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最強女騎士は、あと百二十日で壊れる ~粗探ししかできないハズレスキル《不具合鑑定》の俺だけが、それに気づいた~  作者: 出水克幸
真実鎖アレーテイア編

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第三十五話 勇者を語るな

「貴様の今がだ」


ゼインの指が、鎖へ食い込んだ。


「……俺の何を知っとんねん」


「知らん」


セラは即答した。


「貴様が何人殺したかも、どれほど苦しんだかも知らん。知ったふりをする気もない」


血の残る口元を拭いもせず、ゼインを見る。


「なら――」


「だが、今貴様が自分で話したことなら分かる」


セラが一歩出る。


床の鎖が浮いた。


《拘束条件――照合》


踏み切らず、足を戻す。


そこへゼインの鉄環が飛んだ。


剣で受ける。


甲高い音が響き、セラの身体が半歩押される。


それでも視線は外さなかった。


「貴様は言ったな。誰かにやらされたと思ったことはないと」


「せや」


「鎖のせいにもしていない」


「当たり前や」


「自分が正しいと思った」


ゼインの腕に力が入った。


「せやから俺がやった」


「ああ」


セラはあっさり認めた。


一瞬、ゼインの顔に戸惑いが出る。


否定されると思っていたのかもしれない。


「そこは認める。貴様は責任を鎖に預けてはいない」


「……何やねん」


「貴様が鎖に預けたのは」


セラは一呼吸置いた。


「疑うことだ」


ゼインの手が止まった。


「……は?」


「本当にそいつが悪いのか。本当に自分が正しいのか。自分が見落としているものはないのか」


セラが進む。


鎖が走る。


身体を傾けて外し、そのまま言葉を続けた。


「そこを疑うことだけ、鎖にやらせた」


「違う。鎖は真実を――」


「だからだ」


セラの声が鋭くなる。


「真実さえ分かれば、自分は間違わない」


ゼインの口が止まった。


「立場も、金も、情も関係ない。鎖が本当のことを示してくれる」


一歩。


「なら、自分はいつでも正しい側に立てる」


「……」


「安心しただろうな」


ゼインの顔が硬くなる。


「何やと」


「ようやく自分は、間違わない人間になれると思った」


鉄環が飛んだ。


セラが受ける。


鎖が刀身へ巻きつき、ゼインが強く引いた。


身体が前へ崩れたところへ拳が入る。


頬から血が散った。


「知ったようなこと言うな!」


セラはよろめいた。


それでも剣を離さない。


顔を戻す。


「違うなら言え」


ゼインが止まる。


「貴様は人を救いたかった」


「……」


「悪を裁きたかった」


「……せや」


「それは嘘ではないんだろう」


ゼインは答えなかった。


「だが、それと同じくらい」


セラが灰色の目を見据える。


「自分が正しい人間でいたかった」


鎖が鳴った。


「ちゃう」


「なら、なぜ勇者は間違えてはいけないと思った」


「それは――」


「間違ったら人が死ぬからか」


「せや!」


ゼインの声が地下へ響いた。


「当たり前やろ! 人の命やぞ!」


「違うな」


「何が違うねん!」


「人を死なせることだけが怖かったなら」


セラの声は静かだった。


「間違えた後、貴様はここまで壊れていない」


ゼインから表情が消える。


「……何?」


「人を殺した罪は背負ったんだろう」


一歩。


「自分がやったと言った」


もう一歩。


「逃げなかった」


ゼインの指が微かに震える。


「なら、殺したという事実は背負えた」


「……」


「貴様が背負えなかったのは、別のものだ」


声が掠れた。


「……何や」


「自分も間違える人間だった」


セラは言い切った。


「それだけだ」


鎖の(きし)む音が、やけに大きく聞こえた。


「……違う」


「無実の人間を殺した。それが貴様を傷つけたことは否定せん」


ゼインの拳が震える。


「だが、それ以上に貴様を壊したものがある」


「やめろ」


