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先生の決断

状況は良くない。

 冒険者として戦力になりそうなのは先生2人とボディーガードのうち2人、そして後からやってきたダンジョン・インストラクター5人だけ。しかもそのうちの一人はレベル9と、初級冒険者の域を脱してすらいない。

 ちなみにダンジョン管理局から状況を調べに来た人は完全な非戦闘員だった。一体何しに来たんだ。


 アーニャがレベル制限(腕輪)を外せないのは、彼女の素性を知っている先生も認識しているようで、逆に下手な混乱を避けるために表立って彼女に接触しようとしない。

 レイドボス相手にはあまりに頼りない戦力と言わざるを得ないだろう。

 クリスティナ先生が東雲を通じて適宜、指示を出しているおかげで表立った混乱がないのが救いだ。


 情報はチラホラとだが集まり始めていた。 

 ガーデンには構成キャパシティというものがある。細かい事を取っ払って雑に言えば、ラノベでお馴染みのDP(ダンジョンポイント)のようなものだ。

 普段ならばちょっとした島や県ほどの広さを誇る【息吹】だが、火竜を召喚したり、ゲートを取っ払ったり入場制限をかけてみたり、更には根源設定である「死に戻り」と「緊急離脱」の封印と、無茶苦茶しているおかげで、維持されているフィールドが極端に狭くなった。

 ももちゃん先生とクリスティナ先生の会話を聞く限りでは、半径5km程度。火竜に追い立てられる身であることを考えると、俺たちにとって良い話ではない。


 外への通信や、緊急離脱も試みられたが、【J】の言う通り全く成功する兆しがない。

 俺たちは本当にこのガーデンに閉じ込められてしまったのだ。

 後は死に戻りが出来るかどうかだが、これを試そうとする勇者は流石にいなかった。

 【J】が嘘を言っている可能性は十分にある。だが奴の言うことが本当だという可能性もまた十分あるのだ。失敗したら待っているのは『死』である。わざわざ博打を打つ必要もなかった。どうせ遅くとも20時間後にはガーデンが焼き尽くされるのだ。


 俺たち冒険科25名は東雲の指揮の基、班分けをして休憩と見張りを1時間交代で取っている。本当ならばもう少し長いスパンで行いたいところだが、そうもいかなかった。

 そう遠くない位置にある森が炭化し、薄い灰色のの煙を立ち昇らせていた。あれから4時間近くが経過し、3つのフィールドが火竜のブレスによって灰塵に帰している。

 A-1からF-4まで分けられた24のフィールドは、1時間ごと無作為にブレス攻撃を受ける。幸い火竜は遠くにおり、こちらに注意を向けてくる気配はない。 

 しかし、どのフィールドが焼かれるかは完全にランダムで、今、俺たちが潜むフィールドが次のターゲットにならない保証は無い。なので、火竜の動きを監視しつつ、すぐに動ける体制を維持しなかればならなかった。

 

「先生! モンスターです!」

「わかった! いっくよ~! みんな離れててねッ!」

 

 さらには断続的なモンスターの襲撃もある。

 本来ならゴブリンやらオークやらがメインの息吹であるが、おそらくは設定をいじっているのだろう。11階層以降に出現するオーガやらゴーレムやらが襲ってくるのだ。

 キャパシティ制限のせいで数こそ少ないものの、レベル5前後の俺たちが戦うには危険すぎる相手だ。


「ええ~い! 【斬岩剣】ッ!!」



――――ズガンッ



 

 見た目小学校低学年の魔法幼女が、石人形を大剣でぶった切るというアレな光景ももう見慣れた。最初は正直、魔法少女らしくマジカル何とか的なやつを想像していたのだが、もも先生はガッチガチの武闘派だったらしい。


「えへへ~」


 一刀両断にされたストーンゴーレムを見て俺たちはホッと胸を撫で下ろした。

 得意げに胸を張るももちゃん先生に、よしよししたり飴をあげたりしてる奴は緊張感が足りない。もも先生の大剣と粗末な棒切れでチャンバラしたいでヤンスと、うわ言のように呟く千田君はブレなさ過ぎてむしろ尊敬する。


 俺たちがとっさに組んだ円陣の中で、ひと際深く息を吐く人たちがいた。

 運悪く息吹に居合わせてしまった一般人の人たちだ。


 アーニャの話を聞く限りでは、今日は息吹のゲートは結果的に閉鎖はされていなかったものの、閉鎖されるという通達が出ていたらしい。いつもより人が少なすぎると訝しんだ尼子屋の言う事は正しかった。

