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最強女騎士は、あと百二十日で壊れる ~粗探ししかできないハズレスキル《不具合鑑定》の俺だけが、それに気づいた~  作者: 出水克幸
勝利譌�ヴィクトル編

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第四十八話 傷のない街

ジェノベックの南門が見え始めた頃には、街道を行く荷車の数がベルーガを出た時の何倍にもなっていた。


穀物を積んだもの。


鉄材を載せたもの。


樽を縛りつけたもの。


空になった荷台を軋ませながら戻ってくるものまで、二列になって門へ吸い込まれていく。


その脇を徒歩の商人や護衛が抜け、道端では荷待ちの男たちが座り込んでいた。


「かなり大きいですね」


荷台からカイが門の向こうを見上げた。


三階建ての建物のさらに奥まで屋根が続いている。


壁の上から見える煙突も一本や二本じゃない。


「インクスさん、納品先は南区で合ってますよね?」


「合ってるよ」


インクスは答えながら、すれ違った荷車の車輪を見ていた。


「……あれ、軸ずれてない?」


「今はそちらの話をしてません」


「でもずれてる」


カイは荷台の縄を一本引いた。


緩みがないのを確かめると、もうインクスの方を見なかった。


門の手前には給水所があり、灰色の服を着た女が通行人へ柄杓を渡していた。


後ろに掲げられた丸い紋章には見覚えがある。


空座だ。


金を払っている人はいない。


荷運びらしい男が水を一杯飲み、空になった柄杓を返す。


女はそれを受け取って、もう次の男へ向けていた。


その脇では、別の職員が足を引きずる老人に椅子を寄せている。


声を掛けるでもなく、座るまで待ってから水を置いた。


セラが一度そちらを見る。


そのまま歩いた。


順番が来て荷を調べられ、インクスが行き先を答えた。


「南区の武具補修所」


門兵が顔を上げた。


インクスの青い髪を見る。


「お前、前にも来たな」


「来てないよ」


「門の中で荷車の車輪外してた奴だろ」


インクスが少し考えた。


「じゃあ来たかもしれない」


「今回はやるなよ」


差し出された通行札を、インクスは見なかった。


横を通る荷車の車軸を追っている。


俺が代わりに受け取った。


門を抜けると、音が一気に増えた。


客を呼ぶ声。


馬の蹄。


鍛冶場から響く金属音。


どこかで魚を売っているらしく、潮気の混じった匂いまで流れてくる。


その間を子供まで走っていた。


人が多い。


それ以上に、街全体が忙しなく動いている。


止まっているものを探す方が難しい。


俺が懐から地図を出すと、カイが横から受け取った。


インクスには最初から渡さなかった。


通りを一つ抜ける。


角にパンを焼く店があり、その隣で若い男が荷札を書いていた。


道の向こうでは、片腕を吊ったまま台車を押している男と、それを止めようとしている女が揉めている。


「片手でできる」


「できるかどうかじゃなくて休めって言ってるの」


男は何か言い返したが、結局台車を取られていた。


カイが一瞬そちらを見る。


セラは前を歩いたまま。


しばらく南へ進むと、空座の紋章がまた見えた。


今度は通り一つ分を使うほど大きな施設だった。


入口には「空座第三支部」と書かれている。


塀は低い。


門も開いていた。


中庭では大鍋から湯気が上がり、その前に列ができている。


仕事着の男。


子供を連れた女。


杖を持った老人。


並んでいる人間に統一感がない。


空座の信者だけを集めた場所には見えなかった。


壁には仕事の募集らしい紙が何枚も貼られている。


一枚を剥がした男が窓口で何かを聞き、首を横に振られている。


隣の紙を指される。


男はしばらく見比べてから、そちらを剥がした。


少し奥では何人かの子供が木片を積んでいた。


一人が崩し、もう一人が泣く。


世話をしていた女が寄ってきたが、すぐには抱き上げなかった。


泣いている子の前へしゃがみ、散らばった木片を一つ拾って渡す。


「炊き出しまでやってるんですね」


カイが言った。


俺は鍋の列から、仕事の紙へ目を移した。


返事をする前に、通りの向こうから怒鳴り声がした。


「空けてくれ!」


人の流れが割れた。


担架だった。


若い男が寝かされている。


右脚がひどい。


裂けたズボンの下から血が流れ、担架の布まで赤く濡れていた。


片方の靴がない。


