 


 



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