体重
「ふぅ…」
無事にルークを落とさずに部屋まで転移することができ、フィリアは安堵のため息をついた。
転移は術者と対象者が接触していなければ成功しない。
触れずに行える場合もあるが、それは対象が無機物の場合のみ。
術者が接触していない生物を対象にすると目が届く範囲内でしか行うことが出来ないため、こういった違う場所に転移するのは不可能だ。
また、転移の最中―と言っても一瞬だが―に術者と対象者が離れると、対象者はどこにたどり着くかわからない。
目的地とは全く関係のない場所に転移してしまう場合もあり、とても危険なのだ。
その様な現象を術師達は“落とす”と呼んでおり、転移の術を使用する際最も気を付ける事柄である。
「皆にはああ言ったけど、どうしようかしら」
ベッドの縁に座りつつ、フィリアはひとりごちた。
酒場での体勢が座っているものだったため、手っ取り早くベッドに座る形で転移したのだ。
依然として、ルークはフィリアをきつく抱き締め眠ったまま。
「本当に、この抱きつき癖はどうにかしないとね」
全く見当違いの見解をのべ、フィリアはこの状況から抜け出すための方法を模索した。
しかし、先程述べたように転移の術は使えない。
抱きつかれている以上、接触を絶つことが出来ないのだ。
フィリアだけを転移させようとすると、成功するかどうかは分からないがこの場に服だけを残していくことになる。
(――流石に裸はまずいわ)
しかもルークは服をきっちり握っているため、回収が難しいだろう。
朝起きて王太子が女の服―しかも下着込み―を抱き締め寝ている。
――大問題だ。
かといって他の術で使えそうなものもなかった。
(――絶対、接触していても術者単体、服込みで転移できる術をいつか編み出そう)
フィリアは心の中でそっと壮大な目標を立てた。
「…ん」
「ルーク?起きたの?」
微かに声が聞こえて、フィリアは顔を輝かせた。
しかし、喜びもつかの間。
「フィリア、まだ、おきてたの…?
寝ないとだめ、だよ?」
「いや、だからそれなら手を…って、ルーク!!」
クッと体重をかけられ、ベッドに押し倒される。
抗議の声を上げるが、ルークは堪えた様子もなくにっこりと笑い、フィリアの胸に顔を埋めた。
「ルークってば!!」
「……」
また眠ってしまったようだ。
「……はぁ」
ため息がでる。
しかし、もう諦めるしか無さそうだ。
先程より拘束は強くなっているし、上にルークが乗っているこの状態で転移すれば衝撃で彼を起こしてしまうかもしれない。
昨晩も今朝も、ルークは自分を心配してついていてくれたようだし、そのお返しだと思えばいいだろう。
そう心の中で考えて、フィリアはぼんやりと天井を見つめた。
「にしても、重いわ……」
――鳥の鳴き声で、ルークの意識は夢から現実へと浮上していった。
なんだか、やけに布団が柔らかい。
それに何時もよりも温かく、いつまでも眠っていたい気分だ。
しかし、今日も執務が溜まっているだろう。
昨晩王都へ下りたため尚更だ。
仕方なく、ルークは重い瞼を開き身を起こした。
「………え?」
瞬間、一気に目が覚めた。
自分の体の下に、フィリアがいた。
しかも自分はしっかりと彼女の腰に手を回している。
とりとめなく頭の中を色々な考えが駆け巡る。
何故フィリアが。
そしてこの体勢は一体。
まるで自分が押し倒した様な。
しかもベッド。
というか、もしや先程まで頬に触れていた柔らかいものは。
いや、それよりも何故ここにフィリアが。
ルークの思考は堂々巡りしていた。
落ち着け、と自分で自分を叱咤して、昨晩の記憶を辿る。
そう、確か昨日は酒場に行って、サージェントがフィリアを一日貸せと言うから苛ついて結果的に飲み比べで白黒つけよう、という話になり。
(――そのあと、どうなったんだ?)
そこが一番肝心な部分だった。
こうなれば仕方がない、と躊躇いつつもフィリアを起こす。
「…フィリア?」
何度か呼び掛けると、彼女はうっすらと瞳を開いた。
「……?」
「あの、昨日は一体…」
意を決して昨晩のことを聞こうとしたルークの言葉は、フィリアの大きな欠伸で止められた。
彼女はそのまま寝不足気味の顔でルークを軽く睨み付ける。
「…ルーク、重いわ。
私、部屋でもう少し寝るから…」
寝ぼけ眼でもう抱き締められていないことを確認すると、それだけを言い残しフィリアはさっさと自分の部屋へと転移した。
結局殆ど眠れなかったのだ。
「え、フィリア…」
消えた彼女に、ルークは頭を抱えた。
(――結局何があったんだ…)




