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第14話 王宮襲撃

.

 疲れた。


 貴賓室のベッドに大の字になって寝転がった。


 少なくとも四人は横になれそうなベッドだ。


 宿屋で使っていたベッドとは次元が違う。


 サラも隣の部屋に案内された。まあ…あいつは隅っこで丸まって眠るタイプだから、ベッドがあっても床で寝ているかもしれない。


「…ふむ」


 俺は天井を見上げながら、さっきの試験を思い返した。


 負けたクリドのことだとか、貴族たちの雰囲気だとか。正直、周囲の反応なんてどうでもいい。


 エンディングに影響しない連中を気にする理由がないからだ。


 だが、一番気になっていたのは、その後に続いた話し合いだった。


     * * *


 入団試験が終わった直後、本宮の応接室。


 国王とイベリア、クリド、そして俺。四人が向かい合って座っていた。


 食堂とは違って静かで、ほのかなろうそくの火だけが揺れていた。


『明かりくらいつけてくれよ。妙なところで節約するなあ』


「ははは、まさか本当にクリド団長まで倒してしまうとはな」

「陛下、申し訳ございません」


 …ちょっと気の毒になってきた。


「運がよかっただけです」

「謙虚でもあるとは。本当に惜しい、惜しい男だ」


 王は心底残念そうに笑うと、イベリアに目を向けて本題を切り出した。


「…娘が西壁村について話したいことがあるそうだ」


 西壁村? イベリアが自分たちで片づけるって言ってなかったか。


 イベリアを見ると、口を開いた。


「うん。商団に関係していた王宮内部の関与者はこっちで突き止めて、リベリンから永久追放したよ」


 やっぱり、バッドエンドがハッピーエンドに変わったのは、イベリアが関与者を排除したからだった。


『じゃあ何が問題なんだ? もう終わったんじゃないのか?』


 俺が首をかしげていると、イベリアは続けた。


「それとは別に、孤児院を調査していた兵士たちが言うには、死体がなかったの」

「死体?」

「エレンが言ったでしょ。地下広場に死体があるはずだって」

「あ、そうだ。どうなった? 生き残った関係者がいるなら捕まえて…」


 イベリアは首を横に振った。


「なかったの。血痕が残っていた広場には、何も」


 え? 血痕のある広場なら、場所は間違いないはずだ。


「…エレン、本当に関係者がいたの?」

「ああ。関係者どころか、間違いなく密売人たちだった」


 何十人もいたはずなのに、それが消えたって?


「…そう。それもおかしいんだけど、もう一つ妙なことがあってね。調査に降りた兵士たちの様子がおかしくなったの」

「おかしくなった?」

「……」


 口をつぐんだイベリアに代わり、隣のクリドが答えた。


「救出された一部の者たちの状態がどうにも説明できず、調査のため兵士をもう一度孤児院の地下へ向かわせたのだ」

「ああ」

「だが、いくら待っても降りた兵士たちが戻ってこなかった」

「それで?」

「そこで別の兵士たちを向かわせた。ところが…」


 クリドは一度言葉を切り、眉をひそめた。


「先に降りた兵士たちが、意味のわからない言葉をつぶやきながら、爪で全身をかきむしっていた。まるで自傷行為のようにな」

「……」


 その瞬間、地下牢で見た光景が頭をよぎった。


『…まさか、あのときの甘い香水が血蝕病を発症させたのか?』


 日光を恐れ、体内の血液が侵食されるように失われていく…いや、違う。


 それにしては、症状の異常さが別方向だった。


 だとすれば、あのとき、喜びに悲鳴を上げながら牢の壁に頭を打ちつけていた人々。


 快楽。


 できるだけ避けたくて必死に否定してきたが、どう見てもあれは快楽の悪魔の幻覚魔法だった。


 でも、こんな序盤で出てくる悪魔じゃないはずなのに…。


 俺が回収されていない伏線に踏み込んだことで、何かが変わったのか?


