Lesson
晩餐会まで後3日。
フィリアの城での一日目は、慌ただしく始まった。
マーサに慌ただしく起こされ、朝食をとる。
普段朝食は本宮で摂るらしいが、結界が戻ったことで皆対応に忙しいらしく、その日は王妃の宮でルーシアとフィリア、二人だけでの食事となった。
その時点で彼女から、今日一日の予定を伝えられる。
「今日は晩餐会での衣装合わせと、取り敢えずフィリアさんがどの程度まで作法を知っているのかを確かめようと思うの」
特に異存のないフィリアは頷いて答える。
ルーシアによると、午前中に衣装を決め、午後から各方面の適任者を王妃の宮に呼び確認をすると言うことだった。
無事に朝食をとりおえ、慌ただしく衣装合わせのための部屋へと向かう。
部屋には所狭しとドレスや装飾品が並べられ、恐らく王家御用達の仕立屋なのだろう、妙齢の女性がフィリア達を待ち構えていた。
「お待ちしておりました」
仕立屋はフィリア、ルーシア、マーサの姿を認めると深く頭を下げる。
それに鷹揚に応え、ルーシアはフィリアににっこりと笑いかけた。
「今回は時間がないから、私が昔着ていたものを彼女に少し手直ししてもらって着てもらうことになるわ。
この中から気に入ったものを選んでちょうだい」
そう言われても、とフィリアは戸惑う。
用意されたドレスはどれも素晴らしく、どうしても気が引けてしまうのだ。
「差し出がましいことかもしれませんが、そちらのお嬢様には可愛らしいものよりも、こちらのような落ち着きのあるデザインのものの方が宜しいかと」
仕立屋が見かねたのか言葉を挟んできた。
「あぁそうね。
確かにフィリアさんにはそっちの方がいいかもしれないわ。
それに華美な装飾がついたものよりもシンプルな方がフィリアさんの元々持っている雰囲気を上手く引き出してくれそうね」
ルーシアもそれに同意して、条件に合わないものをマーサに頼んで片付けさせた。
「色はどうかしら。
フィリアさんは好きな色とかあるかしら?」
「好きな色、ですか…」
ルーシアに問われ、フィリアは考える。
好き、と言われるとよくわからないが、白や緑の服を着ることが普段多いかもしれない。
後は―――
「強いて言うなら、白と緑と、それから――黒と青」
何故か、黒い髪に青い瞳を持つ、彼のことが浮かんだ。
それを振り切り、何事もなかったかのように続ける。
「それじゃあ、候補としてはこの4つかしら」
フィリアの少しの変化には気がつかなかったようで、ルーシアはフィリアの告げた四色のドレスをそれぞれ一着ずつ揃えた。
それ以外はまたもマーサが手際よく片付けていく。
示された四着は、純白のシンプルなマーメイドラインのものと、 淡い緑の背中が大きく開いたもの、白から青へ段々とグラデーションが美しいもの、黒地に何かの宝石を砕いて粉状にし散りばめたものだ。
フィリアは一目見た瞬間、あるドレスに釘付けになった。
それに気がついたのだろう、ルーシアが楽しそうに笑う。
「あら、フィリアさんはこのドレスがいいのかしら?」
「……はい。私、その黒のドレスが着たいです」
その黒に惹き付けられる。
散りばめられた破片は、一種類の宝石ではないのだろう。
ドレスの裾と胸元に、角度によって様々な色の光が輝く。
まるで夜空の星々のようだった。
「それでは、サイズの調整をしますので一度着ていただきますね」
仕立屋に促され、フィリアはそっとドレスの袖に手を通した。
あれからサイズを合わせ、いくつかデザインを手直しするという仕立屋にドレスを任せ、フィリア達は早めの昼食をとることになった。
なんでも、午後からは総勢三人の教師役を担う貴族がやって来るらしく、時間がないらしい。
そして食事の最中に一人目の来訪が告げられたため、フィリアは急いで食事を胃におさめた。
「初めまして、貴女の言葉遣い、立ち居振舞いを指導させていただくアルヌールという者です」
髪をきつく結い上げた厳しそうな顔立ちの女性に、フィリアの気持ちが引き締まる。
「フィリアと申します。
ご指導のほど、よろしくお願い致します」
その動作を見て、アルヌールは少し感心したように頷いた。
「…取り敢えず、挨拶は出来ているようですね。
今日は貴女の基礎知識を見るため、色々とテストをさせて頂きます」
それからアルヌールは貴族に話し掛けられたとき、晩餐会での食事マナー、ダンスの誘いへの対応など、様々な場面でのフィリアの対応を数時間かけてじっくり見ると、難しい顔をしてルーシアと共に別室へと移動した。
何かヘマをしたのだろうか、と不安げにそれを見送ったフィリを、マーサは安心させるように微笑んだ。
「ふふっ、大丈夫。
フィリア様は失敗などしていませんよ。
さ、次の先生がお待ちです。
行きましょう」
とはいっても、先程までのテストでの行動は殆ど失った記憶に頼ったものだ。
どれも体が勝手に動き、こうすればいいと思ったことに従ったまで。
フィリアは不安を残しつつ、次の部屋に向かった。
次はダンスのレッスンだった。
穏やかな顔をした優しそうな男性が部屋には待ち受けており、フィリアが入室した途端、彼女の手をとり口づける。
「初めまして、素敵なお嬢さん。
私はオズベルト。
貴女のダンスを担当させて頂きます」
「フィリアと言います」
自己紹介をすませると、早速オズベルトはフィリアにダンスを申し込む。
「それでは早速踊ってみましょう」
「えっ、でも私ダンスの経験は…」
「ダンスは体で覚えるものです。
経験など関係ありませんよ」
部屋の隅に控える演奏家に合図を出す。
伸びやかな楽器の音と共にダンスは始まった。
「…驚いた。
本当にダンスは初めてですか?