「『正しい自分』が間違っていたことだ」


「黙れ!」


ゼインが踏み込んだ。


拳。


セラが柄で受ける。


横から鉄環が肩へ入り、身体が流れた。


そこへ壁の鎖。


《拘束条件――照合》


姿勢を変えた先へ膝が入る。


「っ……!」


セラの身体が折れる。


ゼインが外套を掴み、石床へ投げた。


「俺は!」


セラが転がる。


ゼインが追う。


「俺が間違ったから!」


拳が床を叩く。


セラが寸前で外した。


「二度と同じこと起こさんように!」


立ち上がるセラへ、ゼインが叫ぶ。


「人間に選ばせんようにしたんや!」


「そうか」


「何や!」


「なら聞こう」


セラが剣を構え直す。


「誰を、二度と間違わせたくない」


ゼインが止まる。


「……何?」


「この街の人間か」


返事はない。


「無実で死んだ男か」


ゼインの喉が動いた。


「それとも、次に裁かれる誰かか」


「全部や!」


ゼインが吐き捨てた。


「もう誰にも間違わせへん!」


「違う」


「何が!」


「貴様自身だ」


ゼインの口が止まった。


「二度と、自分が間違ったと知りたくない」


「……」


「二度と、自分が正しい側ではなかったと突きつけられたくない」


セラはさらに進む。


「だから誰にも選ばせない。最初から正解を決めておく」


床の鎖が震えた。


「そうすれば、貴様は二度と自分を疑わなくて済む」


「……違う」


「違わない」


「俺は皆を――」


「救う?」


セラが鼻で笑った。


「なら、貴様が今見ているのは誰だ」


ゼインが息をのむ。


「無実で死んだ男か。この街で生きている人間か」


返事はない。


「違うだろう」


セラは引かない。


「貴様が救いたいのは人間じゃない」


ゼインの指が震える。


「正義でもない」


「やめろ」


「あの日の自分だ」


鉄環が床へ落ちた。


乾いた音。


「やめろ」


「『俺は正しかった。間違ったのは、人間が選ぶ仕組みだった』」


「違う」


「そうしておけば、貴様自身だけを見なくて済む」


「違う!」


拳が来た。


セラは完全には避けず、頬をかすめさせた。


それでもゼインから目を逸らさない。


「貴様が世界から消したいのは、人間の間違いじゃない」


ゼインの呼吸が乱れる。


「『俺が選んだ』という、あの日の自分だ」


「黙れ!」


鎖が一斉に浮いた。


《拘束条件――照合》


右。


左。


天井。


それでもセラは動かない。


「俺は逃げてへん!」


「知っている」


「俺が殺した言うた!」


「ああ」


「俺の責任や!」


「それも聞いた」


ゼインの顔が歪んだ。


「なら何が悪い!」


セラが、ほんの少しだけ目を伏せる。


「それも」


もう一度ゼインを見る。


「貴様の最後の誇りなんだろう」


動きが止まった。


「……何やと」


「逃げなかった。誰かのせいにしなかった。自分で殺したと認めた」


一つずつ置く。


「だから自分は、まだ最低ではない」


ゼインの顔から血の気が引いた。


「それまで……」


声が震える。


「それまで奪うんか」


「奪わない」


セラは首を振った。


「それは本物だ」


ゼインが顔を上げた。


この一度だけ、セラの声から刃が消える。


「貴様は逃げなかった。責任を背負った。そこまでを否定する気はない」


ゼインの指から少しだけ力が抜ける。


「だから聞いている」


声が再び冷える。


「その時の貴様が」


まっすぐ見据える。


「今の貴様を見て、誇ると思うか」


ゼインの呼吸が止まった。


―――


記録官が、古い紙束を抱えて戻ってきた。


「ありました」


リゼットが顔を上げる。


机へ置かれたのは、過去の条約更新期間の記録だった。


一冊目。


通常より長い稼働。


複数の証言枝。


遮断器操作。


火災記録なし。


二冊目も同じ。


三冊目にも、火災の記録はない。


リゼットは必要な箇所だけを書き出した。


「同程度ですか」


「完全に同じではありません。ただ、通常日より高い運用があったことは確認できます」


