↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最強女騎士は、あと百二十日で壊れる ~粗探ししかできないハズレスキル《不具合鑑定》の俺だけが、それに気づいた~  作者: 出水克幸
勝利譌�ヴィクトル編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
50/67

第五十話 傷の奥

中庭から担架がほとんど消えたのは、昼をかなり過ぎてからだった。


怪我人がいなくなったわけではない。


第三支部の治療室へ移された者もいれば、壁際に並べられた簡易寝台で眠っている者もいる。


ヴィクトルで傷が閉じたあと、立とうとして職員に寝かされた男もいた。


朝、大鍋が置かれていた場所まで寝台が広がっている。


ヴィクトルは、もう白布の中へ戻っていた。


開いていた部材は隠され、留め具も元へ戻されている。


朝と同じ、何のために立っているのか分からない大きな支柱だった。


さっき開いた姿を思い返すと、バスティオンとアレーテイアが浮かんだ。


形も、やっていることもまるで違う。


それでも、普通の道具を見ている時にはなかった、何か大きすぎるものに触れているような感覚だけは似ていた。


気のせいかもしれない。


けれど――これも、神造兵器なんじゃないか。


今は、それだけ頭に残した。


インクスはヴィクトルの根元にいた。


昼飯も食べていないはずなのに、しゃがんだまま金属の合わせ目へ爪を当てている。


「まだやってるんですか」


声を掛けると、顔を上げずに手だけ振った。


「閉じたあとが面白いんだよ」


「何が?」


「朝と違う」


それだけ言って、また黙る。


朝には入らなかった継ぎ目へ、今は爪の先が少しだけ入るらしい。


インクスは反対側へ回って同じ場所を探し、今度は首を傾げた。


「開いたんだから、少しくらいずれるんじゃないですか」


「そうかもね」


否定しなかった。


手も止めない。


「違うかもしれないし」


小さく笑う。


「ケケケ」


分からないものを見つけると、この男は機嫌がよくなる。


その少し離れたところでは、カイが長椅子に座って水を飲んでいた。


脇腹の傷はもう見えない。


上着だけが大きく裂け、乾きかけた血が布を硬くしている。


何度か立とうとしたのを見た。


そのたび、途中でやめていた。


少し離れた寝台でソフィアが患者を診ている。


本人はこちらを見てもいない。


それでもカイは、立てば見つかると思っているらしい。


セラは中庭の端でウツロイを拭いていた。


ヴェスパルの黒い体液を布で落とし、長剣形態の刃を光へ透かす。


一度、柄を左手へ持ち替えた。


その腕が止まった。


ほんの少し。


ウツロイを落とすほどではない。


セラは何もなかったように右手へ持ち直し、鞘へ納めた。


俺は見ていた。


たぶん、もう一人も。


「あなた」


ソフィアが言った。


セラは振り返らない。


ソフィアは患者の腕へ包帯を巻いたままだった。


端を結んで、余った布を切る。


「剣持ってる人」


セラがようやく顔を向けた。


「何だ」


ソフィアは答えず、近くの職員へ患者を任せた。


そのままセラのところまで来る。


左手首を掴んだ。


「おい」


「こっち」


そのまま歩き出す。


本気で嫌ならセラが動くはずもない。


けれど、あまりに迷いなく引かれたせいか、二歩ほどはそのまま連れていかれた。


途中から自分で歩く。


「傷はない」


「うん」


「なら――」


ソフィアは聞いていなかった。


治療所の戸を開ける。


セラが入口で足を止めると、背中を押して中へ入れた。


俺も何となく後へ続いた。


――――


治療室は狭かった。


寝台が一つと椅子が二脚。


壁際の棚には包帯と薬瓶が詰め込まれ、窓は開いているのに、昼の熱と薬草の匂いが残っている。


ソフィアは台の上にあった器具を端へ寄せた。


「脱いで」


セラが上着の留め具へ手を掛ける。


「上だけか」


「下も。背中と脚も見るから」


セラは一度ソフィアを見た。


それから腰の剣帯を外す。


上着を脱ぐ。


その下も、何の迷いもなく外し始めた。


