パーティー 中
「――それでは、王太子ルークの専任術師を紹介しよう」
会場に国王の声が響く。
「知っている者もいるだろう。
“白の術師”だ」
言葉と共に会場に入り、オズベルトの手を離して前に進み出た。
ローブの裾を捌き、優雅に一礼する。
貴族達がざわめく。
眉をひそめる者、興味深そうに眺める者、あからさまに嫌悪の表情を浮かべる者――
思っていた通りの反応に、フィリアもルーシアも口許に弧を描いた。
ルーシアが立ち上がり、フィリアのそばによる。
「皆さんが驚くのも、無理はないわ。
突然現れた専任魔術師だもの。
けれど、白の術師の力は本物よ?
今までもその力で、数多くの民を救ってきた」
サージェントがルーシアに剣を差し出した。
細身のそれを鞘から引き抜き、大きく掲げる。
「それを信じられるように、ここで証明したいと思うの」
その言葉と同時に、王妃はフィリアの体に剣を突き刺した。
どこかの令嬢の悲鳴で、ルークは我に返った。
あまりの光景に目を疑う。
依然として剣はフィリアの体の中心に刺さったまま。
白いローブにはじんわりと血が滲んでいる。
「ふふっ、皆さん驚かないで?」
ルーシアがさも愉快そうに笑いながら、フィリアから数歩離れた。
その途端、彼女の体が白銀の焔で包まれる。
そのまま剣を自らの体から引き抜くと、剣はグニャリと歪んで熔けた。
焔を鎮めると、そこには血で汚れたローブはなく、フィリアに怪我をした様子もない。
「つまらない余興ですが、お楽しみいただけましたか?」
クスリと笑んで、フィリアはですが、と続けた。
「私は王太子殿下を守る盾であり、剣。
殿下に刃を向ける者には、このようになっていただく事になりますので、お気をつけいただきますよう」
熔けて床に落ちた剣を指を鳴らすことで粉にかえ、再び礼をとると、彼女はそのまま下がり、パートナーであるオズベルトのそばへ寄った。
会場はシンと静まっている。
「さ、余興はおしまいよ。
皆さん、パーティーを楽しんでね」
ルーシアの言葉と共に、楽団が奏でる音楽が鳴り響き、ぎこちなく会場の貴族達はダンスや会話を楽しみ始めた。
「どうでしょう?
お楽しみいただきました?」
オズベルトと腕を組むなりそう尋ねたフィリアに、彼はにこりと微笑んだ。
「素晴らしいですね。
あれはどうなっているのですか?
確かに剣は刺さっていましたし、血も出ていたはずですが」
会場に下り、料理を選びつつフィリアも答える。
「そうね、勿論きちんと刺さっていました。
でも、血は出ていないのですよ?」
「しかし、ローブは確かに赤く…」
「それはこれを使ったものです」
にっこりと笑ってオズベルトの皿にフィリアが盛り付けたのはトマトだった。
「トマト、ですか…?」
「というか、それを使った血糊ですね。
あれで血が出たように見せただけです。
剣はローブを貫き私の体に触れる瞬間転移の術の応用を用いて体の前に現れるようにして、刺さったように」
「では、剣が実際に貫いたのは服だけ、ということですか?」
その通り、とフィリアはトマトを口に含んだ。
「……しかし、用意なことではないのでは?
転移の術は緻密な計算による座標の決定が必要なものだと聞きます」
「私はこれでも白の術師ですから」
「敵いませんね。
……おや、貴女の敵が来たようだ」
その言葉にフィリアもオズベルトの視線を追う。
一人の貴族がこちらに向かって歩いてきていた。
確か彼は、伯爵の位についていたのであったか。
身分を最も重視する、典型的なタイプの貴族だったはずだ。
他の貴族達もそれに気がついたのか、興味深そうにフィリアの様子を窺っていた。
「ごきげんよう、メルドント伯爵」
彼に口を開かれる前に、フィリアが先んじて挨拶する。
男は少し顔をしかめ、何事もなかったかのようにオズベルトへ頭を下げた。
「オズベルト様、ご無沙汰しております」
「…これは、メルドント伯」
面白そうにオズベルトもそれに応じる。
「挨拶が遅くなり申し訳ない。
久しぶりの王城で、戸惑ってしまいましてな。
――最近の城には、道化が一人混じっているようだ」
そこではじめて、彼はフィリアを見た。
礼服姿ではないローブ、しかも姿を明かそうとしない銀の仮面。
そう言われるのも仕方がないだろう。
「道化、ですか」
「誰の許しを得て口を利いているのだ、平民風情が」
「これは異なことをおっしゃる。
私は恥ずかしながら確かに生まれは平民ですが、今は王太子殿下から専任魔術師の位を頂いております。
身分としては貴方と差し支えが……いえ、申し訳ありません。
私の方が身分は上でしたね」
クスリと笑うフィリアに、メルドントは屈辱で顔を真っ赤に染めた。
「貴様……!!」
「おや、お怒りですか?
私がなにかしてしまいましたか?」
笑みを張り付けたままフィリアは問う。
「……っ、そのローブと仮面、外したらどうなのだ!?
社交を目的とするこの場に相応しくないだろう!!
それとも、人に見せられないような顔なのかね!?」
大声で騒ぐメルドントに、オズベルトは小さく嘆息した。
まったく、この騒音は周囲の迷惑だ。
しかも見せられないような顔などと、豚のように肥えた体でよく言える。
しかし、とフィリアを見る。
彼女が仮面を外したときの、周囲の反応は楽しみだ。
最も、一番楽しみなものは別にあるのだが。
「……確かに、そうかもしれませんね」
ぱさりとフードを下ろした。
綺麗に結い上げられた黒髪が露になる。
「そうそう、自己紹介がまだでしたね」
仮面とローブに手をかけて、フィリアは続けた。
「私、今は殿下の専任術師を任されておりますが、それ以前は殿下と共に旅をしておりました。
―――フィリア、と申します。
よろしくお願い致しますね?」
純白のドレスを纏い、フィリアは艶然と微笑んだ。
「………なっ、」
「そういうわけでね。
私は今彼女のパートナーをつとめさせて頂いているのですよ。
それでは、他にも顔を出さねばならないところがあるので。
行きましょうか、フィリア」
「そうでしたね、お待たせして申し訳ありません」
オズベルトの腕に自らのそれを絡ませ、フィリアは颯爽とメルドントの前を立ち去っていった。
三年前に約束したダンスを踊りながら、フィリアとオズベルトは談笑していた。
「それにしても、先程のあの男の顔は見物でしたね。
やはり貴女と共にいると面白い」
「お褒めに預かり光栄です」
「しかし、この様子ではルーク様がお怒りになりそうだ」
「ルークが?」
不思議そうに首を傾けたフィリアに、オズベルトは苦笑した。
「その辺りは相変わらずのようですね。
いえ、彼は貴女が妃殿下に刺された時からものすごい形相で見ていましたよ?」
「……伝えていませんでしたからね」
「それに、先程の男が絡んできたときの様子と言ったら…」
耐えきれずに笑い出したオズベルトを、フィリアは相変わらず困惑して見つめた。
それに気がつき、笑いをおさめる。
「…申しけありませんね、つい。
曲も終わりましたし、貴女にはルーク様の護衛もある。
そろそろ彼らのもとに参りましょうか」
フィリアはよくわからないまま、ともかく頷いた。




