第1話 悪口を書き込んだら、モブになっていた
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「あー、またやっちまった!」
カチッ。
ランキングの最下層に沈んだ自作を開くと、見るも無残な閲覧数と、数えるほどしかないコメントが目に入った。
『隕石エンドは草』
『この作者、毎回こんなんだなw』
『頼むから二度と目の前に現れないでくれ』
『序盤からこうなると思ってたわ』
「はあぁ……」
数日前に連載を打ち切った、ポストアポカリプスもののフュージョンパンク小説。
マイナーなジャンルで生き残ろうと、毎話の冒頭から派手な展開を詰め込み、読者の興味を引くことばかり考えていた。そのツケが回ったのか、後半に入るころには継続して読んでくれる人が激減し、百話あたりでとうとうネタが尽きた。
それでも何とか続きを書こうとした。だが、一話更新するたびにああだこうだと叩かれては、さすがに耐えられない。
だから、隕石を落とした。
仕方ないだろ。もう何も思いつかなかったんだから。
ギィ、と椅子が鳴った。
背もたれに体を預け、しばらく目を閉じる。
俺――桐谷怜司が小説を書き始めて、もう三年になる。
会社勤めのかたわら書いていた作品が、予想以上にうまくいった。それがそもそもの間違いだった。
まあ、うまくいったといっても俺にとっては、という話だ。売れっ子作家からすれば大した数字でもない。
ともあれ、今の俺は見事に失敗した無職である。
生活費は、っと……。
【1,350,000円】
一年……いや、もう少し切り詰めれば一年半は持つか。
「バイトでも探すかな」
独り言を漏らし、もう一度モニターに目を向けた。
小説投稿サイトの総合ランキング。その一位には、嫌というほど見覚えのある作品が並んでいた。
第1位『召喚された勇者は世界を支配する』
タグ:#ファンタジー #ハーレム #ライトノベル #異世界 #執着……
作者:佐藤拓也
珍しく本名で活動しているその作者は、俺の友人だった。
(あいつ、いったい何なんだよ……)
数か月前。俺の書く小説がことごとく失敗していたころ、拓也は俺を散々馬鹿にした挙げ句、「俺が手本を見せてやる」と言って、一作書き上げた原稿を持ってきた。
当然、最初は頭がおかしくなったのかと思って笑った。
しかも、これがまた驚くほどつまらなかった。
黒幕であるはずの主人公は二十話を過ぎてもまともに戦わず、世界観の説明ばかりで話がちっとも進まない。
悪魔がどうだの、マナがどうだの、神聖力がどうだの、帝国暦がどうだの……。
おいおい、設定資料集まであるのかよ。
(ええと……ラングエスダル大陸に存在する悪魔の権能……悪魔学者は悪魔の実在を研究し……勇者は最後に世界を支配する、と)
それでも友人が初めて書いた小説だ。最後まで読んでやった。
そして読み終えるなり、拓也に電話をかけた。
『おい』
『お、読み終わった? どうだった?』
『やめとけ、馬鹿。黒幕勇者に悪魔学って、何だよそれw』
『てめえ……』
『いや、マジで言ってるんだって。こんなのがランキング一位になったら、俺は人間やめてやるよ』
『今の言葉、忘れんなよ?』
その後も拓也は何度となく原稿を直して持ってきた。俺もそのたびに目を通し、あれこれ口を出した。
カチッ。
「…………」
人間でなくなった俺は、その小説のコメント欄を開き、キーボードを叩いた。
『こんなの誰が読んでんの? 作者の知能、アメーバ並みだろ』
ただの悪口を書き込んだあと、ゆっくりとノートパソコンを閉じた。
「はあ……俺も情けないな」
静まり返った部屋で、閉じたパソコンをしばらく見つめる。
(……何やってんだ、俺)
もう寝よう。起きたら、まだ連載中の別の作品をさっさと書かなきゃ。
小さく息を吐き、ベッドに向かって横になった。
* * *
チチチ……チュン、チュン。
窓の外から聞こえる鳥の声に、寝返りを打った。
「ううん……」
どれくらい眠ったんだろう。頭が割れそうに痛い。
どうにか目を開けると、見知らぬ空が広がっていた。
見知らぬ空? まさか、これって……!
