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最強女騎士は、あと百二十日で壊れる ~粗探ししかできないハズレスキル《不具合鑑定》の俺だけが、それに気づいた~  作者: 出水克幸
城護盾バスティオン編

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第七話 壊せば、城へ返る


石段を降りて十歩ほど進んだところで、セラが止まった。


「トーマ」


「はい」


「これは罠ではないのか」


先頭を歩いていたセラは、振り返らなかった。


抜いた剣を低く構えたまま、暗い地下道の先を見ている。


左右の石壁には古い管が走り、その中を何かが絶えず流れていた。


水の音。


その奥に、低い地鳴りのような響きが混じっている。


「地下へ来いと言った男は、ここにはいない」


セラが続けた。


「別の道を進んでいると言っていた」


「……そうですね」


言われてみれば当然だった。


あの男がこの旧管理路を固定している。


だから通れる。


だが、この道が安全だとは一度も言っていない。


記録室を、人が残っていると知りながら爆破させた男だ。


俺たちを地下へ入れたからといって、守るつもりがあるとは思えない。


後ろを歩いていたマレクが言った。


「戻るか?」


俺は振り返った。


石段の先は、もう見えない。


その向こう。


城壁の外では、今も盾に水を奪われている。


水だけじゃない。


土地の力も。


家畜も。


人の精気も。


しかも東からは魔物の群れが迫っている。


別の入口を探す。


増援を待つ。


声の男の正体が分かるまで動かない。


どれも安全ではある。


時間さえあれば。


「進みます」


セラが横目で俺を見る。


「罠でも?」


「罠じゃないとは思ってません」


「なら、なぜだ」


「ほかの道を探している間も、外では犠牲者が出続けます」


一度、息を吐いた。


「選べるなら別の道にします。でも今は、これしかない」


セラはしばらく俺を見ていた。


「そうか」


それだけ言って前を向く。


マレクが鼻で息を吐いた。


「罠だと分かって入るなら、せめて足元くらい見ろ」


「見てます」


「さっき水たまりを踏んだ」


「……あれは見えてました」


「なら避けろ」


セラの肩が、わずかに揺れた。


「笑いました?」


「笑っていない」


「今、絶対――」


「行くぞ」


置いていかれた。



―――



地下道の床には、浅い水が流れていた。


だが、方向がおかしい。


道は下っている。


なのに水は、坂を上るように地下の奥へ向かっていた。


小石も。


折れた木片も。


水面に浮いた(ほこり)まで。


何かに引かれている。


セラが壁へ手をついた。


「待ってください」


腕をつかみ、すぐ引き離す。


指先から血の気が失われていた。


「またか」


セラが右手を開閉する。


「触らないでください」


「確認しただけだ」


「身体で確認しなくてもいいでしょう」


「触れば分かる」


「倒れてからでは遅いです」


「倒れていない」


マレクが後ろから言った。


「だから、お前の自己申告は信用されん」


セラが黙る。


俺は記録帳を開いた。


 旧管理路。壁面接触により精気流出。


「書いたか」


「書きました」


「なら行くぞ」


「そこは素直に納得するんですね」


返事はなかった。


けれど、それからセラは壁へ触れなかった。


水の流れを追う。


壁の管も同じ方向へ続いている。


俺たちが探している中枢がどこにあるかは分からない。


ただ、奪われたものが向かう先を辿(たど)ればいい。


少なくとも、道しるべにはなった。



―――



しばらく進むと、大盾から三本の線が伸びる印があった。


その下に、小さな金属蓋。


マレクがこじ開け、中の黒い管を三度叩く。


少しして、一度。


返事があった。


俺は管へ口を寄せる。


「ネネ」


『聞こえる』


声の向こうが騒がしい。


人の叫び声。


荷車を動かす音。


城壁から鳴らしているのか、鐘の音も混じっていた。


『城外で七人倒れた』


「避難民ですか」


『うん。西へ移ってもらってから急に』


ネネの声が早い。


『外に残ってた水を飲ませても、起き上がれないって。白布で知らせてきた』


「西へ集めたのは?」


『さっき。東から魔物が来るから、荷車を西側へ寄せた』


伝声管の横に、古い銅板が埋め込まれていた。


城を中心に、周囲を十二に分けた図。


西側の針だけが激しく振れている。


そこから地下の奥へ、太い赤線が伸びていた。


人。


水。


食料。


家畜。


守るために一か所へ集めた。


城護盾バスティオンにとっては、使えるものが一か所へ集まった。


それだけなのかもしれない。


「ネネ。避難民を分けてください」


『散らすの?』


「荷車の防壁はそのままでいい。その内側で、人と家畜を三つか四つに分ける」


『でも魔物が来るよ』


「だから外へは出さない。固まりすぎないようにするだけです」


少し間が空いた。


『……もしかして集めたから吸われた?』


「その可能性が高いです」


『私たちが集めた』


「今は――」


『分かってる』


遮られた。


『先に動かす』


