白の術師
フィリアがなにも言わず城から消えて、3年。
その頃にはルークは父王から殆どの政務を任されるようになっていた。
また王のたっての希望で、バルドはルーク付きの近衛兵として側近の地位に就いていた。
「ルーク、新しい書類だ」
「……また?
これで何回目だい?
父上は俺を過労死させるつもりかな」
バルドが持ってきた書類を鬱陶しそうに見つめる。
3年のうちにルークの背はぐんと伸び、今ではバルドとさほど変わらない背丈になっていた。
顔にも精悍さが加わり、貴族の令嬢達は熱をあげている。
一人称は周囲になめられないよう、俺へと変わった。
「そう言うな。
王も既にご高齢だし、お前もそろそろ王太子の地位を返上する頃合いだからな」
「…即位ってこと?」
頷いたバルドを見て、ルークはため息をついた。
「まだ俺は王になるつもりはないよ」
「――だが、周囲はそうもいかん。
既にお前の近衛隊が編成されていると聞くぞ」
王太子には近衛は存在しない。
即位と同時に前王から数人の近衛を受け継ぎ、そこから更に自分で他の気に入ったものをとりたてて規模を大きくしていくのだ。
「近衛が、ね。
ということは、側近も?」
「ああ」
国王には側近が三人つく。
一人は護衛。
これは既にバルドが就いている。
他に、政務の手助けを行う者。
現時点では筆頭公爵のオズベルト・アースノーグが第一候補と目されているが、ルークは納得していない。
そして、魔術師。
城の防御とは別に、国王だけには専任術師がつく。
けれど―――
「いらないよ」
ルークは冷えきった目で言い放った。
イスから立ち上がり、部屋を出ていく。
「おい、ルーク」
「少し休憩してくるだけだから、大丈夫だよ」
ヒラヒラと後ろ手をふってルークは別室へと消えた。
その後ろ姿に、バルドはため息をつく。
「……全く」
自室に戻り、ルークは乱雑に髪をかきあげた。
ギュッと眉根がよる。
首に下がる、不思議な輝きを秘めたサファイアを握りしめた。
フィリアが消えた夜に、ごめんなさいという書き置きと共に机に置かれていた、彼女が間違いなく自分と共にいたという証。
「フィリア……」
いったい、君は何処にいるの。
その日の夜、ルークは王に呼び出され謁見の間に来ていた。
なかに入るとそこには父王と母である王妃、それにバルドとオズベルトの姿があった。
オズベルトを視界に入れると同時にルークの顔がしかめられる。
ルークはフィリアが消えた原因は彼にあるのでは、と思っていた。
彼と踊ったその後、彼女はいなくなったのだ。
それが彼を側近として認めたくない理由でもあった。
「……俺に、何か用ですか」
不機嫌さを全面に押し出して、ルークは尋ねる。
王は面白そうに笑っている。
用があるのは王妃の方だったようで、ルーシアが口を開いた。
「ルーク、今日は貴方に紹介したい人がいるの。
入ってきて頂戴」
嫌な予感がした。
扉が開く音と共に、二人分の足音が聞こえる。
ルークは恐る恐る、そちらを振り返った。
「お久しぶりでございます、ルーク様」
「…ヘルミナ」
現れたのは青の族長、ヘルミナだった。
彼女の後ろにもう一人、魔術師であろう全身を白いローブで包み込んだ人影を認めて、ルークは自分の予感が的中したことを知る。
「貴方の専任術師を決めようと思って、ヘルミナに連れてきてもらったわ」
ローブの人物はルークに見事な礼をとって見せた。
「母上、俺は専任術師なんて……!!」
ルークの荒げた声に、ローブの人物はピクリと反応する。
「あら、そちらの方は青の民だけでなく今や全ての地方で知らないものはいない“白の術師”よ?
何が不満なの?」
白の術師。
その名はルークにも聞き覚えがあった。
確か、歴代で最も魔力を持つという次期青の族長、アル、エルをも超える魔術の使い手。
その人物は年齢、性別全てが謎に包まれ、けれど数多の人間を救ってきた稀代の魔術師。
確かに、専任術師にこれほどうってつけの人物はいないだろう。
「それでも、認めない……」
ルークの絞り出すような声にも、ルーシアは怯まなかった。
「なら、一週間だけ仮採用として過ごしてみなさい。
一週間後には貴方も考えが変わっているはずだから」
ふふっ、と不敵に微笑む彼女に、バルドを見るが、彼も諦めろ、と目が言っていた。
オズベルトは相変わらず何を考えているのか分からない笑みをがているが、心なしかその瞳には面白そうな色が宿っていた。
「…わかったよ。
けどそこまでいうなら、一週間経っても俺の考えが変わらなかったときには考え直してくれるんだね?」
「ええ、勿論よ」
そこまで勝算があるというのか。
しかし、ルークにも負けるつもりはない。
自分の側近、専任術師は三年前から決まっている。
――あの日に、話せばよかったのだ。
彼女に、自分だけの魔術師になってほしいと。
彼女の魔術の腕は今ここにいるヘルミナだって認めていた。
自分の躊躇いがこの事態をよんだ。
ならば。
「絶対に、俺は君を認めない」
ルークは白の術師を睨み付けた。
暗闇のなか、その人物は今日見聞きしたこと、そしてその前の会話を反芻していた。
『そろそろ戻ることが出来そうです』
『あら本当?』
ルークも喜ぶわ、と笑った彼女は、そうだ、と何かを思い付いたような、そして少しだけ申し訳なさそうな顔をした。
『――申し訳ないのだけど、貴女にひとつ頼みごとをしてもいい?』
大切な仲間の母親の頼みに、一も二もなく頷いて、頼みごとに耳を傾けた。
『――という訳なのだけれど』
『勿論、任せてください』
『よかった、ありがとう』
心底ホッとしたような彼女の顔に、自分も嬉しくなった。
そこまでを思い出して、けれどその人物はため息をつく。
「術師を警戒するのはいいけれど、それだけじゃ意味がないのよ。
全く、こんなことでよくルークもバルドも今まで無事だったものね」
呆れたようにため息をつくその人は、けれど楽しそうに緑の瞳を輝かせた。
「でも、これなら思っていたより簡単かもしれないわね」
うん、と一人満足そうに頷くと、その人物は夜の闇に溶けた。




