第10話 西壁村の奴隷売買 (6)
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* * *
エルトン関門。
リベリンの王都アルカディアへ入る道は、エルトン関門しかない。
王都の北端と南端にそびえる、巨大な要塞型の関門。
二重の鉄格子で構成された門を、外から来る者は必ず通らなければならない。
交易商団はもちろん、自称冒険者から旅人、使節団に至るまで、すべての人間と荷物はこのエルトン関門で身分と積み荷の検査を受ける。
境界の森に囲まれたリベリンならではの利点であり、欠点でもあった。
午前二時。
北エルトン関門は静まり返っていた。
関門の監視塔の下では王国兵たちが散開して待機している。サラは西側で、西壁村から来た兵たちと一緒に待たせていた。
俺とイベリアは北エルトン関門で、プラクシア商団が来るのを待っていた。
そもそも俺に戦うつもりはなかった。
王国の精鋭がこれだけ揃っているのに、わざわざ俺が出張る必要もない。俺は関係者として立ち会っているだけだ。
ひとつ心配なのは、俺も会話を小耳に挟んだだけなので、確信がないことくらい。
『何かしら来てくれよ……』
何も来なかったら、ちょっと立場がまずい。
「……来るよね?」
「うん。奴隷密売とは別に、王都の北から来る外部の人間は全員、この北エルトン関門を通らなきゃいけないの。それに北の警備所は通過しているから、何かは来るはずよ」
イベリアを見ると、関門の外に広がる真っ暗な草原と、そこを走る舗装路を緊張した面持ちで見つめていた。
しばらくして、イベリアが静寂を破った。
「ねえ」
「ん?」
「あなたが本当にリベリンの人間なら、国王が誰か知ってる?」
緊張をほぐすつもりなのか、唐突な質問だったが、もちろん知っている。
エルフの十年は、人間の一年。
目の前にいるイベリアは二百年生きたハーフエルフで、リベリンの国王は七百年生きた生粋のエルフだ。
ただ、俺は文字で読んだだけなので、知らないふりをした。
「いや」
答えながら、遠くにいるクリドを睨む。俺がFランクだからという理由で招待の話をうやむやにした張本人は、ほかの兵士たちと何やら話しているようだった。
「エルフなの」
イベリアは俺が知らないと予想していたらしく、知っていることを話し始めた。
こんな説明をするあたり、そもそも俺がリベリン国民だということを信じてもいないらしい。
「陛下は、私がハーフエルフだということを隠したがっていたの。だから私を境界の森にあるエルフの村へ送ったのよ」
王がエルフなのに、ハーフエルフが疎まれるという設定からして意味がわからない。
目だけを動かして《スキップ》をちらりと確認したが、やはり無効のまま。
まだメインストーリーの途中ってことか……。
俺は仕方なく、王女の夜明け前の感傷に付き合うことにした。
* * *
やはり知っている話だった。
サラとイベリアの過去をざっくりまとめると、こうだ。
百年前、境界の森の奥深くにあるエルフの村に悪魔が現れた。
囁きに魅入られたエルフたちは悪魔と契約を交わし、村はあっという間に堕落した。
その光景を上空を通りかかった霊物が目撃し、村はそのまま破壊された。
その日、森で薬草を摘んでいたイベリアだけが生き残り、堕落していなかった彼女を霊物は近くのリベリン王国の王都アルカディアまでくわえて運んだ。
そして霊物に運ばれてきたイベリアは、時が経つにつれて帝国の有力な皇位候補となった、という話だ。
俺が気になるのは、この王女が霊物に村を壊された理由を知っているかどうかだ。
「サラ……いや、ドラゴンがどうして村を壊したのか、知ってる?」
イベリアは少し間を置いてから答えた。
「……あれから百年も生きていれば、知りたくなくても知ってしまうわ」
あれ? 理由を知っているのか。
「それでもドラゴンが怖い?」
「怖がりたくなくても、どうしようもないみたい。ずっと暮らしてきた村も、人たちも……」