 それなのに中に入ってきてしまった彼らはご愁傷さまとしか言いようがない。彼らのほとんどは観光客なのだ。


 今や代理店にとって疑似ダンジョン体験ツアーは、スキューバダイビングと肩を並べる人気商品であり、ツアーのインストラクターは中級冒険者の人気のバイトの一つだ。

 大方、ロクにダンジョン情報も仕入れない、怠慢代理店のおかげで彼らは命がけのサバイバルに身を投じるハメになった。


 おかげで皮肉にも貴重な戦力であるインストラクター数人が集団に加わったことは、俺たちにとっては僥倖であるが問題も多い。

 人数が多すぎるのだ。ざっと数えただけで50人以上。クラスメイトはドリルチームを抜いても25人いるが、この中でオーガやゴーレムと戦えるのは葵と、そして東雲くらい。

 守る態で円陣を組んではいるが、いざとなったらほとんど意味はないのはわかりきっている。


 旅行客の中には、親子連れやカップル、有休をとってツアーに参加したのであろうOLさんたちもいる。

 特に、2人で手を取り合って震えているOLさんは何と言うか…… モテカワ全開の人で、クラスの男子共も率先して守ったりと、アピールに余念がない。

 こんな状況だというのに一体何をやっているのか。ちょっとおっぱいがミサイル駆逐艦だからってお前ら……


「……ミナト、何見てるの」

「夢」


 男の夢です、と確信をもって答える。

 葵さんは漁船だったが、口にすると殺されるので黙っておいた。ちなみにもも先生は手漕ぎボートだ。


「あなたたちは私の太くて長くて固いので新世界に旅立ちたいのですか?」


 我が校が誇る軽空母が、太くて長いのをパシパシさせながら青筋立てている。男子共が蜘蛛の子を散らすように逃げていった。 


 

「クリスティナ先生、お話があります……」



 呆れたようにため息をつくクリスティナ先生に向かって尼子屋がスッと前に出る。



「西郷寺カノンさんのことですね?」

「―――ッ!」


 尼子屋の目が開かれ、逆に先生の目がスウッと細められる。


「彼女たちの捜索にはインストラクターの方々がもう向かっています。パーティーメンバーを心配する尼子屋君の気持ちもわかりますが、これ以上戦力を割くのは難しい事はわかりますね?」

「そ、それは……」

「まだ雛とはいえ、曲がりなりにもあなたたちは冒険者の端くれ。雛にすらなっていない一般人を危険に晒すわけにはいきません」



 俺たちが森に避難し、息吹に閉じ込められた他の人たちと合流した後、すぐさまドリル捜索チームが編成された。

 25名の生徒と、数十人の非戦闘員を守りながら森を移動する事と、少人数の戦闘員で決まったポイント周辺を探索する事。どちらが危険かという話ではなく、どちらが向いているかという話だった。

 いつも大人数の生徒たちを引率している先生と、少人数の観光客を引き連れ、様々なポイントを案内しているインストラクター達。

 つまりはそう言う事だ。


 今、この集団を守っているのは2人の先生とボディーガード2人だけ。ボディーガードのうち一人はレベル9だから、むしろ俺たちの方に近いくらいで、もしかしないでも葵の方が強いだろう。

 俺たち生徒は大した役には立たず、他方から襲ってくるモンスターを実質3人で撃退しているのが現状である。

 先生の言う通りだ。これ以上戦力を割くと万が一があり得る。そうなれば俺たちは全滅だ。

 

「わかっています…… でも、インストラクターの人たち、もう3時間も経つのに……っ」


 初心者用のダンジョンとはいえ、単身でツアー客の安全を確保しつつ案内するには、ある程度の実力が必要だ。

 今日、ここに集まった運の悪いインストラクターたちもまた、中級冒険者としては申し分のないレベルだった。中には30階層以上に潜った経験を持つ猛者もいて、ゴーレムやオーガ程度ならば問題なく撃破できるはずなのだ。

 

 しかし、帰ってこない。

 圧縮され、今は5km四方くらいしか無いフィールドで、3時間が経過しても彼らが帰ってくる気配がない。

 捜索が長引いているだけならいい。おそらくはその可能性が一番高い。

 だが、そうじゃなかった場合はどうだ?

 中級冒険者5人のパーティが帰還不能になるような何かが、このフィールドにあるとすれば。

 一般人に毛が生えただけの女子学生4人が、果たして無事でいられるのだろうか。


「それでも今は待ちます。今、リスクを侵せば取返しのつかない事になる可能性があります。これ以上生徒たちを危険に晒すわけにはいきません」

「~~ッ なら、僕が―――ッ」

「認めません。絶対に。話は終わりです」

「先生ッ!」


 宣言通り、話は終わりだとばかりに背を向け、持ち場に戻っていく先生。

 尼子屋は突き出した手を力なく下ろし、悔しそうに項垂れた。

 やり取りを聞いていた他の生徒たちもこちらを見てくるが、視線が合うと気まずそうに眼を逸らす。一般人の人たちは罪悪感を顔に浮かべて俯いていた。


 正論だ。先生の言葉は。


 それをわかっているからこそ尼子屋だって黙って言葉を飲み込むしかない。

 客観的に言うならば、先生は生徒を守るために生徒を見捨てる決断をした。状況が状況ならば親御さんたちが乗り込んできて吊るしあげられてもおかしくないと思う。


 しかし、俺たちにそれを責める資格は無かった。

 血が滲むほど握りしめた拳を震わせながら、何事もなかった風を装って去っていく先生の背中に向かって、俺たちは一体何を言えば良いというのか。

 俺たちが弱いせいで残酷な決断をせざるを得なかった優しい先生に、ちっぽけな正義感を振りかざして自己満足するようなクズに俺はなりたくない。


「尼子屋、気休めは言わない。だけど今は耐えよう」

「うん……そうだね……ごめんねミナト君」


 俺たちの力が必要になる時がきっとくる。

 その時のために、今出来ることをやるしかない。

 父親に連れられて初めてダンジョンに潜ったあの日、初めてのレベルアップで目覚めた意味不明な能力。

 使い所も威力も無さすぎる、どうしょうもない力が宿る右手を見下ろし、俺は呟いた。


「全員で帰ろう」

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