俺は数秒、普通にそこにいた。


途中で何をしているのか頭が追いついた。


「ちょ、ちょっと待ってください」


セラの手が止まる。


「何だ」


「いや、その……俺、外にいますから」


セラがこちらを見る。


「なぜだ」


本気で分からないらしい。


「なぜって……」


説明できるか、こんなもの。


ソフィアがそこでようやく俺を見た。


一瞬だけ目を丸くしてから、俺が何を気にしているのか分かったらしい。


「ああ」


小さく頷く。


「気になるなら外にいていいわよ。私は診察だから別に気にしないけど」


それだけ言って器具へ戻った。


セラはまだ俺を見ている。


「と、とにかく外にいます!」


逃げるように部屋を出て、扉を閉めた。


ようやく息が出る。


耳まで熱いのが自分でも分かった。


なんでセラはあんなに平気なんだ。


ソフィアはまだ分かる。


何人も診てきた治療者なんだから、いちいち気にしていられないんだろう。


セラは違う。


そこまで考えたら、こっちだけ余計なことを意識しているみたいで嫌になった。


俺は扉から一歩離れた。


二歩離れた。


なんとなく、もう一歩離れた。


中からソフィアの声がした。


「右脚も見るわよ」


衣擦れの音。


聞くんじゃなかった。


俺はさらに離れた。


最初はそのまま待っていた。


中から声はほとんど聞こえない。


たまに寝台の軋む音がするくらいだった。


長い。


何を診ているんだ。


さっきの肩。


ヴェスパルと戦った時にも、明らかに一度遅れた。


右脚も見ている。


気になり始めると駄目だった。


俺は扉の前まで戻った。


入っていいものか迷う。


一度手を下ろした。


やっぱり気になる。


軽く叩いた。


「……トーマです」


少し間があった。


「どうぞ」


ソフィアだった。


俺は取っ手へ手を掛けた。


さっき自分から飛び出しておいて戻るのも変な気がする。


それでも、扉を少しだけ開ける。


「……大丈夫ですか」


「布は掛けてるわよ」


ソフィアの声に少しだけ笑いが混じっていた。


中を見る。


セラは寝台へ腰掛けていた。


身体には大きな治療布が巻かれている。


よかった。


何がよかったのかは考えないことにした。


恐る恐る中へ入り、扉を閉める。


セラが一度こっちを見たが、すぐソフィアへ向き直った。


ソフィアはもう診察へ戻っている。


セラの左腕を持ち上げ、肩を回す。


背中へ回り、肩甲骨の内側を押した。


一か所だけ、セラの呼吸が変わった。


ソフィアはそこへ指を置いたまま、少し位置をずらす。


次は右脚だった。


膝を曲げる。


足首を回す。


立たせて数歩歩かせる。


セラは言われるまま動いた。


途中で面倒になったのか、


「まだか」


と聞く。


ソフィアは返事をせず、歩いて戻ってきたセラの腰へ手を当て、もう一度向きを変えた。


セラも何も言わなくなった。


しばらくして、ソフィアが両手を洗う。


指の間。


爪の際。


手首まで丁寧に流す。


布で拭いてから、セラの左肩へ片手を置いた。


もう片方は背中。


「少し奥まで入れるわね」


セラが小さく頷く。


ソフィアは目を閉じた。


中庭でカイたちを治療していた時とは違った。


呼吸がゆっくりになる。


それから、低い声で言葉を落とした。


「――息は巡り、血は道へ」


指の間に白い光が灯った。


「骨は骨へ。肉は肉へ」


光が広がる。


ヴィクトルの光とは違う。


あれは薄く、大勢へ分かれて届いた。


ソフィアの光は狭い。


その分、濃かった。


白の内側に淡い金色が混じり、肩から首、背中へ細い筋となって伸びていく。


昼間なのに、部屋の中だけ別の明るさになった。


眩しいはずなのに、目を逸らしたくならない。


神殿なんてほとんど知らないのに、神聖という言葉が先に浮かんだ。


「失われたものよ、己が形を忘れるな」


セラの左手がわずかに開いた。


本人が動かしたようには見えなかった。


光が肩の奥へ沈んでいく。


鎖骨の下。


胸の中心へ。


そこで一度、金色の筋が揺れた。


真っ直ぐ進みかけて、迷ったように左右へ分かれる。


