Gardener
晩餐会まで後1日。
前日と同様に、これといってすることもないフィリアは中庭を歩き回っていた。
実は中庭を訪れたのは今日だけでなく、昨日もルークとの昼食の後、散歩目的で散々歩いている。
フィリアは特に大きな木へと近寄ると、一息で手近な大振りの枝へと飛び乗った。
ここは昨日からフィリアの定位置となっていた。
なぜかこの場所は体に馴染むのだ。
王都が一望できるのもいい。
そのまま幹に寄りかかり、目を閉じて風を感じた。
ざわざわと梢が鳴り、城での人々の会話が漏れ聞こえる。
そうしていると心を落ち着かせて考え事ができた。
(――どうしようかしら、ね)
フィリアの目下の悩みは、これからどうするか、である。
勿論これからとは今日のことを言っている訳ではない。
これから先の、長い未来の話だ。
このまま城にいていいのかと、ぼんやりフィリアは考えていた。
この場所にはそれぞれの生活がある。
仕事があって、皆それに力を注いでいるのだ。
ルークは王太子としての、バルドは近衛としての。
けれど、フィリアにはそれがない。
ルークやバルドとは共にいたい。
けれど、それは本当に正しいことなのだろうか。
大体、その為にはどうすればいいのかすら、フィリアは分からないのだ。
物憂げにため息を吐き出したその時、フィリアに下から声がかかった。
「お嬢ちゃん、またそこにいたのか」
「あら、庭師さん」
彼に気がついたフィリアは即座に枝から飛び降り、白髪混じりの老人の目の前に立った。
彼はこの中庭の植物の世話を任されている庭師で、昨日もフィリアが枝の上で足をブラつかせているところに危ない、と声をかけてきたのだ。
そのまま意気投合し、植物の世話を手伝った。
そして今日も作業を手伝うと約束していたのだ。
ちなみに、彼はフィリアの素性を知らない。
そんなことをしたら庭仕事など手伝わせてもらえるはずがないからだ。
恐らく彼はフィリアのことを城に来る商人の娘とでも思っているだろう。
「今日は何をするの?」
「そうだな、今日は花を植えようと思ってるんじゃが」
庭師の背後に用意された花を見て、フィリアの顔が綻ぶ。
「素敵ね。
それじゃあ早速始めましょ」
「おぉ、助かるよ」
庭師と共に花を抱えながら中庭を歩く。
二人は花壇の何も植えられていない一角の近くに花を置くと、黙々と植え始める。
「嬢ちゃんは、何か悩みでもあるのかい?」
「――え?」
突然の質問に、思わずフィリアの手が止まった。
庭師はそれまでと変わらずに花を植え続けている。
それを見て、フィリアも手を再度動かし始めた。
「……そうね、そうなのかもしれないわ」
「やっぱりの」
カラカラと笑う庭師に、フィリアは首を傾げた。
「でも、何故わかったの?」
「あんなため息をつかれたら誰だって分かるもんじゃ」
「聞いてたのね」
フィリアが苦笑する。
「お嬢ちゃんが何に悩んでおるのか、この爺によければ聞かせてくれんか?」
「……どうすればいいか、分からないの」
「ほう?」
庭師の穏やかな声に、フィリアはつらつらと己の考えを紡ぎだしていた。
「他の皆には、それぞれやることがあって、それに今も全力を注いで取り組んでいる。
でも、私は違う。
私には、ここですべきことが何もないの」
「お嬢ちゃんは、自分のすべきことが欲しいのか?」
その問いに、そっと頷く。
「こんな風に宙ぶらりんだと、怖いの」
それは、誰にも吐露したことのない思い。
記憶のないフィリアは、いつだって自分が何故存在しているのか、その理由が欲しかった。
「……ないのなら、作ればいいんじゃないかのう」
「無理よ、そんなこと」
苦い笑みをたたえ、呟く。
ここでそんなことは出来ないし、フィリアにはそんな力もない。
「確かに、お嬢ちゃん一人では無理かもしれん。
それに、今すぐというのもな」
だが、と庭師は言葉を続けた。
「お嬢ちゃんは一人ではなかろう?
王太子殿下やバルド殿の力を借りたくないとしても、お嬢ちゃんは旅をしてきた。
頼れる者達はたくさんいるはずじゃ」
フィリアは弾かれたように顔をあげた。
「庭師さん、知ってたの……?」
「わしを誰だと思っておる。
この中庭を任されるほどの男じゃぞ?
それぐらい知り得なければ、この役目は務まらんよ」
「ふふっ、庭師って凄い仕事なのね」
思わず笑い出すフィリアに、彼は柔らかい笑みを浮かべた。
「お嬢ちゃん、遠回りは決して悪いことではない。
今すぐに結果を出さなくともいいのじゃよ」
庭師の言葉を、フィリアは頭の中で反芻した。
その目に決意の色が宿る。
「……ねえ、庭師さん。
私、しばらくお仕事を手伝えなくなりそうだわ」
「構わんよ。
お嬢ちゃんがまた手伝いに来てくれるのを、わしはここで待っていよう」
「ありがとう。
それじゃあ、さっさとこの作業を終わらせましょ」
「そうじゃな」
その日の夕刻、謁見の間には国王と王妃、そしてフィリアの姿があった。
「どうしたのだ?
話があると聞いたが」
王の言葉に、フィリアは顔を上げた。
何かを察したのか、王は苦笑し、王妃は少し悲しそうな顔をした。
「――お願いが御座います」
謎のトンデモおじいちゃん現る。




