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最強女騎士は、あと百二十日で壊れる ~粗探ししかできないハズレスキル《不具合鑑定》の俺だけが、それに気づいた~  作者: 出水克幸
勝利譌�ヴィクトル編

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第六十四話 選ばせる

人波の向こうで、さっきの鈍い音がもう一度した。


治療所の前へ目を凝らすと、黒い固定具の横で男が短い槌を持ち上げていた。一本目はすでに石畳の継ぎ目へ半ばまで食い込み、周囲には砕けた石の粉が散っている。男がもう一度頭を叩くと、固定具はさらに沈み、その瞬間だけヴィクトルの周りに広がる白い光が片側へ引かれた。


消えたわけではない。


ただ、それまで均一だった光が、そこだけ薄く波打っている。


「そこから離れて!」


ソフィアが患者を支えていた奉徒の肩を押し、担架の進路を変えた。


もう一人の男は別の包みを開いている。


カイがそちらへ走った。


二本目を抱えた男へ真っ直ぐ行くかと思ったが、途中で横から入ってきた相手に進路を塞がれ、腕を取られる。カイは無理に振りほどかず、掴まれた腕を相手の胸元へ押しつけて身体を入れ替え、そのまま肩から押し返した。


二本目の固定具が治療所へ回る。


カイも追う。


俺は一歩出たところで、隣にいるサイラスが動いていないことに気づいた。


「サイラスさん。《最短路》は使わないんですか」


「使えないんです」


返事はすぐに来た。


俺はそちらを見る。


サイラスは自分の右手を見ていた。指先へ魔力を集め、前へ伸ばしている。淡い光が数寸ほど細く伸びたが、その先が急に揺れ、糸を横から何度も弾かれたようにほどけた。


「朝の杭で?」


「僕も、そう思っていました」


もう一度試す。


今度はさっきより魔力が濃い。


それでも結果は同じだった。経路の形を作りかけたところから光が細かく枝分かれし、そのどれも数瞬と保たない。


「採石場側の標点へ打たれていた杭で、繋いでいた《最短路》だけを切られた。向こう側の標点が駄目なら開けない、それで説明はつくと思ってたんです」


サイラスは途中から俺を見ていなかった。


北。


東。


西。


最後に南。


街を囲むものを探すように視線を巡らせる。


もう一度だけ指先から魔力を出した。


今度は形になる前から揺れた。


「……違う」


「何がです?」


「切られたんじゃない」


サイラスが顔を上げる。


そこにはっきり焦りが出ていた。


「街の中から外へ出そうとする魔力そのものを邪魔されています」


治療所からソフィアの声が飛んできた。


「何なの、これ……!」


負傷した兵士の肩へ手を当てている。


魔力は出ていた。


けれど傷へ届く手前で広がり、ソフィアが指を動かして集め直すと、今度は反対側へ流れる。


「動かないで。あなたじゃなくて……いや、あなたも動かないで」


患者が困った顔をした。


ソフィアは見もしない。


散った魔力を両手で押さえるように集め、ようやく傷口へ細い光を残した頃には、額へ汗が浮いていた。


サイラスがその様子を見ていた。


「……名前だけ、聞いたことがあります」


「何のです?」


「黒杭の一種です。配備帳で見たことはありません。そういう型があるらしい、と昔聞いただけで」


少し間を置いて、口にする。


「《擾杭《じょうこう》》」


「《封杭》とは違うんですか」


「《封杭》なら、打ち込んだ周辺の魔力の流れ自体を止める。これは違う。身体の中では魔力が動いてます」


サイラスは自分の胸へ触れ、その手を前へ出した。


「外へ出したところから狂わされる。量も、方向も、術式へ渡す形も少しずつ」


「少しじゃないわよ」


ソフィアが顔も上げずに言った。


「同じ傷を治すのに、出すたび違うところへ流れるの。出来なくはないけど、一回ごとに押さえ直してたら、何人も治せない」


そこへ別の負傷者が運ばれてきた。


ソフィアが一瞬だけ目を閉じる。


「そこへ寝かせて。まだ触らないで」


自分の手元へ戻った。


一本ではないのだろう。


少なくとも、朝に見つけた杭だけでは説明できない。


街の外周を囲むように何本か置かれ、その内側から外へ出ようとする魔力を乱している。


魔力そのものは使える。


だから余計に面倒だった。


