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最強女騎士は、あと百二十日で壊れる ~粗探ししかできないハズレスキル《不具合鑑定》の俺だけが、それに気づいた~  作者: 出水克幸
城護盾バスティオン編

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第五話 城門の内側には水がある

ラグナの城壁へ近づくほど、人の数が増えていった。


ただし、城へ入ろうとする人々ではない。


城から離れようとして、行き場を失った人々だった。


丘を下りた先。


ラグナへ続く街道の両側に、荷車と粗末な天幕(てんまく)が並んでいる。


干上がった村から逃げてきた農民。


家財を背負った老人。


空の水(おけ)を抱えた女。


痩せた家畜の手綱(たづな)を引く子ども。


街道を空けるよう端へ寄ってはいるが、人数が多すぎた。


急行馬車は、城壁まで一里を残したところで進めなくなった。


「ここから歩く」


マレクが御者(ぎょしゃ)へ告げた。


「馬車は街道の外へ寄せろ。馬を外すな。水と食料には見張りを置け」


「盗まれると思っているの?」


ネネが聞いた。


「水がない場所で、水を無人にする理由はない」


マレクは荷台の樽を確認する。


「疑うためではない。争いを起こさないためだ」


宿駅から積んできた水は、俺たちと馬が一日半使える量しかない。


マレクはしばらく樽を見た後、御者へ指示した。


「携行分を除いて、ここへ置く。子どもと病人を優先しろ」


「隊長。ラグナから戻れなかった場合は」


御者が尋ねる。


「一日で戻らなければ、西へ引け」


「ですが――」


「人と馬が動けるうちに退路を使え。全員で水が尽きるまで待つな」


慰めではない。


見捨てる言葉でもない。


誰が、いつ、どこへ動くか。


マレクは不安を消そうとはせず、不安の中でも動ける形へ変えていく。


俺たちは必要最低限の荷物を持ち、城壁へ向かった。


乾いた風が吹く。


足元の土は白く、踏むたびに細かな砂が舞い上がった。


道の脇で、若い母親が小さな水筒を逆さにしていた。


何度振っても、中から音はしない。


四歳くらいの男の子が、母親の膝へ頭を預けている。


唇が白く乾いていた。


セラが足を止めた。


腰から自分の水筒を外し、栓を開ける。


「水筒を出せ」


母親は戸惑いながら、空になった水筒を差し出した。


セラはその中へ、自分の水を注いでいく。


透明な水が細い音を立てた。


自分の水筒へ一口分だけ残し、栓を閉じる。


「飲ませろ」


母親は水の入った水筒と、セラの紺色の旅装を交互に見た。


「こんなにいただけません。騎士様の分がなくなります」


「城まで歩ける」


「ですが――」


「気にするな」


母親は水筒を両手で抱えた。


「ありがとうございます」


頭を下げようとする。


セラは礼を待たず、歩き出した。


俺はその後を追った。


「一口しか残していないんですか」


「ああ」


「あなたが倒れれば、助けられる人まで減ります」


「城までは倒れない」


「入れなかった場合は」


「その時に考える」


「それでは遅いです」


後ろからネネが呆れた声を出した。


「今、本当にその話する?」


「水は重要です」


「水は重要だ」


俺とセラの答えが重なる。


ネネが眉を寄せた。


「そういうところだけ合うんだ……」



―――



ラグナの正門前には、数百人の人間が集まっていた。


近隣の村だけではない。


荷車に残された印を見る限り、盆地の北側や東側から来た者もいる。


城壁は高く、上部では武装した兵士がこちらを見下ろしている。


その城壁のさらに外側を、淡い青色の障壁が覆っていた。


丘から見た時には透明な半球に見えた。


近くで見ると、表面には絶えず細かな波紋が流れている。


静かな水面を、内側から何度も指でなぞっているようだった。


城門は閉ざされている。


城壁の上では、兵士が何かを叫んでいた。


だが、声は障壁を越えない。


外側の声も、中へは届いていないらしい。


障壁の手前には、空の桶や水筒が積み上げられている。


城壁の兵士へ、何が足りないのか見せるためだろう。


「子どもだけでも入れてくれ!」


一人の男が障壁へ拳を打ちつけた。


「水をくれ! 見えてるんだろ!」


青い光が弾けた。