「夢かよ」
よっぽどあいつの成功が悔しかったらしい。
ふらつきながら立ち上がる。
そこは深緑の木々が生い茂る森だった。腐った倒木が転がり、遠くには谷も見える。
体は埃まみれで、濡れた草むらに寝ていたせいか、服もところどころ湿っていた。
「麻のシャツか……妙にリアルだな」
とりあえず一歩踏み出そうとした、そのときだった。
ドォンッ!
「な……何だ?」
爆発音。
鳥なのか何なのか、翼の生えた生き物が一斉に飛び立ち、茂みの中から誰かが飛び出してきた。
透き通るように白い肌に、長い銀髪。
膝丈のアイボリー色の絹のドレスは太腿まで裂け、その上に羽織った緑のマントも肩からずり落ちている。
「……っ!」
思わず体が震えた。
霧の立ち込める森で、いきなり人が飛び出してきたのだ。驚かないほうがおかしい。
俺の声に気づいた女が顔を上げ、息を切らしながら言った。
「逃げて……トラニスカよ」
「え?」
次の瞬間。
茂みをかき分けて現れた怪物が、視界を覆い尽くした。
俺は肩を跳ねさせ、女の背後を見上げる。
全長は数十メートル。全身を鱗で覆われ、無数の脚には刃物のように鋭い突起が並んでいた。
頭に目はなく、その代わり、感覚器官らしい数十本の触角がうごめいている。
「キリリリィ――!」
驚く暇もなく、ゲジゲジに似た怪物が鳴き声を上げた。思わず膝が折れそうになる。
異星の生物が発するような、鼓膜が破れそうな絶叫だった。
女は再び立ち上がったが、片脚を引きずっていた。
怪物がゆっくりと彼女に這い寄る。
「お、おい! 走れ!」
叫んでも、女は震えながら首を横に振った。
「無理……あれは止まらない。この辺境で、あれを一人で倒したって記録はないの……」
「……何言って――」
ゲジゲジのような怪物が、無数の脚で湿った地面を蹴った。
俺は何も考えず飛びかかった。
……飛びかかろうとはした。
(いや、できるわけないだろ!)
とっさに腕だけ伸ばし、女のぼろぼろになった貴族風の服、その襟首をつかんで後ろへ思いきり放り投げた。
「きゃああっ!」
ドガァン!
「キリリリィ――!」
怪物は女がいた場所に頭から突っ込み、地面を滑った。そして頭を持ち上げると、今度は俺を見た。
「…………終わった」
トラニスカだか何だか知らないが、そいつは考える時間すら与えてくれない。まっすぐ俺に向かって這ってくる。
俺は目を閉じ、両腕を広げた。
「さーて、起きる時間だ」
こんな最悪な夢に付き合っている暇はない。
さっさと起きて原稿を仕上げなきゃ、今日の更新にも間に合わない。
これ以上更新を落としたら、ただでさえ落ち目の俺の作品は、二度と日の目を見られなくなる。
そう思って夢から覚めようとした瞬間。
バキィッ!
「っ!?」
トラニスカが俺の横をものすごい速さで通り過ぎた。
一瞬で右腕がもぎ取られた。
衝撃で体がくるりと回転し、数メートル先まで転がっていく。
「あ……あああっ! 腕……俺の、腕が……!」
腕が……あれ?
腕が、ある……?
地面にうずくまったまま、もぎ取られたはずの右腕を恐る恐る触る。
間違いなく、そこにあった。
引きちぎられた瞬間の激痛も、きれいさっぱり消えている。
「…………?」
転がってきた方向を見ると、俺が流した血の跡が地面からみるみる蒸発していた。
(……何だ、これ)
「キリリィ……」
俺の腕を引きちぎって通り過ぎたトラニスカが、ムカデのように体を丸め、再びこちらへ這い始めた。
そのとき、機械的な声が直接頭の中に響いた。
――【危険を感知しました】
【条件達成。《イレギュラー》を解放】
【条件達成。《スキップ》を解放】
【初回解放効果。一度に限り、脅威対象を排除します】
バキバキッ。
音とともにトラニスカの動きが止まった。
何が起きたのか考える間もなく、その巨体が内側から弾け、緑色の液体を撒き散らした。
ズシン。
巨大なゲジゲジ――トラニスカが地面に崩れ落ちる。
「…………あなたが、やったの?」
振り返ると、女はさっき怪物に襲われていたとき以上に目を見開いていた。
「?」
俺が状況を理解できずにいるのを肯定と受け取ったらしく、女はゆっくり立ち上がった。
「信じられない……」
淡い緑色の瞳が、じっと俺を見つめている。
「あれは討伐隊を組んで、ようやく倒せる魔物なのよ。あなた、いったい何者?」
明らかに警戒されている。
「?」
それより、どうして目が覚めないんだ?