視線を落とし、言葉を止めた。
『ふむ……』
当時のイベリアは人間でいう十歳。数日前、草原でサラが急降下して百人を超える王国騎士団を叩き潰した光景を思い出すと……。
イベリアが目にしたであろう村の残骸と、その中心にいた黒いドラゴンがどんな姿だったか、おおよそ想像がつく。
『トラウマ……か』
数日前、草原でサラを見たときにイベリアが見せた恐怖。その理由がようやく理解できた。
やり方が乱暴すぎるんだよ。
人間の精神年齢を当時のイベリアに当てはめるのが適切かはわからないが……とにかく乱暴なのは乱暴だ。
「向こうに明かりが見えます!」
話している最中、遠くの闇の中に光が見えた。
……来たか。
光は徐々に明るくなり、ランタンを下げた数台の馬車がエルトン関門へと近づいてきた。
「クリド、準備して」
イベリアが顔を上げて命じると、監視塔の下に散らばっていた王国守備兵たちが動き始めた。
一隊は関門を閉ざし、残る兵たちは事前の計画どおり包囲網を狭めていく。
馬に乗った先頭の御者が、閉じられた門の前で停止した。
続いて後ろの四台の馬車が並んで止まる。
「ここはリベリン王国の王都アルカディア、北エルトン関門だ。正式な検問手続きに従い、身分と積み荷を確認する」
エルノが御者の正面に立ち、プラクシア商団へ告げた。
「プラクシア第二商団です。到着予定時刻、経路、積み荷の内容はすべて事前に書類で提出し、許可をいただいております」
「王国内が少々混乱していてな。今は書類より積み荷だ。荷台を開けろ」
御者が予想外だというように後ろを振り向くと、馬車の後方から商団の幹部らしい男が姿を現した。
戦いとは無縁そうな、いかにも商人といった風貌だ。
「商団主セルエン・ハスペル侯爵様の名義で、リベリン中央ギルドから正式な貿易許可を得た合法の交易品です。ここで時間を取られると支障が出ます」
「言ったはずだ。今は書類より積み荷だ。それと、境界の森を通ってきたのだろう? なぜ森の案内役であるエルフが見当たらない?」
もっともな話だ。
危険地帯である境界の森を通るには、エルフの加護を持つエルフが同行しなければ道に迷ってしまう。
「それは……」
エルノをどこかで見たことがあると思ったら、軍隊にいた融通の利かない幹部にそっくりだった。
「…………」
商人はエルノの態度に観念したように後ろへ顎をしゃくり、商団の者たちが下がった。
「先頭の荷台から調べろ」
エルノの指示で兵士たちが順に荷台を開け、検査を始めた。
外で兵士たちが品目を確認して記録する声を一つずつ聞いていると、絹や香辛料の袋、魔導防音ルーン、丸太や鉄材、ノースレム王国から輸入した鎧や武器など、どれも怪しいところのない交易品ばかりだった。
『見当違いだったか……?』
俺の言葉で無駄足を踏ませた王国兵たちのことを思うと、少し血の気が引く。
そうして最後の馬車。
荷台を開けると、そこにも問題のない交易品が積まれていた。
「異常ありません!」
兵士が報告して出ていこうとした瞬間、剣の柄がゴム製の覆いに引っかかり、それがずり落ちた。
覆いの下には木箱があり、その表面には薄く魔法の刻印が刻まれていた。
「ふ、副団長! こちらに! 妙な刻印があります!」
兵士の叫びにエルノが駆け寄り、覆いに手を置いた。
――バチッ。
「封印魔法……?」
手に軽い電流が走ったのか、顔をしかめる。
「箱を外へ運び出せ!」
兵士たちが細長い長方形の木箱を地面に下ろすと、待機していた宮廷魔法使いたちが封印を解こうと、それぞれ魔法を放ち始めた。
「おい、この中には何が入っている? 報告された目録にはない品だぞ」
「途中で追加された依頼品です。時間がなく、報告が間に合いませんでした」
「確認する。箱を開けろ」
「申し訳ありませんが、この封印魔法は術者本人か、Aランクの高位魔法使い以上でなければ、我々にも開ける方法がありません」
中身も確認せずに依頼を受けたっていうのか?
