第11話 アルカディア中央市場
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* * *
今日は一日中、余計なことばかり考えて悩んでいた。
「はぁ…」
いくら考えてもわからないんだよな…。
ほかの部分なら、ある程度は推測できる。
だが、《イレギュラー》。
このスキルの保存条件だけは、どうにもわからない。
自分で言うのもなんだが、天才悪魔学者として何かピンとくるものがあるわけでもない。
今までに出した結論は、大体こんなところだ。
俺を脅かす再執筆要素を破壊し、その魔法をスキルとして一時保存する。
ここまではわかる。
問題は、何発食らえば保存されるのかわからないことだ。
サラの威圧のときも、地下牢で下位魔法にボコボコにされたときも、共通していたのは魔法と危険だけ。
仮に十発食らわないと保存されないとしたら?
十発殴られて死ねと言っているようなものだ。
それほどの痛みなのだ。
「うーん…」
…この悪魔学者野郎、まさかマゾだったのか。
しばらく頭をひねった末、一つの結論にたどり着いた。
そもそも規則なんてない。
再執筆するのが面倒になったら、俺に丸投げしている。
そういう不親切なスキルなのだと結論づけた。
なぜなら、あいつが作った世界だからだ。
「…最悪だな」
「?」
ギルドから五分ほど離れた中央広場。噴水前のベンチに一緒に座っていたサラが、俺の独り言に顔を向けた。
奴隷事件から、もう数日が経っている。
西壁村一帯の復興事業を行うという通達が中央ギルドに届いたらしいが、それ以外に王宮からの知らせはない。
「いったい何やってんだか…」
ベンチに座ったまま、噴水の右側に建てられた治癒の女神ベルデラの聖像を眺め、意味もなくつぶやく。
「…ん?」
「いや、ただの独り言」
システムウィンドウには、今もなお【バッドエンド】の文字が点滅している。
『こうなるなら、あのとき無理にでも俺が最後まで片づけるって言うべきだったか…』
…いや、これすら処理できないなら、リベリンなんてとっくに滅んでいるだろう。
「んんーっ」
天気もいいし、ぽかぽかしていて思わず伸びをしてしまう。
少し調べたところ、リベリンは四季がはっきりしていて、人が暮らしやすい気候らしい。
そよぐ風も、暑すぎない日差しも完璧だ。
「ふぁぁ…」
サラも眠そうな目で、俺につられて伸びをした。
「今日はちょっとのんびり過ごすか?」
実は奴隷事件の件で、王宮から中央ギルドを通じて俺宛てに報奨金が出ていた。
金貨十枚。つまり銀貨千枚分だ。
西壁での肉体労働、四百日分に相当する。
勇者が動いていない今なら、多少は余裕がある。
* * *
そうしてやって来たのは、王宮から少し離れた場所。
初日に王宮周辺でぼったくられて以来、できるだけあの辺りは避けるようにしている。
というわけで、今いるのはアルカディア中央市場だ。
「あははは!」
靴も履いていない子供たちが、砂糖のついた串を手に走り回っている。その隣では、魚…に見える魔物を売るおばさんが声を張り上げていた。
「グリーンフィッシュ三匹で銀貨二枚! 安いよ、安いよ!」
初めて見る魚だったのでちょっと覗いてみたら、あのおばさん、飛んできたハエごと魚を切り刻んだ。
「…」
ドンッ!!
遠くでは客と商人が値切り交渉の末に取っ組み合いを始め、駆けつけた警備兵に連行されていく姿も見えた。
『…はぁ、受け入れるしかないか』
庶民の中央市場を選んだのは俺だ。
「サラ、何か欲しいものないか? 買いたいものとか」
隣を見ると、俺の声も聞こえないほど見物に夢中になっている。
何も買わなくても満足しそうな顔だな…。
ん? 変な根っこを噛んでいる。
「それ、何だ?」
「千年草」
いや、名前じゃなくて、どこで手に入れたんだよ。
「泥棒だ!」
振り返ると、ようやく気づいた店主のおじさんが飛び出してきた。
「泥棒を捕まえろ! 金貨十枚もする千年草を盗みやがって!」
何だって、金貨十枚?
