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第5話 西壁村の奴隷売買

.

「…………」


 イベリアは何も言わず、俺とサラを見下ろしていたが、やがて俺の隣にそっと腰を下ろした。


「……何があったの?」

「…………」


 答えようがない。

 正直に話したところで、いいことなんて一つもないだろう。


 だったら。


《スキップ:会話終――》


 ……待てよ。


 視線を動かして《スキップ》に文言を入力しかけたところで、俺は手を止めた。


 今のこの状況。


 王宮の精鋭たちが木陰でうめき声を上げ、馬車も補給物資もひっくり返っている。

 これ、全部俺のせいなんじゃないか?


 そんな小さな疑問が頭をよぎった。


 物語では死ぬはずだったエルフと、本来ここにいるはずのない俺が生き延びた。それだけで、ただのモブである俺の前にいきなり霊物が降ってくるなんて、不自然すぎる。


 ……もしかして、《スキップ》には副作用があるのか?


 さっき、会話が面倒だった俺は、会話が終わった時点を想像して《スキップ》に文言を入力した。


 その結果、危険地帯である境界の森を抜け、青々とした草原を馬車で走っている場面まで飛んだ。


 だが問題は、俺一人の時間を飛ばしたわけではないことだ。


 物語そのものをスキップしてしまった。


 まるで本のページを無理やり破り捨てたかのように、過程が丸ごと消え、結果だけが残った。


『会話が終わった』という事実だけが、強引に成立した状態で。


 …………。


 境界の森を抜けるまでに起こるはずだったイベントが、俺の《スキップ》一発で全部吹き飛んだ。


 その破れた空白を埋めるために、世界がドラゴンをねじ込んできたのだとしたら。


 この意味不明な事態にも、どうにか説明がつく。


 俺が消し飛ばした展開の分だけ、世界が強制的に因果関係を補完する仕組み。


 中でも、イベリアの生存は世界線そのものを変えかねない、最悪の一手だったわけだ。


 もちろん、全部推測にすぎないが。


「はあ……」


 俺は寝転がったまま、長いため息をついた。


 ……できるだけ、周囲まで巻き込む《スキップ》は控えたほうがよさそうだな。


 イベリアは俺のため息を別の意味に受け取ったらしく、立ち上がって静かに言った。


「ごめんね」

「え?」

「あなたも怖かったでしょう。少し休んでて」


 そう言い残し、ゆっくりとクリドのほうへ歩いていった。


 気遣いが過剰な気もするけど……。


「……ふむ」


 俺は、いつの間にか隣に寝転んで空を眺めているサラに目を向けた。


 システムウィンドウにこいつの状態が表示される以上、俺のスキルの一つと考えるべきなんだろう。


 ペナルティを考慮しても、人間の姿になってくれたのは幸いか。

 とりあえず連れ歩けるからな。


「んん……」


 これ以上面倒な質問を浴びせられないよう、俺は伸びをして目を閉じた。


 ……まあ、なんとかなるだろ。


     * * *


 そして、日が完全に沈んだ頃。


 援軍が用意した、揺れる馬車の中。


 息が詰まるような沈黙の中で、イベリアの視線を必死に無視しながら走り続けること、しばし。


 夜も更けた頃になって、ようやく遠くにリベリン王国の王都アルカディアの城壁が見えてきた。


「思ったより城壁が低いな」

「…………」


 イベリアの刺すような視線。


 俺の短い感想だけが静かに響く中、馬車は巨大な門の前に到着した。


「王女殿下、お帰りをお待ちしておりました」


『南エルトン門』と刻まれた城門の前。

 石造りの小さな詰所から衛兵たちが出てきて、王女の帰還を確認しながら簡単な検問を始めた。


「負傷者については別途報告いたします」


 騎士の一人が衛兵に声を落として話している。


「境界の森の近くで……予期せぬ事態が……」

「ああ、はいはい。報告書は明日、正式に提出される予定です」

「中央ギルドを通しても……」


 衛兵と騎士の会話を聞きながら、俺は沈黙を破ってイベリアに尋ねた。


「王族でも検問を受けるんだな?」


 イベリアはしばらく俺を見つめ、それから窓の外の門へ視線を移した。


「……うん。形式的なものだけど」


 短い返事。


 サラが現れてから、なぜか声が硬い。


 初対面の俺に嫉妬するはずもないし、どちらかといえば警戒している目だ。


 俺の正体すらわからないところへ、さらに見知らぬ人物が突然現れたのだ。皇帝選出の時期でもあるし、警戒するのは当然か。


「王宮の関係者でも、夜間の出入りは全部記録されるの。特に外から戻ってきたときはね」

「面倒くさいな」

「面倒でも必要なの」


 そのとき、兵士が一人、馬車の横へ近づいてきた。


「王女殿下、中へご案内いたします」

「負傷者は?」

「負傷者は王宮の治療棟と中央病院へ分けて搬送する予定です」

