第13話 入団試験
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「申し訳ありません」
システムウィンドウの《スキップ》は、まだ有効になっている。
つまり、今のこの会話はメインストーリーではないということだ。
だが、ここで誘いを受けてしまえば、ハッピーエンドは遠のくだろう。
大体の展開は予想できる。
真面目に騎士団勤めを続けて。
近くでイベリアと親しくなり、純愛を楽しみ、少なくともリベリンでは富も名誉も手に入れる。
俺だけが別ジャンルに突入するわけだ。
『この世界で、永遠に』
そして最後には、勇者によってバッドエンドを迎える。
俺が断ると、貴族たちがざわめき、給仕までこちらの顔色を窺ってちらちらと視線を寄越した。
短い返答を聞いた王は、ゆっくりとフォークを置き、改めて尋ねた。
「そう深く考える必要はない。イベリアを救った勇気と判断力、奴隷密売事件で見せた決断力。それだけで騎士団に迎える資格は十分にある」
嫌だって言ってるだろ?
こちらを見るイベリアの瞳には、期待と不安が入り交じっているように見えた。
俺はゆっくり息を吸い込んだ。
「光栄なお話ですが、私にはまだ騎士団に入る準備ができておりません」
王の誘いを二度も断ったからなのか、それとも入団するだけでも難しいと評判の王宮騎士団を蹴ったからなのか。
貴族もイベリアも、揃って驚いた顔をしていた。
「ははは。二度もきっぱり断るとは…。どうやら、リベリンに留めておくには大きすぎる男だったようだな」
「偶然手柄を立てただけの者が、騎士団への勧誘を断るとは。世も末ですな、陛下」
「まったくです。ここがどういう場なのかも理解していないようですし、あまりに軽率かと」
「間もなく行われる第一次皇選の時期に、突然現れたというのも疑わしいものです」
俺が断るのは、こいつらにとっても間違いなく都合がいいはずだ。
自分以外の誰かが地位を手にするのを、誰より嫌うのが貴族だからな。
それなのにこんな綺麗事を並べるとは、こういうときだけは息が合うらしい。
「……」
王はそんな貴族たちを、ゆっくりと見渡した。
その視線を受け、勢いよく喋っていた貴族たちはびくりと肩を震わせ、口を閉ざした。
王は低く笑い、再び俺に目を向けて続けた。
「そなたらの言い分では、この男は偶然イベリアを救い、偶然奴隷たちを解放し、そしてまた偶然この席で食事をしている。そういうことになるな?」
一人の貴族が顔色を窺いながら、おずおずと答えた。
「陛下…。いかに功績を立てた者とはいえ、素性も実力も確かめていない者を騎士団に入れれば、王国全体の威信に関わるかと存じます」
いや、入らないって言ってるだろ?