 原作には登場しない地下牢だったんだ。わかるはずもない。


「悪い。俺にもよくわからない」


 俺は悪魔の痕跡について、わざと口にしなかった。


『…何事もなければいいんだが』


 この世界では、基本的に悪魔の存在が信じられている。


 説明のつかない被害や病、現象の報告が存在するからだ。


 だから悪魔学者という職業もあり、それに関する研究も進められ、救済を願って勇者まで召喚された。


 だが。


 それはあくまで信仰や宗教的な意味においての話だ。


 その実在については、学界でも意見が分かれている。


 悪魔は実在する。


 悪魔は実在しない。


 いや、ある悪魔は実在していても、別の悪魔は仮説にすぎない。


 そうしたあらゆる反論を退け、その果てにたどり着く悪魔学者たちの最大の難題。


『そうか。じゃあ、すべての悪魔を見せてみろ』


 〇・〇〇〇一パーセントの証明。


 その小さな小数点のせいで証明不可能と分類された悪魔の実在を、ここで明かしたところで騒ぎになるだけだ。そんな悪魔と余計な接点ができれば、ハッピーエンドへの道は険しくなる。


 だから、ときには知らないほうがいい。


 俺はメインストーリーのハードな部分を徹底的に避けて通るつもりだ。


 悪魔は絶対に避ける。


 それが、すべての悪魔を知っている俺。


 一〇〇パーセントの悪魔学者としての結論だ。


「……」


 王は話を聞き終えると、これ以上部外者を巻き込むなとでも言うように口を開いた。


「事件を解決した君なら何か知っているかと思って尋ねただけだ。知らぬのなら気にする必要はない。部屋を用意してある。今夜はゆっくり休んでいくといい」

「ありがとうございます」


 俺は軽く礼を言って席を立った。


     * * *


『死体がなかった、か…』


 俺にやられた魔法使いたちは、せいぜい下級魔法しか使ってこなかったからまだわかる。だが、サラにぶっ飛ばされた連中は、どう考えても生きているはずがない。


 ポップコーンみたいに体の部位が飛び散っていたんだぞ。あれで生きていたらゾンビだ。


「どうなってるんだか」


 視線を上げ、システムウィンドウのハッピーエンドを見つめた。


 …ええい、もう知らん。


 どうせ商団も関与者も片づいたし、事件も終結した。


 結果はハッピーエンド。


 俺は十分やった。


 コン、コン。


 少し眠ろうとしたところで、誰かが扉をノックした。


 イベリアだった。


「時間ある?」


 うなずくと、イベリアは扉を開け、先に立って歩き出した。


 二階の廊下を進みながら手すり越しに下を見れば、白い大理石の柱と床に敷かれた赤い絨毯が見える。


 初めて来たときも思ったが、無駄に広いな…。


 やがて一階の回廊の左側に、壁が大きく開けた空間が現れた。


「うわ…」


 王宮の庭園。


 リベリン王宮には大陸最大の庭園があるという。


 …そんな小説の中の一行を、俺は今、目の当たりにしていた。


 庭というより、小さな森に近い。


 手入れされた木々の間には奇妙な彫像が立ち、中央には噴水とベンチもあった。


『庭にまで衛兵がいるのか?』


 なかなか楽な持ち場だな。


「すごいな。アルカディアの中央広場より広いんじゃないか?」


 国王がエルフだからか、森を丸ごと移したと言っても過言ではないほどだ。


 もちろん、実際の規模は比べものにならないが。


「うん。ちょっと贅沢すぎるくらいだよ」


 そう言って庭園の奥へ進むと、先日プラクシア商団から救出したエルフたちがいた。


 一人は静かに庭を歩き、もう一人はベンチに座って目を閉じていた。


「庭を歩いている子がミセル。ベンチに座っている子がシリアだよ」


 こうして聞くと、いかにもエルフらしい名前だ。


 それより、救出したのは確か三人だったはずなのに、一人見当たらない。


「あれ? 一人いないな」

「うん、セリス。まだ治療中なの。一番状態が悪かった子だから」


 俺はうなずき、エルトン関門での出来事を思い返した。


 確か木箱の封印式がリベリン固有の魔法だとか言っていたっけ。


「イベリア」

