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開戦の狼煙

「今日もあっちこっち回ったなあ~~」


 佐藤太郎は充実感が滲む愚痴をこぼしながら、プシュッ と缶ビールのプルトップを引く。中身をコップに移すこともなく、そのまま口を付けて喉に流し込むと、この瞬間のために生きているのだと安上がりな幸福感を堪能した。

 

 新婚旅行も3日目。

 今朝はこの旅行の中でも一番のビッグイベント、根室のイカ釣り漁船でイカ釣り体験があり、心地よい疲れのおかげかアルコールの回りもすこぶる早い。

 宝石と見まごうばかりに輝いたイカでイカそうめんを作り、それを肴に飲んだ日本酒は最高だった。何より、長く苦労をかけた妻の心からの笑顔が見れて、北海道にきて本当に良かったと思う。

 数日後にはまた、ダンジョン管理官として出勤だが、今は思いっきり羽を伸ばしたい気分だった。


 部屋の入口近くから聞こえてくるシャワーの音を聞きながら、ベッドに腰を下ろしてテレビのリモコンを操作する。昨日泊まったホテルに携帯を忘れてきてしまった上に、今日は一日中食べ物屋を回っていたせいで、世の中の動きがまったくわからない。

 1日2日くらい世間から切り離されたとしても全く問題無いとは思うのだが性分なのだろうか、やはり軽くニュースくらいは見ておきたいのだ。


 そうしてビールを煽りながら、さして大きくもない部屋のTVを見た佐藤太郎は「えっ?」とマヌケな声を上げた。

 画面の上部には『緊急特番』の文字。

 何事だと聞いていると、よりによって日本が誇る訓練用ダンジョン【息吹】がハックされたという内容。

 佐藤太郎にとって関係ない話でもない。彼の主な業務は落高生徒の実習がスムーズに進むよう、ダンジョンにまつわる調整を行うことだ。

 とてもじゃないが、他人ごとではいられなかった。


 見れば特番のアナウンサーは当然のごとく『局の顔』と呼ばれる人で、深刻な表情で解説者に質問をぶつけていた



『先ほどもご紹介しましたが、今日は、首都大学ダンジョン生物学准教授、小出隼人さんにお越しいただいております。小出さん、映像にもありましたあの生物は火竜で間違いないのでしょうか?』


『ええ、間違いありません。あの巨体、一息で数百m四方のフィールドを灰にするブレス。私も何度か実際の火竜戦の現場に行った経験があるのですが、あれは間違いなくダンジョン20階層の主、紅き竜です』


『その火竜が実際に訓練用ガーデンに現れたという事をどうお考えですか?』


『まだ信じられませんね。火竜は中級冒険者が数十人、下手をすれば100人規模で挑み、ようやく倒せるほどの戦闘力を持っています。特にブレスは、ただ火を噴いているように見えるかもしれませんが、実際は極めて高度な魔導行為によるものであることが確認されています。あれに呑まれれば事実として人間は数秒で骨まで炭化します。20レベル以上の冒険者が排除された状態で、しかも息吹に出入りするようなレベルの戦力で倒せるような存在では決してありません』


『ならば、生命再生機能が停止された状態で、学生に過ぎない4人の少女を、強制的に火竜戦に挑ませる。テロリストにはどういった意図があると思われますか?」


『気分を害される方がいる可能性がありますので先にお詫び申し上げます、一言でいうと「処刑」です』


『処刑……ですか?』


『ええ、勝てるはずがない。状況は絶望的です。彼ら学生全員が束になってかかったとしても、万が一にも勝ち目は無いでしょう。それを知っていてたった4人に強制させるのですから、まさしく公開処刑です。私はね、倫理的にも心情的にも、今からリアルタイムで流されるであろう映像を、公共の電波で流すべきではないとこの場ではっきり申し上げたい。視聴者の心に多大な傷を残す結果になる事だけは間違いありません』



 馬鹿な! 死に戻り機能が解除されているだと!?