商人のくせに嘘が下手だな。
「ならば、この荷物は中身が確認できるまでリベリン王国で預かる」
「そんな横暴が許されるはずがありません! このような行為は両国間の……」
言い争う商人とエルノの背後を回り、手こずっている魔法使いたちのところへ歩いていった。
「ああ、無駄だと思いますよ。相当強固な封印ですから」
その言葉に軽く頭を下げ、箱の前にしゃがみ込む。
『封印魔法……』
確か……中位魔法使い以上が使えるマナ式だったはずだ。
術者本人でないなら、高位に準ずる魔法使いか上級マナ学者くらいでなければ解除できない。
俺は刻印のある箱へ手を伸ばした。
――バチッ。
――バチバチッ。
青い火花が何度も散り、指先から電流が流れ込んできた。
《危険を検知しました》
《全身麻痺を検知》
《イレギュラーによる再執筆》
《魔法『封印』を破壊します》
――ガシャアン!
ガラスの割れるような音とともに、固まりかけていた身体が動くようになった。
『ふざけんな、全身麻痺だと?』
なぜ術者本人にしか解けないようにしていたのか、ようやく理由がわかった。
同時に、刻印の奥に隠されていた別の魔法刻印が姿を現し――。
ミシミシッ――。
バキッ。
木製の蓋がいくつにも砕け、中身が露わになった。
「…………解いたのか?」
「……どうやって?」
未知の魔法でも見たかのように近づいてきた魔法使いたちは、箱の中身を見るなり慌てて叫んだ。
「……エ、エルフだ! 今すぐ治療を!」
「団長――!」
焦点の合わない目をし、全身に痣だらけの三人のエルフが、狭い木箱の中に折り重なって横たわり、かろうじて息をしていた。
「こいつらを今すぐ捕らえろ!」
駆けつけたクリドが状況を目にすると、即座に兵士たちへ逮捕を命じた。
エルノと話していた商団幹部は、それを聞くなり馬車から飛び降りて逃げ出した。
「に……逃げろ!」
だが、所詮は商人だ。
王国の精鋭兵に敵うはずもない。
あっという間にプラクシアの商人二十人と、雇われた傭兵たちが全員捕らえられた。
「誰の指示だ?」
「ろ……ローブをかぶっていたことしか知りません! それ以外は本当に何も! この箱をアルカディアへ運び込めば大金を払うと言われて……」
さすが商人、手のひらを返すのが早い。
最初の尊大な態度はとっくに消え失せていた。
「それで、お前がエルフたちを箱に詰め込んで――」
「違います! 違います! 最初から箱だけを受け取ったんです! 開けないことが報酬の条件だったんです! 本当です! エルフが入っているなんて想像もしませんでした!」
この状況で少しでも罪を軽くしようとする姿は、ずいぶん必死に見えた。
チャキン――。
クリドが腰の剣を抜き、商人へ突きつけた。
「貴様らはリベリン法に加え、帝国法にも違反した。この場をもってプラクシア第二商団の身柄を中央帝国クラデイの司法当局へ引き渡す」
「ま、待ってください! 我々は本当に運んでくれと頼まれただけで!」
「黙れ」
クリドが商団幹部の顔を踏みつけ、地面に押しつけた。
「イベリア様。この商団には国際交易法違反、奴隷密売、人権蹂躙など、複数の罪状が確認されました。リベリン国内で処理するよりも、プラクシア側に正式な責任を問うため、クラデイへ護送いたします」
「うん。商団のことは任せるわ」
イベリアは急いで治療魔法を受けているエルフたちを見つめていた。
もともと白い肌がさらに青白くなったエルフ。全身に痣を残し、意識を失ったエルフ。高熱に震えるエルフ。
その姿を見守ってから、ちらりと俺の顔色をうかがうように口を開いた。