《最短路》は、ただ強く出せばいい能力じゃない。細い経路を正確に作って、目的地まで崩さず通さなければならない。


今の状態では道になる前にほどける。


その横で、剣と掌がぶつかった。


セラとラウはまだ戦っていた。


ただ、さっきまでとは距離の取り方が違っている。


ラウの肩には浅い傷がいくつか増え、セラの頬にも拳が掠めた赤い線が一本残っている。それでも、どちらも呼吸は大きく乱れていなかった。


全部を出し切ってはいない。


セラが剣を中段に置いたまま口を開いた。


「一つ聞く」


ラウが顎を上げる。


「今さらか?」


「なぜオズワルドについた」


ラウの返事より先に、セラの右肩が動いた。


「針打《しんだ》」


拳の方が早かった。


大きく振ったわけでもない。セラが剣へ力を乗せる前、ラウの拳が右肩へ触れただけだった。


それで剣の始動が止まる。


ラウはその手を戻さず、支持脚の外へ自分の足を入れた。


セラの身体が傾く。


それでも倒れない。


片足だけで踏ん張ったまま、傾いた姿勢から剣が返る。


ラウは腰から上だけを大きく反らした。


「今それ聞くのかよ」


「答える気がないならいい」


「金だよ」


ラウは反った身体をさらに沈め、片手を石畳へついた。


「伏月《ふくげつ》」


地面すれすれを踵が走る。


セラが足を上げてかわす。


ラウは蹴りの勢いを殺さず、そのまま身体を一回転させて立ち上がった。


「頼まれて、金を出されて、受けた。それだけだ。傭兵なんてそんなもんだろ」


着地したセラの剣がもう来ている。


ラウが掌を出す。


途中で剣速が上がった。


触れた。


それでも止まらない。


ラウの腕ごと押し込まれ、靴が石畳を二歩滑る。


「何をする男かは知っているだろう」


セラがさらに押す。


「さあな。興味がねぇ」


もう一歩。


掌が震える。


それでも離さず、セラが剣を引こうとした瞬間に反対の手を手首へ添える。


戻す動きだけが鈍った。


その隙に懐へ入る。


肘が胸元へ来る。


セラは左腕で受けた。


「それに全部知ってから仕事選べるほど、傭兵は暇じゃねぇよ」


「そうか」


責めもしない。


納得した様子もない。


セラは受けた肘を押し返しながら、柄頭をラウの顎へ上げた。


ラウが首を振ってかわす。


二人の間が僅かに空いた。


すぐ埋まる。


ラウの拳がセラの目元へ伸びる。


セラが避ける。


その先へ肘が入り、受けられた腕をそのまま絡める。


「三折《さんせつ》」


拳。


肘。


そこから投げへ移った。


セラの腰がほんの少し浮く。


ラウが背へ乗せようとする。


浮かない。


セラの足が石畳へ残っている。


「ほんっと、重てぇな」


ラウは途中で投げを捨てた。


背中を向けた体勢のまま上半身を落とし、その反動で踵を後ろへ跳ね上げる。


セラが頭をずらす。


足先が髪を散らした。


ラウは着地すると同時に今度は膝裏へ手を伸ばす。


セラが剣の腹で払った。


「今のも技か」


ラウは低い姿勢から身体を起こしながら鼻で笑った。


「知らねぇ。今作った」


セラは一瞬だけラウを見る。


それ以上は聞かなかった。


次の一撃は、それまでと違った。


途中で速さを変えない。


方向も変えない。


真っ直ぐ、重い。


セラが試している。


俺にもそう見えた。


ラウは先に動かなかった。


剣が加速する。


肩。


腰。


踏み込み。


全部が刃へ乗っていく。


最大まで届く、その直前。


「崩牙《ほうが》」


ラウの掌が鍔元へ入った。


剣が止まった。


跳ね返ったわけじゃない。


逸らされたわけでもない。


あれだけの勢いで走っていた刃だけが、突然そこに置かれた。


セラの上体が前へ流れる。


ラウはもう懐にいた。


右拳が脇腹へ沈む。


鈍い音がした。


セラの息が短く切れ、その足をラウが払う。


片膝が石畳へついた。


門の近くにいた兵士まで、そちらを見た。


セラがこんな簡単に膝をつくところなんて、俺もほとんど見たことがない。


ラウは目の前にいる。


もう一発入れられる。


喉でも、顎でも。


少なくとも俺には、そう見えた。


けれどラウの手はセラの肩へ当たり、その身体を一歩分だけ後ろへ押した。


間合いを戻す。


追わない。


セラが顔を上げる。