声が遠ざかる。


『イルマさん! 西側、三つに分ける! 荷車は動かさない!』


何人かが返事をする。


しばらくして、ネネが戻ってきた。


『前で魔物に備えてる人は?』


銅板を見る。


城壁に近い場所ほど針の振れが大きい。


「交代させてください。同じ人を長く前に立たせない」


『分かった』


「魔物は?」


乾谷(かれだに)を抜けた。三時間ないかも』


早い。


『それと、また来た』


「偽の命令ですか」


『東壁の兵を南門へ回せって。イルマさんの符号』


「本人は?」


少し離れたところから声が飛んだ。


『出していません!』


ネネが小さく笑う。


『だって』


「送信元は?」


『城内までは分かった。そこからは兄さんと追う』


アルトの声が遠くから聞こえる。


『地下を見ろ。こっちはやる』


「分かりました」


『トーマ』


「はい」


『気をつけて』


「はい」


通信が切れた。


マレクが奥へ携帯灯を向ける。


「三時間もない」


「急ぎましょう」


「だからといって走るな」


天井を見上げる。


大きな亀裂。


落ちる途中で止まった石。


地下の男の固定が外れれば、道そのものが崩れる。


急ぐ。


でも雑には進めない。


それが一番厄介だった。



―――



水音を追って進むうちに、道幅が広がった。


正面に大きな鉄扉。


半分だけ開いている。


根元には黒杭が一本刺さり、重い扉をその位置で固定していた。


「ずいぶん親切だ」


マレクが言った。


「親切だと思います?」


「思わん」


セラが扉の向こうを確認する。


「人影はない」


「入ります」


俺たちは扉をくぐった。


その先は、円形の広間だった。


そこで初めて、水音の正体が見えた。


壁から十二本の太い管が伸びている。


すべて、広間中央にある巨大な装置へつながっていた。


人の背丈ほどある金属輪が三重に組まれ、その中心を太い軸が貫いている。


十二本の管から青白い光が流れ込み、輪を通って中央軸へ集まり、さらに地下の奥へ送られていた。


光だけじゃない。


水も。


魔力も。


精気も。


ここを通っている。


セラが装置を見る。


「これが吸っているのか」


「吸っている、というより……」


鑑定を向ける。


視界に赤い線が広がった。


《対象名称――外部徴収分流機》


《流入――十二外部区画》


《流出――城護盾中枢》


「集めて送ってます」


「なら、これを叩き切れば止まるか」


セラの手が剣へ伸びる。


「駄目です」


「早いな」


「切った後が見えました」


分流機の中央軸が折れる。


中枢へ向かっていた流れが止まる。


しかし、外から流れ込む十二本は止まらない。


行き場を失った力が溜まる。


押し返される。


赤線が反転した。


城外ではない。


障壁の内側へ。


《中枢流路遮断》


《蓄積負荷――逆流》


《逆流先――城内》


「壊したら、今まで吸ったものが城へ返ります」


マレクが装置を見る。


「水も?」


「それだけじゃありません」


土地から奪った力。


魔力。


人の精気。


何より、城護盾が受け止め続けている負荷。


何がどんな形で返るかまでは分からない。


「つまり」


セラが剣から手を離した。


「斬らない方がいい」


「はい」


「なら行くぞ」


判断は早かった。


ここは原因じゃない。


ただ、奪ったものが通る途中。


止めるなら中枢だ。


広間の奥へ進む。


そこに、もう一枚の巨大な扉があった。


先ほどのものより分厚い。


継ぎ目すらほとんどない。


マレクが押す。


動かない。


セラも触れたが、何も起きなかった。


「開かないな」


扉の横に、古い金属板が取り付けられている。


(すす)(さび)で半分ほど読めなくなっていた。


イルマの記録室で見たものより古い文字だ。


マレクが携帯灯を近づける。


『非常保守路』


その下。


『重大流量異常――』


文字が欠けている。


さらに下だけ読めた。


『復旧確認後――自動開放』


セラが俺を見る。


「異常が起きないと開かない?」


「そう読めます」


「起こすか?」


「やめてください」


「聞いただけだ」


マレクが扉の周囲を調べる。


ほかに通路はない。


ここで行き止まり。


地下へ入っている連中も、この扉を前にしたはずだ。


それでも開いていない。


「もしかして俺たちが必要だったのか」


口から出た。


セラが振り返る。


「何がだ」


答える前に――


カン。


背後から乾いた金属音がした。


振り返る。


黒杭が一本。


三重になった分流機の外側の輪へ刺さっていた。


青白い光が()ぜる。


金属輪が大きく傾いた。


十二本の管が一斉に震えた。


《外部分流輪――損傷》


《流量制御――不安定》


《第二分流輪破損時――逆流開始》


「セラ!」


声より先に、彼女は剣を抜いていた。


太い管の陰から女が出てくる。


黒い作業衣。


腰には何本もの黒杭。


両手の指には古い火傷(やけど)の痕。


女は俺たちではなく、傾いた分流機を見ていた。


「今のはお前か」


セラが聞く。


「そう」


女は二本目の杭を抜いた。


「なら斬る」


セラが踏み込む。


女の手から黒杭が飛ぶ。


狙いはセラじゃない。