素晴らしいですよ」
オズベルトに絶賛されるが、フィリア自身、自分の体に起きた現象に目を見開くばかりだった。
流れる音楽を聞いた瞬間、体がどうすればいいか分かっているかのようにステップを踏み出す。
全ての曲を試したわけではないが、晩餐会で流れる予定のものは完璧と言っていい出来だった。
「参りましたね…
どうやら私が教えることは何もないようだ。
――貴女は次の方の元へ。
妃殿下には私からこのことを伝えておきましょう」
「ご指導ありがとうございました」
「指導など…
私は何もしていませんよ。
こちらこそ、楽しい時間でした。
晩餐会でも、ぜひ共に踊りたいものです」
オズベルトに深々と礼をし、退出する。
気力、体力ともにすり減ってきている。
心配そうなマーサに微笑み、フィリアは最後の教師が待つ部屋の扉を叩いた。
「お、来たようだな」
「――バルド!?」
驚きを露にするフィリアに、バルドは悪戯が成功したかのようにニヤリと笑った。
「まさか、最後の先生って」
「そう、俺だ。
お前に貴族同士の関係を教える役目を頂いている」
「貴族同士の関係…?」
「ああ。まあ座れ」
促され、フィリアは部屋に置かれている長椅子に腰を下ろした。
疲労感はテーブルを挟んだ向かい側に座るバルドのお陰で吹き飛んでいる。
「さて、俺が教える貴族の関係だが、分かりやすく言うとどの貴族が力をもっているとか、どこの家とどこの家が仲が良かったり悪かったりするのか、そういった事だ」
「…そんなことまで覚えなければいけないの?」
うんざりした様子のフィリアに、バルドも苦笑する。
「気持ちは分からんでもないが、仕方がない。
諦めるんだな」
そう言うと、テーブルに大きな紙を広げた。
テーブルを覆ってしまうほどの大きさだ。
よく見ると、細かく文字が書かれている。
「これ、まさか……」
「お前の考えている通り、貴族の相関図だ。
晩餐会までにこれを覚えてもらう」
「……」
まさに絶句状態である。
「そんな顔をするな。
これは結構役に立つんだぞ?
特に、こんな場所にいるとな」
「…そうなのかもしれないけど。
あ、このメルディールって、バルドの家名よね?」
「よく覚えていたな」
メルディール家。
遥か昔に伯爵位を賜った、由緒ある武家の家系だ。
こういったように、自分が関係している人の事ならば興味がわくのだが。
しかし、背に腹は変えられない。
それにこれらを覚えれば、ルークやバルドに迷惑をかけずにすむのだ。
フィリアは目の前の紙に意識を集中させた。
「フィリア、お前頭がいいんだな」
数刻後には、心底驚いたようにフィリアを見つめるバルドがいた。
なんと彼女は今日一日だけでこの国の貴族の相関を記憶してみせたのだ。
「…別に、物覚えがいいだけよ……」
彼女自身はかなり疲弊した様子であったが。
「これなら貴族関係はなにも心配ないな。
後、礼儀作法とダンスがあるんだろう?
大変だな」
「あ、ダンスは今日だけでおしまいみたい。
礼儀作法の方は先生が難しい顔してルーシア様と話にいってしまったから、よくわからないけど…」
「ダンスがか?
お前、踊れたんだな」
体が勝手に動いただけ、とフィリアは苦笑して答えた。
彼女の記憶の問題上、今までもそういったことはよくあったのでバルドも深くは追及しなかった。
「…そろそろ夕食の時間だな。
フィリア、良かったら夜は俺と一緒に食べないか?」
「バルドと?」
「ああ。近衛の連中にお前のことを話したら、会いたいとせがまれてな。
王都の店でこれから近衛で集まって食べるんだが、お前がいいなら顔を出してくれると助かる」
「もちろん!
あ、でも……」
ちらりと控えているマーサを窺う。
彼女は心得たように頷いた。
「ルーシア様には伝えておきましょう。
どうぞ、楽しんできてください。
バルド、帰りはちゃんとフィリア様を責任もってここまでお連れするのよ?」
「ああ、任せてくれ。
それじゃ、行くかフィリア」
「ええ!」
未だ城に馴れない自分へのバルドなりの気遣いに、フィリアは嬉しくなる。
軽い足取りでバルドの後を追った。
と言うわけで、バルドを活躍させる作戦実行中です




