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23/117

勝利目前

「薙ぎ払い来るよッ 離脱ッ!」


 一瞬の溜めの後、火竜がその場で一回転。

 破滅的な轟音をまき散らしながら、尻尾が周囲の石柱をことごとく破砕する。

 もうもうと立ち込める粉塵の中に、爬虫類特有の縦長の瞳孔がギラリと光った。


「突進来るッ!!!」


 またかよっ と誰に向かってでも無く毒づいたのは、6人の中で唯一、俺だけがこの突進に反応が遅れるからだ。視界0の土煙から突然現れるから、誰に向かっているか音で判断するしかない。

 数瞬後、土煙から飛び出した火竜が、もも先生の方に突撃。先生は焦ることなく石柱の側面を飛び移ってそれを回避した。

 躱された火竜はといえば、勢いで噛み付いた石柱をヘシ折り、まるでせんべいでも食ってるかのように咀嚼する。石食って生きられんなら最初から人間襲うんじゃねえ。


 一瞬動きの止まった火竜。俺たちはお菓子に群がる蟻のように再度火竜との距離を詰めた。


 

「くそッ 固過ぎンだよッ!! 何食ったらこんなんなるんだっての!」

「……石食べてる」

「知ってるよッ!!」



 俺は何度もナイフで後ろ足を切り付けるが、未だ傷一つ付けられない。俺のレベルではヤツのDPという名の障壁を抜けないのだ。


 

「ミナト無理しないッ! 尼子屋クンももう少し後退ッ! 要所要所で注意を引いてくれたら十分だよッ!!」

「わかってるッ!!」

「すいません!」



 唯一、足の指先、爪と爪の間はダメージが通るのだが、俺がチマチマ攻撃しても意味がない。アーニャの言う通り、いざという時気を引くためにとっておくべきだ。


 火力が足りない。手数も足りない。何もかもが足りない。

 戦闘開始より、主に先生二人が怒涛の攻撃を加えている。それこそオーガやゴーレムクラスならば一撃で挽肉になるような、どデカイやつを連発しているのだが、火竜は未だ弱った気配すら見せていない。

 


「アーニャさん!」

「了解っ!」


 

 それだけで何をするかわかったのか、アーニャがすかさず退避した。

 すると、折れた石柱に先生が太くて長いの巻き付け、そのままそれをブン回して火竜の横面をブっ叩く。引くほどニブイ音と共に火竜のアゴが跳ね上がるが、2,3度頭を振っただけで何事もなかったようにヤツはまた動き出す。

 すぐに戦線復帰したアーニャが紫電の奔るレイピアで突撃を敢行するが、固い皮膚に浅い傷をつけただけですぐに飛びのく。


 あれでもダメとか、一体何だったらいいんだよ。校庭のローラーで全力ビンタされたみたいなモンだぞ。

 ダメージは蓄積されるという事を頭では理解していても心が折れそうになる。


 もう戦闘が始まってから30分以上が経っている。

 戦況が安定していると言えばそうなのだろう。

 しかし、一撃でももらったら終わりの俺たちにとって、そんな安定は有って無いと同じだ。

 しかも、少しずつ疲れが見えてきている俺たちが、どの瞬間にミスをするかもわからない。

 

 この薄氷の上の均衡は、せいぜいもってあと1時間だろう。

 冒険者といえども、人間に全力の戦闘を2時間も継続する体力はない。そして集中力はそれ以上に脆いものだ。

 俺みたいな低レベルの冒険者がここまで生きている事だけで奇跡的だとは思うが、勝たなければいけない以上、焦りはある。



「クソッ このままじゃ……ッ」


 

 するとその時、大剣を振りかぶって石柱から飛び降りるもも先生の姿が、俺の視界の隅を掠めた。

 

 俺は反射的に魔導ガン、EP-R06(ライジング)をヤツの横っ面に向けて乱射。反動を殺して全弾撃ち尽す。

 マガジンを引っこ抜いて交換、銃撃再開。

 この距離だったら俺の実力ではかなりの威力が減衰する。0距離ならば実銃と威力は変わらないのだが無いものねだりをしてもしょうがない。それに0距離だとしても今のままでは奴の装甲は抜けないだろう。


 ヤツは虫に刺されたほどの反応を見せるだけだがそれでいい。俺の役割は『ちょっと気を引く』それだけでいい。



「あああああぁぁぁぁ~~~~ッ!!!」



 上から下へ。

 身の丈以上の鉄塊を、小さな幼女が大きな竜の尾へと叩きつける。



――――ズドンッ



 伝わる。確かに。

 足から。地面を伝って。その振動が。


 それが意味することは一つ。



――――ギィヤオオォォォォォ~~~~~~ッ!!!