「ん?」

「……」


 関与者が誰だったのか聞こうとしたが…やめておいた。


 聞いたところで俺にはわからないだろうし。


 片づいた事件をほじくり返しても、いいことはない。


 俺は首を振って話題を変えた。


「それで、なんで呼んだんだ?」

「ん?」

「いや、何か用事でもあるのかと思って」

「そういうのはないよ。ただ、エレンのおかげでエルフたちを救えたでしょ。だから、あの子たちの様子が気になってるんじゃないかと思って」

「ああ、そう?」


 別に。


 イベリアはゆっくり庭園を歩きながら話を続けた。


「リベリンはどう?」

「何が?」

「エレンから見たこの国。景色も、人々も、全部」

「ちょっと…馴染みがないっていうか」

「じゃあ嫌い?」

「いや、そこまで嫌いじゃない」

「…よかった」


 先を歩くイベリアの表情はよく見えなかった。


 それからは本当に他愛もない話をしながら、何をするでもなく庭を歩いた。


 俺がこの実りのない会話に付き合い続けた理由は、このエルフの王女が自力でハッピーエンドを作り出したことへの報酬にすぎない。


 それ以上でも、それ以下でもなかった。


     * * *


「んん…」


 ひどい喉の渇きに、思わず目を開けた。視界に入ったのは、暗い部屋の天井だった。


 夜に食べた王宮の料理が口に合わなかったのか、乾いた唇をなめながら体を起こした。


「…ちょっと塩辛かったもんな」


 俺はゆっくり歩いて部屋の扉を開け、廊下へ出た。


 ギイ…。


 静まり返った夜の王宮の廊下。


「何時だ…」


 窓の外を見ると、月はすでに高く昇り、廊下には柱ごとに小さなろうそくが灯されていた。


「食堂って…一階だったか?」


 そうして食堂へ降りて水を飲み、庭園の噴水前のベンチに腰を下ろした。ひと息つきながら暗い空を見上げる。


「はあ、騎士団への勧誘か…」


 まだ勇者は何も動いていないんだし、少しくらい羽目を外してもいいんじゃないか。そんな考えが一瞬頭をよぎった。


 どうやらイベリアの夜中の感傷がうつったらしい。


「それはそうと、これを維持してるのって税金じゃないのか?」


 辺りを見回して現実的な問題を考えているうちに、月明かりの下で響く噴水の水音と草の匂い、涼しい風に誘われ、いつの間にか眠りに落ちていた。


 ……


 …


 ..


 .


 ――ピッ。


 ――――ピーッ。


『…機械音?』


――【危険を感知しました。】

【魔法『毒霧』を感知】

【神経が麻痺します。】


 寝ぼけたまま息を吸い込んだ瞬間、目も開けられないまま、全身を針で刺されるような激痛が襲った。


「げほっ…! ぐあああっ!」


 喉を押さえて起き上がり、無理やり目を開いた。


 まだ暗い夜の庭園。噴水の前にある長椅子。


 夜の空気の中で、妙に視界がかすんでいる。


『緑色の霧…?』


 匂いはない。


 ただ、湿った霧のような感覚だ。


「げほっ…すうっ」


 激痛の中、生きるためにもう一度息を吸い込んだ。


 すると今度は肺が焼けるように痛んだ。


「がはっ…!」


 ガタンッ!


 ベンチの上でもがきながら慌てて息を止めたが、すでに吸い込んだ緑色の霧は気道を通って肺に広がり、血管を流れて全身に染み込んでいった。


 手足も、全身も、内側へねじれていくような感覚とともに始まった痙攣。


「あがっ…あがががっ――!」


――【危険を感知しました】

【末梢神経麻痺を感知】

【中枢神経の過剰興奮を感知】

【《イレギュラー》によって再執筆】

【持続魔法『毒霧』を遮断します。】


「ごほっ…げほっ…毒魔法?」


 機械音とともに、少しずつ意識が戻ってきた。


 よだれと鼻水を拭い、周囲を見回す。


 相変わらず緑色の霧が立ち込めている。


「…すうっ」


 念のため、びくびくしながらゆっくり息を吸い込むと、《イレギュラー》が即座に発動した。


 幸い、痛みが来るより先に再執筆が始まった。


 …はああ、いきなり毒ガスだと?


 どこかのボロ屋敷やボス部屋でもあるまいし、こんな王宮のど真ん中で?


