第12話 王宮の招待状にいたずらだなんて
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「関係者は…」
「うんうん」
「イベリア様が気にするなとおっしゃってな。エルノと片づけるから、少し羽を伸ばしてこいと…」
「…?」
なんだこいつ、本当に何もしてないじゃないか。
せめて飯代くらい払え。
* * *
思った以上に高かった。
千年草ほどではないにしろ、一食に使うには相当な金額だった。
俺はアルカディア中央市場を歩きながら謝った。
「悪かったって」
「君という男は、本当に…」
クリドは額に手を当て、言葉を続けた。
「王宮に招かれた男に、この程度のもてなしはできる。だが、何の説明もなくいきなり大金を払えと言われたら、私だって戸惑うだろう?」
クリドは満腹そうに腹をぽんぽん叩いているサラをちらりと見た。
「それと、イベリア様も教えてくださらなかったのだが、この女性はいったい何者なんだ?」
「ん、まあ、いろいろあって」
「…?」
煮え切らない俺の返事に、クリドはサラを見て首をかしげた。
「……魔法使いには見えないな。戦士系か? 暗殺者?」
質問が多いな。
サラは前だけを見て、ぶんぶんと首を振るばかりで答えない。
クリドも、それ以上サラについて尋ねなかった。
たぶん女だと決めつけて、騎士道精神を発揮しているんだろう。
「ところで、ギルドを通して招待状を送ったのだが、いつ訪問する予定だ? イベリア様をあまりお待たせしないでほしい」
招待状をギルドに?
イベリアが迎えに来ると言っていたから、本当に迎えに来るものだと思っていた。
ギルドにも報奨金を受け取って以来、足を運んでいない。
「ああ、そうなの? じゃあ今日にでも行くよ」
「ならば、私から伝えておこう」
「うん、頼む。あ、そうだ。王宮に戻る前に、そこの雑貨屋に寄ってくれない?」
「雑貨屋? 王宮には宮廷魔法使いがいるから、その必要はないと思うが」
「君の名前でツケにしておいたんだ」
クリドの目が少し見開かれた。
「それはまた、どういう…」
ピロン。
—【ハッピーエンド】
クリドが話している途中で、システムウィンドウのバッドエンドがハッピーエンドに変わった。
同時に《スキップ》も有効になった。
この騎士団長との実りのない会話がハッピーエンドのはずはない。
…となると。
『よくやった、エルフ! やればできるじゃないか!』
結末を任せた甲斐があった。
「君にはどうしてこうも騎士道というものが欠けているんだ! ついでに言わせてもらうが…」
クリドの説教は止まらない。
『悪いな。でも俺、騎士じゃないんだ』
俺は路地裏へ駆け込み、久しぶりに目を動かした。
《スキップ:リベリン中央ギルド》
ガタン。
視界がひっくり返り、しばらくぼやけていた景色が次第にはっきりしてきた。
中央ギルド。
嗅ぎ慣れた木の匂いと、薄汚れた絨毯。
相変わらず大勢の冒険者がギルドの用事を済ませていた。受付の前にいた、錆びた鉄鎧を着た身長百九十センチほどの大男は、サラを見るなり慌ててどこかへ走っていった。
…怖がっているのか?
突然現れた俺たちに驚いたようだったが、これ以上面倒事に巻き込まれずに済みそうで何よりだ。
「あっ、エレン様! いらっしゃったんですね!」
事務作業をしていた若い受付係が俺とサラに気づくと、慌てて引き出しから封筒を取り出し、近づいてきた。
蓮の紋章が押された、封印済みの招待状。
【リベリン王宮公印】
『さすが王宮。招待状まで豪華だな』
でも、なんでこんなに重いんだ?