「抜いたッ!? マジかよッ!!」


 

 丸太どころか、下手したら車両ほどもある尻尾だ。廻る血液の量だって尋常ではない。

 根元の近くから噴水のように噴き出る血は、先生がヤツの装甲を抜いた証だ。



「みんな退避ッ!!」



 火竜が半狂乱になって暴れ出す。側面組と背面組は即座に退避。


 闇雲に払われる尻尾が、落ちている石柱を跳ね飛ばすが、先ほどまでの勢いは無い。遠目で見るヤツの尻尾は切断こそされていないが、傷は完全に骨まで達していた。切断面は右半分

 戦闘が始まって以来、初めての損傷攻撃だ。


 俺はそれをやってのけた幼女先生を目で探す。

 火竜からほど近い石柱の頂上、葵と共に幼女戦士の姿はあった。


 頬から滴り落ちる返り血をペロリと舐めるその様は凄絶の一言。

 口元を吊り上げて興奮に肩を荒く上下させ、開き切った瞳孔で肉食獣のように獲物を捉える彼女は、いつもみんなに愛されるモモちゃん先生では無い。普段はヘニョヘニョしていようが、やはり彼女も冒険者であったという事だ。

 


「いくよ、葵ちゃんッ!」

「……いつでも」


 

 えっ? と俺は間抜けな声で呻いた。

 眼下では火竜が我を忘れたように暴れ狂っている。

 確かにチャンスなのかもしれないが、動きの予測も減ったくれもない。あんな暴風雨みたいな領域で攻撃を加えるなんて至難の業だ。正常な判断だとは思えない。


 

「ももちゃん先生ダメ! 今は危険すぎるよッ!」

「ああなったらモモは言う事を聞きません。合わせますよ」

「うっそォォォ~~~ッ! 葵ちゃんも止めてぇぇ~ッ!!」

「…………女狐はうるさい」



 すると、クリスティナ先生が諦めたようなため息をつきながら、またしても太くて長いのを小ぶりな石柱に巻き付けた。


「諦めなさい。今でこそ生徒たちに『ロリ天使』とか言われてますが、冒険者時代のモモの徒名は【狂姫】ですよ」


 マジかよ!

 俺が衝撃の真実に身を震わせていると、何を思ったか、モモ先生が葵のハンマーの上によじ登る。そして葵はグッと腰を落とした。

 何だ、一体何をするつもりだ。いや、まさか…… と、思ったらそのまさかだった。

 クリスティナ先生が思い切り振りかぶって、石柱をブン投げる。一直線に飛んで行った石柱は見事に火竜の頭部に命中。たまらず一瞬硬直する火竜。


「モモ!」

「今ッ!」


 葵がとんでもないスピードでハンマーを振りぬく。

 当然、ハンマーの上に乗っていたモモ先生もとんでもないスピードで射出される。

 

「ああああああぁぁぁ~~~ッ!!」


 突貫

 弾丸と化したモモ先生が火竜に着弾。その背にズブリと深く剣を突き立てる。

 強烈な痛みというものは、認識の後にやってくるものだ。何が起きたか理解できない火竜は、一瞬キョトンとした様子を見せた。

 そして、もも先生はその隙に追撃することなく、すぐさま安全圏へと離脱。直後に火竜の絶叫が空気を震わせる。 



「スゲェ…… 何なんだあの未発達コンビは……」


 

 火竜はさらに怒り狂って暴れ出しているが、既に全員が安全圏へと退避している。ひとまずの危険は無く戦況は大きく俺たちの側に傾こうとしている。

 考えてみればとんでもない状況だった。

 ブレスが無いと言っても相手はレイドボスである。一撃で死ねる攻撃をアホみたいに繰り出してくる化け物相手にたった6人、しかもその内3人は10レベルにも満たないヒヨッコだ。

 先生2人の実力が凄かったからとはいえ、普通に考えたら有り得ない。

  

 このままいけば、もしかしたら勝てるのではないかという思いが脳裏をかすめた。油断ではない。正しく戦況を組み立てるためには、過大も過小も無い状況認識が必要である。

 問題は、法則性もなく暴れまわる火竜に、どうやって有効打を与えていくか、だ。

 

 モモ先生が再度突貫を仕掛けようとすると、火竜が牽制するような動きを見せた。

 いくら興奮状態だとしても、死に戻りの無い戦闘で歩の悪い攻撃を仕掛けるほど先生は弱くない。

 先生が突貫を諦めると、戦闘は膠着状況に陥った。

 俺は魔導充当(エーテルチャージ)の終わったマガジンをライジングに差し込むと、空のマガジンのチャージを開始する。補充だけは今のうちにやっておかなければ。



 火竜が暴れまわったおかげで、周囲の石柱のほとんどがはじき出されてヤツの周りはほぼ更地だ。

 石柱の上に登れない俺と尼子屋を除いた4人は、石柱の上を移動しながら火竜の突撃を回避している。

 火竜は、俺と尼子屋は眼中に無いようで、石柱の上にいる4人を執拗に追いかけ、攻撃を加えていた。

 

 そろそろ無差別に暴れる事も無くなってきたので、再び包囲陣を組みたいのだが、やたら警戒しているせいでなかなか仕掛けるキッカケがつかめない。ヤツに人のような感情があるかわからないが、最初は取るに足らない者として油断していたに違いない。 

 


「一体いつまで元気なんだよクソトカゲめ……」


 

 尻尾から相当量の出血があったはずだが、衰弱死どころか動きを緩める気配すら無い。

 さすがは100人の冒険者を相手取って戦うボスだと普段ならば称賛しているだろうが、今は一秒でも早く死んでくれと願うばかりだ。

 

 といっても圧倒的優位な状態での均衡。

 次に均衡が破れた時は、俺たちが勝つ時だ。

 俺はそう信じて疑わなかった。


 しかし、その均衡は最悪の形で崩れる事となった。

 ここまで戦況を引っ張り、勝利の可能性を齎した張本人。

 パーティで断トツの火力を誇るモモ先生が



 腕を食い千切られたのだ



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