Middle
未だフィリアが現れない中、ルークは会場で貴族の令嬢達に囲まれていた。
(―全く、いつになったらフィリアは来るんだか)
心の中で元凶である母を恨む。
わざわざパートナー同士別々に会場に入らずともいいというのに、あの母は自分を無理矢理一人で来させたのだ。
ルークが一人で会場にいれば、どうなるか分かっているだろうに。
バルドもバルドで、知り合いの貴族達に囲まれているため助けは期待できそうにもない。
(――フィリア、早く)
周囲の彼女達が喧しい。
また、それぞれが香水をつけているのか、匂いが混ざって気分が悪かった。
フィリアは香水などつけない。
なにもしなくとも、彼女からは仄かに甘い香りがするのだ。
彼女が恋しい。
(――全く、我ながら重症だな)
周囲に分からないほど微かに、ルークは自嘲の笑みをこぼした。
その時、王妃の到着の声が上がった。
と言うことは、フィリアもいるはずだ。
ルークは令嬢達に構わず、扉の方向へと向かった。
扉が開き王妃が会場に入ってくる。
フィリアは、と彼女の姿を探すルークを見つけると、意味深に笑った。
「こんばんわ、皆さん。
今宵は一人、紹介したい方がおりますの。
さ、入ってきて」
王妃の言葉に注目が集まる。
扉の外から、カツン、とヒールの音が響いた。
その姿を見て、会場の全ての人間が圧倒された。
艶やかな黒髪を、真珠を編み込んで結い上げ、漆黒のドレスからは白い手足が伸びる。
緑の眼差しは麗しく、そのすべてが夜の女神とでも言うような姿であった。
歩くたびに幾重にも重ねられたスカート部分の生地がふんわりと揺れ、胸元と裾に散りばめられた宝石の欠片がキラキラと光を反射した。
彼女は王妃のすぐそばまで来ると、ドレスの裾を持ち一礼する。
「フィリアと申します」
ほう、と誰もが感嘆のため息をついた。
皆がフィリアに見とれている。
その人垣を抜け、ルークはフィリアの前にようやく辿り着いた。
彼女のあえて結い上げずに垂らされた髪の一房を手に取り、そっと口づける。
「やっと来たんだね。
待ちくたびれたよフィリア」
「ルーク様……」
困ったようにルークを窺うフィリアに、蕩けるような目を向けて腕を差し出す。
様付けなのはいただけないが、下手に貴族に付け入る隙を与えてしまわないよう我慢する。
(――だから僕が我慢できているうちに、この手をとって)
フィリアはルークの望み通り、自然にその腕に自らの腕を寄り添わせた。
漆黒の衣を纏った黒髪の少女と、青を基調とした衣装に身を包んだ金の王子。
二人の姿は、まるで夜と昼のようで、正反対でありながら寄り添う姿が当然であるかのように周囲に映った。
ルークの行動により、静まり返っていた会場が再びざわめきを取り戻す。
その内容は殆どが二人に関するものだ。
しかしそんなことには構わず、ルークはフィリアに会場を案内した。
二人で軽く食事をとっていると、バルドが近づいてきた。
「フィリア、驚いたぞ」
「ふふっ、凄いわよね。
これ全部マーサさんがやってくれたの」
そう言ってクルリと回るフィリアに、男性の視線が集まった。
しかしルークが彼女の腰に手を回すと即座にそれは霧散する。
「フィリア」
「ごめんなさい、はしたなかったでしょうか?」
「なに、そんなことはないさ。
ルークは少し敏感になっているだけだ」
「敏感?」
小首を傾げてすぐそばにあるルークの顔を見上げる。
彼は面白くなさそうな顔をしていた。
「フィリア、様付けは仕方ないけど、敬語は駄目だよ」
「ですが…」
「バルドには普通に話すのに、僕だけ仲間はずれだなんて酷くないかい?」
ルークがいい募ると、フィリアは仕方なさそうに苦笑した。
「わかったわ。
でも、これで他の人に文句を言われても知らないんだから」
「その時は僕が言い訳してあげるよ」
「ルーク、お前あからさまだな…」
ルークの甘い雰囲気にバルドは呆れた。
しかしルークは当然のようにいい放つ。
「だって周りの様子を見ても分かるだろう?
虫除けだよ」
「まあ、確かにな……
すまんが、王に呼ばれているから行ってくる。
フィリア、気を付けろよ」
「ええ、大丈夫」
ひとつ頷くとバルドは王の元へ急いだ。
その後ろ姿を見送り、ところで、とフィリアが尋ねる。
「虫ってなんのこと?
この会場にそんなものいないと思うけれど」
「あぁ…少し、邪魔な羽虫がいたんだ。
でももういないよ。
それより、他に何か食べたいものはない?」
「…実は、さっきから向こうのお皿の料理が気になっていたの」
話をそらされたことに気づかず、フィリアは少し恥ずかしそうに下を向いた。
うっすらと桃色に染まった頬が可愛らしい。
(――むしろ僕は君を食べたい)
ふっと頭に浮かんだ考えを慌てて振り払い、ルークはその料理のもとまでフィリアをエスコートした。
そうして、二人が食事と他愛ない会話を楽しんでいると、案の定というかなんというか、数人の令嬢が近づいてきた。
皆、ルークに言い寄る者達である。
まさか、とルークが思ったとき。
その中の一人の令嬢が自然な動作でフィリアにぶつかり、持っていたワインをフィリアに向かってかけたのだ。
ルークは即座にフィリアを引き寄せようとするが、間に合わない。
「あら、ごめんなさ………!?」
全く悪いと思っていないであろうことが分かる謝罪の言葉は、しかし驚きによって中途半端に空を漂った。
確かにワインはフィリアに掛かったはずだと言うのに、彼女に濡れた様子は一切なかった。
纏うドレスも同様である。
訳がわからず驚愕の表情を浮かべたままの令嬢に、フィリアはこちらこそ申し訳ありません、とにこやかに近寄った。
「私のせいで、貴女のワインが無駄になってしまいましたね。
今お返ししますわ」
おもむろに彼女の空になったグラスを見据えると、パチンと指を鳴らす。
「なっ!?」
その瞬間、グラスにはもとの通りワインがなみなみと注がれていた。
「それにしても、本当に良かった」
フィリアがうっそりと微笑む。
「このドレス、王妃様が私のために御自分のものをわざわざ仕立屋を呼んで手直ししてくださったものですから、ワインなどで汚されたとあっては悲しまれますわ。
濡れなくて、本当に助かりましたねね?」
顔が整っている分、フィリアの醸し出す雰囲気は尋常ではない圧力を伴っていた。
令嬢はその表情と言葉に真っ青になると、そそくさとその場を逃げ出していく。
他の令嬢達も分が悪いと悟ったのか、何事もなかったかのように立ち去っていった。
「フィリア、わざわざ魔術を使ったの?」
心配そうにルークがその髪を撫でた。
フィリアは何でもないことのようにそれに頷く。
「ルーシア様から許可は頂いているわ」
「ごめん、僕のせいだね」
「そんなことないわ。
それにルークがいなかったら私一人でこのパーティーに出なきゃならないじゃない。
それって凄く寂しいもの」
だからそんな顔をしないで?とフィリアはルークの額に触れた。
触れられて初めて自分が眉間に皺を寄せていることにルークは気づく。
ふっとその顔を弛めると、ルークは再びフィリアの手を引いた。
「…ありがとう。
それじゃあ、折角のパーティーだし楽しまなければね。
そろそろダンスが始まる時間だ、行こうか」
「えぇ」