中段の金属輪。


セラの剣が空中で杭を弾いた。


石床へ落ちた杭から青白い火が上がる。


女が少し笑った。


「噂通りね」


「次は手を狙う」


「それは嫌だな」


口ではそう言う。


足は分流機から離れない。


マレクが横へ回った。


「倒すのが目的ではないな」


女は答えない。


二本目の杭を指で回した。


俺は分流機を見る。


最初に刺さった杭から、まだ黒い光が流れている。


輪の(ゆが)みが少しずつ大きくなっていた。


《連鎖損傷まで――残り三十秒》


「最初の杭を止めないと!」


俺が装置へ走ろうとする。


女がこちらを向いた。


黒杭が飛んでくる。


「トーマ!」


セラが間へ入る。


剣で弾く。


「装置を見ろ!」


「でも――」


「こっちは私がやる!」


女が口元を歪めた。


「ずいぶん任されてる」


「黙れ」


セラの剣が走る。


女が避ける。


マレクも加わり、装置から引き離そうとする。


俺は杭へ鑑定を向けた。


抜けばいい。


そう思った。


《黒杭強制除去――外部分流輪破断》


駄目だ。


すでに杭が輪へ食い込んでいる。


無理に抜けば、杭ごと金属輪を割る。


「抜けません!」


「ならどうする!」


赤線を追う。


黒杭。


三本の細い爪。


そこから輪の内部へ力が入っている。


全部ではない。


一番下の爪だけが、流れの中心になっている。


「杭の根元!」


セラが一瞬だけこちらを見る。


「下に三本! 一番下だけ斬ってください!」


女の目が動いた。


俺を見る。


初めて、はっきりと。


「そこまで見えるんだ」


セラが踏み込む。


女が塞ぐ。


剣と黒杭がぶつかる。


火花。


セラは正面から押さない。


一度剣を引き、女が追った瞬間に横へ外れる。


マレクが空いた場所へ入った。


女の腕を短剣で払う。


避ける。


ほんの一瞬だけ、装置への道が開いた。


セラが滑り込む。


剣先が下がる。


杭ではない。


その根元。


三本ある爪の、一番下。


切断。


青白い光が消えた。


分流機の揺れが弱くなる。


《破損進行――停止》


《逆流――回避》


俺は息を吐いた。


ゴン――。


別の音がした。


低く。


重い。


広間の奥。


さっきまで動かなかった巨大扉が、少しずつ開いていく。


セラが振り返った。


俺も見た。


『重大流量異常』


そして、


『復旧確認後――自動開放』


条件を満たした。


最初から。


これをさせたかったのか。


「……お前たち」


女を見る。


彼女は驚いていなかった。


むしろ、開く扉を見ていた。


待っていたように。


上から足音がした。


全員が見上げる。


円形広間の上部。


管の陰に隠れるように、細い点検廊が一周していた。


そこに男が立っている。


痩せた長身。


片手には短い槍。


()の先から、細い鎖が垂れていた。


地下にいた、もう一人。


男は開いた扉を確認した。


「行くぞ、ミレア」


それだけだった。


「はいはい」


女――ミレアが黒杭を足元へ落とす。


煙が弾けた。


セラが踏み込む。


だが、煙の向こうで鎖が走った。


男の短槍。


セラの剣へ巻きつく。


一瞬だけ足を止められる。


その間にミレアが上部点検廊へ飛び移った。


男が鎖を引き戻す。


「待て!」


セラが剣を振る。


鎖が外れる。


だが二人は、点検廊の奥にある階段へ消えた。


階段は、今開いた非常保守路の脇へつながっている。


追おうとする。


俺は一歩出て――止まった。


「トーマ?」


セラが見る。


分流機へ振り返る。


壊れてはいない。


流れも戻っている。


だが外輪には、黒杭による傷が残っていた。


「行けます」


今度は止めなかった。


マレクが開いた扉を見る。


「前からここにいたなら、扉の開け方も調べていたはずだ」


「調べても、できなかったんだと思います」


「何が」


俺は傷ついた分流機を見る。


「壊すところまでは、あの女にできる」


安全に止める。


逆流させずに復旧させる。


それだけができなかった。


だから待った。


《不具合鑑定》で壊れ方を見る俺と。


そこを正確に斬れるセラを。


記録室を爆破して地下道を開いたのも。


俺たちをこの道へ入れたのも。


最初からここへ連れてくるためだったのだとしたら。


セラが、開いた非常保守路を見る。


「やはり罠だったな」


「……はい」


「戻るか?」


最初と同じ問いだった。


地上では、城外の人が倒れている。


魔物は三時間以内。


そして今、敵は俺たちより先に中枢へ向かった。


「行きます」


セラは今度は理由を聞かなかった。


「なら行くぞ」


三人で扉をくぐる。


その先は、さっきまでの地下道とは違っていた。


壁も。


床も。


六十八年前とは思えないほど、きれいに残っている。


中枢に近い。


水音が、さらに大きくなった。


俺は開いた扉を振り返った。


敵に道を開けさせられた。


それでも。


この先に進まなければ、何も止められない。


今度は罠だと分かったうえで、俺たちはその中へ入っていった。



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