「その通りです。せめて試験を課すべきではありませんか?」
『試験?』
騎士団のことは知っているが、入団試験のことまでは知らない。
「いえ、私は騎士団に入るつもりは――」
「無礼者! 貴様が勝手に口を挟んでよい場ではない!」
この野郎。
一人の貴族が俺の言葉を遮り、強い口調で説教してきた。
イベリアもその貴族を睨んでいるが、王の御前だからか、特に咎めることはなかった。
王は一度目を閉じてから開き、俺に向かって穏やかに微笑んだ。
「そなたが偶然でないことを、証明してくれぬか? どうやら私の力だけでは、この立派な者たちを説得するのは難しいようだ」
その言葉に、貴族たちがびくりと反応し、王の顔色を窺った。
「準備せよ。この男が我がリベリンの食卓に着く資格を持つか、今ここで確かめる」
はあ…。
七百年も生きてきたエルフが、貴族の顔色を窺って何をやってるんだか。
フォークを持ち、すっかり冷めた晩餐を眺めると、ため息が出た。
飯を一口食べた途端、唐突な入団試験とは。
境界の森に隔絶され、文明的に遅れた王国らしい、ずいぶん時代錯誤な勧誘だ。
それに、話の流れを見る限り、あの王は最初からここまで考えていたような気もする…。
「陛下、一つお願いしてもよろしいでしょうか」
「もちろんだとも。何でも言ってみるがよい」
「宮殿の外に、私の傭兵が待っています。試験に合格したら、今夜は彼女と一緒にこちらに泊まってもよろしいでしょうか?」
「…傭兵? ははは! 試験に合格した褒美を、騎士団への入団ではなく、傭兵と一晩泊まるために使うとはな」
王は声を上げて笑い、快く承諾した。
「もちろんだ。好きにするがよい」
* * *
王宮の裏手に設けられた、大きな剣術場兼試験場。
ほかの場所とは違い、運動場のように地面は砂で覆われ、あちこちに訓練用の案山子や木剣、魔道具が架台に並べられていた。
貴族たちはそれぞれ見物しやすい場所に立ち、最も安全な上座には王とイベリアが座って、こちらを見下ろしている。
『…さっさと終わらせよう』
試験は単純だった。
剣術で騎士団長クリドに認められること。
サラが規格外だっただけで、考えてみればこいつはリベリン最高戦力の一人だ。
マナを剣に纏わせ、自在に操れる魔剣士なんて、大陸にも数えるほどしかいないのだから。
「まさか、君とこんな場所で顔を合わせるとは思わなかった」
「そうだな」
「知っているか?」
「何を?」
「雑貨屋のことだ」
「…あ、ああ」
「水晶玉の値段は、金貨三十枚だったそうだ」
「金貨三十枚!?」
なんてこった。
高いとは思っていたが、そこまでとは。
なぜか小刻みに震えていたクリドが、木剣をひょいと持ち上げた。
「一度でもその木剣を私の体に当てられたら、認めよう」
俺もそれに合わせて木剣を構えた。
「あら、本当にやるつもりみたいですわね」
「まったくですな。一合も耐えられそうにない体つきだというのに」
周囲では貴族たちが面白がってざわめいている。
『やっぱり、試験というより貴族たちの見世物だな』
「準備はいいか?」
クリドが低く呟くと、空気が変わった。
サラの前で失禁していた奴とは、まるで別人だ。
「行くぞ」
ドンッ――!
「ちょっと…!」
砂が舞い上がり、一瞬で剣先が目の前に迫った。
踵で砂地を強く踏み、滑るように辛うじて避けて体勢を立て直すと、貴族たちの嘲笑が聞こえた。
「ご覧なさい。始まった途端にあの有様だ」
「そう何度も持ちませんな」
クリドはさらに一歩踏み込み、木剣を直角に振り下ろした。
速い。
ガンッ!
木剣と木剣がぶつかり、衝撃が肘まで伝わった。
ランクの差以前に、俺が剣術なんてできるわけがない。
今の一合を受け止められたのは、文字どおり奇跡だ。
「て…手加減してくれよ」
「やはりな」
木剣を押し合わせていたクリドの口角がわずかに上がったかと思うと、その姿が一瞬で消えた。
…何だ、左?
いや、後ろ――!
スッ――と気配がかすめ、背後に冷たい空気を感じた。
ブンッ!
本能的に身を屈めると、木剣が頭上をかすめた。
俺の白い髪が切られ、宙に舞う。
『…おい、これ木剣だよな? 殺す気か?』
四方から感嘆の声が漏れた。
「避けたのか?」
「あの男、二度も耐えたというのか!」
クリドは一度動きを止め、俺を見つめた。
「…二度も凌ぐとは思わなかった。君をほかの見習い騎士と同じように扱ったことを、心から詫びよう」
クリドは大きく距離を取り、木剣を水平に構えた。
――ヒュウウン。
すると腕に青い光が走り、木剣全体を包み込んだ。
「待て、待てって。これ反則じゃないか?」
俺は審判もいない砂地で、審判を探すように首を振った。
あの騎士団長、いつからか俺のことを相当買いかぶっているらしい。
俺は本能的に後ずさった。
見ただけでわかる。
あの木剣、食らったら死ぬ。
…まあ、死にはしないだろうけど。
クリドの瞳が青く光った。
ブウン――!
