パーティー 上
パーティーの朝、フィリアは王妃の宮のメイドに慌ただしく叩き起こされた。
そのまま朝食もとらずに宮まで連行される。
辿り着いた王妃の私室には、ルーシアが悠然と座っていた。
「……おはようございます、ルーシア様」
何はともあれ朝の挨拶を済ませ、室内へと足を進めた。
「おはようフィリアさん。
ごめんなさいね、こんなに朝早く呼び出してしまって」
「いえ、問題ありません。
しかし一体何故?」
「パーティーの打ち合わせと準備がしたくて」
にっこり笑うルーシアに、フィリアは嫌な予感がした。
「打ち合わせと準備、ですか…」
「そうよ。
まずは打ち合わせからね。
さ、座って?」
進められるがままに向かいの席へ腰を下ろす。
「今回は御披露目でしょう?
どうせ紹介するなら、フィリアさんの魅力を存分に発揮しつつ、うるさい貴族達に当代随一の魔術師の力を見せつけたいじゃない」
「……一体何をなさるおつもりですか」
ルーシアの今の表情は、ルークとバルドに気付かれないよう城に入り、刺客を倒して欲しいと頼まれた時と同じ種類のものだった。
また、何かとんでもないことを企んでいそうな気がする。
フィリアはこれまでの三年間、ルーシアとだけは定期的に連絡を取っていたため、ある程度彼女の考えは読めるつもりだ。
「さすがフィリアさん。
よくわかってるわね。
と、言うわけで……」
いそいそとフィリアのそばへ寄り、その耳元に計画を囁く。
「できるかしら?」
「……出来なくはありませんね、ええ」
フィリアはなんだか頭痛がした。
確かにこの方法ならば、貴族達に白の術師を恐れさせることが出来る。
手出しも少なくなるだろう。
「それじゃあお願いね。
やり方は貴女に任せるわ。
あと、パーティーが始まる前に念のためルークに魔術をお願いできるかしら?」
「はい、勿論です。
元々そのつもりでしたし。
取り敢えず、物理攻撃、魔術による攻撃、毒に対する防御魔術をかけるつもりですが、他に何かあれば」
「……フィリアさんて、本当にルークを甘やかすわね」
ルーシアは苦笑した。
まさかそんなに術をかけるつもりだったとは。
そうやってフィリアがルークを大切に思っている事を、ルークも無意識のうちに感じ取っているのだろう。
だからあの息子はそれに甘え、決定的な言葉も告げずにずるずると彼女を束縛し、執着していく。
(――まったく、我が息子ながら情けないわ)
かといって、思いを告げたとしてもフィリアはルークを大切な仲間としか思っていまい。
彼女は、そういった気持ちに異常なほど疎いのだ。
何故なのかは分からないが。
ルーシアはそっとため息をついた。
その後王妃の宮で遅い朝食をとり、そのままフィリアは湯浴みや着替え、化粧等を済ませる事になったのだが……
「本当に、結構ですから!」
今、彼女はメイド達と戦いを続けていた。
脱がされかけ、肩からずり落ちそうになる服を手で押さえながら、フィリアは必死でいい募る。
しかしメイドの筆頭である、バルドの母マーサもしぶとかった。
「そういうわけにはいきません。
体のマッサージをして、香油を塗りませんと…!!」
「自分で出来ますから!」
言葉と共に魔術を発動した。
風呂場にいた全てのメイドを外に転移させ、入ってこられないように結界を張る。
悔しがる彼女達の声を尻目に、フィリアは安堵のため息をついた。
浴場に設置されている鏡で、自らを映し出すと、表面にそっと触れた。
左胸の、少し上。
旅の途中にできた蔦の痣は、この三年間でその範囲を増していた。
今では左胸全体を覆い、鎖骨の上にまで届きそうなそれは、けれど不思議と嫌な感じはしない。
しかし、これを他の誰かに見られればどうしたのかと問われるし、心配もされるだろう。
だからこそフィリアは、この痣を見られぬよう湯浴みも着替えも一人で済まさなければならなかったのだ。
湯に浸かりながら、つらつらと今日これからの事を頭で考える。
このあと、胸元の露出は少ない代わりに、大きく背中のあいたドレスを纏い(これも痣のためだ)、化粧をし、パーティー会場では例の王妃の計画を実行しなければならない。
それに、例の貴族へと接近しなければいけないのだった、と更なる課題を思い出して気が重くなる。
なかなか難しい要求に、どうしたものか、と眉を寄せた。
パーティー会場にいる貴族からは見えないようになっている、王族専用の席で、ルークはフィリアの姿を探していた。
「まだ来ていないさ。
そんなにキョロキョロするな」
バルドにたしなめられる。
「それは分かっているけど。
母上もまだみたいだね。
朝からやっているくせに、一体いつまでかかるんだか」