 無意識のうちにリモコンを操作し、他の局も確認するが、どこも特番が組まれており【息吹】一色となっている。佐藤太郎はすぐに連絡を取ろうと携帯を探すが、昨日のホテルに忘れてきたことを思い出して歯噛みをする。

 

 ダンジョンハックにより100人程度の国民が息吹に閉じ込められ、そこに火竜が現れた。そして攫われた学生4人が火竜と戦わされそうになっている。

 内容を追っていくが、掴んでいる情報はどこの局も同じようで、それ以上のものは無い。



「えっ 何か凄い事になってるね…… 学生が閉じ込められたって言ってるけどあなたの学校は大丈夫なの?」


 いつの間にかシャワーを終えた妻が、バスタオルに身を包んだだけの状態で横に座って話しかけてくる。とてもじゃないが、これから子作りどうのこうのという気分ではない。


「ああ。うちの学校は大丈夫だよ。ちゃんとゲート一時閉鎖の引継ぎもしてきたから間違いない。しかし、どこだなんだ、ゲート閉鎖の通達がされていないなんて……」


 佐藤自身も元冒険者である。ボスと呼ばれるモンスターの恐ろしさも知っているし、冒険者として芽の出なかった自分と比較したら、まるでモノが違う優秀な同輩たちが、虫けらのように容赦なく火竜に殺されまくった事も知っている。

 死に戻り機能がない状態で、学生たちが生き残る術などあるはずがない。解説者の言うとおりだった。状況は絶望的だ。


佐藤にも正義感はある。テロリストに対する憤りももちろんあるし、まだ10代の若者が死地に取り残されたことに心底同情もする。それでも、正直、心のどこかでは他人事の部分があった。

 テレビの向こう側、自分とは関係のないどこかの世界の若者たちが大変な状況に襲われている。決して許されないことだが、言ってみればそれだけの事でもある。

 だから佐藤は可哀想だとは思いつつも、自分には関係が無いと思っていた。



 そう、アナウンサーの次の台詞を聞くまでは




『それでは繰り返しお伝えします、本日昼、国営ダンジョン【息吹】がハッキング攻撃を受け、権限を奪われました。これによりゲートが遮断され、さらに生命再生機能を喪失。ガーデン探索ツアーの参加者数十名と、私立落ヶ浦第二冒険者高等専門学校の生徒30名が中に取り残されています。また、息吹内ではダンジョン20階層の主、火竜が確認されており―――――』



 ガシャンと缶ビールが床に落ちる。

 今、何と言った……? 誰が、取り残されている……と?



「ね、ねえ、落高って、あなたの職場じゃ……」

「…………うそ、だろ」



『ええ、たった今入った速報が入ってまいりました! 今入った情報によりますと、4人の女生徒を助けるべく、火竜戦に参戦する者が現れた模様です!』



 夢遊病者のようにフラフラとTVに近づき、両端を掴んで握りしめる。

 


「な、何やってんだお前ら…… 冗談だろ…… 死ぬぞ…… 死ぬんだぞ……っ」

「あ、あなた! ちょ、ちょっと座って!」

「うちの…… ウチの生徒だ…… 見たことがある、間違いない…… あれは、先生まで……っ」



『映像、ご覧いただけてますでしょうか、ライブ映像となっております、今現在の映像です。音声、入りますか……? 入りますね。テロリストと対峙する人影が見えます、1,2,3……6名、彼らがそうなのでしょうか!?』


 自分は管理官だ。教師じゃない。

 だからといって、職場の生徒に愛着が湧かないかと言えば、そんなことは無い。

 毎日挨拶するし、困っているところを助けたら、明るいお礼が返ってくる。

 ダンジョン管理官を目指す子だっている。そんな子たちにアドバイスを求められる事だって当然ある。生徒と一線を引くことが求められる教師と違って、かえって気安く関わってきた。


 校内レクリエーションにだって一緒に参加してるし、走り回る彼らの背中に目を細めた事は一度や二度じゃない。

 決して頭の良い子たちではないが、それを補って余りあるパワーがあった。

 

 既に自分たちが失い、もう二度と取り戻せないであろう輝きに満ちた彼らは、希望だ。 

 彼らの瞳に、未来を見た。

 彼らの笑顔に、夢を見た。

 口には出さない。しかしそんな職場で働ける事を、誇りに思っていた。


 それなのに、なぜ……ッ



「頼む……助けてくれ…… 誰か、国は一体何をやって…… 頼むっ 俺たちの生徒なんだ……ッ」

「あなた落ち着いてッ!」


 まるで何かのショーを見ているかのように、興奮を隠さないアナウンサーに殺意を覚える。

 数字が取れると裏でほくそ笑んでいるであろう、見たこともない製作者を想像して頭を掻き毟る。




『あ、何か喋っています、聞こえますでしょうか?  音声! 音大きくッ!』

 