木剣を縦に振るうと、青い軌跡が空中に描かれた。
ガガガガッ――!
衝撃波で先に地面が裂け、その後を追うように魔法の斬撃が飛んでくる。
「――正気かよ、金貨の恨みか?」
「君に対する礼儀だと思ってくれ」
あの斬撃を食らっても、歯を食いしばって《イレギュラー》で書き換えればいい。
だが、その瞬間に敗北は確定し、王宮イベントも終了だ。
少し不安はあるが…。
俺はシステムウィンドウの《スキップ》をちらりと見た。
…できるだけ短く、細かく使う。
俺自身がスキップによる因果を認識できる程度に。
無茶な過程を書き上げて、バタフライエフェクトを引き起こさない程度に。
俺は素早く目を動かした。
《スキップ:紙一重》
ガクンッ――。
視界が反転し、横に体をひねった俺の目の前を、斬撃がぎりぎりで通り過ぎた。
ドゴンッ!
斬撃はすぐ後ろ、試験場の端まで飛んで突き刺さった。
クリドが目を見開く。
「…今のは本気だったのだが。君はいったい…」
「ああ、見りゃわかる。本気だってことくらい」
「はは…。騎士団がこんな逸材を逃すとは、惜しいことをしたな」
言い終えたクリドの眼差しが鋭くなった。
――ヒュウウウン!
やがて、さっきよりもはるかに濃い青い光が木剣に絡みつき、口元からは白い息がかすかに漏れた。
あれこそ、まさに魔剣士。
上級騎士の中でも、ごく一部しか扱えない、マナを纏った肉体。
『……このイカれ野郎。サラと戦ったときにそれくらいやれよ』
周囲に重くのしかかる空気に、貴族たちが慌て始めた。
「おい、クリド団長! それ以上はいかん!」
「試験場を吹き飛ばす気か!」
「中止だ! 試験は中止!」
クリドは、これまで騎士団では味わえなかった高揚感のせいか、周囲の声などもう耳に入っていないようだった。
「…行くぞ!」
ドンッ!
クリドが砂地を蹴った瞬間、視界から消えた。
『あのイカれ野郎!』
俺は慌てて目を動かし、《スキップ》に言葉を書き込んだ。
《スキップ:いつの間にか》
ガクンッ――。
視界が反転すると、消えたはずのクリドの金髪の後頭部が目の前に現れた。
「な…いつの間に後ろへ!?」
ブンッ!
クリドは動揺し、慌てて振り向きざまに木剣を振るった。
《スキップ:いつの間にか》
ガクンッ――。
視界が反転すると、慌てて振り向いたクリドの金髪の後頭部が、また目の前に現れた。
「何…? どういうことだ…」
コツンッ――!
金髪の頭頂部に、正確に木剣を振り下ろした。
力は入れていないのに、思った以上に小気味よい音が響いた。
「…はっ!」
頭頂部に木剣を載せられたまま、もう一度振り返ったクリドは、呆然と息を漏らした。
同時に、拍手が響き渡った。
「はははは! 面白いぞ、エレン! 七百年生きてきたが、こんな剣術は初めて見た! マナの流れすら感じさせぬ動きとは!」
貴族たちは口を開けたまま、互いの顔を見合わせた。
「どうだ! これでもあの男の功績が偶然だったと言えるか! ははは!」
イベリアも席から立ち上がり、笑っていた。
誰も予想していなかった結末。
貴族たちが用意した屈辱の見世物は、騎士団長の敗北宣言によって、あっけなく幕を閉じた。