「泥棒だって」
「あの人、ギルドでDランク冒険者の手首を斬り落としたっていう人じゃない?」
「あら、乱暴ねえ」
俺はサラの頭を押さえ、口にくわえた蔓のような根を引っ張った。
「吐け! この馬鹿女!」
「んんっ!」
「吐けって!」
「…んんんっ!!」
取られまいと固く噛みしめ、まるで放そうとしない。
霊物の顎の力に勝とうとした俺が馬鹿だった。
諦めて、そのまま全力で走った。
もちろん、店主に金を払うためだ。
「すみません! すみません! あの、少しおまけしてもらえませんか!?」
「盗んでおいて何が値引きだ! 本来なら倍の値段を取っても足りねえくらいだぞ! 金貨十枚だ!」
「…」
「……」
「いや、今、金貨十枚が全財産なんで、その辺をどうにか…」
「そりゃあ兄ちゃんの都合だろ!」
返す言葉もない。
買い物を始める前に全財産が消えた。
…。
..
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「…まずい」
「全部食え」
サラの言葉にため息をついて顔をそむけると、看板が目に入った。
〈万物雑貨〉
…一文無しのすっからかんでも、見物くらいはできるだろう。
根っこをくちゃくちゃ噛んでいるサラの手首をつかみ、店の中へ引っ張っていった。
――チリン。
古びた鈴が静かに鳴る。
外から見た印象と違い、店内は思ったより広かった。
木製の棚には商品がぎっしり詰まっていて、正体不明の薬瓶、曲がった杖、目玉の形をした魔法の玉など、どこを見ても目が離せない。
隅のカウンターらしき場所で居眠りしている老婆を気にせず、奥へ進んだ。
「マナポーションに…スタッフ…この薬草は何だ? …ケラピン?」
どれもこれも初めて見るものばかりだ。
こういう部分こそ、俺の知らない、原作で描写されなかった場所なのだろう。
たとえば、アクションアドベンチャーのファンタジーゲームで、本来は入れないはずの建物に入ったような感覚。
棚の埃を指先で軽く払って近くから見れば、こんな細部まで現実と何も変わらないように思えた。
『…もしかしたら、俺はまだ現実を否定しているのかもしれない』
細かな作り込みに驚きながら、棚の商品を一つずつ取り出して眺めていると。
――ガタッ。
何かが一緒に引っかかってきて、小さな水晶玉が棚から転がり落ちた。
「え?」
反射的に手を伸ばして水晶玉をつかんだ瞬間、雑貨店の景色が場面転換でもしたかのように、目の前でひっくり返った。
――ドォォン!!!
「…?」
暗く、静まり返った建物の中。
周囲を見回すと、薄暗くも豪奢な廊下の天井に、誰かがいた。
暗くてよく見えないが、ぼんやりと人影が浮かんでいる。
銀色の上着はところどころ溶け落ち、スカートは太腿の上まで危うく裂けていた。
『…人形?』
拘束魔法だろうか。黒ずんだ赤い糸が、真っ白な人形を宙に吊るしている。
かすかに見える人形の唇が震えていた。
「…は、あぅ…」
『…生きてるのか?』
その人形の下で、誰かが笑っていた。
黒いハイヒール、透き通るような白い肌、すらりと伸びた脚、黒曜石のような黒髪。
ぺろりと舌を出し、人形の顎をつかんで持ち上げる。長い爪が人形の身体をなぞると、赤い血が流れ落ちた。
やがて廊下の窓から月明かりが差し込み、人形の顔を完全に照らし出した、その瞬間――
――【危険を感知しました。】
【精神錯乱を感知】
【《イレギュラー》により再執筆】
【魔法『偽譚』を破壊します】
――パリンッ!