男の身体が後方へ吹き飛ぶ。


周囲の人々を巻き込み、土の上を転がった。


マレクが走る。


「動くな」


起き上がろうとする男の肩へ手を置く。


「どこか痛むか」


「離せ!」


男はマレクの手を振り払おうとした。


「中には水があるんだ! 井戸も動いてる! 何で俺たちだけ外なんだ!」


「分かっている」


「分かってるなら開けろ!」


「今から確認する」


「また確認かよ!」


男が乾いた笑いを漏らした。


「井戸が枯れたって言っても確認。子どもが倒れても確認。誰かが死んだら、今度は何を確認するんだ!」


その言葉に、俺は答えられなかった。


確認は必要だ。


断定を間違えれば、別の被害が出る。


だが、確認される側にとっては、待たされている時間そのものが被害になる。


マレクが障壁の前へ進み、王命書を掲げた。


「王命調査団だ! 城護盾バスティオンの異常を確認する! 王命により通行を要求する!」


城壁の上が騒がしくなる。


王命書には気づいている。


数人の兵士が城門の内側へ走っていった。


それでも障壁は変化しない。


門も動かない。


「王命は見えている」


マレクが言った。


「だが、開かない」


「開けられないのかもしれません」


俺は障壁へ意識を向けた。


視界の中に、無数の線が浮かぶ。


一枚の壁ではない。


いくつもの薄い層が重なっている。


物理衝撃を止める層。


魔力を遮断する層。


生物を識別する層。


内部と外部を分ける層。


見ているだけで、頭の奥が熱くなる。


《対象名称――城護盾バスティオン外殻》


《稼働状態――最大防護》


《外部通行――全面禁止》


《現行統治権限――受理対象外》


《解除命令――中枢のみ受理》


「外側から解除する経路は見えません」


俺は目元を押さえた。


「現在の王権も、通行権限として認識されていない」


「中枢へ行くには中へ入る必要がある」


ネネが言う。


「中へ入るには、中枢から開けなきゃいけない」


「閉じた輪だな」


マレクが城壁を見上げる。


「別の門は」


「障壁は地下まで続いています。この門だけの問題ではないと思います」


「断定はできない?」


「ここから確認できる範囲では」


「分かった」


マレクはそれ以上聞かなかった。


分からないものを、無理に答えへ変えない。


セラが俺たちの横を通り過ぎた。


「待て」


マレクが呼び止める。


「何をする」


「触れる」


「今、人が弾かれた」


「見ていた」


「なら戻れ」


セラは障壁を見たまま答える。


路守(みちもり)は、止まる前に私を調べようとした」


青灰色の目が、揺れる青い膜を映している。


「これも同じかもしれない」


セラ自身も、自分に何が起きているのか確かめたいのだろう。


断界剣が彼女へ伸ばした接続。


路守アグロスの不完全な上位照合。


ラグナへ近づくほど強くなる城護盾バスティオン。


偶然として切り離すには、同じ方向を向きすぎている。


「一度だけです」


俺は言った。


「異常が見えたら、すぐに手を離してください」


「分かった」


「絶対に離してください」


セラが振り返る。


「二度言う必要があるか」


「あなたは聞いても、従わないことがあります」


「必要なら従う」


「その必要を自分で決めるでしょう」


セラは答えず、障壁の前へ立った。


周囲の人々が距離を取る。


先ほど男が吹き飛ばされた光景を見ている。


セラが右手を伸ばした。


指先が、青い表面へ触れる。


光が弾けた。


俺は反射的に一歩踏み出した。


だが、セラの身体は飛ばされなかった。


青い波紋が、彼女の指先から障壁全体へ広がっていく。


低い振動が地面を伝った。


城壁の上で、兵士たちが声を上げている。


俺の視界へ新しい文字が浮かぶ。


《上位権限候補――照合開始》


《個体情報――不完全》


《管理接続痕――確認》


《仮通行権限――発行可能》


セラの指先から、細い赤線が障壁の奥へ伸びている。


断界剣の時ほど深くはない。


それでも、城護盾の何かが彼女の内側へ触れていた。


「痛みは」


「ない」


「頭痛や吐き気は?」


「それもない」


セラの指が、青い膜の上をわずかに動いた。


触れる場所を探しているのではない。


最初から、そこへ置くべきだと知っていたような動きだった。


