Arrival
その後皆でひとまずの夕食(果物のみであるが)を済ませ、ルークとメリダは馬車で、フィリアとバルドは林で休息をとった。
ちなみにルーク達に果物を渡したのはバルドである。
フィリアなりのルークに対する意地だ。
その様子にルークはかなり落ち込んだようで、メリダとの会話も上の空であった。
朝になると御者の言葉通り馬が届き、一行はまた豊穣の街へと歩みを進めた。
「もうすぐ着きそうだね」
昼過ぎになると景色は畑や果樹園が多くなり、豊穣の街が近いことを示している。
豊穣の街は農業や牧畜で栄える街であるため、周囲にはそういった場所が多いのだ。
「…?」
皆と同じように景色を眺めていたフィリアは、突如として始まった頭痛に小さく顔をゆがめた。
この景色を、同じように見たことがある気がする――
赤の民の遺跡で起こった時と同様の思いが去来する。
どこか懐かしくて、切ないような、そんな――
「フィリア?
どうかしたのか?」
「…っ!
あ……ううん、なんでもないわ」
バルドに声をかけられて慌てて答える。
見ればルークもバルドも心配そうな顔でこちらを窺っていた。
「そうか?
少し顔色が悪いが…馬車に酔ったのか?」
「そんなことないわ。
馬車に乗るのは初めてじゃないし、あの時も私は全然平気で、むしろ乗りなれているはずの彼の方が………」
言いかけて、口元をおさえる。
「私……?」
「…記憶を無くす前に、乗ったことがあるんだろう。
おい、もっとひどい顔になっているぞ。
本当に大丈夫か?」
「うん…」
(彼って、誰――?)
何もかもが分からない。
最近、頭痛がするのも記憶を取り戻しかけている証拠なのだろうか。
しかし、いつも思い出すのは断片的なものだ。
一体、いつになったら全ての記憶を取り戻すことができるのだろう。
そしてすべての記憶が戻れば、いつも記憶の中に現れる彼のことも、思い出すことが出来るのだろうか。
じっと黙って考え込むフィリアを、ルークは心配そうに見つめた。
段々と彼女は、記憶を取り戻していっている。
全ての記憶が戻った時、自分たちの関係はどうなるのだろうか。
いつか、フィリアが離れて行ってしまうような予感がして、ルークは唇をかんだ。
その様子を、メリダが忌々しげに睨んでいることにも気づかずに。
それから数刻後、馬車は無事に豊穣の街へと到着した。
馬車を降りた先には、そこには茶色の髪と瞳を持つ穏やかそうな男性が立っている。
「ようこそ、豊穣の街へ。
お待ちしておりました、ルーク王太子殿下」
「久しぶりだね、アードルト殿」
アードルトと呼ばれた男性――黄の族長である彼は、ルークの言葉に笑みを深める。
次いで、バルドの方に向き直った。
「バルド殿も、ようこそ」
「世話になる」
「気にせずともいいよ。
それで……こちらの御嬢さんは?」
自らに視線が向けられるのを感じて、フィリアはグレイにしたような最高礼で返す。
「旅に同行しております、フィリアと申します」
「初めまして。
私はこの豊穣の街の領主、アードルトという者だ。
この街に来るのは初めてかな?」
「はい」
「楽しんで行ってくれたまえ」
「ありがとうございます」
「お父様!そんな女に構っていないで、早くルーク様たちを屋敷に案内しましょう!!」
メリダが苛立たしげに叫ぶ。
しかしアードルトはその様子に眉を寄せた。
「メリダ、フィリア嬢に失礼だろう。
謝りなさい。
それに、使用人たちに無理を言って、街を出たそうだね」
「……だって、ルーク様が」
「言い訳をするものではないよ」
「っ、しりませんわ!」
そう言うと、メリダは屋敷の中に駆け去っていく。
アードルトはため息を吐いた。
「…すまないね、あの子は幼いころに母を亡くして、甘やかして育ててしまって、我儘になってしまった。
あの様子だと、道中もフィリア嬢には不快な思いをさせたことだろう」
「いえ、気にしないでください」
フィリアの言葉にアーノルドは顔をほころばせた。
「ありがとう。
さあ、立ち話もなんだし、屋敷を案内しよう。
疲れているだろう?湯浴みの用意もさせてある」
湯浴み、という言葉に、フィリアは若干顔をひきつらせた。
赤の館でのことは、まだ記憶に新しい。
しかし、それはあそこが特殊だったのだ、と思い直して、フィリアは皆の後に続いた。
フィリアの希望を裏切るように、部屋には大勢のメイドがいた。
助けを呼ぼうにも、皆それぞれの部屋に戻ってしまっている。
それに、湯浴みはしたい。
「ふふふ、お待ちしておりましたわ、フィリア様」
「え、なんで私の名前…」
「私、赤の領主様の館で働いている親戚がおりますの」
メイドの言葉にフィリアは凍りついた。
メイドは構わずに言葉を続ける。
「親戚からいかに自分たちが美しくフィリア様を飾りたてたか、手紙で自慢げに話されて、私達とても羨ましかったのですわ。
フィリア様がこの屋敷にいらっしゃるのを、一同首を長くして待っていましたのよ?
ですから……」
言葉を区切り、にっこりと微笑む。
「存分に磨かせていただきますわ」
その言葉と共にメイドが寄ってくる。
あれは悪魔の微笑みだった、とのちのフィリアは語った。
「さ、完成です」
湯浴みを終え、着替えたフィリアは白い布地に金糸で精緻な紋様が描かれたドレスを纏っていた。
髪は少しだけ結い上げられ、残りはそのままゆったりと流し華奢な背中を覆っている。
無駄な装飾の一切ないその姿は、むしろフィリアという少女自身の持つ美しさを際立たせていた。
「ふふ、赤の方々に負けない出来ですわ」
「これで私たちも彼女達に自慢できますわね」
「いつまでも負けっぱなしと言う訳にもいきませんもの!」
キャッキャと騒ぐメイドたちに、フィリアはデジャヴ…、と呟いた。
さて、とメイドが独特の世界から帰ってくる。
「予定よりも早く準備が整ってしまいましたが、フィリア様はどうされますか?
夕食の時間まではまだ半刻ほどございますし、この部屋で休まれますか?」
「…そうね、この屋敷の、庭を見ていてもいいかしら?」
「庭園でございますか?
はい、問題ございません。
それではご案内いてしますね」




