逃走
彼らは同業者だ。
専業だろうがバイトだろうが、同じ【息吹】というフィールドで商売していたら顔を合わせることだってある。
どこそこの報酬が高いとか、あそこの会社の客は若い子が多いとか。
そんな野郎特有のどうしようもない情報交換をした覚えのあるメンツだった。
死にはしないと言っても、普通の感覚からすれば、伊吹も得体のしれない化け物が闊歩する異世界であり、ダンジョンと違いはない。
そんなところをスリルを求めて、または珍しいもの見たさでやってくる女性達は吊り橋効果もあってか、圧倒的実力でもってモンスターを駆逐するインストラクター冒険者に熱を上げがちだ。
要するにモテるのである。
ダンジョンでは中層突破に足踏みしていても、同世代の冒険者が先へ進むのを指を咥えて見てるしかなくても、ここではゴブリンみたいな低級モンスターを借るだけで女どもは熱い吐息を吐く。
ダンジョン攻略に限界を感じている者や、レベルアップの衝動に耐えきれない者など、ちょっとした小遣い稼ぎにインストラクターをやって、そのままハマってしまうものは少なくない。
今こうして、行方不明の女生徒を保護するためにフィールドを進む彼らがまさしくそうだった。
「ただ普通に助けるのも面白くないよね~」
嘘くさい金髪に、肌をこんがり焼いたチャラい男が嘯く。
防具らしい防具はガントレットのみ。ボタンの必要性を疑うほどシャツの前をはだけ、見られることを前提とした腹筋が大げさに割れている。有りがちなオラオラ系拳闘士である。
「いやいや、券闘士氏ぃ~ さすがにわかっていらっしゃるゥ~。なんせ相手はJKでござるゆえぇ~っ!」
分厚い眼鏡を指で押し上げた太り気味の男が「うひひ」と笑う。
テーブルクロスみたいなチェック柄のシャツに、ガラもののバンダナ。探索に必須なリュックにまで大人のお友達の夢がいっぱい詰まっていそうなその男は、パッと見女性には敬遠されそうな風貌であるにも関わらず、これまで女に困ったことはない。
このメンバーの中で、唯一30階層以上に潜ったことがあるのは他でもなくこのオタク風の男だった。
「強さ」が価値を持つ世界で、明確に「強い」ということは、つまりはそういうことだ。
「お二人とも何を言っているのですかまったく嘆かわしい…… 女子高生なんて私の娘よりも年下で―――それはそれで……燃えてきましたね」
上下ともにパリッとしたビジネススーツに身を固め、こんなフィールドよりもオフィス街が良く似合う40代後半の男はメンバー唯一の妻帯者で2児の父だ。
リストラに遭い、偽装出社の時間つぶしにダンジョンに潜りはじめて中級冒険者にまで成り上がった彼は、今やサラリーマン時代の5倍以上の年収を稼ぐまでになった。
「然り。ただ強いて言うなれば人妻でないのが無念だ。しかしこれもまた運命、なのか……」
「いやはや、とにかく子猫ちゃん達を見つけることが先決ですな」
5人のインストラクター達は、現れるモンスターを瞬殺しながらクリスティナに渡された地図のポイントまで悠々と進む。
設定変更のせいでいつもよりも強いモンスターが現れるが、一言でいえばそれだけである。
雑魚に変わりないし、火竜にさえ遭遇しなければどうということはない。
登録業者ならば絶対に目を通す機会のあった通達。それすらも気づかなかった代理店のおかげで、とんでもない事件に巻き込まれてしまったが、絶望するほどかと言われたらそうでもなかった。生き延びるだけならば十分可能。
そして、捜索対象は10代も半ばの女子高生4人。
ならば、彼らにとってやるべきことは一つだ。
「ピンチに颯爽と現れ、颯爽と助ける。これだ」
「間違いないでござるゥッ!」
「娘よりも…… 嘆かわしい。だが、それがイイ……ッ」
「くっ これが業罪、か……」
「いやはや、正義に値しますな」
それぞれの決意を胸に、一行は森を進む。また一体オーガが現れるが、「ぶひひ」と笑みを崩さないオタクが一瞬で消し炭にした。
不穏当に聞こえるセリフも、いつでもどこでも男が集まれば似たり寄ったりである。
ここは危険が溢れるガーデンかもしれないが、一歩外にでたら法治国家日本だ。下卑た妄想は自由でも、実際に無茶な行動を起こそうとする者はいない。
要するに助けた後のナンパは自由でしょ? という話で盛り上がっているのだ。
加えて言うならば、
『もし万が一ウチの生徒に狼藉を働くようなことがあれば、私の太くて固いので内臓を蹂躙します』