紙一枚にしてはずっしりしている。
「王宮からの書類は、ほかの依頼とは別に特別管理しております」
「あ…はい」
聞いてもいないことを説明してくれる受付の青年。
『特別管理するより、宛先の本人に連絡する仕組みを作ったほうがいいと思うけど…』
さらり。
その場で封筒を開いて招待状を取り出すと、不思議なことに何も書かれていなかった。
『ん……楽書魔法か?』
防犯魔法でも高度な封印魔法でもない。招待された相手を楽しませるためだけの、愉快な魔法だ。
日光にかざして傾けると、自然と文字が浮かび上がる。そんな悪戯みたいな魔法。
「サラ、ここでちょっと待ってて。外に行ってくる」
うなずくサラを残し、招待状を持ってギルドの外に出た。
ギイッ。
ギルドの外では、もう日が傾いていた。
日当たりのいい場所は…。
すぐ横の角を曲がり、夕日に招待状をあちこち傾けながら歩いていた、そのときだった。
「おい! 怪しいと思ってたが、やっぱり王宮の関係者だったのか?」
なんだ?
招待状から目を離し、顔を上げた。
夕日を背に、見るからに柄の悪そうな十人の影が俺の足元まで伸びていた。
その最後尾には、錆びた鉄鎧を着た大男がにやにやしながら立っていた。
またこいつかよ。
腕のいい支援魔法使いでも雇ったのか、サラに斬り落とされた片腕も、傷痕こそ残っているものの、きれいにつながっていた。
無視して引き返そうとしたが、背後からも十人ほどがぞろぞろ現れた。
「ご主人様も連れずに一人で出歩いちゃ駄目だろ?」
「こんな奴に腕を斬られたってのか?」
「本当にこの白髪野郎をぶち殺せば金貨五枚なんだな?」
大男が傷痕の残る腕をさすりながら叫んだ。
「もちろんだ! まずは片腕をへし折ってやれ!」
「……」
…どうしてこうも次から次へと面倒事が起きるのか知らないが、これもある意味、世界に俺の存在を認められ始めたってことなのか?
俺は騒がず、路地の前後を見渡した。
ゴミ箱、狭い道、高い石壁。逃げ道はない。
俺が逃げ道を探していると思ったのか、大男が大笑いした。
「ははは! お前のご主人様でも連れてきて、俺に服従させるなら見逃してやってもいいぞ?」
『ご主人様…? ああ、サラのことか』
ここでサラが来たら、冒険者二十人を殺した悪党としてリベリンを去る羽目になる。
「連れてきたら、あんたは片腕じゃ済まないと思うけど?」
俺の言葉に、大男は顔を真っ赤にして怒鳴った。
「もうぶっ殺せ!」
大男の仲間たちが、路地の両側から刃物や鈍器を手に突っ込んでくる。
…もう少し早く復讐に来ていたら、何発か殴られて終わりだったかもしれないけど。
「来るなら、バッドエンドのときに来るべきだったな」
俺は目を動かし、文言を書き込んだ。
《スキップ:日当たりのいい場所》
ガタン。
視界がひっくり返り、気がつくと狭い路地もならず者たちも跡形もなく、遠くに中央広場の噴水が見えていた。
辺りを見回すと、どうやらギルド二階のVIP室の裏にあるバルコニーらしい。
「…この程度のスキップなら大丈夫だろ」
物語全体を飛ばしたわけじゃない。ただ、自分のいる場所を思い描いただけだから。
俺は夕日に照らされて光る、手の中の招待状を見下ろした。
【—リベリン王宮公印。
国王『アズバン・リ・ベローズ』の名において、貴殿を王宮へ謹んで招待する。
場所:リベリン、アルカディア王宮南正門
日時:貴殿の都合のよいとき、いつでも】
少し傾けるたびに、魔法のインクのせいか虹色にきらめいた。
それにしても、国王アズバン・リ・ベローズ…?
