End
その後ダンスが行われる方向へと向かう際にも、フィリアは色々な妨害工作に遭った。
足を引っかけられそうになったり(戦いで培った軽やかな身のこなしで回避)、ドレスを破かれそうになったり(ドレスに予め強化魔術をかけて回避)、何人かの集団で囲まれたり(ルーシア直伝の話術で回避)。
無事にダンスができる頃には、フィリアよりもむしろルークの方がぐったりとした様子であった。
彼としてはフィリアが令嬢達に絡まれるたびに、何かされるのではと気が気でないのだ。
「…ルーク様、大丈夫?
踊る前に少し休みましょうか?」
「いや、問題ないよ…」
むしろ休んでいたらまた彼女達がやって来る。
ルークは何故今までのパーティーでもっとハッキリ彼女達に興味がないと示していなかったのか、昔の自分に怒りを覚えていた。
自業自得なのだが。
「僕と踊っていただけますか?」
気を取り直し、フィリアの目の前に片膝をついてダンスの許しを乞う。
彼女は笑って差し出された手をとった。
「喜んで」
フィリアを腕のなかでターンさせながら、ルークは驚いていた。
「フィリア、ダンス上手いんだね」
「そうかしら?
自分ではよく分からないのだけど」
「今まで踊ったなかで一番踊りやすいよ」
本当?と目を輝かせるフィリアに、薄く微笑む。
――本当に、彼女は不思議だ。
礼儀作法、身のこなし、ダンス。
全て完璧な、少女。
フィリアは記憶を失う以前、どの様に生活していたのだろう。
(――こんなにダンスが上手いのも、彼と共にたくさん踊ったからなのかな)
覗き見た記憶の断片。
焦がれるほどの想いを寄せられていた、黒髪蒼眼の男。
ギュッとルークは、腕に力を込めた。
(――だとしても、今一緒にいるのは僕だ)
一曲目が終わり、もう一曲共に踊ろうかルークが考えあぐねていると、フィリアの耳に聞き覚えのある声が入った。
「相変わらず、素晴らしいダンスの腕ですね」
「オズベルト様」
振り返り、軽く礼をしたフィリアの手の甲に口づけると、オズベルトはルークに向かって一礼した。
「王太子殿下、彼女を一曲お借りしても構いませんか?」
「フィリアを?」
確か彼は公爵家の人間。
そんな者が何故フィリアとこんなに親しげに話しているのかと、ルークは訝しげにオズベルトを見た。
「オズベルト様は私のダンスのレッスンをして下さったの。
それで、一曲本番でも踊りましょうって約束を…」
駄目だったかしら、と不安げに見つめられて、ルークが反対できるはずもなかった。
「…一曲だけなら。
あと、きちんと僕の元に返してくれ。
他の虫は近づけるな、君ならそれぐらい出来るだろう?」
最後の言葉のみ、フィリアに聞こえないよう小さく囁いて、ルークはフィリアに自分の方向を向かせた。
「それじゃあ僕はここで待っているから、いっておいで。
早く帰ってきてくれると嬉しいな」
「そうね、私がいなかったらご令嬢達に囲まれてしまうもの。
まかせて」
そう言う意味では無いのだが、訂正はせずルークは笑顔でフィリアを送り出した。
「…フィリア様は大事にされていますね」
ダンスを始めると、遂に堪えきれないかのようにオズベルトはふきだした。
止まる様子のない笑いに、フィリアは訳がわからずポカンとしている。
「クスッ…これは失礼。
悪い意味では無いのですよ。
ただ、あの殿下にこんなにも大切にする方が出来るとは、ね」
まさかあのような事まで言われるとは思っていなかった。
王太子にとっては自分も他の男も煩わしい羽虫でしかないのだろう。
クスリと再び笑いが漏れる。
――本当に、面白い少女だ。だが。
スッとオズベルトの瞳が細まる。
「フィリア様は、これからどうするおつもりですか?」
今までとは格段に纏う空気が変わったオズベルトに、フィリアは気づいているのかいないのか、相変わらず笑みを浮かべている。
「どう、とは?」
「そのままの意味です」
「それを聞くために、わざわざダンスを?
流石は、筆頭公爵であらせられる御方ですね」
フィリアの言葉に、オズベルトは一瞬驚いたような顔をしたが、それはすぐに笑みにとって変わる 。
「――本当に、貴女には驚かされる」
「お褒めにあずかり光栄です。
けれど心配は無用です。
私にも、考えがございますから」
「――ほう。
私としては少し残念ですね」
それは、本当だった。
オズベルトはこの少女を気に入ったのだ。
例え、ほんの僅かな時間の関係でも。
それが分かったのか、フィリアは心から笑った。
「またいつか、ダンスをご一緒してくださると嬉しいのですけれど」
その言葉に含まれている意味に、今度こそオズベルトは驚きを露にする。
「まさか、貴女は…」
「あら、曲が終わってしまいましたね」
オズベルトの言葉を遮り、フィリアは辺りを見回してルークの姿を探した。
少し離れた人混みに囲まれているようだ。
「――殿下のもとまで、お送りしましょう。
私も再び貴女と踊る日を楽しみにしていますよ」
差し出された手を、穏やかな顔でフィリアはとった。
晩餐会も終わりが近づき、ルークとフィリアは少し早めに会を抜け出した。
二人で静まり返った廊下を歩く。
「ねぇ、ルーク」
「?」
不意に、フィリアがポツリと言葉を発した。
それは静まり返った廊下に思いの外響いた。
「もしも私が約束を破ったら、貴方とバルドは、私のこと嫌いになるかしら」
「どうしたの?急に」
ルークは突然の疑問に顔をしかめる。
「ちょっと、ね。
ねぇ、私のこと怒って嫌いになる?」
重ねて問われ、ルークは首を傾げながらもどうだろうかと考えた。
フィリアが約束を破ったら。
確かに、何故だと少し腹は立つだろう。
けれど。
「――嫌いにはならないよ」
フィリアの方を見る。
フィリアもルークをじっと見つめていた。
「フィリアが約束を破るなんて、そうしなきゃならない理由がありそうだし。
怒りはするかもしれないけど、嫌いになんてならないよ」
「……バルドもそうかしら?」
恐る恐る、フィリアは問いかけた。
「勿論。
僕達は一緒に旅をした仲間なんだから、そんなに簡単にお互いを嫌いになったりはしないだろう?」
「――そうね、ありがとう」
「そんなことを気にするなんて、本当に何かあった?」
心配そうに目を合わせてくるルークからそっと逃れて、フィリアは笑った。
「少し、疲れちゃったみたい。
今日は早く寝ることにするわ」
「―そっか。
そうだね、フィリアは晩餐会なんて初めてだろうし」
話しているうちに、王妃の宮まで着いてしまったようだ。
「それじゃあ、おやすみフィリア。
また明日」
「……えぇ、またね」
その日から、城でフィリアの姿を見た者は誰一人としていなかった。