 振り返ると、遠くで衛兵たちが地面に倒れて震えていた。


 急いで近づいて確かめると、二人の衛兵がすでに目と鼻と口から血を流し、痙攣を起こしていた。


「なんだあれ。まだ人がいるぞ?」


 誰かの声が聞こえた。


『こんな夜更けの王宮の庭に誰が…』


 振り向くと、緑色の霧の中で人影が揺れていた。


 一人、二人、三人…三人だ。


 鉄の鎧。黒いローブ。


 戦士か? 魔法使いか?


「まだ生きてる奴がいるぞ?」


 一番前の人影が口を開いた。


「おい、中位魔法だぞ。俺たちだって吸ったらあの世行きだ」

「じゃあ、あいつは何なんだ?」


 連中の周囲は淡い光に包まれていた。


 毒気が光に触れるたび、別の方向へ流れていく。


「毒に免疫がある人間でもいるってのか?」


 声が徐々に近づき、姿がはっきりしてきた。


「なんだ、Fランクじゃねえか」


『俺を…知ってるのか?』


 記憶をたどってみると、ギルド脇の路地で俺を脅してきた連中の一人だ。


 もう治療を受けたらしい。


「なんだ、お前ら…」

「はっ! 本当だ。こいつ、毒が効かねえみたいだぞ?」

「ギルドの前でもそうだったが、いったい何者なんだこいつ。本当にFランクなのか?」


 何だ? たかが俺への仕返しのために、ここまで来たっていうのか?


 俺は視線を動かしてシステムウィンドウの《スキップ》を使おうとしたが、いつの間にか《スキップ》はロックされていた。


 ということは、まさか。


――【バッドエンド】


 ハッピーエンドは、すでにバッドエンドに変わっていた。


『…いったいいつの間に』


 呆然としている俺に向かって、前にいた二人が短剣を抜いて飛びかかってきた。


「……!」


 反射的に体をひねった。


 だが完全には避けられず、腕から血が流れた。


「ぐっ…」


 毒ガスの次は刃物沙汰かよ。


 連中が体勢を立て直し、再び俺に飛びかかろうとした瞬間。


「がはっ…!」

「ぐふっ」


 二人は毒霧を吸い込んだかのように喉を押さえ、血を吐きながら地面に倒れ込んだ。


 《イレギュラー》。


 毒ガスから二人を守っていた魔法が、俺に触れた拍子に粉々になったらしい。


『いったい何者なんだ、こいつら?』


 ギルドの前まで追ってきたのは、まあわからなくもない。だが、俺一人を捕まえるために王宮まで襲撃するか?


 後ろにいた魔法使いは、二人の状態など眼中にない様子で言った。


「…どうして無事なのかは知りませんが、今はあなたと遊んでいる暇はありません」


 自分の背丈ほどもある杖を軽く前へ傾けると、正面に光る魔法陣が現れた。


 その余波で魔法使いのローブのフードが後ろへ脱げた。


 白い髪と、光のない灰色の瞳。


「ベイル…」


 イベリアに頼まれて仕方なく受けた鑑定で、俺を最初にFランクと判定したプラクシア出身の鑑定士。


 こんなことをしているということは…。


「お前だったのか。奴隷密売に関与して追放された奴って」

「Fランクでも記憶力はいいようですね」


 ――ボンッ!


 言い終わると同時に、魔法陣から飛び出した光が庭園の地面を裂き、爆発した。


「……!」


 閃光!?


 キイイィ――。


 耳鳴りに頭を振って意識を取り戻すと、ベイルはすでに姿を消していた。


 やっぱり、俺の考えどおりだ。俺一人を始末するために王宮を襲うはずがない。


 だとすれば、標的は俺ではなく王宮の人間に絞られる。


「じゃあ、王か?」


 俺はすぐに首を横に振った。


 違う…。


 毒霧の中、鳴り続ける機械音を無視して考えた。


 この世界は帝国を中心に回っている。


 クラデイ帝国の皇帝や公爵家ならともかく、王権を脅かされることもなく何百年も生きてきたリベリン国王を、今さら殺す理由が思いつかない。


 ならば、この王宮で殺すことによって利益を得られる人物。


 帝位候補者四人のうちの一人。


 リベリン王国唯一の王族の血筋。竜に運ばれてきた王女――。


「イベリアだ」


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