機械音とともに、目の前の景色が再びひっくり返った。
俺は粉々になった水晶玉の破片を手に、床にへたり込んでいた。
周囲を見回すと、離れたところでまた薬草をつまみ食いしようとしていたサラが、水晶玉の割れる音にこちらを向いていた。
ほんの一瞬、夢を見ていたような気分だ。
「…あ、何でもない。続けてていいぞ。ちょっと待て、それは食うな」
ギィ…。
隅のカウンターを見ると、音に反応したのか、老婆が寝ぼけたまま身じろぎした。
「サラ、出るぞ」
サラの手首をつかんで出ようとしたところで、割れた水晶玉を思い出した。
『金がないのに、どうしよう?』
眠っている老婆の前、カウンターに王宮騎士団長宛てのツケを書き残し、急いで店を出た。
防犯カメラもないんだし、問題が起きたら王宮側と勝手に解決してくれるだろう。
――チリン。
雑貨店を出ると、本当に夢だったかのように、再び騒がしい市場の音が聞こえてきた。
『いったい何だったんだ?』
…いや、それよりも、奴隷イベントがまだ終わっていないと考えるべきか。
さっき図らずも破壊してしまった偽譚の魔法。
あれは確か、奇譚の悪魔の魔法だったはずだ。
こんな寂れた雑貨屋に悪魔の痕跡があるなんて。
『はぁ…何度か話をかき回したせいで、ありとあらゆるお約束がこっちに集まってくるな』
ブチッ。
サラは俺を見ると、ほとんど食べ終わった千年草を口で引きちぎり、残りを差し出してきた。
「…食べる?」
「全部食えって言っただろ」
よほどまずいらしい。
薬草を見つめてしばらく悩んだ末、ぎゅっと目をつぶって再び口に押し込むサラを無視し、顔をそむけた。
あれは何だ?
雑貨店から少し離れた路地に、人が列を作っているのが見えた。
〈中央魔法デザート〉
デザート…?
ここ数日、草ばかり食べていたから、ちょうど甘いものが欲しかったところだ。
「行くぞ」
* * *
比較的安い店なのか、店の前には老若男女、さまざまな人たちが列を作って待っていた。
「思ったより長いな…」
そうしてしばらく待つと、ようやく俺たちの番が近づいてきた。
サラを見ると、千年草をやっと食べ終えたらしい。
だから何でもかんでも拾い食いするなって…。
…あ! そうだ、金がない!
千年草に全財産をつぎ込んだことを忘れていた。
「冒険者様でいらっしゃいますか? 奥へご案内いたします」
店員らしき人物が、何も知らずに俺たちを丁重にもてなしてくれた。
「あ、いや…その、また今度に――」
サラが俺の視界を遮るように腕を伸ばし、誰かを指さした。
「?」
店の隅のテーブル。
軽い私服姿のクリドがいた。
『騎士団長って外出もするんだな?』
「あ、相席でお願いします。あそこにいる金髪の男性の連れです」
「あ! はい、かしこまりました~」
「あ、そうだ! 一番高いやつを二つお願いします」
「は~い、ありがとうございます」
ガタッ。
俺はまっすぐクリドの前へ行き、腰を下ろした。
突然の相席にクリドも一瞬戸惑ったが、静かにつぶやいた。
「…イベリア様のご命令だ。数日ほど気晴らしをしてこい、と仰せになってな」
「?」
誰も聞いてないんだが。
カチャ…。
クリドは尋ねてもいないことを話しながら、沈んだ顔でスープをすくっていた。
まあ、サラの前でも奴隷事件でも、大していいところを見せられなかったやつだ。
あのハーフエルフがそんなことを言うくらいだから、よほどひどい顔をしていたんだろう。
「命令でも、『いえ!』って断って、そばで守るのが騎士じゃないのか?」
「…君はいつの間にかイベリア様と親しくなったようだが、まだあの方の性格を知らないのか?」
「知らないな」
知るわけないだろ。
設定を知っているのは俺の一方的な知識にすぎないし、実際に顔を合わせたのは一日か二日程度だからな。
それにしても、気晴らしをしてこいと言われただけで、まるで別人のような雰囲気になっている。
壊れたNPCを見ている気分だ。
話している途中で、店員が浅い皿を運んできた。
「ご注文のノスレム産東部ウサギのシチューでございます」
「ノスレム産のウサギか…ずいぶん高いものを頼むんだな」
美しい色合いのシチューをちらりと見て、クリドがつぶやいた。
ガタッ。
「では、私はそろそろ失礼しよう」
待て、お前が行ったら!
「ま…待った! ちょっと待って!」
俺の必死な声に、クリドは中途半端に腰を浮かせた姿勢でこちらを見た。
「どうした?」
「…プラクシア商団の件、奴隷密売の関係者は片づいたのか?」
焦って思わず口から出たが、意外といい質問だ。
対応が遅れているのも気になっていたし。
立ち上がりかけていたクリドは再び席に着き、話し始めた。
「これは失礼した。ほかの者はともかく、君には知らせておくべきだったな」
「あ…うん、うん。聞かせてくれ」
カチャ、カチャ、カチャ。
また立ち上がられないよう、俺は慌てて食べながら答えた。
クリドはひどく深刻な表情で口を開いた。
「関係者は…」