 アナウンサーが一際大きい声で叫ぶと、画面全てがライブ映像に切り替わり、石柱が乱立する廃墟のようなエリアに佇む6人の姿がアップになる。

 そして、どこか芝居がかった不快な音声が流れた。




―――――戦いの前に教えてください勇敢なる挑戦者よ。あなたたちが何者なのかを




 誰が撮影しているのだろうか。

 映像は一人の少年の顔を全面に映す。


 佐藤にも覚えがある少年だ。平凡な容姿、平凡な成績、ぶっきらぼうだが憎めない、どこか変なオーラを纏い、人を惹きつける不思議な少年、そんな印象がある。

 その彼が今、火竜と対峙し、そして―――


「――――わら、った……?」


 自嘲や諦めの笑みではない。威嚇でも強がりでもない。

 決して狩られる側が浮かべていい笑みではなかった。

 

「まさか、勝つつもり……なのか……?」


 それはまるで獣。

 牙を剥きだした獰猛な笑み。覚悟を決めた男の顔。


 そしてその少年は、呆然とする佐藤をあざ笑うように

 誇り高く、己の存在を叫んだ。

 

 

――――冒険者高専 冒険科だバカヤロウ!!






――――――――――――




「委員長! 北からオーガ2体接近っ あと数分で接触します!」



 委員長――――東雲は、落ち着きはらった様子でメガネを指で押し上げると、すぐに指示を飛ばし始めた。



「落ち着くんだ北野君。みんな聞いてくれ! あと数分で次の敵と接触する! オーガ2体だ!」



 生徒たちが、待ってましたとばかりに、不敵な笑みを浮かべて立ち上がる。



「さっきと同じだ。幸い一度に襲撃してくる敵は少ない。神楽耶班、弦月班の前衛2班で対応、4人一組は常にキープ。敵の正面に立つのは厳禁だ」




「東雲! 俺たちはどうすりゃいい?」

「北里君、君たち遊撃班は非戦闘員の護衛に当たってくれ。先生がいなくなって皆さんの不安が限界にきている。モンスターの対処よりもパニックによる無謀な行動を諫める事を優先してほしい」

「了解ッ!」




「委員長、俺たちは?」

「斥候班は再度周囲に展開、敵の接近を報告してほしい、余裕があれば敵を遠くに誘導を」

「オッケェ~~」




「東雲君、私たちも手が空いてるの」

「虎穴班は前衛2班の後ろで待機。2班の援護をしつつ、万が一敵が抜けてきた場合に備えてほしい。そろそろレベルアップする者が出てくるはずだ。前衛2班のメンバーにレベルアップの兆候が現れ次第、強制的に戦線離脱させて穴埋めに入ってくれ、ケガをした者も同様だ」

「わかったの」



 モモとクリスティナが戦線を離脱してすぐ、東雲はクラス20人を役割ごとに、4人1チーム、計5班に分けた。

 ここはダンジョンではなくガーデンだ。パーティ上限も無いため、東雲は個々のパーティによる行動を即座に禁止し、一クラス全体を一つのパーティとして運用することに決めたのだ。


 個々人では10階層超えのモンスターには勝てない。

 そんな厳しい現実から導き出した苦肉の策であるが、いざやってみるとこれが見事に機能した。

 現状のモンスターは、構成キャパシティの関係で、群れになるほどの規模で襲ってこないという事が強力なアドバンテージとなり、少し拍子抜けするほど戦況は安定している。

 

 この状態ならば、そうそう負けることは無いだろう。

 心配しなければならない事があるとすれば、それは時間だ。

 今も断続的に続くモンスターとの戦闘は、思った以上に精神力を消耗する。

 当たり前である。一撃で人体を破壊し得る膂力を持ったモンスターの攻撃が、音を立てて耳元を過ぎていくのだ。集中を切らせば待っているのは死だ。


 疲れが出ればミスも出るだろう。ミスが出れば怪我人も出てくるに違いない。そうして少しずつ綻びた部分を突かれて一気に戦線崩壊、というのが東雲が想定する最悪のシナリオだった。



「いいかみんな、安全第一でいこう。先生が死ぬのを許さないと言った以上、僕たちは死ぬことが許されない。もし死んだらきっとおぞましい事になる」


 すると生徒たち、特には男子が、幾分内股になりお尻を引き締めた。

 おぞましい未来を想像して肛門括約筋がアップを始めたのだ。

 ちなみに約一名、思いっきり尻を突き出し、バッチコイ体制に入ったつわもの(千田君)もいるが、本人の名誉もある。名前は伏せていたほうがいいだろう。

 