「どうしました」


「分からない」


セラは自分の右手を見る。


「考える前に、手が動いた」


「障壁への触れ方を知っていた?」


「私は知らない」


即答だった。


「だが、身体は知っているらしい」


青い波紋が、障壁全体へ広がる。


一部が水面のように内側へへこんだ。


やがて、人一人が通れるほどの楕円形が開く。


向こう側に、城門前の石畳が見えた。


外側の人々から、どよめきが上がる。


《仮通行対象――権限候補本人》


《随行者登録可能数――三》


《追加登録――拒否》


《最大防護規定――内部消費対象の増加禁止》


「通れます」


俺は表示を読む。


「セラと、随行者三人までです」


俺。


マレク。


ネネ。


今いる人数と一致している。


現在の人数を数えたのではなく、上位権限者に最初から認められている随行枠なのだろう。


「ほかの人は?」


ネネが尋ねる。


「登録できません」


「どうして」


理由も表示されている。


「バスティオンは、中で守る人間を増やしたくない」


俺は答えた。


「新しく人を入れれば、水も食料も必要になる。今いる保護対象へ資源を集中するため、外の人間を拒絶しています」


ざわめきが大きくなった。


「何だよ、それ」


「王都の人間だけ入るのか!」


「子どもを連れていってくれ!」


「せめて水を!」


人々が開口部へ押し寄せる。


先頭にいた女が、幼い娘を抱え上げた。


「この子だけでいいんです!」


乾いた頬に、涙の跡が残っている。


「中へ連れて行って!」


開口部が激しく揺れた。


登録されていない人間が近づいたことで、障壁が反応している。


「止まってください!」


俺が叫ぶ。


だが、後ろから押された女は止まれない。


セラが障壁から手を離し、母子の前へ入った。


押し寄せる人々を正面から押し返さず、先頭の肩を支えて力を横へ逃がす。


倒れかけた老人の腕を取り、足元へ戻す。


「下がれ」


大声ではない。


それでも、近くの人々の動きが止まった。


「今入れば、障壁に弾かれる」


「でも、あんたたちは入れるんでしょう!」


女が娘を抱いたまま叫ぶ。


「この子を、三人のうち一人にして!」


セラが俺を見る。


「登録すれば、その子は入れます」


俺は答えた。


「ただし、代わりに誰か一人が外へ残ります」


「俺が残る」


マレクが即座に言った。


「中で必要なのは、トーマとセラだ。偽信号を調べるにはネネもいる」


合理的な判断だった。


だが、セラは首を横へ振った。


「一人を選べば、次も選ばなければならない」


マレクが黙る。


「この子を入れて、隣の子を入れない理由がない」


「じゃあ、見捨てるの?」


母親の声が震えた。


セラは、すぐには答えなかった。


目の前の一人を救うことはできる。


だが、その直後に残された人々が殺到すれば、障壁に弾かれてさらに怪我人が出る。


「三人の枠は、中枢へ行くために使う」


セラは言った。


「バスティオンを変えられれば、ここにいる全員を助けられる可能性がある」


「可能性……」


母親が娘を強く抱きしめる。


「私たちに待ってろって言うの?」


「そうだ」


セラは嘘をつかなかった。


「今は、それしか言えない」


先ほど障壁に吹き飛ばされた男が立ち上がった。


「信用できるか」


身体をかばいながら、こちらをにらむ。


「自分たちだけ中へ入って、そのまま戻らないかもしれない」


セラは男を見る。


「信じなくていい」


「何だと」


「戻るまで、水を残して待っていろ」


「戻らなかったら?」


「その時は、私を信じなかったお前が正しい」


男の表情が歪む。


「それで済むと思ってるのか」


「済まない」


セラは開口部へ視線を戻した。


「だから、戻る」


自分が正しい人間だとも。


必ず成功するとも。


全員を救えるとも言わない。


ただ、戻るとだけ約束した。


母親が娘を抱いたまま、道を空けた。


「戻ってきて」


声はほとんど息だった。


セラが頷く。


「戻る」



―――



マレクは馬車へ残していた水に加え、俺たちの予備水筒も外へ置いた。


一人一口分だけを残す。


「中には水がある」


セラが言った。


「見えているだけだ」


マレクは水筒の栓を締めた。


「飲めるとは限らん。だが、外には今必要な者がいる」