まったく目の笑っていない女教師の笑顔と共にそう告げられて、男たちは正直縮み上がってしまった。もちろん彼らの細くて短いのも同様である。
それでも彼らの目はキラキラと輝いていた。
女性に困っていないといっても、普段は旅行代理店を利用するような大人の女性を相手にしている彼らにとって、マジモンのJKはモンスターよりも遭遇率の低い空想上の生き物だ。
そういうお店に行ってもJKのコスプレをしたお姉さんがお相手をしてくれるだけ、つまり偽物なのだ。男たちのテンションも否応なく上がっていく。こんなチャンスは滅多にない。
「まあとにかく急ごうぜ。にゃん子ちゃんたちが俺たちを待ってる」
「おおふ おおふ! 起っきしてまいりましたァ!」
「世も末です嘆かわしい…… すでにカッチカチです」
「くっ 俺の中の獣が、これが暴走、なのか……ッ」
「こりゃ一本採られますな」
男が集まってシモの話を始めればこんなもんである。
インストラクター5人は、そんなどうしようもない会話をしながら探索をする。そして探索と言ってもある程度目星はついていた。
女夜叉――――もとい、女性教師から「おそらくはこの辺にいる」と、丸で印をつけられた地図があるのだ。
空がモザイク化するという異常事態にも試験を続行し、そして様変わりしたモンスターに囲まれてどこかに隠れているか、それとも誰かが怪我を負って身動きが取れなくなっているか、それとも火竜の凄まじさを見せつけられ生き延びることを諦めたか
事の経緯を聞いていたインストラクターたちはそう当たりをつけていた。
女教師が予想したポイントは3つ。
そのうち一つは既に捜索し、そろそろ2つ目のポイントに差し掛かろうとしている。
すると、丘の向こう、岩山がいくつもそそり立つあたりから爆発音が聞こえた。
5人は顔を見合わせると我先に駆けだす。
すると何を思ったのか、岩山を回り込んで突入しようとする男たちの前に、サラリーマン風の男が両手を開いて立ちふさがった。
色めき立つ他の4人。
一触即発の空気の中、サラリーマン風の男は泰然と首を横に振る。その表情はまるで悟りを開いたブッダの如し。
そしてサラリーマン風の男は無言のまま、オーケストラの指揮者の様に、スッと岩山の頂上を指した。
瞬間、男たちは全てを理解した。
そして戦慄した。
娘より年下のJKをナンパするためにそこまでするのか、と、サラリーマン風の男を畏怖を込めた目で見る4人。
つまりこういうことだ。
女生徒たちは戦闘中だろう。
そこにただ助けに入るのでは芸が無い。
ならば岩山の頂上から颯爽と登場してはどうか。
古来より、日本の血に脈々と受け継がれる戦隊モノ方式である。
男たちは神妙な面持ちで頷き合う。
そして、いそいそと岩山を昇り始めた。
―――――――――――――
「増田さん! ゴーレムからは逃げられますわ! オーガを牽制して!」
「比佐山さんは退路を確保してくださいまし! 撃ちますわ! ≪エクスプロ―ジョン≫!!」
――――ドンッ
ドリル――――西郷寺カノンのチームは怒涛の連戦を強いられていた。
今も2体のオーガと3体のゴーレムに囲まれ、包囲から抜け出すための博打染みた戦闘も、もう何度目かわからない。
4人ともが疲労困憊で、その表情には諦めの影すら浮かび始めている。
「横峯さん、諦めては駄目ですわ! きっと助けがきます! それまでは何としてもッ ≪アイスバインド≫!!」
異常事態発生時、彼女たちはもう少しで3つ目のフラグ回収ができる場所にいた。
「すぐに集合地点に避難しなくては」という考えと「フラグ回収をしてからでも遅くない」という考えが4人の頭に同時に浮かび、そして彼女たちは後者を選んだ。
実際、予定通りに行けば、それでも避難は間に合ったハズだったのだ。しかし……
「西郷寺さん、もういいよ! 私を置いていってっ! いいから逃げて!」
カノンが激高する。
「何を仰っているのですかッ! 生き延びますわよ! 全員でッ! ≪ファイアエッジ≫!!」
「でもッ このままじゃッ!」
「でももへったくれもありませんわ! ワタクシは絶対に仲間を見捨てない! 絶対にッ!!」
チームを指揮し、檄を飛ばすカノンに背負われている女生徒。横峯久子がフラグ回収直後、土手で足を滑らせ捻挫をしてしまったのだ。
結果、全速力では走れない彼女を庇う形での移動を余儀なくされ、モンスターに遭遇しては逃走するを繰り返しているうちに、ここがどこかも分からなくなってしまった。