「遮断器の操作は?」


「あります」


「火災は」


「ありません」


リゼットが頷く。


カルドは横から記録を読んでいた。


親指が止まる。


そして、一度だけ逆へ回った。


「高い運用だけでは足りないな」


「はい」


リゼットは勝ち誇らない。


当夜は高稼働だった。


本当。


過去にも高稼働の日はあった。


本当。


そこで火災は起きていない。


それも本当。


どれかを消す必要はない。


「なら」


カルドが言った。


「当夜だけ重なった条件が、まだある」


「そうなります」


リゼットは古い経路図へ視線を落とした。


カルドも同じものを見る。


まだ。


結論を出すには足りない。


―――


「……誇る?」


ゼインが呟いた。


セラは答えなかった。


「俺が……今の俺を?」


「自分で考えろ」


短い返事だった。


ゼインはしばらく床を見ていた。


やがて、掠れた声が落ちる。


「俺は……間違わせへんようにしたかっただけや」


「違う」


セラが切った。


「貴様は、間違わない者になりたかった」


ゼインが顔を上げる。


「同じやろ」


「全く違う」


セラはゼインの目の前で足を止めた。


「人を救うために正しくあろうとするのと、正しい自分でいるために人を救うのは」


一拍。


「似ているようで、逆だ」


ゼインは言い返さない。


「貴様は途中から、人より自分の正しさを守り始めた」


セラの声が低くなる。


「だから、間違えた瞬間に全部壊れた」


「……違う」


「正義が壊れたんじゃない」


「黙れ」


「貴様の誇りが壊れただけだ」


「黙れ」


「一度間違えただけで、自分が何者か分からなくなった」


「黙れ!」


鎖が走る。


セラが剣で弾いた。


「だから世界の方を変えようとした」


鉄環を受け流す。


「誰も選ばなければ」


拳をかわす。


「誰も間違えなければ」


床を走った鎖を(また)ぐ。


「貴様自身も、間違える人間でいなくて済む」


「俺は人を救おうとしとる!」


ゼインの叫びに、セラが止まる。


「なら」


静かに問う。


「なぜ、貴様の救いには人間の意思が要らないのか」


ゼインが言葉を失った。


セラも、そこから先は繰り返さなかった。


もう十分だった。


代わりに。


「貴様は勇者を勘違いしている」


ゼインの眉が動く。


「勇者は、間違わない者ではない」


「……」


「何が正しいか分からなくても選ぶ」


一歩。


「間違えば、その結果を背負う」


一歩。


「それでも次を選ぶ」


ゼインの前で止まる。


「それができるから、勇者なんじゃないのか」


ゼインは答えられない。


セラは続ける。


「貴様には正義があった」


一つ。


「責任感もあった」


一つ。


「人を救いたい気持ちもあった」


そこで止めた。


ゼインの喉が動く。


「一つだけ足りなかった」


「……何や」


「勇気だ」


ゼインの顔が固まった。


「間違っているかもしれない自分のまま、それでも次を選ぶ勇気」


「……」


「それだけがなかった」


ゼインの拳が震える。


「だから鎖を欲しがった」


「……」


「正解を欲しがった」


「……」


「最後には、人間から選ぶことまで奪った」


セラが真正面からゼインを見る。


「貴様は間違うことが怖くて、世界中を臆病者にしようとしているだけだ」


「……やめろ」


初めてだった。


怒鳴り声ではない。


命令でもない。


小さな声だった。


セラは止めない。


「正しさに(すが)った臆病者が」


ゼインの目を見る。


「勇者を語るな」


鎖が一本、床へ落ちた。


ゼインの口が開く。


声は出ない。


その隙に。


セラが剣を構えた。


右足。


ゼインの目がそこへ吸い寄せられる。


過去に何度も見た始まり。


肩が沈む。


剣先が落ちる。


ゼインが先に右へ動いた。


そこから来る斬撃を避けるために。


床の鎖も動く。


《拘束条件――照合》


だが。


セラは斬らなかった。