御者へ避難民の整理を任せ、俺たちは障壁へ向かった。


セラが最初に青い膜を越える。


銀髪が水中のように浮かんだ。


一瞬後、彼女は城門側の石畳へ立っていた。


次にネネ。


続いてマレク。


最後に俺が入る。


障壁へ触れた瞬間、冷たい水の中へ沈んだような圧力を感じた。


呼吸はできる。


服も濡れない。


それでも、身体の表面から内側まで、何層もの膜で調べられている感覚があった。


《随行者一――登録》


《随行者二――登録》


《随行者三――登録》


《仮通行処理――完了》


内側へ抜ける。


背後で開口部が閉じた。


外側の人々の姿が、青い揺らぎの向こうへぼやける。


声は聞こえない。


娘を抱いた母親が、こちらを見ている。


同じ場所に立っているのに、世界が二つに分かれていた。


「必ず戻ります」


聞こえないと分かっていても、俺は口にした。



―――



城門の内側には、水があった。


石畳の中央を、細い水路が流れている。


城壁の脇には共同井戸があり、兵士が桶へ水をくんでいた。


城門近くの洗い場では、女たちが泥のついた布を洗っている。


少し離れた広場には噴水まであった。


石造りの獅子の口から、透明な水が絶えず流れ落ちている。


その周りを子どもたちが走っていた。


一人が水をすくい、別の子どもへかける。


笑い声が上がった。


ネネの足が止まる。


「外では、飲む水もないのに」


誰に向けた言葉でもなかった。


「中の人間は、外の状況を知らない可能性があります」


俺は言った。


ネネが振り返る。


答える前に、果物を洗っていた商人がこちらを見た。


「外から来たのか?」


四十歳くらいの男だった。


大きな腹へ前掛けを巻き、両腕を(ひじ)まで水桶へ入れている。


「王都からです」


俺が答える。


「城外は危険なんだろ」


商人は赤い果実を水の中で転がした。


「市の告知じゃ、魔物が増えて街道が封鎖されたって話だ。外村への給水も続けてるらしいが」


「給水?」


ネネが詰め寄る。


「どの村へ?」


「どの村って……周辺全部じゃないのか」


「ベルク村は井戸が三つ枯れた。川も足首まで減ってる。城門の外には、水を求める人が何百人もいる!」


商人の手が止まった。


桶の中で、果実だけがゆっくり回る。


「そんな話は聞いてない」


「今、門の外にいる!」


「でも、城門へ近づくなって言われてる。外は魔物だらけで、避難は終わったって」


ネネの頬が赤くなる。


「ふざけるんじゃないわよ!」


「ネネ」


マレクが遮る。


「怒鳴っても、知っている情報は増えん」


「でも!」


「この男が障壁を閉じたのか」


ネネは答えない。


商人も、居心地悪そうに目を伏せた。


知らなかったことは、免罪符にはならない。


だが、知らされていない人間へ、最初からすべてを知っていた者と同じ責任を負わせても、原因は見えなくなる。


責任を分けることと、責任を消すことは違う。


「給水が続いているという告知は、どこにありますか」


俺が尋ねた。


「中央広場の掲示板だ。毎朝、新しいものが貼られる」


「案内してください」


商人は少し迷い、前掛けで腕を拭いた。



―――



中央広場へ向かう道には、店が並んでいた。


パン屋から焼けた小麦の匂いが流れてくる。


肉屋の軒先には干し肉が吊られている。


食料が十分に行き渡っている。


外の村とは違う。


ここには売る物がある。


買う人間がいる。


水を使って果実を洗う余裕がある。


「普段と何も変わらない」


マレクが周囲を見る。


「危機の中にいる顔でもない」


「バスティオンがあるから安心してるんでしょ」


ネネが言った。


「外で何が起きても、自分たちは守られるって」


「人は壁の外より、壁の内側を先に見る」


マレクは短く答えた。


「悪意がなくてもそうなる」


中央広場には、行政告知を貼る大きな掲示板があった。


ラグナ市の紋章が入った紙が何枚も並んでいる。


ネネが一番新しい告知へ駆け寄った。


「城護盾バスティオンは正常に稼働中」


指で文章を追う。


「市内の生活用水および食料備蓄に問題なし」


次の行で、声が止まった。


俺が横から読む。


 城外協力村に対しては、既定量の生活用水を継続供給中。市民は未確認情報へ惑わされず、平静を保つこと。


ネネが告知へ手を伸ばす。