「……うん」


 イベリアが扉の隙間から見える衛兵にうなずくと、ガタリと音を立てて馬車が再び動き出した。


 石畳を走る規則的な揺れに身を任せる。


 再び気まずい沈黙が流れたまま、しばらく進んだところで、イベリアが御者台側の窓を軽く叩いた。


 馬車が止まる。


「イベリア様、何かございましたか?」


 扉の外からクリドの声がした。


 ギィ……。


 イベリアは俺をちらりと見てから扉を開け、馬車を降りた。


「ねえ、クリド。先に王宮へ戻っていてくれる?」

「……はい?」

「あの人……エレンと、少し話したいことがあるの」


 クリドは少し迷った末、うなずいた。


「承知しました。アルカディアの中なら問題ないでしょう」

「ありがとう」

「ですが、もう夜も遅いですし……」


 クリドは視線を動かし、隊列の後方で馬に乗っている中級騎士に合図した。


「最低限の護衛です」

「大丈夫だってば」

「これすら付けなければ、後で陛下に申し開きができません。我々のためと思ってお受けください」


 扉の隙間から、イベリアが小さくうなずくのが見えた。


「わかった。それと、霊物の件はどうするつもり?」

「考えたのですが、霊物は大陸全体に影響を及ぼしかねない存在です。帝国への報告は避けられません」

「そうよね……」

「ただ、時期が時期ですので、霊物に襲撃された件については、こちらで事態をある程度小さくまとめて帝国に報告するつもりです」

「……うん、お願い。陛下には私からお話しするわ」

「はい。承知しました」


 俺は馬車の窓に頬杖をつき、失禁して気絶したクリドの姿を思い出した。


 ……こいつらも、こいつらなりに頑張ってるんだな。


「では、日の出までにはお戻りください」

「そんなに時間はかからないと思う」


 イベリアの返事にクリドは軽く頭を下げた。


 やがて馬車は、俺とイベリア、そしてサラを残して王宮へ先に向かった。


「ふう……」


 イベリアは馬車を降りると、大きく息を吸い込んだ。


 まるで、久しぶりに故郷へ帰ってきた人間のように。


「ついてきて」


 俺はイベリアの後を追い、店の明かりが一つ、また一つと消え始めた市場へ向かった。


     * * *


 真夜中になろうかという時間。


 特に決まった門限はないらしく、商人たちはようやく屋台の天幕を畳み始めたところだった。酒場らしき店からは、まだ人々の話し声がかすかに聞こえてくる。


「あら! イベリア様! ちょっとこれ見ていってくださいよ!」

「王女殿下がこんな時間に、こんなみすぼらしいところへいらっしゃるなんて」


 ちょうど店じまいをしていた商人たちが、イベリアを見つけて嬉しそうに声をかけた。


 王女がなぜここに、という驚きよりも、親しみのこもった反応だった。


 まるで近所でよく見かける知り合いに会ったような顔だ。


 イベリアは自然な仕草で手を振った。


「みすぼらしいだなんて。ここの果物が一番甘いじゃないですか」

「いやあ、またそんなことをおっしゃって」


 商人は笑いながら片づけかけていた布をめくり、慌てて籠にあれこれ果物を詰めて差し出した。


 イベリアは困ったように笑いながら、硬貨を一枚取り出した。


「あはは……銀貨一枚で足りるかな?」

「そんなもの受け取れませんよ! どうぞ持っていってください!」


 イベリアは慣れた様子で軽く頭を下げ、籠を俺に渡して歩き出した。


「二回目はお金を受け取ってって言わないんだな?」

「何? 私がお金を惜しんでるとでも思った?」

「いや、別に。なんとなく」


 とげとげしいな、おい。


「あの人たちは百回お願いしたって、私からお金を受け取らないわよ」


 ……なるほど。


『民に最も近い王女』という設定は、あまり変わっていないらしい。


 少なくともこの国では、王女は心から愛されているようだった。


 コツッ。


 ふと足を止めたイベリアが、振り返って静かに尋ねた。


「それで、本当は何があったの? 隣のその人は誰?」


 やっぱり、またその話か。


 ここまで聞かずにいてくれたのも、彼女なりの気遣いだったんだろうけど。


「……あー。そういえば、この世界には勇者っているのか?」


 俺は質問で話題をそらした。


「え? 勇者?」

「ああ、勇者」


 イベリアは少し考えてから、うなずいた。


「うん。たぶん帝国クラデイにいるはずよ。悪魔を消滅させて世界を守るって名目で、クラデイの高位魔法使いや学会の長老たちが集まって、数か月前に召喚したって聞いたわ」


 ということは、今は皇帝選出の時期で、勇者もすでに召喚されているわけか。


「じゃあ、悪魔を見たことは?」

「ううん、ないわ。本当に存在するのかもわからないし……。でも、もし悪魔が現れたら、勇者が消滅させてくれるんじゃないかな? 大陸一の魔剣士として尊敬されているもの」