国王名義の招待状にこんな悪戯を仕込むなんて。
あのハーフエルフ、見かけによらず悪戯っ子だな。
俺は招待状を折りたたんでしまい、一階へ下りた。
タッ、タッ、タッ。
上から下りてきた俺を見て、受付係がびっくりした。
「あら、どうしてそちらから下りてこられたんですか?」
「…自分でもよく。それより、できればギルドの周辺を見回ってもらえませんか?」
「え…? あ、はい、かしこまりました。警備の窓口に伝えておきますね」
王宮の招待状のおかげか、サラの前科のおかげか、Fランクの申し出が何の条件もなく受け入れられた。
一階へ戻ると、サラはホールのソファに座って、受付係にもらった飲み物をちびちび飲んでいた。
「ごめん、待たせたね」
「うん」
サラは短く答え、もう一口飲んだ。
実に正直だな。
俺は受付係に軽く頭を下げ、ギルドの外へ出た。
ギイッ。
「何だよ…あれ」
「きゃあああっ!」
「いったい何があったんだ?」
ギルド脇の路地に人だかりができ、ざわついていた。
『…あっちは確か、スキップした路地だ』
サラと一緒に通り過ぎながら、人垣の隙間からそっと覗き込んだ。
地面には数十人のならず者が、手足を変な方向に曲げ、奇妙な姿勢でひっくり返って気絶していた。
特にあの大男は、両腕が完全に折れ曲がり、泡を吹いてがたがた震えていた。
自分でフィードバックしたスキルなのに、まだ正確な仕組みがわからない。
俺がギルドの二階にいたことから推測するに、スキップを使った瞬間、まず結果が執筆され、その結果に合わせて因果関係が描かれる感じなのか。
それで、こんな過程が描かれたってことか?
途中経過がわからない以上、やっぱり気軽には使えない。
とにかく、俺がやったという証拠はない。
俺は知らん顔をして、再び王宮へ向かった。
* * *
南正門前。
辺りは少し暗くなり始めた夕暮れ時。
石畳の長い進入路の先に、王宮が見える。
『壮大ではない』と描写されていた王宮も、近くで見るとなかなかの威圧感があった。
正門の前には検問所のような建物があった。
平民は入れない区域だからか、俺とサラ以外に人影は見えない。
正門の上では、エルフの象徴である蓮の紋章が描かれた青い旗がはためいていた。
「さすが、エルフが治める国だな」
どうして国民の中にエルフがいないのかは知らないけど。
俺はポケットから招待状を取り出した。
「サラ、中ではもっと気をつけてね」
「……」
黙ってうなずくサラを連れ、正門に近づいた。
銀の鎧に青いマントをまとった兵士が、俺に向かって槍を立て、行く手を塞いだ。
「身分を確認いたします」
「こちら、招待状です」
騎士は招待状をあちこち傾けて確かめると、口を開いた。
「申し訳ありませんが、確認できているのはエレン様お一人のみです。お隣の方は同行できません」
え、俺だけ?
イベリアがサラのことを忘れたのか?
王宮ってのは、もともと融通が利かない。
だからといって、強引に入るわけにもいかないし…。
王宮からの招待は無視できないイベントだから、断ることもできない。
「サラ…」
「うん?」
「ちょっとここで待っててくれる? 中に入って話してみるから」
「なんで?」
「この人が駄目だって」
「殺す?」
何を物騒なこと言ってんだ。
「いや、君も招待してもらえるよう頼んでみる。駄目ならそのまま出てくるよ」
「…うん」
サラはしばらく俺を見つめてから、うなずいた。
「それではエレン様、南回廊へお進みください」
ギギギッ。
ドン!