痛みはともかく、腕がもぎ取れて元に戻ったんだ。夢なのは間違いない。
しかも俺は、これが夢だと自覚している。
だったら、そんなに深く眠っているわけじゃないはずなのに……。
「答えられないのね……。でも、トラニスカを一撃で倒せるなんて。まさか、高位の魔法使い!?」
勝手に納得して、勝手に驚いている。何を期待しているのか知らないが、こちらへの警戒が少しずつ薄れていくのがわかった。
「それより、あなたは……?」
女は一瞬ためらい、それから軽く頭を下げた。
「あ、ごめんなさい。まだ名乗ってなかったわね。私はイベリア。リベリン王国の王女よ」
……王女? リベリン?
「イベリア様!」
倒れたトラニスカの向こうから、鎧姿の騎士が数十人、駆けつけてきた。
その先頭にいたのは、短い金髪の整った顔立ちの男だ。鎧の様子からして、いちばん偉い立場らしい。
「イベリア様、お怪我は!?」
イベリアは破れたマントを肩に掛け直した。
「うん、大丈夫」
男は体を起こし、倒れたトラニスカを見た。
「これは、いったい……?」
そして俺を見て、動きを止めた。
「まさか……君がやったのか?」
俺が反射的にうなずくと、男の目が大きく見開かれた。
この人……顔もしゃべり方も、どこかで見たNPCみたいだな……。
そう思った矢先、男はいきなり俺の肩をつかんだ。
「上級騎士か? それとも中位魔法使い? ランクはいくつだ? B級か? いや、それ以前に所属はどこだ? サンクトゥス大聖堂か、それとも魔塔か?」
「……ランク? 所属? 悪いけど、ランクって何?」
「ランクを知らないだと……?」
男は呆れたように眉をひそめ、俺を見つめた。
「待って、クリード」
イベリアが口を挟んだ。
「この人の話が本当なら……冒険者でもなく、ランクも持たず、どこにも所属していないただの一般人が、トラニスカを一撃で倒したことになるわ」
「……そんなはずがありません、イベリア様」
「でも、私はこの目で見たの。今は……とりあえず連れていきましょう」
(連れていくって、どこへだよ)
それより、この女は俺の腕が引きちぎられるところを見ていなかったのか?
それとも、引きちぎられたと思ったのは俺の勘違いだったのか?
じゃあ、あの一瞬の激痛は何だったんだ。
「…………」
騎士団長っぽい立ち位置の男は、俺を穴が開くほど見つめたあと、うなずいた。
「どうだ。同行してもらえるか?」
「……え?」
「王室からの招待だ。無下に断っていい申し出ではないぞ」
……ああ、そうだ。この口調。
初対面の俺を、いきなり招待するこの展開。
説得力なんて欠片もない、唐突すぎる話の運び。
どこかで見たことがある。
俺が呆然としていると、イベリアがかすかに笑って声をかけてきた。
「一緒に行きましょう」
続いて男が兵士たちに命じた。
「トラニスカの死骸を回収しろ! 破裂の状態、魔力器官の位置、外殻も採取して、リベリン中央ギルドに報告するんだ!」
「はっ!」
兵士たちは機械のように声をそろえた。
先を歩いていたイベリアが、立ち尽くす俺を振り返る。それでようやく足が動いた。
「もう少し行けば馬車があるわ」
「馬車?」
「ええ。インセリウムから帰国する途中だったの」
……インセリウム。
確かに、聞いたことがある。
だが、記憶の断片が頭の中を漂うばかりで、どこで見聞きしたのか思い出せない。
(はあ……どこだ? どこで聞いたんだっけ……)
つかめそうでつかめない記憶を探りながら、森の奥へ十分ほど進むと、馬車が通れるほど整備された広い道に出た。
そこには蓮の花をかたどった銀の紋章が刻まれた豪華な馬車が何台も並び、数十人の兵士が待機していた。
あんな立派な紋章まで付いているんだから、本当に王女なのかもしれない。
あれが本物の王家の紋章なのか、俺にはわからないけど。