「ああ、そうなんだ」


 一度も会ったことのない勇者をそこまで信じているとは。


 さすが主人公ってところか。


 イベリアは俺のすぐ後ろであちこち見回しているサラをちらりと見た。


「それで、答えてくれないの? その人は誰なの?」

「…………」


 ……答えを聞くまで質問するつもりか。


 面倒くさい。


 俺は貝のように口を閉ざし、顔を背けた。


「…………」

「…………」

「はあ……」


 しばらくして、長いため息をついたイベリアが首を横に振った。


「わかった。命の恩人を困らせたくないっていうのは本心だから……ここではひとまず聞かないことにする」


 王女の度重なる気遣いに、俺は何度かうなずいた。


 ……それで引き下がるのかよ。


「でも、今回の事件を受けて、王国でも警備をさらに強化する予定よ。ドラゴンは霊物だけど、同時に王国一つくらい滅ぼせる生き物でもあるんだから」

「……ああ。そうしたほうがいいな」


 イベリアは王宮のほうへ体を向けて言った。


「クリドがどう思うかはわからないけど、今回のことは必ずお礼をするから」

「いや、気にしなくていい」


 俺の返事に少し微笑むと、彼女は護衛を連れてゆっくりと遠ざかっていった。


 どうやら、俺のことよりサラのほうが気になっていたらしい。


 俺はぼんやり立っているサラを見た。


 あえて正体を教えなかったのは、イベリアが霊物にあまりいい感情を持っていなかったはずだからだ。


 ……なら、わざわざここで明かす必要もない。


 話も適当に切り上げたところで、まずは今夜の寝床を探さないとな。


 俺は暗い通りを見回した。


「まずは今どこにいるのか把握しないと……」


 ぽつ。


 ぽつぽつ。


 ――ザアアアア。


「……雨?」


 突然降り出した雨に慌てて駆け出し、店を閉めた市場の軒先へ飛び込んだ。


「とりあえず宿を探そう」


     * * *


「…………」


 翌日。


 リベリン中央ギルドの前で掲示板に貼られた依頼書を眺めていると、サラがこてんと首を傾げた。


 昨夜わかったことだが、こいつ、言葉を話せるらしい。


 短い返事をぽつぽつ返すだけで、あまり会話が好きな性格ではなさそうだったが、意思疎通できるだけでもありがたい。


「ああ、依頼を探してるんだ。まずは金がないと何もできないからな」


 昨夜、何も考えず王宮の近くの宿に泊まったのは失敗だった。


 寝て食えればそれでいいと思っていたのに、物価の概念までこんなに現実的だとは。


 例えば、地域ごとの物価。

 Fランクに対する世間の認識。

 さらには、今踏んでいる石畳の隙間に生えた雑草まで。


 俺の記憶では、この世界はここまで精巧に作られていなかった。


 ……はあ。今さらそんなことを考えても仕方ないか。


 あれこれ考えながら、ギルド周辺の景色と掲示板をゆっくり見渡した。


 ここはファンタジー世界だ。