右足を戻す。


ゼインだけが先へ進んだ。


半呼吸。


空いた。


セラが懐へ入る。


柄で手首を打つ。


鎖が落ちる。


ゼインが肘を警戒した。


来ない。


セラの足が脛を払う。


身体が崩れる。


次は膝。


そう読んだゼインが身体を捻る。


膝は上がらない。


肩を押された。


背中が石壁へ当たる。


「……何や」


セラが追う。


右から剣。


ゼインが左へ退く。


刃は来ない。


途中で止まり、左拳が顎へ入った。


ゼインの顔が跳ねる。


「何しとる……」


セラは答えない。


もう一歩。


ゼインが右足を見る。


肩を見る。


腰を見る。


《証言》の中から続きを探している。


セラが、ふっと息を吐いた。


「やめた」


「……何を」


「正解を探すのをだ」


ゼインが固まる。


セラが踏み込んだ。


剣の入りは過去と同じ。


ゼインが先に避ける。


途中から違う。


刃を返さず、そのまま柄で胸を打つ。


ゼインが下がる。


セラが追う。


拳。


ゼインが続きを読む。


出さない。


足払い。


身体を入れ替える。


肩。


肘。


剣。


一つ一つなら、俺も見たことがある。


ゼインも見ているはずだ。


でも。


この順番ではない。


セラは最初から最後まで決めていない。


相手が動けば変える。


距離が変われば捨てる。


足場が変われば選び直す。


今まで剣を振ってきた時間。


戦場で生き残った経験。


避けた刃。


受けた拳。


踏み込んだ地面。


身体に残ったもの全部を使いながら。


答えだけを先に作らない。


ゼインが半歩遅れる。


また遅れる。


剣の峰が胸へ叩き込まれた。


「ぐっ……!」


ゼインが吹き飛ぶ。


石床を転がった。


立とうとする。


セラはもうそこにいる。


剣先が喉元で止まった。


ゼインの呼吸が荒い。


ここまで。


セラは、取っておいたものを一度も使っていない。


「何で……」


灰色の目が揺れている。


「俺は見た」


セラは黙っている。


「お前の動き、見た」


返事はない。


「こんだけ見た」


声が大きくなる。


「全部、本当や!」


「ああ」


ゼインが止まる。


「全部、本当だ」


「なら何で――」


「貴様が続きを作ったからだ」


声が途切れた。


「右足を見た。本当」


セラが言う。


「肩が沈んだ。本当」


「過去に、その後斬った。それも本当だ」


ゼインの顔が強張る。


「そこから」


一歩。


「次も斬ると、貴様が決めた」


ゼインが下がる。


「……違う」


「まただ」


「違う」


「貴様は真実を集めた」


もう一歩。


「そして、見えていない続きを勝手に決めた」


「違う!」


「俺の異能も鎖も嘘をついてない」


ゼインが止まった。


「今もな」


「……」


「間違えたのは」


セラは一呼吸置く。


「また貴様だ」


ゼインの顔が歪んだ。


セラは終わらせない。


「あれだけ苦しんで」


一歩。


「あれだけ考えて」


もう一歩。


「空座にまでなって」


剣を下ろす。


「貴様は、あの日から一歩も進んでいない」


ゼインが息をのむ。


「……違う」


「変わったのは」


セラが言う。


「巻き込む人数だけだ」


長い沈黙。


ゼインの手から鎖が落ちた。


鉄環が石床を叩く。


ゼインは俯いたまま動かない。


「……もう」


掠れた声。


「もうええわ」


セラは何も言わない。


ゼインが顔を上げる。


そこには、さっきまで握りしめていたものが何も残っていなかった。


「勇者も」


足元の鎖を踏む。


「正義も」


床の奥で何かが(きし)む。


「空座も」


さらに深い場所から、重い音が返ってくる。


ゼインが笑った。


壊れたというより。


自分から捨てた顔だった。


「何もかもしまいや」


地下の奥で。


古い鎖が、目を覚ました。

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