マレクが手首をつかんだ。


「剥がすな」


「嘘なのに!」


「だから残す」


「こんな紙があるから、みんな外に水があると思ってるんでしょ!」


「破れば、その紙があった証拠も消える」


ネネが唇を噛む。


やがて手を下ろした。


俺は黒い記録帳を開く。


告知の日付。


発行部署。


責任者の署名。


記載内容。


すべてを書き写した。


「この告知を書いた人が、わざと嘘を書いたんですか」


ネネが尋ねる。


「現時点では分かりません」


「またそれ?」


「給水経路が機能していることになっている可能性があります」


「でも、実際には届いてない」


「はい」


「じゃあ、確認すれば分かるでしょ」


「確認する役割の人間が、上辺の情報しか見ていなければ分かりません」


水を送ったという記録。


水を受け取ったという現実。


その二つの間に、空白がある。


担当者から異常報告がないから。


前世でも、現場を見ずに正常と判断されることがあった。


「給水を担当している部署はどこですか」


俺は商人へ尋ねた。


「市の水務局だと思う。でも、城護盾バスティオンが閉じてからは、盾守(たてもり)の指示で動いてるって話だ」


「盾守はどこにいます」


「地下管理所だ。三日前から、入った技師が一人も戻ってない」


マレクの目が細くなる。


「この街の統治責任者は」


「庁舎にいるはずだ。ただ、守備隊が出入りを止めてる」


「案内はここまででいい」


マレクが商人へ告げた。


「今日見聞きした内容を、誰にも話すな」


「なぜだ」


「余計な噂は、人を間違った方向へ導く」


商人は黙った。



―――



庁舎へ続く大通りには、守備兵が並んでいた。


城外の兵士より装備が整っている。


鎧には目立った汚れがなく、顔色も悪くない。


それでも、全員の視線が落ち着かない。


外敵ではなく、何が起きているか分からないことへ怯えている顔だった。


マレクが王命書を掲げる。


「王命調査団だ。ラグナの統治責任者および盾守への面会を要求する」


先頭の兵士が王命書を受け取った。


印章を確認し、顔色を変える。


「本当に王都から?」


「結論から言え」


マレクが低く言う。


「通すのか。通さないのか」


「確認が必要です」


「誰に」


「守備隊長と、代行官へ」


「城主は」


兵士が一瞬黙った。


「城護盾が展開した日から、地下管理所に入ったままです」


「盾守と一緒か」


「はい」


「連絡は」


「管理所の伝声管(でんせいかん)から指示だけが届きます」


「本人の声か」


兵士は答えられなかった。


その時、市庁舎の横にある守備隊施設から、数人の男が連れ出されてきた。


両手を縄で縛られている。


一人は伝信士の制服を着ていた。


赤茶色の髪。


左頬に殴られた痕。


片目が腫れ、制服の肩が破れている。


ネネが息をのんだ。


「兄さん」


拘束された青年が顔を上げた。


緑褐色の目が大きく開く。


「ネネ?」


声がかすれていた。


「どうして、お前が……」


ネネが駆け出す。


マレクが肩をつかんだ。


「待て」


「兄さんがいる!」


「いることと、近づいていいことは別だ」


「離して!」


青年を連れていた兵士が、剣の(つか)へ手を置いた。


「拘束者へ近づくな」


「私の兄です!」


「アルト・アシュは、虚偽の退避信号を運んだ容疑で拘束されている」


ネネの動きが止まる。


「虚偽?」


「城外の村が危険に陥ったとして、城門を開放するよう要求した」


兵士がアルトを押す。


「城外給水に異常なし。避難の必要もなしと報告を受けている」


「違う」


ネネが低く言った。


「何?」


「兄さんが運んだ信号が偽物なんじゃない」


ネネは兵士を真っすぐにらむ。


「偽物なのは、その後に送られた方よ」


城門の外では、飲み水を求める人々が待っている。


城門の内側では、外へ水を送り続けているという告知が貼られている。


門を開けようとした伝令は、虚偽命令を運んだ罪人として縛られていた。


盾が人を分けているだけではない。


誰かが作った信号。


誰も現場を見ずに信じた記録。


正常と判断し続ける管理機構。


それらが重なり、城門を閉ざしていた。



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