ソフィアの眉がわずかに動いた。


すぐに光を引き戻す。


「あるべき場所へ」


最後の言葉とともに光が強くなった。


俺は思わず腕で目元を庇った。


セラの輪郭そのものが、淡く金色に縁取られている。


数秒。


やがて光が弱まり、部屋の明るさが元へ戻った。


ソフィアは手を離さなかった。


今度は祈りを口にせず、肩の位置を変えながら短く光を流していく。


背中。


左腕。


右脚。


必要なところだけを拾っていくようだった。


最後に手を離す。


「動かしてみて」


セラが左腕を上げた。


真横。


さらに上。


頭の後ろまで回した。


一度下ろし、今度は速く上げる。


途中で止まらない。


右脚にも体重を乗せる。


膝を曲げた。


それから、少し意外そうに自分の肩を見る。


「……軽いな」


ソフィアは手を拭きながらセラの動きを見ていた。


「戦いで負った傷は治ったわ」


その言い方に、俺だけが顔を上げた。


戦いで負った傷は。


その先に何かあるように聞こえた。


ソフィアと目が合った。


ほんの一瞬。


何も言わず、またセラを見る。


セラは気にしていなかった。


もう一度肩を回す。


今度は笑った。


ほんの少しだったが、はっきり分かった。


「助かった。礼をいう」


戦っている時には、まず見ない顔だった。


ソフィアも一瞬だけ手を止めた。


「ええ」


口元が少し緩む。


「どういたしまして」


セラは治療布へ手を掛けた。


俺は反射的に立ち上がった。


「外にいます!」


今度は何も聞かれる前に出た。


後ろでソフィアが小さく笑った。


――――


服を着終えたセラが出てきた。


剣帯も元に戻っている。


左肩を一度回し、今度は右脚へ体重を掛けた。


踵を少し浮かせる。


下ろす。


次に二、三歩だけ歩いて、止まった。


自分でも動きの違いを確かめているらしい。


「先に戻る」


それだけ言って、中庭へ向かった。


いつもより歩幅が少し大きい。


本人は気づいていないかもしれない。


俺はその背中を見送った。


さっき笑った時もそうだった。


治ったのが、少し嬉しいらしい。


それを本人に言ったら、たぶん否定する。


追おうとしたところで、


「トーマ」


後ろからソフィアに呼ばれた。


振り返る。


「少し手を貸して」


部屋へ戻る。


ソフィアは使った器具を洗い始めていた。


俺は何をすればいいのか分からず、入口の横に立ったままになる。


セラの足音が遠ざかる。


中庭の声に混ざって聞こえなくなった頃、ソフィアが器具を水から上げた。


布の上へ並べる。


こっちを見ないまま言った。


「セラさん、重傷ね」


心臓が跳ねた。


「え?」


自分でも間抜けな声が出た。


ソフィアがようやく俺を見る。


さっきまでの穏やかな顔ではなかった。


俺は治療中の光を思い返した。


途中で分かれた金色。


「……分かるんですか?」


「ええ」


ソフィアが微笑む。


それで駄目だった。


ずっと喉の奥で引っかかっていたものが、一気に上がってきた。


「実は……」


そこまで言って、止まった。


ソフィアの治療衣には、第三支部の職員たちの胸にあった空座の紋がなかった。


それに気づいたのは、中庭で初めて見た時だった。


ソフィアは何も聞かない。


濡れた器具を布の上へ置き、次の一本を手に取った。


国王に伝えた時も、あれは報告だった。


見えたものを伝えただけだ。


どうしたらいいのか。


本人に言うべきなのか。


まだ黙っておくべきなのか。


そんなことを誰かに相談したことは、一度もなかった。


俺は椅子へ腰を下ろした。


「俺、《不具合鑑定》って異能を持ってるんです」


ソフィアの手が少しだけ遅くなった。


それだけだった。


「壊れてるものとか、普通と違うところが見える。武器なら亀裂とか、使い続けるとどこが壊れるとか」


そこまでは何度か人へ説明したことがある。


問題は、その先だ。


「でも、セラだけ違うんです」


ソフィアはまだ何も言わない。


「初めて鑑定した時、人間に出るような表示じゃなかった」


頭の中に文字が戻ってくる。


見たくなくても、もう忘れられない。


