指令
「お、ちゃんと起きられたみたいだな。
………大丈夫か?」
ともかく着替え、身支度を整えて執務室に入ったルークを、バルドが迎えた。
そんなに変な顔をしているのだろうか、顔を見た瞬間に心配される。
フィリアはまだ来ていないようだ。
「おはようバルド……
あのさ、昨日は結局何がどうなったんだい?」
「もしかして覚えていないのか?」
「サージェントと飲み比べを始めた所までは覚えているんだけど、ね」
困り果てるルークに、バルドはため息をついた。
「まあ……簡単に言うと酔ったお前がフィリアに絡んで、酔いが回って寝入っても離さなかった、というところか」
「……やっぱり」
バルドは不思議そうに眉を上げた。
「忘れているんじゃないのか?」
「朝起きて自分の真下にフィリアがいればなんとなく想像はつくよ…」
「やはり脱出出来なかったか。
で、フィリアは?」
「少し前に俺が起こして、自分の部屋で寝直すって」
その言葉にバルドはニヤリと笑った。
「なんだ、昨日の夜は寝させなかったのか」
「その言い方激しく誤解を生むから止めてくれないかな…」
「ルークいるか?」
その時、タイミングが良いのか悪いのか、サージェントが入ってきた。
「サージェント、君のせいで…」
「なんだよ急に」
キョトンとした様子の彼に、バルドが昨晩から今朝までの出来事を説明した。
「―あぁ、そういうことか。
でもむしろ良かったんじゃないか?
いい思いできて」
「覚えてなきゃ罪悪感しか感じないよ」
ついついルークの本音が漏れる。
「それもそうか。
で、賭けには勝ったんだしフィリア借りるぜ。
いつがいい?」
「今日は取り敢えず無理だろうな。
フィリアは寝不足らしくてまだ寝ている」
「寝不足?
ルーク、お前何かしたのか?」
「人聞きのわるい」
睨まれたサージェントは肩を竦めた。
「だってなあ?」
「まあ、確かにな。
だがどうせルークが重くて寝苦しかったんだろう。
フィリアにのし掛かる形で寝ていたようだし」
バルドが的を射すぎた答えを出したとき、フィリアが顔を出した。
「おはよう……って、サージェント」
「よ、フィリア。
昨日は大変だったみたいだな。
それで賭けの結果の話をしに来たんだが、いつがいい?」
「急に聞かれても…
そうね、私はいつでもいいわ。
ルークの好きなときにして?」
三人がルークを見た。
「好きなとき、ね。
ここ最近は大きな公務もなくて書類整理ばかりだから、明日とかでも構わないよ」
「お、それじゃあ明日に…」
「それは駄目よ」
纏まりかけていた話が、新たな人物の登場で霧散した。
「ルーシア様」
すかさずフィリアとバルド、サージェント が跪く。
彼女は悠然と微笑んだ。
「母上、何故こんなところへ?」
王妃である彼女がわざわざ王太子の執務室に訪れるなど、通常はあり得ない。
何かあったのだろうか。
「それはいいから、三人とも顔をあげて?
ルーク、貴方はお客様がいらしたときにはお茶も出さないのかしら?」
ルークはうんざりした顔をした。
「それではルーシア様、こちらのソファーに。
紅茶でよろしかったでしょうか」
彼の代わりにフィリアが王妃をエスコートし、魔術を使ったのだろうか湯気のたつ入れたての紅茶が二人数分用意されていた。
フィリア、バルド、サージェントは仕える立場のため同席はしない。
気が利くことに茶菓子としてケーキまでもテーブルに乗っている。
「さすがフィリアさん、分かっているわね。頂くわ」
うきうきと紅茶を啜り、フィリアに取り分けてもらったケーキに手を伸ばす母親に、ルークは同じくソファーに座りながら呆れた目をよこした。
「で、本当に何をしに来たんだよ」
「あら、母親に向かってその言いぐさ。
ひどいわね」
「……」
フィリアとバルドはハラハラした。
ルークの我慢が上手く続いてくれればいいのだが、既に顔がひきつっている。
しかしそこは母親、息子の限界を分かっているのか話を元に戻す。
「あなた達三人に、ある貴族の領地に行って欲しくて来たのよ」
「貴族の領地?」
「――私は席を外した方が?」
気を利かせてサージェントが退出を申し出るが、構わないとルーシアは首をふった。
「なんでまたそんなことを?」
「その貴族、なんだか最近きな臭いのよ」
ルークの目が細まった。
「横領?反乱?…それとも、両方?」
「自分で確かめてらっしゃい。
三人だけでね」
すげなく言い放つ王妃に眉をひそめる。
「まさか、きな臭いってだけで?
しかも確かめてこいと言われても、俺達がいきなり領地に行ったら気づくんじゃ」
「だからこそ、明日はフィリアさんの貸し出しは駄目なのよ」
話を向けられフィリアは瞬いた。
「明日、ルークの専任魔術師の御披露目を名目にパーティーを行うわ。
その時貴族に近づいて、領地に招かれるように話を運びなさい。
だからフィリアさんは準備で忙しいの。
明日以外にしてちょうだい」
「妃殿下には勝てませんね。
それでは、約束は3日後ということで」
フィリアが頷く。
「…簡単に言うね」
「ああそれと、今回はフィリアさんはパートナーに出来ないわよ」
「え!?」
ルークはぎょっとして腰を浮かせた。
「当たり前でしょう。
これから毎回そうよ?
フィリアさんは貴方の部下に当たるし、専任魔術師はこういったときの護衛的な役割も持っているんだから」
「…パートナーの方が護衛しやすいんじゃない?」
「立場を考えなさい。
心配しなくても、フィリアさんのパートナーにはオズベルトが名乗りをあげているから大丈夫よ。
フィリアさんもそれで構わない?」
「ええ、問題ありません」
(――大ありだ!)
ルークは心の中で絶叫した。
一体なんなのだ。
ここのところ不幸続き。
「私からはそれだけよ。
フィリアさんは明日の朝私の宮に来てちょうだい。
打ち合わせがあるから」
フィリアが頷いたことを確認してルーシアが立ち上がる。
「妃殿下、お供します。
それじゃあフィリア、3日後に」
「わかったわ」
サージェントもルーシアと共に退出した。
室内には三人だけが残される。
「まあ、ルーク、…頑張れよ」
「そうね、ルークもいいかげん婚約者を見つけなきゃいけないし。
大変だろうけど、応援するわ」
バルドの慰めに続いてフィリアの全く的外れな応援がルークに刺さる。
「……」
ルークは賢明にも沈黙で返した。