移動中は交代で彼女を背負っているが、戦闘中はファイターの2人の動きを阻害するわけにもいかず、魔法職のカノンが彼女を背負っている。
魔法職とはいってもレベルは5。レベル1の成人男性の筋力は容易に上回るので、女の子一人背負うくらいはワケない。
といっても戦闘ともなればやはり勝手が違ってくる。極限の緊張感の中、いつもの自分と違う動きは、容易に自身の戦闘イメージを狂わせる。
彼女たちの疲弊は限界を超えようとしていた。
斥候が出来る尼子屋がいれば話が違っただろうが、今そんなことを言ってもはじまらない。変わらない事実は、見知らぬフィールドで、明らかに格上のモンスターに囲まれている、それだけだ。
不幸中の幸いだったのは、ゴーレムもオーガも動きがそれほど早くない上に、距離が離れると追うのを諦めてくれる事か。
敵との遭遇は避けられない。だが最小限の戦闘で逃走くらいは出来る。
しかし集合場所も分からない。どこにモンスターが潜んでいるかもわからない。次の瞬間にこのフィールドが火竜に焼かれるかもしれない。
逃げ込める場所は有限で、戦闘音を聞きつけて他のモンスターたちは容赦なく集まってくる。
岩山に逃走経路を狭められ、確実な退路なんて確保出来そうにない。
どうしたらいい。どうしたら生き延びれる。
救助は来るのか。もしかして見捨てられたのではないか。
押し寄せる恐怖。極限の緊張。
歯を食いしばらなければ今にも飛び出してしまいそうな嗚咽を漏らさないで済んでいるのは、そうした瞬間、チームが崩壊することを知っているからだ。
「西郷寺さんッ!」
「お黙りなさい! 絶対に見捨てないッ! 絶対に死なせないッ! 全員で生き延びて見せますわッ!」
しかし、気持ちだけで事が成せたら、どれだけ世界は幸せだっただろう。
どんな崇高な志があろうと、どれだけ努力を重ねようと。
今も、世界中で血は流され、咽び泣く者がいるという現実。そう現実はそんなに甘くはない。
その瞬間はあまりにもあっけなく訪れた。
それはほんの些細なミスだった。
オーガの牽制をしていた増田涼子が、小石を踏んで体制を崩す。普段ならば問題の無いその小さなミスが、疲労と緊張感で限界に来ていた増田の集中力を途切れさせた。
お腹減ったな。久しぶりにハンバーガーが食べたいな。今日は頑張ったからホットパイをつけちゃおうかな。
そんな事が頭を過った。
1秒にも満たない脱力の瞬間、結果、彼女は大きく体勢を崩す。
地面に投げ出された彼女に影が差す。
茫然と影を辿って見上げた先、彼女はオーガの顔が喜悦に歪むのを見た。
「イヤああぁぁぁぁ~~~~ッッ!!!」
「増田さん!」
「涼子!」
そこからは全てがスローモーションだ。
オーガが涼子の足を掴んで持ち上げる。ガパリと口を開け、生臭い息を涼子に吹きかけた。
「や、やめて……」
「彼女を離しなさいッ!! ≪アイスブレイド≫ォォ!!」
カノンの魔法がオーガの皮膚を僅かに傷つける。だがそれだけだ。
「涼子ォ!! 今、助けがヴぁ――――ッ」
「比佐山さん!!」
比佐山が涼子を助けるため、ゴーレムに背を向けた瞬間、石の腕が彼女を跳ね飛ばした。
ゴッ ゴッ と鈍い音を立てながら地面を転がった彼女はピクリとも動かない。
「逃げ、て……」
逆さに釣り上げられた涼子が、絶望に彩られた泣き笑いで、そう言った。
「い、いやです……、そんな、そんな…… ワタクシはッ!」
夢遊病者の様にフラフラと後退るカノン。
2,3歩よろめくと、ドンと何かにぶつかる。呆けた表情で見上げると、そこにはゴーレムの無機質な顔があった。
ブツンッ と
彼女の中で何かが切れる。
カノンは横峯久子を背負ったまま、ペタリと地面に尻もちを突いた
途端に膝が笑いだす。歯がカチカチと鳴り、意味不明な呻き声が喉から洩れた。
腰のあたりがやけに生ぬるかった。横峯久子が失禁したのだ。だがそんな事は気にもならなかった。
死ぬ。殺される。
ゴーレムの丸太のような腕が振り上げられる。永遠とも思える数舜を、カノンはただ茫然と見上げていた。
そして次の瞬間―――――
ゴーレムが消し飛んだ。
「丁度いい、君たちには餌になってもらいますよ」
今この瞬間まで、ゴーレムがいたはずの場所に、男がいた。
何が起きたのだろう。
それすらも思い浮かばない空白の思考のまま、彼女は唐突に現れた人影にぼんやりと視線を向ける。
男は、にこやかに微笑みながら言った。
「イベントの主催者として、ゲームを盛り上げないといけませんからね」