「女の支度は時間がかかると相場が決まっている。
私もよくルーシアに待たされたものだ」
王は昔が懐かしいのか、目を細めた。
「そうそう、それに女性は時間をかければかけるほど美しくなるものですよ」
そばに立つオズベルトにも言われ、ルークはふん、とそっぽを向いた。
今この場にいるのは、ルーク、バルド、国王、その護衛であるサージェント、そしてフィリアのパートナーであるオズベルトだ。
そこに、新たに二人が加わった。
「ふふっ、待たせてしまったかしら」
「遅くなり、申し訳ありません」
深紅のドレスに身を包むルーシアと、白の術師の装束である白いローブを纏ったフィリアだ。
フィリアは白の術師として出会った頃の様に、フードを深くかぶり、更に仮面をつけていた。
「いや、問題はない。
今宵も美しいなルーシア」
「光栄ですわ陛下。
それじゃあフィリアさん、よろしくね?」
真っ先に賛辞を述べた国王に、ルーシアは嬉しそうに腕を絡めた。
そのまま二人は開始の挨拶をするため、会場へと去っていく。
サージェントも護衛のため席をたった。
「久しぶりですね、フィリア様」
「今この姿ではウィズ、若しくは白の術師、とお呼びください。
お久しぶりですオズベルト様。
約束を果たしに参りました」
軽く礼をして、フィリアは口許だけで微笑んだ。
オズベルトもそれに同じく返す。
「貴女とまた、踊ることができて光栄ですよ。
本日はよろしくお願いしますね」
「こちらこそ。
その事で、少しお願いが…」
「おや、なにか…?」
少し面白そうな顔をするオズベルトに、フィリアはひとつだけ、とそれを口にした。
「会場で私がいいと言うまで、すこし離れていて頂きたいのです」
「それくらいなら構いませんが」
フィリアは安心したように笑んだ。
「ありがとうございます。
きっと、貴方を楽しませる催しがございますわ」
それだけ告げるとフィリアは身を翻し、今度はルークとバルドの元へ向かった。
「二人とも、遅くなってごめんなさい。
少し立て込んでいて…」
言いながら、リンッと音を響かせてルークの足下、周囲に魔方陣を展開させた。
足下に4つ、周囲に8つ。
突然総勢12の魔方陣に包まれて、ルークはぎょっとした。
「フィリア!?」
「おいおい、なんだこれは?」
二人がいう間にも、陣は強く光を放ち、光の粉となってルークに降り注いで消えていく。
「もちろん、守護の魔術結界よ?
パーティーは何が起こるか分からないもの。
バルドには魔術と毒に反応するものが三年前からかかったままだから、今回は必要ないけれど」
「俺に魔術がかかっていたのか?」
「…言ってなかったかしら」
呆気にとられるバルドをよそに、フィリアは何かを確認しながらルークの周囲をぐるりと一周した。
「…うん、大丈夫みたいね」
「フィリア、せめて一声かけてからに…」
「だって急いでいたんだもの。
でも、次からはそうするわ。
――あ、ルーク、出番みたいよ?」
言われて会場を見ると、確かにその様だ。
全然会話できていないというのに、とルークはしかめ面で席を立つ。
バルドも魔術の事を気にするのをやめ、後に続いた。
「それじゃあルーク、バルド、また会場でね」
ヒラヒラと手をふって見送るフィリアに、なんとも言えない気持ちで二人は小さく手をふり返した。
「いいのですか?
彼らに伝えなくて」
二人だけとなった室内に、オズベルトの声が響く。
くるりとそちらを振り返ったフィリアは、少し驚いたような気配を発した。
「オズベルト様はこれから私が何をするかご存じなのですか?」
「いえ、そういう訳ではありませんが、大体の予想はつきますよ」
確かにそうだろうな、とフィリアは心のなかで納得した。
筆頭公爵である彼だ。
頭の回転も早い。
「さすがですね。
けれど、二人にいうと反対されてしまいますから」
「確かにそうでしょうね。
私としても、その気持ちは分かりますよ」
「二人はたまに、私が“白の術師”だということを忘れてしまうのですよ」
クスリ、と声に出して笑う。
心配されるのは嬉しい。
けれど、フィリアはルークの専任魔術師であり、当代最強の白の術師だ。
「心配は必要ありません。
私は魔術師ですから」
オズベルトは面白いものを見るような目でフィリアを見た。
「お変わりになりましたね。
……いえ、それともこれが、記憶を失う前の正しい貴女の姿なのでしょうか」
「さあ、私にもわかりません。
けれどこうなったことで、また二人と共にいられるならば構いません。
さ、参りましょう」
「本当に、貴女は私を驚かせる。
それでは白の術師様、会場までお手を」
差し出された手をとる。
二人は貴族達の待つ会場へ、足を進めた。