鉄の正門がゆっくりと開き、広い庭園が姿を現した。
王宮まで続く石畳の両脇には、きれいに手入れされた木々と噴水。そして左手には、暗がりでもはっきりわかる真っ白な回廊があった。
『中もずいぶん広いな』
きょろきょろしながら回廊へ向かい、ちらりと振り返ると、正門の前でぽつんと立って待っているサラのシルエットが見えた。
衛兵たちも相当困惑しているらしい。
「ご案内いたします」
「あ、はい」
柔らかな声に振り向くと、従者らしき二人が丁重な態度で中へ案内し始めた。
王宮の内部は、質素ながら品格があるという描写そのままだった。
よく想像するようなシャンデリアはなかったが、天井から長く垂れ下がる、蓮の紋章を刺繍した上質な布が、いかにもエルフらしい趣味だった。
そのまま歩き続け、いくつもの廊下を抜けると、広い両開きの扉の前で従者たちが左右に分かれて立ち止まった。
「中へお入りください。陛下がお待ちです」
「はいっ」
俺は小さくうなずいた。
そして、しばらくして。
ギイッ。
大きな扉が開くと、長い食卓が見え、その奥の席には、誰がどう見ても王様としか思えない人物が座っていた。
その人物は立ち上がり、俺を迎えた。
「リベリン、アルカディア王宮へようこそ」
「……」
見た目からして、こいつは生粋のエルフだ。
リベリン国王、アズバン・リ・ベローズ。
七百年を生きたエルフ。
長い茶色の髪に、緑の瞳。
荒れ地だったこの地に、現在のリベリンを築いた王。
四つの王国が連合体制を取る前、国家間の戦争にも参加した王だ。
『思ったより神秘的だな』
年齢的にはとっくに老人のはずなのに、渋い壮年の男という雰囲気が強い。
「君がエレンだな」
広い食堂に静かに響くほどの低い声。
周囲に立っていた従者や近衛兵、食事に招かれたらしい貴族たちも、みな静まり返った。
「はい」
王の体格は、ギルドにいた身長百九十センチの大男と同じくらいに見えた。
近づいてきた王は、緑の瞳で俺をゆっくり上から下まで眺め、それから自己紹介を始めた。
「私はリベリン王国の初代国王」
王の言葉に貴族たちは頭を下げ、従者たちは軽く膝をついた。
「アズバン・リ・ベローズ。帝国東部の森を開拓し、ノスレム王国との通商条約を復活させた者。イベリアの父にして、リベリンに長き平和をもたらした者だ」
うわー、自己紹介ひとつで大げさだな。
「そして今、この場で君と食卓を囲む幸運に恵まれた者でもある」
そう言い終えると、王は軽く微笑んだ。
俺はほんの少し頭を下げた。
必要以上に礼儀正しくすることもないだろう。
今のエレンとして、普段どおり振る舞えばいい。
王は席に戻り、手を上げて従者に合図した。
さらり。
あっという間に銀の食器が次々と食卓に並べられた。
『サラを置いて食べるのは申し訳ないな…』
料理の蓋が開くのを待っていると、王の声が聞こえた。
「食事の前に、一つ尋ねよう」
顔を上げると、緑色の視線が俺を射抜いた。
「…はい」
俺が答えると、食卓の両側にいる貴族たちの視線も集まった。
服装もやたら豪華だし、リベリンの要職に就いている連中なんだろう。
おそらく、Fランクをこの席に呼んだ理由が気になっているのだ。
「イベリアを救ってくれたと聞いたが、本当か?」
「命の危険にさらされている人を見て、知らん顔はできませんでしたから」
心にもないことを。
こういうときは好感度稼ぎだ。
勇者が動き出す前に、俺一人でもメインストーリーの流れに入り込めるよう手を打っておかなければ。
俺の言葉を聞いた王はしばらく黙り、再び口を開いた。
「境界の森は、森の案内人を伴わなければ王国騎士団でさえ容易に踏み込まぬ場所だ。Fランクの君が、なぜそのような場所にいたのか気になるな」
『喉に詰まりそうだ。飯くらい食わせてくれ…』
「……」
俺は答えられなかった。
あの野郎が勝手に俺を境界の森に放り込んだなんて、説明のしようがない。
俺が長いこと黙っていると、王は小さく微笑んで続けた。
「……すまない。娘の恩人を困らせるつもりはなかった。ただ、確認が必要だっただけだ。これ以上は詮索しない」
王の言葉が終わると、張り詰めていた空気が少し和らいだ。
ほどなく銀の蓋が一斉に開き、温かな湯気が立ち上った。
黄金色の米粒、緑の植物が添えられた厚切りの肉、山海の珍味。
俺はフォークで肉を一切れ取り、口に運んだ。
舌先に広がる濃厚なハーブの香りと、ほどよく塩気のある肉汁。
食べられなくはないが、噛めば噛むほど苦味と塩辛さが強くなってくる。
ちぇっ、思ったより微妙だな…。
カチャ、カチャ。
あれこれつまんでいる俺に、王が再び尋ねた。
「君、我が騎士団に入らないか?」
いきなり?
何気なく口にした勧誘に、食卓は一瞬で静まり返った。
このエルフ、さっきからウインカーも出さずに突っ込んでくるな。
カチャリ。
俺は傍らの白いナプキンで軽く口元を拭い、口を開いた。