 より正確に言えば、悪魔が人知れず大陸の人々の暮らしを蝕んでいる、少しアーバンファンタジー寄りの世界。


 まあ、悪魔学が存在する時点で、普通のアーバンファンタジーとは少し違うけど。


 ともかく、露骨に陰鬱でダークな世界というより、それぞれ事情を抱えた人々が救いを必要としている世界だったはずだ。


 なら当然、ダンジョンもありそうなものだが。


 それに関する依頼は、目を皿にして探しても見当たらなかった。


 なぜなら、この世界にはダンジョンがないからだ。


 文字どおり、ダンジョンが存在しないのだから、ダンジョンの依頼もない。


 したがって、レベルという概念も存在しない。


 ギルドも名前こそギルドだが、市役所や国の施設に近い、中立的な組織だ。


 冒険者というのも、ここに持ち込まれた依頼をこなして収入を得る、一種の戦闘職のようなものだった。


 その中でも腕の立つ連中はBランクやCランクを獲得して、王宮や公的機関に引き抜かれる。


 魔法の適性があれば、インセリウム、ノスレム、帝国にしかない魔塔に入って、魔法使いとして老後まで生活を保障してもらえるわけだ。


 まあ、ギルドがこの世界で中立的な役割を果たしているという点では、重要な仕組みなんだけどな。


「ふうむ……」


 それにしても……Fランク向けの依頼って、ないんだな。


 仕事にあぶれているのはFランクの俺だけではないらしく、ほかの冒険者たちの愚痴も聞こえてきた。


「今週はなんでこんな依頼ばっかりなんだ?」

「昨日の昼、王宮の近くにドラゴンが出たんだろ? そのせいか、王宮が調査名目でCランク以上を根こそぎ持っていくらしいぜ」

「マジで勘弁してくれよ。銀貨五枚ぽっちのために、一日中東の郊外でゴブリン狩りなんて……」


 俺は耳だけで会話を拾いながら、掲示板を眺め続けた。


【No.07 悪魔学講座・受講者募集/帝国ソリウム中央ギルド地下講堂/講師:上級悪魔学者マルティン・デハルド/日程……】


【No.11 依頼ランク:B/緊急/南部草原一帯におけるアラクネの痕跡調査】


 ……Bランクの依頼なんて、見るだけ無駄か。


 これといったものがない。


「うーん……」


 俺のうなり声を聞いたサラが、そっと指を伸ばし、赤い文字で書かれた依頼書を一枚指さした。


【No.16 依頼ランク:A/常設/公海区域/メガロドンのヒレ/リベリン・ゴールデンレスト……】


 最後まで読む前に目をそらした。


 あんなものを狩りに行ったら、腹の中で永遠に苦痛と再生を繰り返す羽目になるんじゃないか。


 それに、ゴールデンレストランは貴族が集まる店だ。俺なんか相手にもしてもらえないだろう。


 そんなことをぶつぶつ言いながら別の依頼を探していると、隅のほうに破れかけた依頼書が目に入った。


【No.26 リベリン西壁村地区・行方不明――】


 行方不明?


 俺は掲示板を指で軽く叩きながら考えた。


 行方不明……そんなエピソード、あったか?