ラウの方も無傷じゃない。


左腕が下がり、指先が小さく震えていた。


「……全部合わせても、これだけ返ってくるか」


ラウが腕を一度振る。


セラは立ち上がった。


脇腹には触れない。


「今のは効いた」


ラウが少し目を丸くする。


「素直だな」


「次は通らん」


「ああ、そっちは知ってる」


そこからセラの剣が変わった。


同じ入り方をしない。


重く見せて途中で抜き、ラウが合わせる寸前に角度を変える。軽く触れた次の一撃だけ急に重くする。


ラウの掌が刀身へ触れた。


今度は止まらない。


足が大きく滑る。


肩へ浅く刃が入る。


血が飛んだ。


それでもラウは笑みを消さず、低く潜ってセラの腹へ拳を返す。


セラは半歩だけ下がった。


両方とも、まだ奥がある。


けれどさっきまでの探り合いではなくなっていた。


そこへ北側から兵士が戻ってきた。


脇腹を押さえている。


「北路地。三人いた。裏から入られた」


年配の男だった。


息は荒いが、余計なことは言わない。


「二人やられた。追わせてない」


後ろからもう一人が運ばれてくる。


左脚を引きずっている。


ソフィアが顔を上げた。


「そこへ寝かせて。血が多い方をこっち」


一人目へ手を置く。


魔力が散る。


もう一度。


ようやく細い光が傷へ集まる。


その間に別の負傷者が来た。


「先生、こっちも――」


「こっちへ増やさないで!」


奉徒の足が止まった。


ソフィア自身も止まる。


歯を噛んだ。


「……ごめん。そこへ寝かせて。まだ触らないで」


声を落とした。


余裕がなくなっている。


それが分かった。


オズワルド側の動きも、少し前までとは違っていた。


正面からは来ない。


路地。


裏口。


建物の陰。


第三支部の人間が二人、三人と別れた場所だけを狙い、腕や脚へ傷を残して退く。


殺していない。


動けなくしている。


治療がまともに回らないと分かってからだった。


一人傷つければ、その一人だけでは終わらない。


運ぶ人間が要る。


ソフィアの手が止まる。


守る側の人数も減る。


「ソフィアさん」


サイラスが呼んだ。


「待って」


顔を上げない。


「今、喋るとこれがずれる」


サイラスは口を閉じた。


その間にもカイは治療所の前にいる。


二本目の固定具を持っていた男が、とうとう先端を石畳へ下ろした。


カイが間に足を入れる。


固定具の下側を蹴り上げた。


黒い棒が男の腕から外れ、石畳を滑る。


別の男が拾おうとする。


カイは追わず、その前へ立った。


肩で呼吸をしている。


右腕に細い傷が増えていた。


それでも一度だけ左肩を回すと、俺の方を見た。


目が合う。


カイは何も言わなかった。


そのまま治療所を背にして構え直した。


「ヴィクトルを使います」


サイラスが言った。


ソフィアの手が止まりかけた。


「この中で?」


「試します」


サイラスはヴィクトルへ走った。


俺も少し遅れてついていく。


一本目の固定具はまだ石畳へ刺さったままで、その側だけヴィクトルの光が僅かに歪んでいる。


サイラスは本体へ着くと、右手の掌を表面へぴたりとつけた。


「場所を」


北側から戻ってきた兵士がすぐに答える。


「北三区。薬屋裏。井戸から東二軒、南壁。荷箱横」


聞き慣れた区切り方だった。


二日前、射手たちと何度も繰り返した言い方に近い。


サイラスが一つだけ確認する。


「南壁の内側ですか」


「外。路地側だ」


それで目を閉じた。


右手はヴィクトルから離さない。


薬屋。


井戸。


そこから東へ二軒。


南壁の外。


荷箱の横。


頭の中でそこまで辿っているのだろう。


数秒後、ヴィクトルの紋様が一つ明るくなった。


固定具の側へ光が少し引かれる。


それでも消えない。


遠くで声がした。


「出た! こっちに光が来た!」


ソフィアが顔を上げる。


「届いたの?」


サイラスはまだヴィクトルへ触れていた。


「座標は合ってます」


「《擾杭》は?」


「ヴィクトルも魔力で動いています。でも、今乱されているのは、僕たちが身体の内側から外へ出す魔力です」


サイラスは固定具側へ歪む白い光を見た。


「ヴィクトル自体が影響を受けてないわけじゃない。ただ、今はまだ接続出来る」


