Liquor
―――目を開くとやはり想っている姿はなくて、胸が痛んだ。
起きあがって周囲を見回すと、砂漠の月の領主の館に戻って来ているようで、フィリアは部屋のベットに寝かされていた。
しばらくぼんやりしていると、ノックの音が聞こえてくる。
「……はい」
扉が開いて、メイドが現れる。
「目が覚めたのですね。
皆様心配なされていましたよ。
…お加減は、いかがですか?」
「もう大丈夫。
…みんなは?」
「ちょうど夕食をとられているところです。
フィリア様は食べられそうでしょうか?」
頷くとそのまま何故か鏡の前へと連れていかれた。
「それでは、御召し替えをしなければなりませんわね。
みんな、入ってきて!」
「……え?」
「ふふふ、逃がしませんわよフィリア様」
頷くんじゃなかった、とフィリアは心から後悔した。
「おぉフィリア嬢、目が覚めたか。
……なんだかやつれておるな」
「貴方の召使いのお陰でね」
病み上がりと言うことでドレスこそ着せられなかったものの、やはりそこは彼女達。
むしろ髪や化粧に力を注ぎ、やはりフィリアの疲労感はいっぱいだ。
そこに体が楽なようにと胸の下で切り返しのなされている真っ黒なワンピースを着せられている。
それよりも、とフィリアは部屋のなかをざっと見つめる。
「これは何事なの…?」
今夜は昨晩のようなかしこまった場ではなく、グレイのプライベートなものなのだろうか、ソファがいくつか並ぶ小ぢんまりとした部屋に通された。
しかしそこにはグレイの姿しかない。
――いや、意識のあるものはグレイしかいないのだ。
ルークは何故か床に倒れているし、バルドはソファに寝転んでいて、ロイは机に突っ伏している。
それに―――
「お酒くさい……」
フィリアの言葉にグレイはからからと笑った。
「なに、こやつらがあまりに嬢の心配をして辛気くさかったからの、励ましてやったのじゃよ。
しかし最近の若いもんは不甲斐ない。
これしきで潰れるとは」
つまりグレイの酒盛りに付き合わされたらしい。
彼等の様子には同情を禁じ得ない。
「フィリア嬢もどうじゃ?」
「……私、お酒は飲んだことがないから」
「ほう。
ならば尚更呑んでみるといい。
旨いぞ?」
そこまで言うなら、とフィリアは酒の注がれたグラスを受けとった。
そのまま一息に飲み干す。
初めての酒は案外美味しいものだった。
「フィリア嬢、なかなかいけるクチのようじゃな。
これは楽しめそうじゃ」
そうして二人の酒盛は静かに始まった。
「……ところでお主、我らの言葉を知っておったようじゃな」
グレイがその目を細め、言う。
「……我らの言葉?」
「あの遺跡の、族長しか入れぬ部屋の合言葉のことじゃよ」
「あぁ…」
「嬢は記憶を失っておると聞いたが?」
「私、貴方に話したかしら?」
空になったグレイのグラスに酒を注ぐ。
それを嬉しそうに干し、ニヤリと笑う。
「わしを誰だと思っておる。
この街でわしに隠し事はできんよ」
フィリアは肩をすくめた。
「ええ、確かに私には記憶がないわ。
でも、少しずつ思い出してもいるの。
と言っても断片的にだけど。
……あの言葉は、昔教えてもらったのよ」
「ほう?」
「それが誰なのかわからないけど、この言葉を教える代わりに頼み事をされたわ」
グレイが目で続きを促す。
「ある人を、守ってほしいって。
自分じゃ力が及ばないから、私に託す。
そう言ってたわ」
「守る…か」
「私、そんなに強くないと思うのだけど」
自らの杯を傾けつつ放ったフィリアの言葉にグレイは面白そうに笑った。
「それは嬢が記憶を失っておる事も関係するのではないか?
気づいておるか?
昨日とは全く雰囲気が違っておる。
ルビーに触れ、また記憶を取り戻したことで、それに引きずられて…いや、真の嬢に近づいている、といった方がいいか」
「…宝石に触れると記憶が戻ることまで知っているのね。
雰囲気、か。
私は変わらないつもりなのだけど」
「自分ではわからぬものよ。
今の嬢はまるでどこぞの貴族のようじゃ」
「どういう意味?」
「ふむ…そうじゃな、支配する者独特の、そういう何かがあるのじゃよ」
「なにそれ……」
案外適当ね、と呆れるが、グレイはけろりとしている。
「老人はそういうものじゃよ。
……む、もう無くなったか。
嬢は酔わんな、つまらん」
「そうみたい。
実は私、酒豪だったのかしら」
「はっはっは!
かもしれんな。
わしはそろそろ寝るとしよう。
嬢はどうする?
まだ呑むのなら用意させるが」
「さすがに主がいなくなってからも呑む気はないわよ。
私も眠らせてもらうわ」
「ならば案内させよう」
グレイがメイドを呼ぶ。
彼は去り際に、そう言えばこやつらが出発は明日の朝にすると言っていたぞ、と言って姿を消した。
その背中に向かって礼を言い、フィリアも部屋へ戻った。