「《対象名称――セラ・ヴァルク》」


自分の声が少し低くなる。


「《個体識別名称――未登録》」


ソフィアの手が止まった。


「《分類――神造兵器・第九号》」


言葉にすると、そこだけ現実から浮いて聞こえる。


「《機能――統制鍵》」


一度息を吸った。


そこから先が一番言いたくない。


「最後に出た時は、《破損進行率――七十九パーセント》」


ソフィアが顔を上げる。


「《完全破損まで――推定九十五日》」


言ってしまった。


膝の上で手を握る。


「でも、今の数字じゃないんです」


急いで続けた。


「俺の意思じゃ出せない。見ようとしても出ないし、そこから進んでるのか、止まってるのかも分からない。《完全破損》が何なのかも分からない」


喉が乾く。


「本人にも、まだ言ってない」


その一言を出す方が、数字を言うよりきつかった。


ソフィアの手は動かない。


俺は俯《うつむ》いたまま続けた。


「言った方がいいのか、ずっと分からなくて」


自分でも情けないくらい声が小さくなる。


「九十五日って見せられて、何をしろって言うんだって思うし。でも、本当にその通りだったら……黙ってた時間まで無駄にするかもしれない」


言葉が勝手に出てくる。


「違ってたら、余計なもの背負わせるだけだし」


それから、俺が知っている範囲で話した。


一緒に旅を始めてから何度も戦った。


治療したあと、ろくに休まず次へ行ったこともある。


本人が動けると言えば、俺も結局止め切れなかった。


左肩にはずっと傷が残り、アレーテイアではそこへさらに負担が掛かった。


右脚にも違和感が残った。


ベルーガへ来てからも、荷物を持つ時や剣を振る時、何でもない顔をして左を庇うことがあった。


話しているうちに、自分でもどこまでが戦傷で、どこからが《破損》なのか分からなくなる。


「治せば動くんです」


俺は言った。


「さっきも、あんなに普通に肩が上がってた」


だからこそ分からない。


壊れているのか。


治っているのか。


両方なのか。


ソフィアは最後まで聞いた。


途中で質問を挟まなかった。


俺が話し終えても、すぐには何も言わなかった。


器具の一つを裏返し、残っていた水を布で拭う。


もう一つ取る。


そっちも拭く。


俺は待った。


やがて、


「そうだったの」


とだけ言った。


また静かになった。


水の落ちる音だけがする。


ソフィアは次の器具へ手を伸ばした。


俺はまだ待った。


何か続くと思った。


でも、何も来ない。


さすがに耐えられなくなって、顔を上げた。


「……え?」


ソフィアの手が止まる。


俺を見た。


少し申し訳なさそうに眉を下げる。


「さっきの『重傷ね』なんだけど」


「はい」


「あなたの顔を見て、言ってみたの」


意味が入ってこなかった。


数秒遅れて、


「……え?」


もう一度出た。


ソフィアが少し困ったように笑った。


「治療だけで七十九だの九十五日だのまで分かるわけないでしょう」


俺は何も言えなかった。


「……全部喋ったんですけど」


「ごめんなさい」


今度はちゃんと謝った。


けれど、少しだけ笑っている。


「でも、聞けてよかった」


それでは怒るにも怒れない。


俺が何も言えずにいると、ソフィアの表情が戻った。


「ただね」


セラへ触れていた右手を見る。


「何もなかったわけじゃないの」


俺もそちらを見る。


「あの子、治癒の入り方がおかしかった」


「途中で光が……」


「見えてた?」


頷く。


ソフィアは自分の指を軽く擦った。


「深いところを治す時は、古い祷句《とうく》を使うの。神様に頼んでるわけじゃないわ。治療の順番を飛ばさないためと、その人の身体が覚えている形を拾いやすくするため」


さっき聞いた言葉が頭へ戻る。


失われたものよ、己が形を忘れるな。


「骨なら元の位置がある。筋肉にも、神経にもある。壊れていても、身体の方に残っているものを辿って戻すの」


そこでソフィアは少し考えた。


「セラさんは、それが途中で分かれた」


「分かれた?」


「そう見えた、くらいにしておいて」


断定しなかった。