「……エルフたちは私たちリベリンが責任を持つわ。治療が終わり次第、王国で保護して世話をするつもり」
落ち着いた声だが、ひどく怒っているのが伝わってくる。
「イベリア様」
「うん?」
エルノが封印の奥に隠されていた魔法刻印つきの箱の破片を、慎重にイベリアへ差し出した。
「この刻印……プラクシアではなく、リベリンの宮廷魔法使いたちが使う固有のマナ式です」
「何ですって?」
「刻印だけで判断するのは早計ですが、どうやら……」
イベリアの目が大きく見開かれた。
『どれどれ……』
俺もひょいと顔を伸ばし、エルノの肩越しに覗いてみた。
うん、わからん。
こんな魔法陣の模様まで俺が知っているわけがない。
ざっくり推測するなら、同じ魔法でも習った流派によってマナ式が少しずつ違うんじゃないか。
定型化された魔法ではなく、秘匿のために作られた封印魔法ならなおさらだ。
「はぁ……」
イベリアはエルフたちをもう一度見て、深くため息をついた。
「犯人は私たちの内部にいるってことじゃない。地下牢がアルカディアにあったのも、考えてみれば当然だったのね」
「……はい。状況から見れば」
「クリドと陛下にだけ伝えて。兵士たちには知らせないで」
「はい、承知しました」
エルノは頭を下げて退き、クリドのもとへ向かった。
イベリアが俺を見て言った。
「エレン、ありがとう。おかげでリベリンの裏側を知ることができたわ」
「……あ、うん。でも、関係者は?」
念のため確認しておくと、上まで捕まえなければハッピーエンドにはならない。
俺はシステムウィンドウに浮かぶ【バッドエンド】を一度見てから口を開いた。
「俺も何か手伝――」
柄にもなく申し出ようとした瞬間、イベリアが銀髪を揺らして首を振り、俺の言葉を遮った。
「ううん、ここまでで十分よ。残りは王室で解決するわ。これは私たちが解決しなければならないことだから」
……まあ、皇位を狙う王女の立場からすれば、そのとおりか。
他人にエンディングを任せるのは少々不安だが、俺がいなくても結末が変わるのか、確かめておく必要はある。
「じゃあ、西壁村の孤児院の下にある地下広場に、密売の関係者たちの死体があるはずだ。よろしく頼むよ」
死体があると知っていて目にするのと、知らずに目にするのとでは、また違うからな。
イベリアは少し目を見開いてから頷いた。
そしてクリドを呼んだ。
「クリド、何か言うことはない?」
クリドは俺をちらりと見て、頭を下げた。
「疑ったことも、Fランクだからと侮ったことも、すべて謝罪しよう」
俺は黙ってその姿を眺めた。
クリドが少し顔を上げ、俺を見つめる。
「……もしや、これでは謝罪が足りないか?」
ぽん、ぽん。
俺はクリドの肩を軽く叩いた。
「霊物を前にして漏らすのは、恥ずかしいことじゃないぞ」
「…………!」
顔を真っ赤にしたまま固まる騎士団長。
「それじゃ、準備ができたら迎えに行くわね」
「迎えに?」
「うん。陛下にお話しして、正式に王宮へ招待するつもりよ」
……Fランクと鑑定されて終わった王宮ストーリーを、また続けられるってことか。
イベリアはそう言うと、クリドを連れて現場へ駆けていった。
騒然としていた北エルトン関門の前は手際よく片づけられ、兵士の一部が俺とサラを中央広場まで送り届けてから王宮へ戻っていった。
そうして午前五時。
一睡もしないまま、空が白み始めた。
ポケットに残っているのは、肉体労働の報酬である銀貨五枚。
そして、いまだに点滅している【バッドエンド】。
『……割に合わない労働だな』