「もうすぐ接敵だ。他に何か言っておきたい事がある人はいるかい?」

「はい! はいはいは~い!!」

 

 前衛班の一人が元気よく手を挙げる。

 色が抜け乾いた金髪、肌をこんがり焼いて胸元を盛大に開いた、ギャルっぽい、というか完全にギャルな女子生徒、多々羅ナナである。


「多々羅君、何だい?」

「えっとぉ ナナはぁ さっきぃ聞いたんだけどぉ~ ここってぇ 誰かの視点でぇ ライブ中継されてるっぽくてぇ~」


 東雲が呆れたようにため息をはく。

 確かにその情報は把握していた。非戦闘員の中には、事件発覚後、内部の状況を確かめるために直接乗り込んできたダンジョン管理局の職員がいる。


 彼の話によると、上空に浮かぶスクリーンの映像を含め、誰かの視点による複数の映像がリアルタイムでネット配信されているとの事だった。外は大変な大騒ぎになっているに違いないと思うが、それだけだ。何かが変わるわけでも、すべきことが変わるわけでもないのだ。


「多々羅君、その情報は僕も知っているが、今は関係無いと思うぞ」

「えぇ~ でもぉ~ きっとぉ~ 今頃ぉ 全国でぇ ニュースにぃ なってるだろぅ ってぇ~」



 するともう敵がすぐそこまで来ているというのに騒然となる生徒たち。



「え! マジ!?」

「映ってんの? 俺映ってる感じ!?」

「ウッソー!! もっとちゃんと化粧してきたのにぃ~!」

「どこどこ!? カメラどこ!?」

「マジかよ、とうとう俺という存在が知られちまったな、世界に……」



 基本的に偏差値最低の底辺校なので、こういう時の反応もことごとく頭が悪い。

 無言で虚空に向かってピースをする者、手で目元を隠し、顔出しNGの風俗嬢みたいになってる者、いそいそと服を脱ぎだす千田君。

 中でも最高に頭の悪い連中が吐いた台詞はこうだ。



「いえ~い! 見てる~? 全国の可愛い子ちゃんたち~ 俺だよ~?」

「多々羅ナナでぇす、あたしぃ、アイドル冒険者になりたくてぇ~ 特技はぁ~」

「やっべ! かーちゃんに録画しろって言っとかないと!」



 男子も女子も大はしゃぎでカメラを探し、非戦闘員の皆様が「大丈夫かコイツら?」的な視線を投げかける。

 この事態に、いつも冷静沈着、品行方正の委員長もさすがに焦った。


「お、おい! 君たちいい加減にしろ! そろそろ敵が――ちょっと話を聞い――ッ」


 完全にしっちゃかめっちゃかである。

 だれも東雲の話を聞いていない。そして再び上空に現れたスクリーンに気付く者もまたいない。

 

 隊列も班もクソもない、迎撃もままならないほど完全に無防備な状態。このままでは蹂躙されるだけだ。

 最悪のイメージがツアー客たちの頭を過った。阿鼻叫喚の地獄絵図で、自身の断末魔さえ聞こえたような気がした。


 しかし、現実とはかくも残酷なものか。

 戦線を立て直す間も無いまま、無情にもその刻は訪れる。

 人々を食い殺さんと身を滾らせる悪鬼。身の丈八尺の化け物、『オーガ』がついに姿を現したのだ。

 



「あ、オーガだ」




「「「「獲物じゃぁぁぁぁ~~~~っっ!!!」」」」




―――――ドドドドドッ




「蹂躙じゃボケぇぇ!!」 (男子)

「掘り尽したんぞゴラァ!!」 (男子)

「タマ出せやぁぁ~~おおッ!?」 (女子)



 20名中、実に15名が、オーガ2体に躍りかかった。完全にカメラを意識しての行動である。

 脳筋たちが引くほどオーガをボコボコにしている時、その言葉は彼らの頭上に降り注いだ。




―――――戦いの前に教えてください勇敢なる挑戦者よ。あなたたちが何者なのかを

 



 その台詞。

 誰が言ったのかはわかっている。誰に言ったのかもわかっている。そして、どう返すかもわかっていた。

 ならば敢えてソレを見る必要もなかろう。きっとやってくれる。自分たちがすべきことは、目の前の敵を蹂躙し、その雄姿を広く日本中のお茶の間に届ける事だ。そうだ、そうに違いない。ていうかカメラはどこですか。