北へ向けて声を張る。


「負傷者を動かさないでください! そこから位置が変わったら、座標を取り直します!」


遠くから返事が返ってきた。


右手は離れない。


ここから離れれば、いま繋いだ場所への恩恵も切れる。


サイラス自身が、ヴィクトルの前へ縫いつけられた。


その時、西側から若い奉徒が戻ってきた。


走りながら何度か振り返っている。


「西、通してます!」


サイラスがそちらを見る。


「誰を」


「住民です。武器を持ってない人はそのまま出してる。でも白布の人間だけ止められます。武器を置けば通すって」


「住民には手を出していない?」


「はい。道まで空けてます」


西の通りを見れば、確かに列は動いていた。


老人も、子供を抱いた女も、荷物を背負った男も、そのまま通されている。


白布を巻いた兵士が付き添おうとした時だけ、オズワルド側の人間が前へ出て道を塞ぐ。


剣は抜かない。


殴りもしない。


立つだけだった。


「奉徒を二人ずつつけてください。武器は持たせない」


サイラスが決める。


「白布の人は?」


「戻して」


奉徒が走る。


また第三支部から人が減る。


間を置かず東側から剣のぶつかる音が聞こえた。


「倉庫裏、塀越えられた!」


今度の男は走り込まず、通りの途中から怒鳴った。


「二人だけだ! 中までは入ってねぇ!」


サイラスの目が東へ向く。


右手はヴィクトルにある。


動けない。


北では遠隔の恩恵を維持している。


西へ奉徒を出したばかり。


東へ人を回せば、そのどこかがまた薄くなる。


通りの向こうでオズワルドは急かさない。


こちらが決めるまで待っている。


その間にも、セラとラウは戦っていた。


ラウの肩から血が落ちている。


セラの脇腹にもさっきの拳が残っているはずなのに、動きにはほとんど出ていない。


ただ、一度大きく崩されてから、セラは同じ力を二度使わなくなった。


ラウが肩を見るなら腰から入る。


腰へ意識が動けば足を変える。


重く見せて軽くし、軽く見せた次だけ重くする。


ラウも対応していた。


けれど、最初ほど綺麗には止められない。


それでも。


ラウがセラを大きく崩した時、追わなかった。


さっきも拳を続けられる距離まで入っていたのに、一撃で間を戻した。


逆にセラが横へ抜けようとした時だけ、ラウの動きが急に鋭くなる。


セラの方が先に剣を止めた。


ラウも追わない。


セラは治療所を見る。


西を見る。


オズワルドを見る。


それからラウへ戻った。


「……お前」


ラウは肩から落ちる血を親指で払った。


「私を倒しに来たんじゃないな」


返事はない。


ラウは笑いもしなかった。


セラは少し待ち、剣先を下げた。


「なら、付き合う理由もない」


横を抜ける。


その瞬間だけ、ラウの動きが変わった。


傷のある肩も構わず踏み込み、今までより一歩深くセラの進路へ入る。


そこで口元が緩んだ。


「つれねぇな」


腰を落とす。


「もっと武闘《おどろ》うぜ」


セラが足を止めた。


さっきまでとは位置が違う。


ラウは攻撃を待つ場所にいない。


行かせない場所へ立っている。


セラもそれを見た。


何も言わず、剣を上げ直す。


そこで俺にも遅れて意味が繋がった。


ラウはセラに勝つ必要がない。


セラがあそこから動けなければ、それでいい。


「サイラスさん」


呼んだが、サイラスは俺を見なかった。


西から、また一人戻ってきていた。


今度はさっきの奉徒より顔色が悪い。


「街の外までは出られました」


サイラスがヴィクトルへ触れたまま聞く。


「その先は?」


「旧荷場です。街道へ散ろうとした人だけ戻されてます。武器を持ってない人には手を出してません。でも、荷場から先へは行かせてない」


「何人います」


「俺が見た時点で、百は越えてます。まだ増えてます」


サイラスは黙った。


旧荷場の方を見る。


それから、ヴィクトルへ置いた自分の右手へ視線を落とした。


北では、いま接続している恩恵を待っている負傷者がいる。


西から戻った奉徒は、次の指示を待っている。


サイラスはもう一度、旧荷場の方を見た。


右手だけは、ヴィクトルから離れなかった。

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