「どれがいいかしら……」
イベリアは唇に指を当て、並んだ馬車を見回した。
「聞きたいことが山ほどあるし……あ、あっちがいいわね。クリード」
「はい、イベリア様」
「この人はあちらの馬車に案内して」
「この者もご一緒に、ですか?」
「ええ。道中、いろいろ聞きたいことがあるの」
「…………」
クリードは周囲の兵士を一度見回してから、うなずいた。
「……承知しました。何かありましたら、すぐにお呼びください」
俺は案内された馬車をぼんやり眺め、何も考えずに乗り込んだ。
ギシッ。
少ししてイベリアも乗り込み、真向かいの席に腰を下ろした。
「…………」
車内には甘い香の匂いが染みついていた。黙ったままの俺を見て、イベリアが小首をかしげる。
そのとき、俺は確信した。
これは夢じゃない。
(……あの野郎の小説の中だ)
* * *
ここまでが、今の俺にある記憶だ。
今でも頭がぼんやりしている。
せめて、このつまらない小説の勇者になっていればよかったのに。残念ながら、そうではなかった。
俺が入り込んだのは、小説に登場するNPC。
勇者が通り過ぎたあと、一、二行ほど描写されればいいほうの、文字数稼ぎにしかならない村人だった。
だが、俺は覚えている。
今の俺が入り込んだ、この村人のことを。
『なあ、拓也。勇者だけじゃなくて、脇役にもちゃんと背景があったほうがいいんじゃないか?』
『そんなことしたら、話がごちゃごちゃしないか?』
『お前、いつも適当に書いてるって言ってただろ?』
『わかったよ。一応、考えてみる』
売れない作家である俺の助言を受けて、拓也が作ったNPC。
Fランクの天才悪魔学者。
この世界では、基本的に人間も魔物もAからDまでのランクを持っている。
その中でFランクは、体内にマナを持たない人間だけに与えられる最低等級だ。
どうしてファンタジー世界にそんな設定があるのかと聞かれても……。
知らん。
あいつの小説だからな。
俺が知っているのは、ランクとはもともと、魔物の危険度を示すために大昔に作られた制度だということ。
各国のギルドがその制度を人間にも転用し、大陸に住む人々を等級ごとに記録するようになった。そうして、いつの間にか人々の暮らしに当たり前のように根づいたらしい。
ともかく、その天才悪魔学者は、自分の余命が三年も残されていないと知った。
一年にわたる研究の末、体内にマナが存在しないことが命に直接関わっていると突き止める。
そして解決策を求め、危険区域に指定された『境界の森』へ向かった。
「…………」
で、解決策は見つかったのか?
……それも知らない。
残念ながら、それ以降、エレンという名前は小説に一度も出てこなかった。
わざとなのか、単に忘れられたのか。
要するに。
俺が入り込んだのは、あいつが俺の助言にうんざりして、無理やり追加した登場人物だ。
村人として命を与えられたかと思えば、すぐに――
【マナを持たない余命わずかな悪魔学者エレンは、森の中で行方不明となった。】
たったの一文。
エレンがゼロギャップにあと一歩のところまで迫っていた人物だということ以外、何もわからない。
どこに住む何者で、なぜ天才と呼ばれ、あの森で何を目撃し、悪魔学者として何を発見したのか。
伏線は一つも回収されず、厄介な設定だけを山ほど背負わされ、そのまま退場した謎の人物だった。
「はあ……」
さっき右腕を引きちぎられた瞬間を思い出しながら、腕をさすった。
(不死……)
もしかすると、この悪魔学者は解決策を見つけていたのかもしれない。
自分の不治の病を治し、同時に百パーセントという限界を超えてゼロギャップに到達する、未知の魔法を。
どうしてその体に入ったのが俺なのかは、わからないけど。
ひょっとして、俺が悪魔に関する設定を全部知っているからか?