 だから、彼らは頭上を見上げること無く、ただただ哀れな獲物に向かって凶悪な笑みを浮かべた。



「「「「冒険者高専 冒険科だクソッタレ!!」」」」






―――――――――――







「…………馬鹿どもの声が聞こえた気がした」

「ミナト君何言ってんの、集中だよ!」

「わかってンよ!」


 

 彼我の距離は200m

 俺たちは疾走する。このままいけば10秒後には接触、戦闘に突入だ。

 


「ミナト、尼子屋君はサイドに回り込んで敵を牽制! 横にいる限りは比較的安全だよ! 石柱との距離と、尻尾の薙ぎ払いに気を付けて!」

「あいよっと」

「わかりました!」



「モモ先生と葵ちゃんの火力組は背後に回って! 尻尾の無力化に全力を注いで!」

「了解だよ~!」

「…………ちっ」



「私とクリスティナ先生は正面! 正面攻撃は速いから牽制を中心にするよ! ダメージは後ろから! ある程度弱らせてからじゃないと取り付いちゃダメ!」



 近づくにつれ、その威容が目に入る。

 ウロコではなく、岩のようにゴツゴツした肌、捻じくれそそり立った2本のツノ、ギロチンみたいな歯がズラリと並ぶ顎。前足は後ろ脚に比べて小さいが飾りではない。人一人は十分に捻り殺せる大きさだ。

 だが、俺は率直な感想として、想像よりも小さいなと思った。


 縮尺がよくわからないが、感覚的に体高は映画で見るティラノサウルスの2倍程度、3倍は無いだろう。

 それだけでも馬鹿デカいのは間違いないけど、小山が動くという表現があるくらいである。圧倒的巨体なのかと思っていたので少しだけ拍子抜けだ。

 これくらいならば何とかなるかもしれない、そう思っていた。

 ヤツの咆哮を聞くまでは。




「咆哮来るよッ 口開けて耳抜きッ!」




―――――グゥォォォォォォォォッッ




「~~~ガッッ!!」



 ちびりそうになった。

 とんでもない音量、まさしく音の暴力だ。

 肌がビリビリ震えるとか、鼓膜に叩きつけられるとか、そんな表現があるが、こいつはそれどころじゃない。ここまで来たらエアハンマーで頭をぶん殴られるのと何が違うのかわからない。


 頭の中を掻き回されているような衝撃に眩暈と吐き気がした。

 生物としての隔絶した差があることを嫌が応にも認識させられる。

 こんなものに本当に勝てるのか? 俺たちは無駄な事をしているんじゃないかと、俺の中の弱気な部分が一斉に顔を出した。



「散開ッ!!」



 アーニャが言い終わる前にその場を離脱する。

 次の瞬間、直前まで俺たちがいた場所を、火竜がその咢でこそげとった。

 不吉な音とともに、石畳が噛み砕かれる。


「速ぇッ!! なんだ今のッ!?」

「正面にいたらあれが来るよ! ミナトは絶対正面に来ちゃダメ!」


 まだ一合交わしただけだというのに、背中から冷たい汗がブワッと噴き出た。

 あんなの食らって生きていられるはずがない。

 気を抜けば一撃で死ぬ!

 

 とにかくサイドへと移動した瞬間、猛烈な悪寒が背骨を貫く。

 目で確認は後だ 今はただ直感を信じろ!


 反射的に飛び上がる。まだ足りないと足を畳む。そして俺は見た

 直後、電車の車両みたいな尻尾が俺の数十cm下を駆け抜けるのを。薙ぎ払いだ。

 躱したと思ったのもつかの間。 

 足元からの風圧で体が流され、空中でバランスを崩した俺は着地に失敗して地面を転がった。


「ミナト避けてぇッ!!」

「――ッ!!」


 何を避ければいいのかわからない。だが避けないと死ぬ!

 

「ふざッ けんなッ!」


 腕の力だけで体を跳ね上げると、すぐ横に巨大な足が落ちてきた。

 


――――ズンッ



 全身の毛穴がかっ開く。

 

 何が比較的安全だ畜生! オーバーキルのコンボじゃねえか!

 

 今度こそ体制を立て直して立ち上がる。

 俺ばかり狙いやがってと睨み付けると、火竜はこっちをチラリとも見ていなかった。

 お前は羽虫も同然。言外にそう言われているような気がして、ビキリとこめかみが引き攣る。


「このヤロウ……ッ」


 俺は逆手に握ったコンバットナイフを振り上げ、ヤツの後脚に躍りかかった。 

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