Jealousy
前回と今回の間に起きたお話として、
フィリアが騎士の人々とお知り合いになった酒場での出来事を番外編『語られることのない物語』に追加しました。
晩餐会まで後2日。
ルークはこの日も、自らの執務室で書類とにらめっこをしていた。
机の両脇には山のような書類の束。
しかもそれらは依然として増え続けている。
――コンコンコン
そこへ、軽やかなノックと共にバルドが入ってきた。
手には勿論、書類。
ルークはあからさまにため息をつき、書類を親の仇を見るような目で睨み付けた。
「真面目にやっているようだな」
「お陰さまでね」
バルドは城でもルークに対しての態度を変えない。
本来なら許されないことだが、ルークと国王が許可していること、バルドの今までの業績、そして爵位は決して高くはないが武で知られたメルディール家の者であるということから、周囲はそれを容認していた。
「なんだ、そんなにピリピリして」
「……誰のせいだと」
「俺が何かしたか?」
「何かしたか、じゃないよ!」
ルークが勢いよく立ち上がる。
鬼気迫るその様子に、バルドは思わず一歩引いた。
「やっと旅を終えて帰ってきたと思ったら直ぐに書類漬けの毎日でフィリアとは全然話せないし、フィリアは母上に取られているし!
それに比べて、バルドはいいよね。
聞いたよ?
昨日、フィリアの教師として王妃の宮に行ったんだって?
羨ましい限りだよ!
おまけに朝は忙しくて無理だったから、夜は絶対に一緒に食べようと思って必死に書類を片付けたっていうのに、何故だか知らないけれどフィリアの姿は無いし!!
朝からまた父上にはからかわれて笑われて、これでピリピリしないでいられるわけないだろ!?」
「…あ、あぁ、そうか、そうだな」
だから落ち着け、とバルドはルークを再び座らせた。
肩で息をするルークを宥めつつ、バルドはどうしたものかと頭を悩ませた。
フィリアが昨晩いなかったのは、自分が酒場へと誘ったからだ。
これを言えば、ルークに何をされるか。
しかし、かといって秘密にしておけばバレたときに更なる怒りが爆発するだろう。
必死でバルドが考えていると。
「ルーク様、失礼します。
…なんだ、誰かいると思ったらバルドか」
なんと、昨晩フィリアと飲み比べをした、近衛兵団長サージェントが現れた。
手に書類を持っていると言うことは、自分と同じく国王に頼まれたのだろう。
彼はバルドがいることに気がつくと、先程までと態度を一変させ気安い口調となった。
サージェントも皆の前ではルークに敬語を使っているが、普段はそんなことはしない。
恐らく人の気配をドアの外から察し、改まった態度をとっていたのだろう。
マズイ、とバルドは冷や汗を流した。
口の軽いサージェントのことだ。
昨日のことを話してしまう恐れがある。
それに、飲み比べに負けたことで随分とフィリアのことを気に入ったようだった。
そして、バルドの不安は的中する。
「フィリアはいないのか?
やっぱりまだ作法の特訓中か」
部屋を見回したサージェントの言葉に、ルークがピクリと反応した。
「フィリア……?」
「お、おいサージェント!」
「おお、聞いてくれよ。
俺昨日フィリアと酒場で飲み比べしたんだが、アイツ凄いよな。
俺に勝って、カインとオルベ、バルド以外のその場にいた全員潰したらしいぜ」
「昨日?
酒場に、飲み比べ………?」
バルドは手で顔をおおった。
ああ、とばっちり決定だ。
「二人とも説明、してくれるよね?」
ルークの言葉に、サージェントはようやく己の失敗を悟ったのだった。
「……ふうん。
それじゃあ僕がフィリアと夕食を一緒に食べられなかったのは、バルドのせいなんだ?」
「いや、元はと言えばサージェントがフィリアを連れてこいと煩くてだな」
「おいっ、…いや、俺じゃなく近衛の他の奴等がさ」
ルークの目が温度を失っていく。
「しかも、飲み比べ?
本当に君達、なにやってるのさ。
フィリアに何かあったらどうするの?」
「いや、潰されたの俺ら…」
「そんなことはどうでもいいんだよ」
「はい…」
未だ十代の青年に、大人達が揃って圧倒されているのはなんとも言えないシュールさがあった。
「それに殆どの兵達が参加したなんて、邪魔な虫がつくじゃないか」
え、こいつこんな奴だっけ?