残った方も血を吸っている。


「荷崩れです!」


運んできた男が叫んだ。


建物から白衣の女が二人出てくる。


一人が傷を見る。


もう一人が扉を開けた。


担架はそのまま中へ運び込まれた。


人が避けて道を作り、通り過ぎると、またその隙間を埋めていく。


大鍋の列から抜けた男が、担架の落とした布切れを拾って入口まで持っていった。


誰にも言われていない。


置く場所が分からなかったのか、扉の横で少し迷ってから職員へ渡していた。


俺たちの荷車も進んだ。


その先に、小さな建物があった。


入口には「葬送受付」。


黒い布を掛けた台の横で、年配の女が椅子に座っている。


空座の男が一人、その隣にいた。


女は前を向いたままだった。


男の膝には、半分まで書かれた書類が載っている。


筆は置かれたまま。


さらに奥。


施設の中央だけ、周囲と形の違うものが立っていた。


太い支柱。


上の方には大きな白布が巻かれている。


旗なら、ずいぶん不格好だった。


支柱のすぐ近くだけ石の色が暗い。


そこから少し離れた場所には、違う大きさの石が継ぎ足されている。


さらに外側の舗装は色が薄かった。


インクスが荷台から身を乗り出した。


白い布にはほとんど目を向けていない。


支柱の根元。


石の継ぎ目。


金具らしいものが半分だけ覗いている場所。


目が行ったり来たりしている。


俺には何を見ているのか分からなかった。


道を確かめるために馬を止めると、近くの店先にいた老人がこちらを見た。


俺たちの荷と地図を見比べる。


「補修所なら次を右だぞ」


カイが頭を下げた。


「ありがとうございます」


インクスはまだ中庭を見ていた。


老人もその視線を追う。


「ああ。ヴィクトルか」


インクスの顔だけが動いた。


「ヴィクトル?」


「あれだよ」


老人は支柱の方へ顎を向けた。


それ以上は話さず、籠を提げたまま通りの向こうへ歩いていった。


ヴィクトル。


聞いたことのない名前だった。


インクスはもう一度だけ支柱の根元を見た。


何か言いそうになって、やめる。


「行きますよ」


カイが地図を畳んだ。


馬を進めた。


補修所は次の角を曲がってすぐだった。


店というより倉庫に近い。


戸は半分開いたまま。


壁際にはへこんだ盾や折れた槍が立てかけてある。


軒下には乾かしている革が何枚も吊られ、油と鉄と煙の匂いが混じっていた。


中から槌の音が続いている。


「持ってきたよ」


インクスが入る。


「遅い!」


髭面の男が奥から出てきた。


「昼に来るって言っただろ!」


「まだ今日だよ」


「そういう話じゃねえ!」


インクスは怒鳴られている間にも棚の武器を見ていた。


髭面の男が一度だけ天井を見た。


「青箱は奥。革はそこ。鉄材は俺に渡せ」


「全部置いちゃ駄目?」


「お前が分類すると余計な仕事が増える」


「信用ないなあ」


「あると思ってたのか」


インクスが少し笑った。


「ケケケ」


俺たちで荷を降ろす。


セラが大きめの木箱へ手を掛けた。


カイが横から近づく。


「それ、私が持ちますよ」


セラは先に持ち上げた。


左側だけ、わずかに遅れた。


箱が傾く。


セラの右腕がすぐ下へ入り、重さを受け直した。


カイの伸ばしかけた手が止まった。


視線がセラの左肩へ移る。


ほんの一瞬。


セラはそのまま倉庫へ入っていった。


カイは呼び止めなかった。


隣の箱へ手を掛ける。


俺も残った箱を取った。


七十九。


九十五。


数字だけが浮かんだ。


何も表示されていない。


今がどうなっているのかも分からない。


箱を持ち直す。


中へ入る。


棚には修理待ちの武具が詰め込まれていた。


欠けた剣。


歪んだ盾。


裂けた革鎧。


留め具の外れた肩当て。


柄だけになった槍まである。


持ち主の名前を書いた札が、一つずつ括りつけられていた。


作業台の向こうでは若い職人が盾の縁を打ち直している。


火床の横には、外した金具や折れた刃が木箱へ雑に放り込まれていた。


「多いですね」


カイが棚を見る。


「南側だけでこれだ」


髭面の男は鉄材を一本抜き、光に透かしていた。


「引き取り待ちも混じってる。そこ触るなよ」


その横でインクスが何かを持ち上げた。


「これ誰の?」


髭面の男の手が止まる。


「聞いてたか?」


インクスが持っているのは、割れた鞘口の金具だった。


裏返す。


小さな刻印を見つけたらしい。