だから、この悪魔学者と波長が合ったとか……。
……んなわけあるか。
だったら作者本人を連れてこいよ、くそったれ。
ただでさえ頭が痛いってのに。
「はぁ……」
複雑な気分で窓の外を見た。
馬車がどうやって走っているのか不思議になるほど、アマゾンのように木々が密集した森。霧にかすむ空。
小説の中だなんて、とても信じられない。
それから、システムウィンドウ。
意識を向けると、視界に金色の文字が浮かび上がる。
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〈システムウィンドウ〉
名前――エレン【観測者】
等級――F
職業――村人
【スキル一覧】
《スキップ》――(使用可能)
【一時スキル】
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悪魔学者じゃなかったのかよ。
どうして職業が村人なんだ。
呆れて視線を泳がせていると、目の前のエルフが目を細めて尋ねてきた。
「それで、あなたはいったい何者なの?」
俺はシステムウィンドウを読み上げるように答えた。
「名前はエレン。職業は村人……だと思う」
「ありえないわ。普通の人があんな魔物を討伐したっていうの?」
「だよなあ」
ほかのことはともかく、これだけは俺にもわからない。
あいつの小説にも出てこなかったし、システムウィンドウにも表示されない《イレギュラー》。
曲がりなりにも作家をやっていたからなのか。それとも、天才と呼ばれたエレンに残された伏線なのか。
思いつくままに考えれば、『小説の世界に入り込んだ部外者』くらいの意味だろう。
俺はそれ以上、深く考えなかった。
あいつの小説で、一つ一つの設定に意味を求めるだけ無駄だからな。
それに今は、もっと大事なことがある。
目の前にいる、このエルフ。
本来なら物語の中で死ぬはずだった彼女が。
結末も描かれずに消えた俺によって、命を救われた。
だとすれば、この世界は確実に変わったはずだ。
だが、何十回も原稿を読まされた俺は、あいつがどれほど頑固か知っている。
この世界――『召喚された勇者は世界を支配する』は、バッドエンドで終わる。
物語の終盤、勇者は帝国の皇帝を操り人形にし、反抗する王族も国民も皆殺しにして、大陸を統一する。
世界を救った勇者が、なぜそんなことをしたのか。
それは……悪魔をすべて倒して世界を救っても、元の世界には帰れなかったからだ。
その事実に遅れて気づいた勇者は、自分の力を別のことに使うと決めた。
俺がいくら口を出しても、拓也はその結末だけは変えなかった。
そして、あいつの作品がランキング一位になったとき、ようやく気づいた。
間違っていたのは俺だった。
バッドエンドだからこそ、この小説は成功したんだ。
なら、結末の描かれなかったエレンは?
勇者こそが最後の敵だと知ってしまった今の俺は、どうなる?
殺されるか、さもなければ、この小説の中で永遠に生きるしかないのかもしれない。
だったら、俺の知らないハッピーエンドに変えてやる。
つまり、本来死ぬはずだったこの王女を帝国の玉座に就ければ、少なくとも俺が知っている結末とは違う未来になるはずだ。
そう考えた瞬間だった。
――ピロン。
【ハッピーエンド】
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〈システムウィンドウ〉
【ハッピーエンド】
【スキル一覧】
《スキップ》――(使用可能)
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システムウィンドウの上部に、『ハッピーエンド』という文字が浮かんだ。
向かいのエルフは、相変わらず質問を続けている。
「村人っていうけど、どこの村? 村というくらいだから王都の中心部じゃないわよね……。南のほうには村らしい村なんてなかったはずだけど」
名前だけ与えられて放り出された俺に、出身地なんてあるわけがない。
「アルカディア」
俺は、自分が捨てられていた境界の森からいちばん近い都市の名前を適当に口にした。
……しまった。
アルカディアは、リベリン王国の王都だ。
そしてこのエルフは、リベリンの王女だった。
「アルカディア? なのに私を知らないの? 本当にリベリンの国民? アルカディアのどの辺りに住んでるの?」
質問が終わる気配がない。
俺は視線を動かし、システムウィンドウの《スキップ》をちらりと見た。
俺が原稿を読んで、助言したことのあるスキル。
(これ……確か、こうやって使うんだったか?)
スキップしたい結果を大まかに思い浮かべ、曖昧なまま言葉にする。
《スキップ:会話終了》
ガタンッ。
その瞬間、視界がひっくり返った。