旅から帰ってきたと思ったら余りの変わりようにサージェントは驚愕の面持ちだ。
バルドはもはや何かを悟ったような顔をしていた。
一体旅でなにがあった。
「ともかく、次からは僕に伝えなければ許さないよ?」
「ああ、もちろん…
それじゃ、俺はこれで……」
「サージェント、僕は退出を許可したかな…?」
ギクッとサージェントが固まる。
逃げるという作戦は失敗のようだ。
バルドの目は諦めろと言っていた。
「その飲み比べ、誰が参加していたのか教えてもらおうか」
犠牲者の増加に、サージェントは涙が出そうだった。
その時、救世主が現れる。
コンコンコン
「……邪魔が入ったみたいだね」
苛立たしそうに舌打ちをすると、低い声で誰が来たのかと誰何する。
「ルーク、今平気かしら?」
その声が聞こえた途端、ルークはばっと席から立ち、扉を開けた。
今までの事が嘘のように穏やかな微笑みを浮かべて、訪問者を部屋へと招き入れる。
さっき舌打ちしてただろう、とは思っても言えない。
「フィリア。
全然大丈夫だよ。
どうしたの?」
「少し報告したいことがあって…
あ、バルドにサージェント。
貴方達もいたのね。
サージェント、昨日はあれから大丈夫だった?
先に帰ってしまったから皆がどうなったのか分からなくて」
心配そうに上目遣いで自分を見つめるフィリアの奥に、冷えきった目線を投げつけてくるルークを見て、サージェントは顔をひきつらせた。
「…?
どうしたの?
顔色が悪いみたいだけど。
やっぱり昨日飲みすぎて…」
熱は無いだろうかとサージェントの額に触れるフィリアに、ルークの雰囲気は氷点下にまで達した。
「大丈夫だよフィリア」
さりげなくその手を下ろさせて、ルークが告げる。
「彼等は鍛えぬかれた兵士だからね。
酒を飲んだぐらいで具合が悪くなるはず、ないよね…?」
ルークの視線を受けて、サージェントはこくこくと何度も頷いた。
「そ、そうそう!
当たり前だろ!
それじゃ、俺は王に頼まれていることがあるから、これで!」
「そう言えば、俺も用があるんだった。
フィリア、またな」
そそくさと書類を置いて部屋を出ていく二人に、取り残されたフィリアは首をかしげた。
「なんだか二人とも、変じゃなかった?」
「そう?普通だよ。
それより、報告って?」
フィリアを部屋のソファーへと誘いつつ、ルークが尋ねる。
そこに腰掛け、フィリアは恥ずかしそうに微笑んだ。
「特に大したことじゃ無いんだけど、礼儀作法のレッスンが終わったの」
「もう?」
ルークは素直に驚いた。
フィリアはまだ指導を受けてから二日目。
しかも今は午前中だ。
「ええ、ダンスと貴族についての指導は昨日で終わっていたんだけど、今日礼儀作法の先生がいらして、教えることは何もないって言って帰ってしまったの」
「何もないって、ええっ」
「……たぶん、記憶を失う前に知っていたのね。
体が勝手に動いたから。
取り敢えず、その報告をしようと思って」
「…そのために、わざわざ?」
「だって、昨日ルークと会っていないから。
今まで一緒に旅してきたから、一日顔を見ないと変な感じがするのよね」
何でもないことのように告げるフィリアに、ルークの嬉しさは募る。
先程までの不機嫌などとっくに記憶の彼方だ。
「そうだ。
フィリア、昼食を一緒にとらないかい?
母上には僕から言っておくから」
「でもルーク、忙しそうだし…」
チラリと、机に積まれた書類を見る。
あれを処理するのは容易なことでは無さそうだ。
「問題ないよ。
直ぐに終わるし、一人で食べるのは寂しいんだ。
旅では三人で食べていたしね」
それなら、とフィリアは了承した。
それを見て邪魔をされないうちに、とルークは急いで部屋の外に控える者に、王妃への言伝てを頼んだ。
満足げに笑うルークに、フィリアはそうだ、とひとつの提案をした。
「それならバルドも誘いましょ?」
「――バルドは今日の昼頃用事があるって言っていたから無理だと思うよ」
嘘である。
「そう…
なら仕方ないわね。
ルークには私だけで我慢してもらうしかないわ」
「我慢なんて。
フィリアと一緒に食べられて嬉しいよ。
少し待っていてもらっていいかな?
できるだけ書類を片付けてしまうから」
「終わったら知らせてくれれば、出直してくるわよ?」
ルークはその言葉に首を振った。
フィリアをまた王妃の宮に戻すなど、とんでもない。
また誰かに横槍を入れられたら堪らないので断固拒否である。
「本当にすぐだから。
そこに座っていていいよ」
「なら、お言葉に甘えて」
そう言ってソファーにゆったりと座り直すフィリアに、ルークの頬もゆるむ。
愛する少女との食事のため、ルークは今までにない速度で書類を片付けた。