 ……いや、記憶にない。


 少なくとも、平和の象徴であるリベリン王国で、こんな依頼が出るはずがない。


 ということは、これもメインストーリーの外で派生した依頼なのか。


 ほかに何かないか……。


【No.03 依頼ランク:制限なし/常設/アルカディア西壁補修作業/健康な男女を優先募集】


 補修作業か。


 どう見ても肉体労働だな。


 まともにできそうなのは、これくらいしかない。


 まあ、サラもいるし、何とかなるだろう。


「これにするか」


 ビリッ。


 さっそく依頼書を剥がし取り、木製の看板が掲げられた古い三階建てのギルドの前に立った。


「――いや、いったいどうなってるんだ!」

「――まったくです! 絶対に裏で誰かが糸を引いていますよ!」


 ……騒がしいな。


 中から聞こえてくる声を耳にしながら、俺はそっと扉を開いた。


 ギィィ……。


 扉を押して中へ入ると、受付らしき場所の前には、俺と同じようにみすぼらしい格好をした冒険者たちがため息をつきながら列を作っていた。


 一方、右側ではぴかぴかの鎧をまとった連中が自由に出入りし、ギルドの用事を済ませている。


 その奥、受付の内側にある書棚には、山積みの書類の向こうに、どう見ても使い道のなさそうな古書やインク瓶がぎっしり詰め込まれていた。


 時折目に入る鑑定士姿の老人がこっくりこっくり居眠りしているあたり……まあ、平和ではあるらしい。


 中央ホールには大きな暖炉といくつものテーブル。


 古びた革張りのソファには冒険者……いや、自称冒険者たちが集まって、愚痴をこぼしていた。


 原作との違和感というより、現実にするとこんな感じにしかならないのか、という印象だ。


 それでも、ファンタジーらしい雰囲気はちゃんと残っているギルドだった。


「いや、なんでアラクネがアルカディアの近くに出てくるんだよ!」

「だよな! 絶対何かあるって!」

「数日前には幻覚剤を売る闇商人まで来たし、どうなってんだ?」


 錆びた鉄鎧に、高そうなローブ……戦士と魔法使いか?


 ずいぶん派手な格好だな。


 それに比べて俺は、白髪を除けばごく普通の服装だ。


 色あせた白い麻のシャツに、少し擦り切れた黒いズボン。


 ……そして今朝、財布をほとんど空にして買った、何の機能もないコート型の白いローブ。


 理由はない。


 ただ格好よかったから、衝動買いしてしまった。


 新しく買った服をぱんぱんとはたきながら、宮廷魔法使いに間違えられたりしないだろうかと心配したものだが……。


『あら、お兄さん! この先で無料配布してるって聞いたけど、いいの選んだねえ!』


 今朝、道端で洗濯物を干していた失礼なおばさんが、俺より派手なローブを着て品評してきたおかげで、そんな心配は吹き飛んだ。


 どうやら、あちこちにポケットがあって便利なので、普段着としても人気らしい。


「ふむ……」


 それに、《イレギュラー》が再執筆するときは着ている服まで一緒に再執筆されるようだし、余計な心配はしなくてよさそうだ。


 俺は霊物と戦っても無傷だったシャツを整え、カウンターに座っている若い受付係に近づいて、剥がしてきた依頼書を差し出した。


「この依頼を受けたいんですけど」


 若い受付係は俺の顔とサラを交互に見た。


「はい。受付のため、お名前とランクを教えていただけますか?」


 後ろに鑑定士がいる以上、ごまかしようもない。


 俺は受付に身を乗り出し、できる限り小声で答えた。


「……エレン。Fランクです」

「はい! Fランクの方でも、この依頼は受けられますよ! ご安心ください!」

「…………」


 悪気はないんだろうけど、声がでかすぎる。


 中央ホールはもちろん、周囲にいた自称冒険者たちの視線が一斉に俺へ集まった。


「――おい、そこのお前!!」


 そのとき。


 大声とともに何者かがこちらへ近づき、俺の肩を乱暴につかんだ。

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