「肩の傷は拾えた。右脚も。そこは普通に治せた。でも、もっと奥へ入った時だけ、光がどこへ向かえばいいのか迷った」


「それって……」


「そこから先は、まだ分からない」


今度は先に止められた。


「身体の作りなのか、昔の治療なのか、あなたの言う神造兵器ってものが関係しているのか。そこまでは言えないわ」


「でも、何かある?」


ソフィアは少し考えた。


「普通ではなかった」


それだけだった。


ソフィアは棚の奥から、先端に透明な石のついた細い板を取り出した。


「それと、もう一つ」


さっきセラを診た時にも使っていたらしい。


光の残りを確かめるように石を透かして見る。


「再生余力がかなり少ない」


「再生余力……」


中庭で、傷が治ったのに立てなかった人たちを思い出す。


「今日のヴィクトルだけが原因じゃないわ。昔の治療も、怪我も、無茶も、私には全部は分からないから」


透明石を机へ戻す。


「ただ、今の状態でまた大きな治療をするのは嫌ね」


「じゃあ、戦ったら」


「怪我をしたら治療が必要になるでしょう」


そこは当たり前すぎて、返す言葉がなかった。


俺はしばらく黙った。


結局、同じところへ戻ってくる。


言うのか。


言わないのか。


セラ本人は何も知らない。


「……やっぱり、話した方がいいんでしょうか」


ソフィアはすぐには答えなかった。


薬瓶を一つ手に取り、棚の別の場所へ戻す。


「今日?」


「え」


「今日、九十五日って聞いたら、セラさんは何か決められるの?」


俺は口を閉じた。


分からない。


「じゃあ、今日じゃなくてもいい」


思わず顔を上げる。


ソフィアは棚を見たままだった。


「でも、ずっと黙っておけばいいとも思わない」


今度はこっちを見る。


「次に何か見えたら、持ってきて。数字でも言葉でも、そのまま」


「そのまま?」


「あなたがどう思ったかは後でいい。先に、何が見えたか」


アレーテイアで覚えたやり方に少し似ていた。


確認したことと、そこから考えたことを分ける。


ソフィアは続ける。


「私は身体を見る。あなたは、あなたに見えるものを見る」


それから少し肩をすくめた。


「二人で見ても分からなかったら、その時は分からないって言えばいいでしょう」


胸の奥で何かが緩んだ。


「それで……いいんですか」


「今ない答えを、無理に作るよりはね」


あまりにも普通に言われた。


俺はずっと、勇気がないだけだと思っていた。


言う勇気。


黙って守る覚悟。


どちらかを選ばなきゃいけないと。


ソフィアが俺を見る。


「あなたが見つけたからって、あなた一人で答えまで出す必要はないわ」


何も返せなかった。


その言葉だけが残った。


俺にしか見えない。


だから俺が決めなきゃいけない。


ずっとそう思っていた。


違ったらしい。


セラがどうなるのかは、まだ分からない。


九十五日が何を意味するのかも。


治せるのかも。


何一つ解決していない。


それでも、少し息がしやすくなった。


「次に出たら」


俺は言った。


「持ってきます」


「ええ」


「ああ、それと」


扉へ手を掛けたところで呼び止められた。


「今日、あの子を戦わせないで」


俺は中庭の方を見る。


「本人にも言ってくださいよ」


「言ったわよ」


ソフィアはもう器具へ目を戻していた。


「だから、あなたにも言ってるの」


ソフィアはそれで話を終わらせた。


中庭へ出る。


セラは少し離れた場所を歩いていた。


左肩を回し、右脚へ体重を移してから、何歩か歩く。


さっきまでより腕が高く上がっている。


俺はその場から、それだけを見ていた。


その向こうでは、カイがまだ長椅子にいる。


二人の間には、何人かの職員と寝台があった。


セラはそちらを見なかった。


カイも声を掛けない。


さらに奥では、インクスが相変わらずヴィクトルの根元へしゃがみ込んでいる。


分からないものは、まだ何も分からないままだった。


ただ、それを分からないまま持っていく相手が一人増えた。


それだけで、昨日までとは少し違っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。