「これ、昨日見た」


俺も近づいた。


エーリヒ・シュタールの革鞘が浮かんだ。


街道で会った時、インクスが妙に見ていた色の違う金具。


「エーリヒのですか?」


髭面の男がこちらへ来る。


インクスの指先にある金具を覗き込み、刻印へ目を落とした。


「ああ。そいつはよく来るぞ」


「エーリヒが?」


「剣が」


男は鉄材の方へ戻った。


「本人には昨日会いました」


「なら生きてるだろ」


それ以上は続かなかった。


インクスは金具を置く。


すぐ横に吊られていた帳面へ目が移った。


手を伸ばす。


「勝手に見るなよ」


「名前探すだけ」


「それを勝手って言うんだ」


止めには来なかった。


帳面は厚かった。


紙の端が黒くなり、角が丸く潰れている。


何度も開かれているらしい。


インクスが最初の頁を見る。


指で名前を追う。


次へ行きかけ、途中で戻った。


「今あった?」


俺が聞いた。


「違った」


まためくる。


紙の擦れる音が、槌の音の隙間に入る。


数頁。


また数頁。


インクスの指が止まった。


エーリヒ・シュタール。


鞘口の刻印と帳面の番号を交互に見る。


「これだ」


俺も横から覗く。


刀身研磨。


鍔交換。


柄巻き直し。


鞘口金交換。


一つではない。


インクスが日付の横に指を置く。


そこから前の頁へ戻った。


同じ武器番号。


また日付を見る。


少し離れて、もう一件。


その先は別の名前だった。


インクスがさらに前へ戻る。


頁を一枚ずつめくる音が、今度は妙に耳についた。


「あった」


武器じゃない。


エーリヒ・シュタール。


右脇腹革材交換。


昨日見た、新しい継ぎ革。


インクスの指がその日付で止まる。


一度、俺の方を見た。


何も言わず、そこから後ろへ頁を送る。


同じ剣番号。


一度目。


さらに何頁か進む。


二度目。


インクスはそこで止まらなかった。


また頁を送る。


別の名前。


もう一枚。


三度目。


指が止まる。


少し戻る。


最初の日付へ。


また順に追う。


一度目。


二度目。


三度目。


俺も同じところを数えた。


防具を直した記録のあとに、同じ剣が三度ここへ来ている。


間隔が短い。


「三回……」


インクスが最初の日付へ戻る。


もう一度見ている。


「こんなに壊す人、多いの?」


奥へ聞く。


槌の音が一度止まった。


「ここじゃ珍しくねえよ」


インクスは帳面へ視線を戻した。


「短いよ」


「何が」


「間隔」


髭面の男は少し考えた。


「知らん。持ってこられたもんを直してるだけだ」


槌の音が戻る。


インクスはしばらく日付を見ていた。


やがて帳面を閉じる。


表紙に手を置いたまま、少しだけ動かない。


「……剣の方が追いついてない」


独り言みたいな声だった。


髭面の男は聞こえていても返さなかった。


俺たちは残りの荷を降ろした。


鉄材の本数を数える髭面の男と、数え方が違うと揉めるインクスを置いて、空箱を荷台へ戻す。


「十二」


「十三あるよ」


「十二だ」


「さっき一本そっち持ってったじゃないか」


「あれは不良だ」


「一本は一本だよ」


「納品数に入れるな!」


その声を背中で聞きながら外へ出た。


まだ続いている。


通りは来た時と変わらず混んでいた。


荷車が行き交い、向かいの店では客が値段でもめている。


第三支部の方向を見る。


建物の隙間から入口が少しだけ見えた。


人が一人出てくる。


白い布を右脚に巻いた若い男だった。


職員の肩を借りている。


ゆっくりと足を下ろす。


残っている方の靴が赤い。


さっき担架で運び込まれた男だった。


俺は足を止めた。


男が一歩進む。


顔が歪む。


職員の肩を強く掴んだ。


もう片方の足を引きずるように前へ出す。


二歩。


三歩。


職員が何か言う。


男は首を振った。


聞こえない。


また一歩。


ここへ来てから、荷を降ろして帳面を見ただけだった。


担架はない。


男は自分の足で、通りの端まで歩いた。


そこでようやく壁へ背を預ける。


職員が離れずに隣へ立つ。


男は息を整えながら、包帯の巻かれた脚を見下ろした。


俺の後ろで、金属を叩く音がまた始まった。


中庭の白い布が、建物の向こうで風に揺れていた。

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